泣き鬼の花嫁

志波 連

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94 つわものどもが夢のあと

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 一人、またひとりと毛利の兵たちが去っていく。
 あるものは足を引きずり、ある者は仲間を支えて歩いて行った。
 佐次郎は僅かずつではあるが、金子を持たせて帰りの糊口の足しにせよと送り出す。
 
「わしらの村はもうダメじゃろうと思います。もしそうなっておれば、ここに戻ってきてもええですか?」

 誰かの言葉に佐次郎が頷いた。

「ああ、ええよ。真面目に働くのであれば誰でも来てええ。とにかく一度戻って親や妻や子を確認してこい。話はそれからじゃ」

 細い希望ではあったが、間違いなくそれを心に灯した毛利兵たちの顔は明るかった。

「ではわしらも帰るとするか。父上への報告は俺がしておくから、お前は登城せずともよい。これからが大変じゃろうが、我が新宮党が守ってやるけぇな」

「ありがとうございます」

 佐次郎と春乃が体を折るようにして頭を下げた。
 その後ろで伊十郎が国久に言う。

「俺も在所に戻ります。我が鬼嫁が手ぐすねを引いて待って居りましょうほどに」

「そうか、お前のところにも鬼がおるんか。俺のところにもおるが、なかなかに手ごわい鬼でのぉ」

「ははは! 国久様にも手ごわい相手がおりましたか。それは愉快じゃ」

「笑いごとではないぞ。さあさあ、急いで戻らねばな」

 お道化た調子で嘯いた国久が、愛馬の腹に踵をつけた。

「参る。者ども! 続け!」

 走り去る新宮党と見送る武将たち。
 次に馬に跨ったのは牛尾高信と安藤九衛門だ。
 それぞれに武功をたたえ合い、何の褒章もないこの戦に勝利したことを喜んでいる。
 木村が愛馬の手綱を引いて杖をつき牛尾に言った。

「牛尾様、私はこの地でできることを探してみましょう。体の一部が無くなった俺だからこそ、曾我衆やたたら場衆に寄り添えるかもしれません」

「相分かった。もう無理には誘うまい。しかし万が一の時は助力を頼むやもしれん。その時は良しなにな」

「はい、勿論でございます」

「では、またいずれ」

 老兵とは思えないほど爽やかな笑顔を残して去っていった牛尾之背中に奇妙な安堵感を覚える佐次郎だった。

「さて、佐次郎。俺をここで雇ってくれんか?」

「へ? 俺が木村さまを雇うんですか?」

「そうだ。俺を雇ってくれ、鉄師さま」

 佐次郎が伽藍洞になった右目まで見開いて口をあんぐりと開けた。

「俺は何もできんけぇ、そりゃ政久様の軍師まで務められた木村様が来てくださるならこれ以上は無いけれど……なんというか、畏れ多いこってすわい」

「では決まりだな。まずはたたら場衆をこの地に戻し、この小屋の下を掘ってみようではないか。何が出てくるかお楽しみじゃのぉ」

「杣人の村に匿っとるたたら場衆も、そろそろ傷がいえた頃でしょう。佐助たちが戻ったら交代でこちらに呼び寄せます」

「おう、それが良い。それまでの我らの棲み処じゃが、どうやらここには住めそうな小屋はここしかないのぉ。夫婦の中に割って入るのも遠慮じゃし、家の者たちにも事の顛末を伝えねばならん。俺は一旦引き上げることにするよ。お前たちはここに残るんか?」

 春乃の頭をひと撫でした佐次郎が眉を下げた。

「一度は戻りたいと思うのですが、木村様と交代にしましょうか。それまではここにおりましょうわい」

「そうか。では先に整理をつけてくる。しばらくは夫婦水入らずで楽しんでくれ」

 そう言うと、木村はひらりと馬に飛び乗った。

「うまいもんですのぉ」

「ああ、何度も落ちて学んだよ。足が無ければ無いように暮らすしかないけぇな」

 佐次郎が何度もうんうんと頷いた。

「では、お気をつけて」

「ああ、お前たちもな」

 颯爽と駆け去った木村を見送ってから、少し離れた場所に控えていた佐助の方へ顔を向ける佐次郎。

「お前たちも戻れ。長い間ご苦労じゃったのぉ」

「へえ、わしらは半分ずつ戻る算段です。わしと後から来た者たちは残り、たたら場衆が来たらわしらも戻りますわい。その時は一緒に参りましょうな」

「そうか、ではそのようにしよう。それまではこの小屋で一緒に住まおうかのぉ」

「いやいや、わしらは杣人ですよ? わしらのねぐらは木の上と決まっとります」

「木の上で寝るの?」

 春乃が驚いた声を出した。

「そうですよ、御新造さん。枝と枝を括りつけた寝床はなかなか快適なんですわい」

「へぇぇぇ……」

 興味を示す春乃に佐次郎が言う。

「お前はダメじゃぞ。絶対に落ちるけぇ。お前はなかなか寝相が悪いでな」

 頬を真っ赤に染めて佐次郎の背中をポコポコと打つ春乃に、一同が揃って笑い声をあげた。
 やっと戻ってきた日常に、佐次郎は心からの幸せを嚙みしめる。

「腹が減りましたでしょう? 今日はなば(きのこ)汁ですよ」

 いつの間に用意したのか、松吉が小屋の前で鍋を火にかけている。

「米がありましたけぇ、たたら場衆に言うて分けてもらいました。あの人たちはずいぶん落ちこんどったけんど、大丈夫でしょうかのぉ」

 木の枝をくり抜いて作った急ごしらえの杓子で鍋をかき回しながら松吉が言う。

「そうか、落ちこんどったか。それだけあの宮は大事じゃったんじゃろうな」

「たたら場の鬼の棲み処が焼け落ちたら、もう加護は貰えんと言うとりました」

 ふと見ると、たたら場衆が住んでいる小屋の方でも煮炊きの煙が上がっている。
 絶望していようがなんだろうが、生きていれば腹が減る。
 喰らうためには戦もすれば略奪もする。
 まさに人間の業を見るような気分になった佐次郎が独り言のように言った。

「つわものどもが夢のあと……虚しいのぉ」
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