泣き鬼の花嫁

志波 連

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89 森の中

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 二人は手をつないだまませせらぎのほとりに座った。

「よねこちゃん、ここら辺に食べるものがあるん?」

 よねこがじっと春乃を見上げる。
 並んで座る二人を後ろから見ると、丁度頭一つ分よねこの方が小さい。
 少しだけ視線を下げて、自分の目を覗き込むように見るよねこの口元に視線を向ける春乃。

「話がある? ゆっくり喋ってくれたら口の動きでわかるかもしれん」

 よねこが頷いて懐から銅鏡を取り出した。
 それを地面に置いて両手を高く掲げると、一羽の赤い鳥が舞い降りてくる。
 銅鏡の真ん中に陣取ったその鳥が、春乃の方へ首を曲げた。

「この鳥は声が出せるけぇ、私の代わりに喋ってもらうね。私は生まれつき声を出すことができないから」

 驚きつつもそれをすんなりと受け入れた春乃。

「喋れんというより声そのものが出んの? そりゃ難儀じゃったねぇ」

 頷いたよねこが。鳥の尾羽にそっと触れた。

「鬼の一族は何か一つ失くした状態で生まれるんじゃと聞いたよ。目が見えんかったり、耳が聞こえんかったりね」

「なるほどねぇ。その代わりに砂鉄を呼べる力を持つんじゃろうね。でもそれって……」

 よねこが悲しそうな笑顔で春乃を見た。

「うん、そんな力があっても嬉しくもなんともない。それより普通の子に生まれて、普通の親に育てられて、普通に大人になりたかったよ。でもね、無いものねだりしてもしょうがないもんねぇ。私は鬼のことして生まれたんじゃもん。できれば佐次郎さまと春乃さまの子として生まれたかったけどね」

「うちらの子として? そりゃよねこちゃんのようにかわいらしい子が生まれたら義父様も義兄様も大喜びじゃったじゃろうけんど、それこそ無いものねだりじゃもんね。それよりよねこちゃん」

 春乃が体をずらしてよねこの顔を正面から見た。

「なんでここに連れてきたん? これはけばけば草じゃろ? 私に何をしようとしとるん?」

 よねこの顔から笑顔が消えた。
 じっと春乃の顔を見詰めた後、泣きそうな顔のまま俯いてしまったよねこを見て、春乃が静かな声を出した。

「何をしようとしとるんかはわからん。でもね、よねこちゃん。わたしは佐次郎さまの嫁じゃけぇね、何があってもそれは覆らんけぇ」

 ビクッと肩を揺らしたよねこの側に赤い小鳥がゆっくりと近づく。
 枯れ枝のようなその足先に指を伸ばして小鳥を誘う。
 ぴょこんとよねこの指にとまった赤い小鳥がみるみる大きくなっていった。
 驚いた春乃はよねこの体から離れようと後退る。

「よねこちゃん?」

 よねこの体よりも大きくなった小鳥を、指一本で支えている幼子に、春乃は初めて恐怖を感じた。

「これは幻かね? それとも現実?」

「現実よ。これも鬼の力なんよ」

 春乃の声に答えたのは赤い小鳥だった。
 もはや小鳥などと呼べるような代物ではないが。

「その鳥にわたしを食わせて佐次郎さまを取り込む心算じゃね? そうはいかんよ」

 春乃は歯を食いしばって草の上に置きっぱなしになっている銅鏡を掴んだ。
 
「佐次郎さま! 助けに来て下さいよぉ」

 鈍く光を反射している銅鏡に向かって、春乃は渾身の声を出す。
 しっかりと意識を保つ努力をしなければ、背後に迫っている闇の中に飲み込まれそうな恐怖を感じる。
 これはけばけば草が見せているのか、実際起こっていることなのかがはんべつできない。
 その時、ヒュンと音がして左の肘上に焼けるような痛みを感じた。

「痛い!」

 そう声に出した途端、巨大化していた赤い怪鳥が元の大きさに戻る。
 後ろの茂みからぬっと顔を出したのは松吉だった。

「御新造さん、ここは逃げの一手じゃ。けばけば草が燃えとる。早う逃げましょうわい」

「松吉さん? でも……」

 春乃は混乱し、今にも気を失いそうな自分を𠮟咤激励するように大きく息を吸い込んだ。

「負けんよ! わたしは泣き鬼の嫁じゃけね! こんなことに負けるものか!」

 春乃はそう叫ぶと、渾身の力を足に込めて立ち上がった。
 その横で座ったままのよねこの口が動く。

(逃げて……早く逃げて)

 パクパクとしたその動きは、確かにそう伝えていた。
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