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91 戦いの終わり
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呆然と佇むたたら場衆たちは置き去りにしたまま、新宮党の面々がテキパキと場を捌いていった。
国久に許しを得た佐次郎は、未だに泣きじゃくる春乃を抱えて小屋に戻る。
外の音が聞こえないように春乃の耳を大きな手で覆った佐次郎が、小屋に入ってくる杣人たちに向かって声を出した。
「火は? 森はどうなった?」
代表して佐助が答える。
「かなり燃えてしまいましたが、あれ以上燃え広がらんかったです。不思議な火でしたのぉ。普通なら数日は燃え続けてもおかしくないほどの大きさじゃったのに。鬼の宮を焼きつくしたら勝手に静まってしまいましたわい」
「そうか。それでお前たちは今からどうする?」
「わしらは村に戻りましょうわい。あの道を使えば早い」
「馬は?」
佐次郎の問いに他の杣人が答えた。
「馬を連れとる者は一般道を戻ります。馬で駆ければあの道で戻るのと大した違いはありませんけぇ」
「そうか、なるほど我らは騙されておったようじゃな。あわよくば谷に突き落とす算段だったのだろう」
「それはそうでしょうが、あながち噓ばかりとも言えませんわい。女子供でも馬を駆るのと同じほどで到着できるのですけぇ」
「結局二郎は何をしたかったんじゃろうか」
「曾我衆の棲み処を手に入れたかったんでしょうが、たたら場衆を追い出して、自分の思い通りになる者たちだけで固めたかったのかもしれんですのぉ」
「だとしたらやり方が拙いのぉ。あれじゃあ誰もついてこんじゃろ。共生の道を探るならまだしも、絶対的な支配など悪じゃけ」
春乃のすすり泣きが聞こえなくなった小屋の中では、沈痛な空気が流れている。
外では逃がす者と殺す者の選別がおこなわれているのだ。
微かに血の匂いが漂っているということは、ここに来てもなお逆らうとする者がいるということだ。
「どのくらい残るかのぉ。できれば農民たちは帰らせてやりたいのぉ」
「そうですの」
ふと松吉が声を出す。
「曾我衆はどうなりましょうかの。あれじゃあもう弓の仕事はできますまいて」
その問に答えたのは小屋に入ってきた伊十郎だった。
「あいつらは殺さんよ。二郎に踊らされとったことが分かったけぇ、もう従順なもんじゃ。あいつらが握っとる近隣諸国の情報は得難い宝じゃし、我が尼子の情報が他所に洩れるんも困るけぇ、囲い込むことにした」
佐次郎が聞く。
「国久様がですか? では新宮党に?」
「いや、お前じゃ。お前がここで面倒をみてやってくれ」
杣人たちがザワっとした。
「佐次郎さまはわしらが村には戻られんのですか?」
伊十郎が眉を下げた。
「さっき聞いただろう? ここは道庭佐次郎の領地となったのじゃ。領主が離れるわけにはいかんじゃろう?」
驚いた顔をする佐次郎だったが、よねこが傷口に埋め込んだ勾玉を腹肉の上からすっと撫でた。
「これも何かの縁じゃし、まあここで頑張ってみましょうわい」
反対するわけにもいかず、杣人たちは複雑な表情を浮かべている。
「わしらの小屋はそのまま残しておいてくれ。たまには帰るけぇ」
「はい、仰せのままに」
「すまんが、父上と兄上の様子も知らせてくれたら嬉しい」
「畏まりました」
佐次郎が春乃を抱え直して伊十郎に言った。
「それにしてもこの小屋の下を掘れとはどういうことでしょうかのぉ」
伊十郎が顎に手を当てて小首をかしげる。
「まあ掘ってみれば分かるじゃろう。たたら場衆は戻すんじゃろ? そいつらなら馴れた作業じゃろうしな」
「そうですね。ではここはたたら場衆と曾我衆の集落ということになるわけですな」
「そうじゃな。そしてお前が『鉄師』ということじゃ。尼子家お抱えとなる必要はないぞ。ここはお前の領地じゃ。せいぜい儲けて村を大きくするがええ。まあ、ここにはもう砂鉄はないがな」
そう言って入ってきたのは国久だった。
クスッと笑った杣人たちに肩を竦めて見せた後、佐助に向かって声を出す国久。
「お前が一番苦労したんじゃ。見に来た方がええと思って呼びに来た」
佐助が少しだけ目を大きくして国久を見る。
「曾我衆が粛清をおこなうそうじゃ。それを禊としてこの地のために働くと誓った」
「そういうことなら見せてもらいましょうわい。佐次郎さまは?」
佐次郎が春乃を抱き寄せたまま首を横に振った。
「俺はいいよ。春乃が怖がるけぇ」
