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87 曾我衆
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「大丈夫か? また痛みだしたんか?」
「いいえ? なんでです?」
「いや……涙が……」
春乃が手を伸ばして佐次郎の涙を拭った。
「滝のように流れでとりますよぉ。どうしなさったんじゃろ」
「分からんが、流星の言葉だけはわかった」
「へぇ、そりゃ良いですねぇ。うん、そりゃ便利じゃ」
伊十郎が驚いた顔で春乃を見た。
「春乃? 驚かんのか?」
「だって佐次郎さまが私に噓を言うわけがないでしょう?」
「まあ……そうかもな」
春乃がよねこの顔を見上げた。
「それよりよねこちゃん、この辺りで食べられるものがあるかね?」
頷いたよねこが佐次郎の腕からおりて春乃と手を繋いだ。
「あるそうですけぇ、私はちょっと行ってきますねぇ」
「ああ、そうしてくれ。腹が減って叶わんわい」
見送る佐次郎に伊十郎が言った。
「大丈夫なんか?」
「恐らく今から起こることを春乃に見せん方がええと思ったんでしょう」
そう言うと佐助に命じて二郎を戸板に括りつけた佐次郎。
「国久様が適任じゃろうね」
もう一度佐助の顔を見て、杣人衆を集めるように指示を出す。
「伊十郎様は尼子軍の領主たちを呼んで下さい。俺の身分じゃ来てくれなどと言うも烏滸がましいでしょう?」
「そうとは思わんが? まあ俺が呼んだ方がすんなり来てくれるかもしれんな。国久様も呼ぶのであろう?」
「はい、政久様の仇ですけぇね」
手近にいた尼子兵に馬を曳かせ、伊十郎が離れていった。
もう砂鉄が出ないたたら場に、一陣の風が吹く。
血の匂いを含んだそれは、妙に湿っぽく生暖かいと佐次郎は思った。
「呼んだか?」
一番にやって来たのは国久だった。
棟梁を取り囲むように新宮党の面々も揃っている。
「若殿様、こ奴が政久様を射殺した一人じゃ。あとの二人はもう死んで土になっとります」
国久がギロッと二郎を睨んだ。
「こいつの仲間は佐次郎の配下の者たちが片づけたようじゃ。殺してはおらんが二度と曾我衆などと名乗れるような体ではない」
「そいつらをどうします?」
「若いが気迫のある奴が一人おったけぇ、そいつと話でもして決めようわい」
二郎がぎりっと唇を嚙んだ。
数珠つなぎに括られて歩いてくるのが曾我衆だろう。
杣人たちの腕は確かなようで、全員が肩を射抜かれて骨が砕けている。
「二郎! 貴様!」
繋がれた男の一人が叫ぶように言った。
口々に二郎を罵り始める曾我衆に一喝を喰らわした。
「やかましいっ!」
静まった曾我衆の中から、一人の男が一歩進み出る。
一番最初に声を出した男だ。
「そいつは我らを裏切った奴ですけぇ。わしらはそいつに騙されて尼子の手先をやらされとったんです。妻子を人質にとられてしもうてどうしようもなかったんですわい」
「どういうことだ?」
そう聞いたのは国久だった。
「この地にはとんでもない宝が埋まっとるんですよ。それを独り占めしようとした二郎が高橋の若殿をけばけば草漬けにして、傀儡に仕立てたんですわい」
佐次郎と国久が二郎を見たが、当の本人はニヤッと笑っただけだった。
「そのとんでもない宝というのは何じゃ?」
国久がわざと気安い口調で聞く。
「それは……」
「なんじゃ? 言えんのか。まあ別に良いが」
「あっ、いえ。それを言えばわれらを助けてくれましょうか?」
国久が鼻をフンッと鳴らした。
「曾我衆というのは存外厚かましいのぉ」
助けてほしいと言った男が唇を嚙んだ。
「まあことと次第では命までは取らん。じゃが、この男だけは許せんぞ」
「それは願ってもないことです。むしろ八つ裂きにしてやりたいほどですけぇ」
佐次郎が口を挟む。
「お前らがとられておる人質というのはどこにおるんか?」
