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19 大山という男
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「いや、佐次郎。お前はようやってくれた。ここは俺が引き受けよう。それよりもお前は早く血止めをいたせ」
そう言われて初めて佐次郎は自分が多くの傷を受けていることに気づいた。
「いや、小松様。俺のことはもはや捨ておいてくだされ。それよりも早う逆賊桜井を捕縛しましょうぞ。本隊が来るよりも早く我らが手で抑えねばなりますまい」
佐次郎の言うことはもっともだが、本隊が来ても政久を失った自分たちに未来はないのだ。
「俺も含めて領主たちは並んで腹を切る覚悟じゃ。それならばせめてもお前たちは生きて逃れよ。陣幕の中に我が家紋の入った大箱がある。それを持って去ね」
佐次郎が顔を顰めた。
「それは嫌じゃな」
その言葉に小松が忠勝から視線を外さないまま顔だけを佐次郎に向けた。
二人から約二間ほどの距離を保っている大山忠勝も驚いたように片眉をあげて佐次郎の方を見る。
「何を言うか。お前は祝言を挙げるのじゃろう? 戻らんでなんとするか」
小松があげた声に忠勝が驚いた。
「なんと! お前は嫁を貰うのか」
「おうよ。出雲国一の娘ごじゃ」
何の照れもなく真剣に言い返す佐次郎。
「じゃから戻れと申しておる!」
小松が再び叫んだ。
「ダメじゃ! 小松様と一緒でなければ戻るものか!」
佐次郎も叫び返す。
二人のやり取りを聞いていた忠勝がじりっと小松の方へにじり寄った。
それに気づいた小松が意識を忠勝の集中する。
「わかった。今はそれどころではないわい。この大男は俺に任せてお前は雑兵の捕縛を指揮してくれ。一匹たりとも逃すでないぞ」
まだ文句を言いそうな口をしていた佐次郎だったが、すでに二人は切り合いの間合いに入り、互いに力量を図り始めている。
こうなると下がるが作法とばかりに、佐次郎が一歩後ろへ引いた。
「なんじゃ? これは」
自分が立っていた場所を見た佐次郎が声を出した。
土が何かを吸い込んでどす黒くなっている。
ふと見ると、右肩に刺さったままの矢があった。
無造作にそれを折り抜くと、肉を切り裂くような痛みが走った。
「ここにも刺さっておるじゃないか」
右腿に二本、わき腹にも一本の矢が刺さっている。
身軽になるためとはいえ、鎧をつけなかった代償であろう。
しかし傷は全て右側だけだ。
「どうやら城壁の左翼は弓上手が揃っておったようじゃな」
佐次郎がそう言うと、小松と睨み合っている忠勝が声を出した。
「いや、鶴翼の右が遅かっただけの事であろう。いや、違うな。左翼が異常に早かった。お前が左翼の束ねか?」
その声に小松は答えない。
「ん?」
殺気は解かないまま、忠勝が遠くを見た。
城内にはすでに多くの尼子兵士が登ってきており、片っ端から捕縛を繰り返している。
門を守る小競合いにも決着がついたのか、兵たちが大門から雪崩れ込んでいた。
「これは拙いな。本隊の御到着か。おっ? あれは国久殿か? いやぁ、拙いマズイ。まさか新宮党を引き連れて……やぁ、拙いマズイぞ。全員そろっているではないか」
忠勝の殺気がスッと消えた。
一瞬の好機を見逃さず、小松が一歩踏み込んだ。
「あいや! 待たれよ。ここは素直に刀を納めますゆえ。ワシは国久殿とは旧知の仲でのぉ。本当は来たくはなかったのじゃが、殿のご命令とあらば逆らうこともできずというところなのじゃ」
小松がふと気を緩めた。
その瞬間、館の方からヒュンという音が聞こえた。
何者かが放った矢が小松を目掛けて飛んでくるではないか。
矢というものは正面からでは判別が難しいものだ。
斜から見ていた佐次郎だからわかったようなものだろう。
「危ない!」
距離で言えばほんの二間だ。
普段の佐次郎であれば飛べる距離だったのだが、如何せん右手も右足も深い傷を負っている。
「ええい!」
佐次郎が体ごと小松にぶつかる。
不意を突かれた小松の体が横に吹っ飛んだ。
「おのれぇぇぇぇ!」
そう叫びながら矢を射た者に向かって走り出したのは大山忠勝だった。
しかし放たれた矢は何かに当たらねば止まることはない。
「ドシュッ」
その音を拾った小松が慌てて体を起こすと、右目で矢を受け仁王立ちする佐次郎の姿が飛び込んできた。
「佐次郎ぉぉぉぉぉ!」
丁度その時、本隊の兵たちが磨石山城に雪崩れ込んできた。
武器を持った者たちは概ね捕縛されているとはいえ、女子供や雑役衆は後回しになっている。
「全て捕らえよ。死んでいる者も捨ておくな。この城にいる全て者を城前に並べるのだ」
静かだが、逆らうことなど許さないという威厳に満ちた声が轟いた。
本来であればその御前に走り寄り、首を垂れるべき小松だったが、彼は佐次郎を優先した。
