泣き鬼の花嫁

志波 連

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79 鬼の血

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 小屋の中ではよねこが呆然と老婆の屍を見下ろし、春乃は佐次郎の傷から噴き出した血膿を拭っている。
 動いているのは春乃だけで、あとの者たちは外の気配に神経を尖らせていた。
 
「二重に囲まれておりますな」

 そう声を出したのは小松伊十郎だ。

「新宮党は?」

 国久の言葉に答えたのは佐助だった。

「さすが新宮党の方々ですのぉ。国久様を心から信頼されておるのでしょう。森に潜んで様子を見ておられます。杣人衆も一緒ですのぉ」

「なぜわかる?」

「わしらは子供のころから特殊な訓練を受けますけぇね。この音を聞き分けられるんは狼と犬とわしらだけじゃろう」

「犬笛か」

「へぇ、それで知らせて来とります。ちょっと待ってつかあさい(下さい)よ」

 懐から何か獣の骨のようなもので作られた笛を取り出した。
 それを唇で挟み、頬を膨らませて息を吹き込んでいる。
 取り囲んでいるであろう毛利兵と曾我衆に動きはないまま、静かに時間だけが過ぎた。

「返事がありましたわい。取り囲んでいるのは毛利兵で、その大外を囲んでいるのは尼子兵だそうです。奴らは気づいていない様子ですけぇ、後ろから狙われとるなど思いもしとらんのでしょう」

 国久が眉を下げた。

「俺だけで片づけようと思うたに。父上が動きなさったのか」

 伊十郎が肩を竦めた。

「まあ仕方もありますまいて。なにせ政久様の仇じゃけね」

「そりゃそうだが、どうも父上は動きが早うてかなわんわい。老いたらもうちと(もう少し)頼って下されたら良いのじゃがのぉ」

「ははは! それは叶いますまいて」

 ニヤッと笑った国久が伊十郎に言う。

「動くか?」

「そうですのぉ、この小屋からは離したいところですが、ここに集中させるのも悪くない」

「しかし佐次郎は動けまい?」

 伊十郎が佐次郎に顔を向けた。

「どうする?」

 顔中にびっしりと汗をかいた佐次郎が涙を流しながら口を開いた。

「わしだけが残りましょうわい。春乃とその娘を安全な場所へお願い申す」

「囮になるというか?」

 頷く佐次郎の後ろで佐助が声を出した。

「動けぬのはわしも同じじゃけ。わしも残りましょうわい。手は動くけぇ、弓を置いて行って下され。この小屋にはまだ人がおると思わせんとね」

 春乃が声を出した。

「私も動きませんけぇ。置いて行ってくださいませ」

「それはならんぞ、春乃」

 佐次郎が慌てたような声を出した。
 春乃が立ち上がって腰に手を当てて、鼻息荒く佐次郎に言う。

「動けん者が文句を言うな! 私は佐次郎さまの妻じゃ! つべこべ煩い!」

 伊十郎が吹き出した。

「鬼の佐次郎も嫁には形無しか」

「ええ、私は泣き鬼の嫁ですけぇ」

 国久が頷いた。

「佐助、我らは西に走るぞ。それと同時に新宮党を駆けさせろ。合流したら北に展開じゃ」

「承知」

 佐助が犬笛を咥えた。
 伊十郎が外の気配を伺いながら言う。

「そういうことなら高橋の亡骸と曾我の男は小屋に入れておきましょう。手出しに迷うじゃろうから」

「誰が行く?」

 後ろで男が声を出した。

「わしが行きます。巻き込んだお詫びじゃ。それにこの地の者なら簡単には撃って来んでしょう」

 たたら場の男だ。
 その後ろでよねこが顔を向けた。

「そうじゃな、お前も行くか。お前がおったら絶対に撃っては来んものな」

 頷くよねこ。
 そのよねこの腕を掴んだ春乃が声を出した。

「あんた、何を言いよるんね。そうやって逃げようとしとるんじゃろ? そうでなければこんな小さな子を囮になどするものか!」

 男が眉を下げる。

「逃げようなどとは思うておりませんよ。それによねこはものすごい力持ちなんですけぇ。その力を借りようと思うただけですけぇ」

 伊十郎が目を見張った。

「このこんまい(小さい)子が力持ちじゃと?」

「へぇ、高橋の若殿くらいなら担ぎあげますよ。やはり鬼の血なんじゃと思います」

「ほう? そりゃ好都合じゃな」

 伊十郎がニヤッと笑って佐次郎を見た。
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