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90 赤い小鳥
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松吉に引き摺られるようにその場を離れた春乃をじっと見ているよねこ。
「よねこちゃん?」
春乃はなぜかこの場によねこを残してはいけないという思いに駆られた。
「松吉さん、よねこちゃんも!」
「無理じゃ、御新造さん。あの子を見てみんさい」
その言葉に立ち止まり、よねこを見る。
燃え盛るけばけば草が吐き出す火と煙で、辺りの空気が揺らいでいた。
「よねこちゃん! 早うこっちに来んさい!」
よねこは悲しそうな顔をしながら立ち上がり、深々と春乃に向かって頭を下げた。
「よねこちゃん!」
「ダメじゃ! ほれ、あの子を見てみんさい! あの子は人じゃないですけぇ。あれは間違いなく鬼じゃけぇ」
「何言いよるんね! よねこちゃんはまだ小さい女の子じゃけ!」
春乃の肩に回された松吉の手を振り解こうとする春乃の目に映ったのは、巨大化するよねこの体だった。
「え……よねこちゃん? え? どういうこと?」
熱さで揺らぐ空気を割くように、巨大化したよねこが春乃を見た。
「さようなら」
よねこの口が確かのそう動いたのを見た春乃は、よねこの名を絶叫しながら気を失った。
松吉が春乃を抱えて走ってくるのを見た佐次郎が、慌てて駆け出していく。
「どうした!」
「佐次郎さまぁぁ、よねこちゃんが……よねこちゃんがぁぁぁぁ」
「よねこがどうした」
泣きじゃくる春乃を松吉から受けとった佐次郎が、煤で顔を真っ黒にしている松吉に聞いた。
「あの子はやっぱり鬼の子ですわい。鳥に喋らせて、けばけば草に火をつけて。体はみるみる大きくなって……火の中に消えましたんです」
「火の中に消えた?」
春乃が佐次郎の胸を叩きながら訴える。
「よねこちゃんは悪くないんじゃもん。あの子は自分で終わらせようとしとるんじゃもん。かわいそうな子なんじゃけぇ、佐次郎さま、よねこちゃんを助けてやってくださいよぉぉぉ。あの子だって鬼の子に生まれとうて生まれたわけじゃないじゃろう?」
「ああ、そうじゃな。あの子の性根は優しいのぉ。周りの大人がいけん。全部あの子が背負う話じゃないけぇ。松吉、すまんが案内してくれ」
今にも駆け出そうとする佐次郎の前に流星が立ちはだかった。
「流星? お前が駆けてくれるんか?」
ブルンと鼻を鳴らして、佐次郎のどろどろの襟首を咥えた流星が、大きく首を振った。
流石の佐次郎も耐えきれず、ゴロンと地を転がる。
「どうしたんか? 流星」
流星が振り返るように首をまわして森を振り返る。
よねこがつけたらしい火は、森の木々にまで燃え移っていた。
枯れ木でもあったのか、ごうごうと天を焦がすように立ち昇る炎が誰も近づくなと言っているように見える。
「よねこ……」
呆然と燃える森を見ていた佐次郎の横で、伊十郎が呟いた。
「あれはなんじゃ? 炎が人のように歩いておるようじゃ」
その場にいた全員が顔をあげると、ひと際高く燃え盛る炎の塊が山腹にたてられたたたら鬼を祀る社殿へと向かっている。
誰も口には出さないが、まるで炎の着物をまとった新婦が輿入れのために歩く道中のようだった。
「よねこちゃん? もうお嫁に行くん? まだ早いんじゃないかねぇ。もう少し甘えてからでええんじゃないかねぇ」
春乃の声が風に乗って届いたのか、移動する炎の束が一瞬だけ止まったように見えた。
「あんたはまだ甘えて生きとればええ歳なんよ? こっちにおいで。私が母さんになってあげるけぇ」
まるで春乃を見ているような炎がまたゆっくりと移動し始めた。
「よねこちゃん!」
佐次郎が手を伸ばす春乃を抱きしめた。
「行かしてやれ。あれはあの子の意志じゃ」
がっちりと佐次郎の胸に抱かれた春乃が声をあげて泣いている。
曾我衆も毛利兵も、新宮党も杣人たちも、誰一人として声を出せないでいた。
炎の中から赤い小鳥が飛び出してくる。
それをみつけた春乃が叫んだ。
「あの子! あの子はよねこちゃんの!」
パタパタと音をさせて空中に留まりながら、その赤い小鳥が春乃と視線をあわせる。
「お願いじゃけぇ私を産んで。今度は間違えんとお父ちゃんとお母ちゃんの子に生まれるけぇ。絶対にそうするけぇ。それからね、小屋の下を掘ってみて。あれは佐次郎父ちゃんと春乃母ちゃんにあげるけぇ」
国久が大声で応える。
「尼子経久が次男、国久がしかと聞いた。この地は道庭佐次郎とその妻春乃のものじゃ。誰にも邪魔はさせん!」
その声に頷くような動きを見せた赤い小鳥が燃え尽きた。