「誰か! この男を支えてくれ!」
幸いと言うべきか、矢は貫通せず佐次郎の右眼球と頬骨を砕いただけで止まっていた。
そう言われて初めて佐次郎は自分が多くの傷を受けていることに気づいた。
「いや、小松様。俺のことはもはや捨ておいてくだされ。それよりも早う逆賊桜井を捕縛しましょうぞ。本隊が来るよりも早く我らが手で抑えねばなりますまい」
佐次郎の言うことはもっともだが、本隊が来ても政久を失った自分たちに未来はないのだ。
「俺も含めて領主たちは並んで腹を切る覚悟じゃ。それならばせめてもお前たちは生きて逃れよ。陣幕の中に我が家紋の入った大箱がある。それを持って去ね」
佐次郎が顔を顰めた。
「それは嫌じゃな」
その言葉に小松が忠勝から視線を外さないまま顔だけを佐次郎に向けた。
二人から約二間ほどの距離を保っている大山忠勝も驚いたように片眉をあげて佐次郎の方を見る。
「何を言うか。お前は祝言を挙げるのじゃろう? 戻らんでなんとするか」
小松があげた声に忠勝が驚いた。
「なんと! お前は嫁を貰うのか」
「おうよ。出雲国一の娘ごじゃ」
何の照れもなく真剣に言い返す佐次郎。
「じゃから戻れと申しておる!」
小松が再び叫んだ。
「ダメじゃ! 小松様と一緒でなければ戻るものか!」
佐次郎も叫び返す。
二人のやり取りを聞いていた忠勝がじりっと小松の方へにじり寄った。
それに気づいた小松が意識を忠勝の集中する。
「わかった。今はそれどころではないわい。この大男は俺に任せてお前は雑兵の捕縛を指揮してくれ。一匹たりとも逃すでないぞ」
まだ文句を言いそうな口をしていた佐次郎だったが、すでに二人は切り合いの間合いに入り、互いに力量を図り始めている。
こうなると下がるが作法とばかりに、佐次郎が一歩後ろへ引いた。
「なんじゃ? これは」
自分が立っていた場所を見た佐次郎が声を出した。
土が何かを吸い込んでどす黒くなっている。
ふと見ると、右肩に刺さったままの矢があった。
無造作にそれを折り抜くと、肉を切り裂くような痛みが走った。
「ここにも刺さっておるじゃないか」
右腿に二本、わき腹にも一本の矢が刺さっている。
身軽になるためとはいえ、鎧をつけなかった代償であろう。
しかし傷は全て右側だけだ。
「どうやら城壁の左翼は弓上手が揃っておったようじゃな」
佐次郎がそう言うと、小松と睨み合っている忠勝が声を出した。
「いや、鶴翼の右が遅かっただけの事であろう。いや、違うな。左翼が異常に早かった。お前が左翼の束ねか?」
その声に小松は答えない。
「ん?」
殺気は解かないまま、忠勝が遠くを見た。
城内にはすでに多くの尼子兵士が登ってきており、片っ端から捕縛を繰り返している。
門を守る小競合いにも決着がついたのか、兵たちが大門から雪崩れ込んでいた。
「これは拙いな。本隊の御到着か。おっ? あれは国久殿か? いやぁ、拙いマズイ。まさか新宮党を引き連れて……やぁ、拙いマズイぞ。全員そろっているではないか」
忠勝の殺気がスッと消えた。
一瞬の好機を見逃さず、小松が一歩踏み込んだ。
「あいや! 待たれよ。ここは素直に刀を納めますゆえ。ワシは国久殿とは旧知の仲でのぉ。本当は来たくはなかったのじゃが、殿のご命令とあらば逆らうこともできずというところなのじゃ」
小松がふと気を緩めた。
その瞬間、館の方からヒュンという音が聞こえた。
何者かが放った矢が小松を目掛けて飛んでくるではないか。
矢というものは正面からでは判別が難しいものだ。
斜から見ていた佐次郎だからわかったようなものだろう。
「危ない!」
距離で言えばほんの二間だ。
普段の佐次郎であれば飛べる距離だったのだが、如何せん右手も右足も深い傷を負っている。
「ええい!」
佐次郎が体ごと小松にぶつかる。
不意を突かれた小松の体が横に吹っ飛んだ。
「おのれぇぇぇぇ!」
そう叫びながら矢を射た者に向かって走り出したのは大山忠勝だった。
しかし放たれた矢は何かに当たらねば止まることはない。
「ドシュッ」
その音を拾った小松が慌てて体を起こすと、右目で矢を受け仁王立ちする佐次郎の姿が飛び込んできた。
「佐次郎ぉぉぉぉぉ!」
丁度その時、本隊の兵たちが磨石山城に雪崩れ込んできた。
武器を持った者たちは概ね捕縛されているとはいえ、女子供や雑役衆は後回しになっている。
「全て捕らえよ。死んでいる者も捨ておくな。この城にいる全て者を城前に並べるのだ」
静かだが、逆らうことなど許さないという威厳に満ちた声が轟いた。
本来であればその御前に走り寄り、首を垂れるべき小松だったが、彼は佐次郎を優先した。
「誰か! この男を支えてくれ!」
幸いと言うべきか、矢は貫通せず佐次郎の右眼球と頬骨を砕いただけで止まっていた。
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