男が悔しそうな声を出した。
「わからんのです。わしらは村を持たん流れものですけぇ。ある日そこにおる二郎が戦えるもの以外を全部連れて行ったのですわい。定住できる場所をみつけたというてね。その代わりにわしらは毛利の手先になったんですが、荒仕事ばかりでなかなか帰ることもできずにおりました。怪我人が出たので家族の元に戻そうとしたら……」
男が俯くと、その後ろの若い男が叫ぶように言った。
「二郎どんが言うたんですよ。仕事が終われば教えてやると……じゃが、わしは見たんです。遊女屋で働かされとる妹をね! 忍び込んで事情を聞いたら、女は全部売られとるというじゃありませんか。そして年寄りたちはまとめてたたら場に送られたと」
そこまで言うと、若い男は声をあげて泣き出した。
遊女に落とされた妹の名を叫び続けている。
「お前を鬼じゃというたら、鬼に失礼じゃな」
国久が吐き捨てるように言った。
二郎はシレッとした顔で横を向いている。
「年寄りが送られたいうたたら場はどこか分かっとるんか?」
「わしらは手分けして出雲の国にあるたたら場を全部回りました。でもどこにもおらんのです。ここが最後でした。でももぬけの殻で……でも高橋の若殿が言うたんです。このたたら場に埋まっている宝を手に入れたら、大金を渡すと。その金で売られた女たちを買い戻せると」
国久が呆れたような顔で言う。
「お前ら……やることはえげつないが、そんな言葉を信じたんか?」
「え?」
「そんなん噓に決まっとるじゃろう? ましてやけばけば草に脳みそをやられとる男の言葉じゃろ? 素直なんかバカなんかよう分らんのぉ」
綱で括られた男たちが一斉に下を向いた。
佐次郎が流星に跨って大声を出す。
「お前たちの中で曾我衆の者どもがどこに隠されたか知っておる者はおらんか? もしも知っておるなら命を助けちゃるけぇ言うてくれ」
完全に戦意を喪失して大人しくなっている毛利兵たちが顔を見合わせた。
助かるためにいい加減なことを言えば命はないと分かっているのだろう。
誰も声を出さないまま時間だけが過ぎていた。
「いいえ? なんでです?」
「いや……涙が……」
春乃が手を伸ばして佐次郎の涙を拭った。
「滝のように流れでとりますよぉ。どうしなさったんじゃろ」
「分からんが、流星の言葉だけはわかった」
「へぇ、そりゃ良いですねぇ。うん、そりゃ便利じゃ」
伊十郎が驚いた顔で春乃を見た。
「春乃? 驚かんのか?」
「だって佐次郎さまが私に噓を言うわけがないでしょう?」
「まあ……そうかもな」
春乃がよねこの顔を見上げた。
「それよりよねこちゃん、この辺りで食べられるものがあるかね?」
頷いたよねこが佐次郎の腕からおりて春乃と手を繋いだ。
「あるそうですけぇ、私はちょっと行ってきますねぇ」
「ああ、そうしてくれ。腹が減って叶わんわい」
見送る佐次郎に伊十郎が言った。
「大丈夫なんか?」
「恐らく今から起こることを春乃に見せん方がええと思ったんでしょう」
そう言うと佐助に命じて二郎を戸板に括りつけた佐次郎。
「国久様が適任じゃろうね」
もう一度佐助の顔を見て、杣人衆を集めるように指示を出す。
「伊十郎様は尼子軍の領主たちを呼んで下さい。俺の身分じゃ来てくれなどと言うも烏滸がましいでしょう?」
「そうとは思わんが? まあ俺が呼んだ方がすんなり来てくれるかもしれんな。国久様も呼ぶのであろう?」
「はい、政久様の仇ですけぇね」
手近にいた尼子兵に馬を曳かせ、伊十郎が離れていった。
もう砂鉄が出ないたたら場に、一陣の風が吹く。
血の匂いを含んだそれは、妙に湿っぽく生暖かいと佐次郎は思った。
「呼んだか?」
一番にやって来たのは国久だった。
棟梁を取り囲むように新宮党の面々も揃っている。
「若殿様、こ奴が政久様を射殺した一人じゃ。あとの二人はもう死んで土になっとります」
国久がギロッと二郎を睨んだ。
