泣き鬼の花嫁

志波 連

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92 儀式

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「少しは落ち着いたか? 春乃」

 春乃が小さく頷いた。

「お前は俺の嫁じゃ。俺の嫁ということは、次男ではあるが道庭という武家の嫁ということじゃ」

 また頷く春乃。

「武家の者の一番の手柄は主家の栄誉となる武功をたてること。だがな、一番の仕事は領民をまもることなんじゃ」

「領民を……」

「そうだ。領地を持たない武家の者はひたすら主家に仕えるが、道庭家のように小さくとも領地を持つ武家の者は、我が領民を飢えさせないことが一番大切な仕事となる」

「だから蔵が空になっても米を配るのですか?」

「そうだよ。まあ、本当ならカラにならんほどの豊作が一番じゃが、こればかりは天の神様がお決めになる事じゃけなぁ」

 春乃が肩を竦めてクスッと笑った。

「今の領地は絶対に守らねばならん。しかしそれは兄上のお仕事じゃ。俺はそれを手助けするだけの立場じゃろ? でもこの地は俺が責任を持たねばならん。分かるか?」

「うん、分かる」

「では春乃はどうすればいい?」

「私は佐次郎さまと一緒に、この地に棲む人たちのためにできることをするね。それと三人お子を産む」

「三人?」

「そう、三人。一人は道庭の本家に、もう一人はこの地の跡取りとして。そしてもう一人はよねこちゃんを産まなくちゃ」

「ははは! よう考えたのぉ。それが正解じゃ。生まれた土地を離れるんは寂しかろうが、ちょくちょく戻れば良いけぇあまり心配はするな」

「うんわかった。どこで寝起きしようとも、私は佐次郎さまと一緒なら怖くないけぇ」

 そう言い切った春乃の頭を、佐次郎はこれ以上ないほど優しく撫でた。

「よう言ってくれた。二人で一緒に生きていこうな」

 春乃がふと顔を上げる。

「そんでも佐次郎さま、お義父様も右京さまもひどく心配しておられましょう。まずは顛末をお話しにならんといけんと思いますよぉ。一度戻らねばな?」

「おお、そうじゃな。父上にも兄上にも話をせねば」

 頷いて満足そうな顔をした春乃が頭を佐次郎の胸にぐりぐりと押し付ける。
 その頭を抱え込むようにして抱きしめながら、佐次郎は外の気配を自然に遮断した。
 ふと血なまぐさい風が小屋に入り込む。
 どのような方法で粛清をするのが曾我衆の習わしかは知らないが、今までのやり方を考えても穏やかなものではないことは想像に難くない。
 佐次郎はゆっくりと体を揺らして、まるで赤子を寝かしつけるように春乃の体を包む。
 
「春乃はええ子じゃ。少し眠れ。俺がこうして守ってやろうな。安心して眠れ」

 鼻歌のような出鱈目な子守唄を歌いながら、佐次郎の神経は外の気配を伺っている。
 その頃外では、板戸に括り付けられた曾我の二郎がかつての配下の者たちに囲まれていた。
 中央に二郎、そこから一間ほど離れた場所で取り囲んでいるのは曾我衆だ。
 そしてそのまた周りをたたら場衆と杣人たちが囲み、大外は新宮党という並びだった。
 選別が終わったのだろう、助かった毛利兵達が仲間の死体を集めて離れた場所で荼毘にふそうとしている。

「何か言い残すことはあるか?」

 二郎のあと目を継いだ若い曾我衆が感情の籠もらない声で二郎に問いかけた。

「フンッ」

「ええんじゃな?」

 二郎は片方の口角を上げたまま、プイっと横を向いてしまった。

「では我らが掟に従うまでじゃ」

 そう言った男は、砕かれた肩を庇うようにしながら数歩後ろに下がった。
 その代わりに前に出てきたのは、左手の肘から先を血で真っ赤に染めた二郎と同年輩の男だった。

「お前はわしらが代の中では抜きんでた技を持った男じゃった。心根は薄汚い奴じゃとは思うとったが、我らの一番は弓の巧じゃてなぁ。お前が頭をとるんを認めるしかなかったが、今となっては先代の目も曇っておられたのじゃろうな。さらばじゃ、二郎」

 男はそう言うと、動く方の手で矢を握り締めて二郎の肩に突き立てた。
 深々と二郎の体に刺さった弓を途中で折る。
 軽量化のためだろう中が空洞になっている篦と呼ばれる軸から二郎の血がたらたらと流れ出した。

「お前ほどの腐れ外道でも我らと同じ赤い血か。どこで道を間違えたんかのぉ、二郎兄者」

 次の男が悲痛な顔で反対側の肩に矢を突き立てて同じように折った。
 一人、またひとりと同じ行動を繰り返す曾我衆の顔には仇をとった喜びなど微塵もなく、生まれてからずっと共に技を磨いてきた男に対する哀れみだけが滲んでいる。

「なかなかものすごい方法じゃな」

 伊十郎の横でその儀式を見ていた国久がボソッと言った。

「誠に。ひと思いにはやらんのですねぇ。これを見て育ってきた曾我衆だからこその結束なのかもしれません」

 二人の後ろにいる安藤も牛尾も木村も、顔を顰めながらその様子をじっと見守っていた。
 そして最後の一人が進み出た頃には、二郎の意識はどこかに飛び去っている。
 何本もの矢が体に刺さり、そのすべてから血を垂らしている二郎は、もはや人には見えないほどだ。

「兄上、さらばじゃ」

 最初に声を出していた次の棟梁らしき若い男が矢を構えて、二郎の喉にピタリとあてた。
 その目からは止めどない涙があふれ、外道な所業をしたとはいえ、何ものにも代えがたい思い出ももっているのだということがわかる。

「うっ……」

 二郎が漏らした最後の息は、口からではなくたった今突き立てられた喉から漏れた。
 二郎の死を確認したその男が、国久の前に進み出て跪く。

「終わりました。わしは勘助という者で、ここにおる曾我衆を束ねとる者です。わしの命をこの地に捧げますけぇ、どうか他のもんは助けてやってくださいませ」

 国久は何も言わず、じっと勘助と名乗った者の目を見ていた。
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