泣き鬼の花嫁

志波 連

文字の大きさ
88 / 101

88 戦う理由

しおりを挟む
 ふと伊十郎が静かな声を出した。

「恐らくは……もう生きて生きてはおらんのじゃろ? なあ、二郎。お前が直接手を掛けたんか?」

 二郎がまるで昨日何を食べたか聞かれたようなほど軽い調子で言った。

「いいえ、じじさまもばばさまもみんな、自分で始末をつけなさったですよ。わしは本当にここに連れて来る気じゃったんですわい。なのに抜け道の途中でどんどん数が減りましてのぉ。聞けば自分で崖から飛んだと言うじゃないですか。わしだってそこまでする気はなかったんですがのぉ。難儀なこってすわい」

 パシンという乾いた音がして、括りつけられた戸板ごと二郎の体が宙に舞った。
 ごろんごろんと転がった二郎はすでに気を失っている。

「曾我衆というのは気位が高いんじゃのぉ。それとも常日頃から覚悟をしておったということか?」

 そう言いながら渾身の力で二郎を殴り飛ばした国久が、手首を擦りながら曾我衆を見た。
 男たちは怪我を負った手を庇おうともせず膝をついて泣き崩れている。
 それを見ている毛利兵たちも、親を思い出したのか涙ぐんでいる者が多い。
 伊十郎が独り言のように言った。

「戦場であれば敵と味方じゃ。騙し合いもするし殺し合いもする。でもみんな親をもつ一人の人間じゃけ。相手が憎くて刀を向けるんじゃないものなぁ。やれと命じられるからやるんじゃもんなぁ。やらんかったら殺されるけぇ。殺されたら家族が困るけぇ。なんで戦なんかするんかのぉ」

 国久がじっと伊十郎を見た後、ポツリと言った。

「欲じゃろうな。今よりもっと力を……いや、金か? まあ、今でも生きられるのにそれ以上の欲をかく。その欲を満たすために、己より弱い人間の命を使うんじゃ。卑怯者じゃな」

 国久の胸の中に描かれている人物は誰なのか、わかった気がした伊十郎はじっと唇を嚙むしかなかった。

「欲か……誠にそうですな」

 遅れてやってきた尼子軍の領主である牛尾が声を出した。
 その後ろには勘定方として同じ戦場に赴いた安藤もいる。

「やあ、佐次郎さん。加減はどうですか?」

 佐次郎に声を掛けたのは木村助右ヱ門だ。

「これは木村さま、お手前こそお加減はどうなのです? 毒は抜けましたか?」

 木村がにっこりと笑った。

「お陰様で抜けたようです。というか毒ごと足を切り落としてくれたので助かりましたよ」

 そう言って伊十郎に小さく頭を下げる木村助右ヱ門だった。

「そうですか。それは良かったです。俺は目をやられたので、なかなか治らず往生しましたが、どうやらなんとか命は繋がりました。これも政久様のご加護のような気がしています」

「政久様……」

 場が一瞬で沈んだ。
 それを払しょくするかのように国久がひときわ明るい声を出す。

「さすがの兄上じゃな。星になられてもなお軍神として我らを見守って下さっておるのじゃろう。さっさと終わらせて家に戻ろうわい。のお? 皆の衆」

 全員がこっくりと頷いた。

「そこでじゃ。こいつらどうしましょうかのぅ」

 国久が顎をしゃくって毛利兵たちを示した。

「命を奪うのは造作も無いが……」

 そういった牛尾は、心の中ではなんとか命は助けたいと思っていた。
 その考えは同じだったようで、安藤九衛門も木村助右ヱ門も小さく何度も頷いている。
 伊十郎が声を出した。

「武器を没収して放逐しましょうか。村に戻るもよし、どこかに消えるもよしですわい」

「勝利の報告は何とする?」

 国久の声に伊十郎がニヤッと笑った。

「兵は全部殺して燃やしたことにしましょう。こいつの首があればいいのでは?」

 伊十郎が指さしたのは高橋正晴の骸だ。

「まあそれもありか。あの時のように全部穴を掘って燃やしたということにしようか。恐らく父上はうまく騙されて下さるじゃろうて」

 命拾いができるかもしれないと思った毛利兵たちの中に安堵の空気が流れた。
 一番前に座らされていた毛利兵が代表して声を出す。

「我らはみな村に戻ります。もう二度と毛利の徴兵には応じませんけぇ」

 伊十郎が言う。

「それでは飢えてしまわんか?」

「へぇ、命がけの仕事をしても、大して金にはならんのですわい。毛利に応じるくらいなら尼子様の元に馳せ参じますよ」

 国久がひときわ大きな声で笑う。

「まあ、当てにはせず待っておろうか」

 そう言うと新宮党に毛利兵を帰らせる手配を命じた。
 兵たちは率先して武器を置き、申し訳程度とはいえ、身につけていた防具もその場で脱ぎ始める。
 一方、食料を探しに離れていた春乃とよねこは、森に入っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...