「こいつの仲間は佐次郎の配下の者たちが片づけたようじゃ。殺してはおらんが二度と曾我衆などと名乗れるような体ではない」
「そいつらをどうします?」
「若いが気迫のある奴が一人おったけぇ、そいつと話でもして決めようわい」
二郎がぎりっと唇を嚙んだ。
数珠つなぎに括られて歩いてくるのが曾我衆だろう。
杣人たちの腕は確かなようで、全員が肩を射抜かれて骨が砕けている。
「二郎! 貴様!」
繋がれた男の一人が叫ぶように言った。
口々に二郎を罵り始める曾我衆に一喝を喰らわした。
「やかましいっ!」
静まった曾我衆の中から、一人の男が一歩進み出る。
一番最初に声を出した男だ。
「そいつは我らを裏切った奴ですけぇ。わしらはそいつに騙されて尼子の手先をやらされとったんです。妻子を人質にとられてしもうてどうしようもなかったんですわい」
「どういうことだ?」
そう聞いたのは国久だった。
「この地にはとんでもない宝が埋まっとるんですよ。それを独り占めしようとした二郎が高橋の若殿をけばけば草漬けにして、傀儡に仕立てたんですわい」
佐次郎と国久が二郎を見たが、当の本人はニヤッと笑っただけだった。
「そのとんでもない宝というのは何じゃ?」
国久がわざと気安い口調で聞く。
「それは……」
「なんじゃ? 言えんのか。まあ別に良いが」
「あっ、いえ。それを言えばわれらを助けてくれましょうか?」
国久が鼻をフンッと鳴らした。
「曾我衆というのは存外厚かましいのぉ」
助けてほしいと言った男が唇を嚙んだ。
「まあことと次第では命までは取らん。じゃが、この男だけは許せんぞ」
「それは願ってもないことです。むしろ八つ裂きにしてやりたいほどですけぇ」
佐次郎が口を挟む。
「お前らがとられておる人質というのはどこにおるんか?」
男が悔しそうな声を出した。
「わからんのです。わしらは村を持たん流れものですけぇ。ある日そこにおる二郎が戦えるもの以外を全部連れて行ったのですわい。定住できる場所をみつけたというてね。その代わりにわしらは毛利の手先になったんですが、荒仕事ばかりでなかなか帰ることもできずにおりました。怪我人が出たので家族の元に戻そうとしたら……」
男が俯くと、その後ろの若い男が叫ぶように言った。
「二郎どんが言うたんですよ。仕事が終われば教えてやると……じゃが、わしは見たんです。遊女屋で働かされとる妹をね! 忍び込んで事情を聞いたら、女は全部売られとるというじゃありませんか。そして年寄りたちはまとめてたたら場に送られたと」
そこまで言うと、若い男は声をあげて泣き出した。
遊女に落とされた妹の名を叫び続けている。
「お前を鬼じゃというたら、鬼に失礼じゃな」
国久が吐き捨てるように言った。
二郎はシレッとした顔で横を向いている。
「年寄りが送られたいうたたら場はどこか分かっとるんか?」
「わしらは手分けして出雲の国にあるたたら場を全部回りました。でもどこにもおらんのです。ここが最後でした。でももぬけの殻で……でも高橋の若殿が言うたんです。このたたら場に埋まっている宝を手に入れたら、大金を渡すと。その金で売られた女たちを買い戻せると」
国久が呆れたような顔で言う。
「お前ら……やることはえげつないが、そんな言葉を信じたんか?」
「え?」
「そんなん噓に決まっとるじゃろう? ましてやけばけば草に脳みそをやられとる男の言葉じゃろ? 素直なんかバカなんかよう分らんのぉ」
綱で括られた男たちが一斉に下を向いた。
佐次郎が流星に跨って大声を出す。
「お前たちの中で曾我衆の者どもがどこに隠されたか知っておる者はおらんか? もしも知っておるなら命を助けちゃるけぇ言うてくれ」
完全に戦意を喪失して大人しくなっている毛利兵たちが顔を見合わせた。
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