その瞬間、移動していた炎がたたら鬼の社殿に燃え移る。
たたら場衆が膝をついて泣き崩れた。
「もう終いじゃ。このたたら場は終わったんじゃ。もう何もかも無くなってしもうた」
「よねこちゃん?」
春乃はなぜかこの場によねこを残してはいけないという思いに駆られた。
「松吉さん、よねこちゃんも!」
「無理じゃ、御新造さん。あの子を見てみんさい」
その言葉に立ち止まり、よねこを見る。
燃え盛るけばけば草が吐き出す火と煙で、辺りの空気が揺らいでいた。
「よねこちゃん! 早うこっちに来んさい!」
よねこは悲しそうな顔をしながら立ち上がり、深々と春乃に向かって頭を下げた。
「よねこちゃん!」
「ダメじゃ! ほれ、あの子を見てみんさい! あの子は人じゃないですけぇ。あれは間違いなく鬼じゃけぇ」
「何言いよるんね! よねこちゃんはまだ小さい女の子じゃけ!」
春乃の肩に回された松吉の手を振り解こうとする春乃の目に映ったのは、巨大化するよねこの体だった。
「え……よねこちゃん? え? どういうこと?」
熱さで揺らぐ空気を割くように、巨大化したよねこが春乃を見た。
「さようなら」
よねこの口が確かのそう動いたのを見た春乃は、よねこの名を絶叫しながら気を失った。
松吉が春乃を抱えて走ってくるのを見た佐次郎が、慌てて駆け出していく。
「どうした!」
「佐次郎さまぁぁ、よねこちゃんが……よねこちゃんがぁぁぁぁ」
「よねこがどうした」
泣きじゃくる春乃を松吉から受けとった佐次郎が、煤で顔を真っ黒にしている松吉に聞いた。
「あの子はやっぱり鬼の子ですわい。鳥に喋らせて、けばけば草に火をつけて。体はみるみる大きくなって……火の中に消えましたんです」
「火の中に消えた?」
春乃が佐次郎の胸を叩きながら訴える。
「よねこちゃんは悪くないんじゃもん。あの子は自分で終わらせようとしとるんじゃもん。かわいそうな子なんじゃけぇ、佐次郎さま、よねこちゃんを助けてやってくださいよぉぉぉ。あの子だって鬼の子に生まれとうて生まれたわけじゃないじゃろう?」
「ああ、そうじゃな。あの子の性根は優しいのぉ。周りの大人がいけん。全部あの子が背負う話じゃないけぇ。松吉、すまんが案内してくれ」
今にも駆け出そうとする佐次郎の前に流星が立ちはだかった。
「流星? お前が駆けてくれるんか?」
ブルンと鼻を鳴らして、佐次郎のどろどろの襟首を咥えた流星が、大きく首を振った。
流石の佐次郎も耐えきれず、ゴロンと地を転がる。
「どうしたんか? 流星」
流星が振り返るように首をまわして森を振り返る。
よねこがつけたらしい火は、森の木々にまで燃え移っていた。
枯れ木でもあったのか、ごうごうと天を焦がすように立ち昇る炎が誰も近づくなと言っているように見える。
「よねこ……」
呆然と燃える森を見ていた佐次郎の横で、伊十郎が呟いた。
「あれはなんじゃ? 炎が人のように歩いておるようじゃ」
その場にいた全員が顔をあげると、ひと際高く燃え盛る炎の塊が山腹にたてられたたたら鬼を祀る社殿へと向かっている。
誰も口には出さないが、まるで炎の着物をまとった新婦が輿入れのために歩く道中のようだった。
「よねこちゃん? もうお嫁に行くん? まだ早いんじゃないかねぇ。もう少し甘えてからでええんじゃないかねぇ」
春乃の声が風に乗って届いたのか、移動する炎の束が一瞬だけ止まったように見えた。
「あんたはまだ甘えて生きとればええ歳なんよ? こっちにおいで。私が母さんになってあげるけぇ」
まるで春乃を見ているような炎がまたゆっくりと移動し始めた。
「よねこちゃん!」
佐次郎が手を伸ばす春乃を抱きしめた。
「行かしてやれ。あれはあの子の意志じゃ」
がっちりと佐次郎の胸に抱かれた春乃が声をあげて泣いている。
曾我衆も毛利兵も、新宮党も杣人たちも、誰一人として声を出せないでいた。
炎の中から赤い小鳥が飛び出してくる。
それをみつけた春乃が叫んだ。
「あの子! あの子はよねこちゃんの!」
パタパタと音をさせて空中に留まりながら、その赤い小鳥が春乃と視線をあわせる。
「お願いじゃけぇ私を産んで。今度は間違えんとお父ちゃんとお母ちゃんの子に生まれるけぇ。絶対にそうするけぇ。それからね、小屋の下を掘ってみて。あれは佐次郎父ちゃんと春乃母ちゃんにあげるけぇ」
国久が大声で応える。
「尼子経久が次男、国久がしかと聞いた。この地は道庭佐次郎とその妻春乃のものじゃ。誰にも邪魔はさせん!」
その声に頷くような動きを見せた赤い小鳥が燃え尽きた。
その瞬間、移動していた炎がたたら鬼の社殿に燃え移る。
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