二人を残して全員が小屋を出ていく。
ギュッと目を瞑ったまま春乃は佐次郎の胸にしがみ付いていた。
国久に許しを得た佐次郎は、未だに泣きじゃくる春乃を抱えて小屋に戻る。
外の音が聞こえないように春乃の耳を大きな手で覆った佐次郎が、小屋に入ってくる杣人たちに向かって声を出した。
「火は? 森はどうなった?」
代表して佐助が答える。
「かなり燃えてしまいましたが、あれ以上燃え広がらんかったです。不思議な火でしたのぉ。普通なら数日は燃え続けてもおかしくないほどの大きさじゃったのに。鬼の宮を焼きつくしたら勝手に静まってしまいましたわい」
「そうか。それでお前たちは今からどうする?」
「わしらは村に戻りましょうわい。あの道を使えば早い」
「馬は?」
佐次郎の問いに他の杣人が答えた。
「馬を連れとる者は一般道を戻ります。馬で駆ければあの道で戻るのと大した違いはありませんけぇ」
「そうか、なるほど我らは騙されておったようじゃな。あわよくば谷に突き落とす算段だったのだろう」
「それはそうでしょうが、あながち噓ばかりとも言えませんわい。女子供でも馬を駆るのと同じほどで到着できるのですけぇ」
「結局二郎は何をしたかったんじゃろうか」
「曾我衆の棲み処を手に入れたかったんでしょうが、たたら場衆を追い出して、自分の思い通りになる者たちだけで固めたかったのかもしれんですのぉ」
「だとしたらやり方が拙いのぉ。あれじゃあ誰もついてこんじゃろ。共生の道を探るならまだしも、絶対的な支配など悪じゃけ」
春乃のすすり泣きが聞こえなくなった小屋の中では、沈痛な空気が流れている。
外では逃がす者と殺す者の選別がおこなわれているのだ。
微かに血の匂いが漂っているということは、ここに来てもなお逆らうとする者がいるということだ。
「どのくらい残るかのぉ。できれば農民たちは帰らせてやりたいのぉ」
「そうですの」
ふと松吉が声を出す。
「曾我衆はどうなりましょうかの。あれじゃあもう弓の仕事はできますまいて」
その問に答えたのは小屋に入ってきた伊十郎だった。
「あいつらは殺さんよ。二郎に踊らされとったことが分かったけぇ、もう従順なもんじゃ。あいつらが握っとる近隣諸国の情報は得難い宝じゃし、我が尼子の情報が他所に洩れるんも困るけぇ、囲い込むことにした」
佐次郎が聞く。
「国久様がですか? では新宮党に?」
「いや、お前じゃ。お前がここで面倒をみてやってくれ」
杣人たちがザワっとした。
「佐次郎さまはわしらが村には戻られんのですか?」
伊十郎が眉を下げた。
「さっき聞いただろう? ここは道庭佐次郎の領地となったのじゃ。領主が離れるわけにはいかんじゃろう?」
驚いた顔をする佐次郎だったが、よねこが傷口に埋め込んだ勾玉を腹肉の上からすっと撫でた。
「これも何かの縁じゃし、まあここで頑張ってみましょうわい」
反対するわけにもいかず、杣人たちは複雑な表情を浮かべている。
「わしらの小屋はそのまま残しておいてくれ。たまには帰るけぇ」
「はい、仰せのままに」
「すまんが、父上と兄上の様子も知らせてくれたら嬉しい」
「畏まりました」
佐次郎が春乃を抱え直して伊十郎に言った。
「それにしてもこの小屋の下を掘れとはどういうことでしょうかのぉ」
伊十郎が顎に手を当てて小首をかしげる。
「まあ掘ってみれば分かるじゃろう。たたら場衆は戻すんじゃろ? そいつらなら馴れた作業じゃろうしな」
「そうですね。ではここはたたら場衆と曾我衆の集落ということになるわけですな」
「そうじゃな。そしてお前が『鉄師』ということじゃ。尼子家お抱えとなる必要はないぞ。ここはお前の領地じゃ。せいぜい儲けて村を大きくするがええ。まあ、ここにはもう砂鉄はないがな」
そう言って入ってきたのは国久だった。
クスッと笑った杣人たちに肩を竦めて見せた後、佐助に向かって声を出す国久。
「お前が一番苦労したんじゃ。見に来た方がええと思って呼びに来た」
佐助が少しだけ目を大きくして国久を見る。
「曾我衆が粛清をおこなうそうじゃ。それを禊としてこの地のために働くと誓った」
「そういうことなら見せてもらいましょうわい。佐次郎さまは?」
佐次郎が春乃を抱き寄せたまま首を横に振った。
「俺はいいよ。春乃が怖がるけぇ」
二人を残して全員が小屋を出ていく。
ギュッと目を瞑ったまま春乃は佐次郎の胸にしがみ付いていた。
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