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18 突破
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大門から打って出るつもりで用意をした忠勝だったが、中央を突破してきた流星を見た瞬間に考えを変えた。
「あの黒鹿毛が欲しい」
欲しいと思えばどうしても手に入れたいのが大山忠勝という男だ。
「ワシより大きな男を乗せてこれほどの足とは恐れ入る。あの大男さえいなくなればあの馬はワシのものじゃ」
城壁から身を乗り出すようにしていた忠勝が、ニヤッと笑って叫ぶ。
「あの大男を狙い撃ちじゃ。矢を射よ。必ず仕留めるのじゃ。ただしあの黒鹿毛には疵一つつけるでないぞ」
また無茶なことを言うと誰しもが思ったが、それを口に出せるほど豪胆な者はいない。
相談したわけではないが、全員の頭に同じ考えが浮かんだ。
「要するにこのお方はあの馬が欲しいのじゃな」
実にわかりやすい男だが、怒らせるとこれほど恐ろしい男もいまい。
けっか、全員が同じ行動をとることになる。
馬を狙わずにその背に乗る男だけを射落とすのは不可能だ。
「それそれ! 狙え狙え!」
後ろで弓兵を煽りながら、自分は体を半身乗り出している。
あの大男が落馬した瞬間に、城壁から飛び降りて馬を捕まえようと思っているのだ。
弓隊が放つ矢は、流星が駆け過ぎた場所へと落ちてゆく。
要するに狙ってはいるが、当てる気はないのだ。
「何をやっておるか! 動きを読んで射かけるのじゃ! これっ! この下手糞が!」
忠勝は必死で声を張るが、誰一人として本気で狙おうとはしていない。
流星が城壁のすぐ近くまで走り寄ったと思った刹那、方向を反転させてもと来た方向へと駆けだした。
「おぉぉぉ! 逃げるぞ! おいっ! あの男の背を狙え! 逃がすな!」
忠勝が城壁の外へ手を伸ばし、今にも飛び降りそうなほど体を乗り出した。
「ヒュンッ」
バシュッという音がして忠勝の左手首から先が飛んだ。
小松が放った矢が命中したのだ。
「うわぁ……こりゃ大損をこいたぞ」
無くなった左手首を目の高さまで持ち上げて、忠勝が素っ頓狂な声を出した。
「おい! そこのお前。肘の上を縛ってくれ。荒縄でも何でもよいから早うせえ」
弓隊の長が自分の襷を外して駆け寄った。
「ごめんなさいませよ」
渾身の力で忠勝の左肘上を縛る。
その手が震えているのは力を入れているからなのか、はたまた忠勝への恐怖なのかはわからない。
「おお、それでよい、止まり始めたぞ。ついでにこの刀を括りつけてくれ」
忠勝は腰に佩いていた中刃を弓隊長の前に突き出した。
「しっかり結わえてくれろ。腕を振っても微動だにせぬようにな」
中刃の鍔を傷口に密着するように押さえつけ、柄を三か所しっかりと括りつける。
「おお、良いなぁ。鞘には収まらんが、なかなかに使い勝手が良さそうじゃ」
そう言うと利き手である右手で大刃をスラリと引き抜く。
上機嫌で左手の中刃を振っている時、城壁の笠木瓦がカチャリと鳴った。
弓隊の一人がそれに気づき振り返ると、大きな槍の穂が見えた。
「なんじゃ?」
まるで宙から槍が湧いて出たようなその景色にキョトンとしていると、逆輪が見えて胴金がせり上がってきた。
次に見えるとすると管止めかなどと現実逃避をしていたが、その予想に反して現れたのはザンバラの髪が土埃で逆立ったようになった道庭佐次郎だった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
尻もちをつきながら叫ぶ弓兵。
周りの男たちが何事かと振り返った時、佐次郎の足が笠木を踏み割った。
弓というものは、本来遠くの的を射抜くためのものであり、接近戦には使わない。
弦に矢をかけている間に詰め寄られ切られてしまうからだ。
それでもなんとか矢を射ようと背負った矢籠に手を伸ばす。
「下がれ! お前たちはいずれにしても逃げられん。万が一のお情けをいただけるよう従順に控えよ」
佐次郎が怒号を発すると、弓兵たちはその場で頽れた。
「誰じゃ貴様は!」
萎れた兵士たちを蹴散らしながらやってきた大山忠勝は、仁王立ちをする佐次郎を見て不思議そうな顔をした。
「あれ? お前は先程の黒鹿毛と共に逃げたんじゃなかったか?」
「逃げた? ふざけたことをぬかすな! 俺が一番乗りじゃ」
この時代で、敵城へ一番乗りをするほど名誉なことはない。
根っからの武人である忠勝ももちろん同じ考えを持っていた。
両手に持った刀をだらりと両脇に下げて、作法に乗っ取り声を出す。
「敵ながらあっぱれな。我が名は大山忠勝と申す。桜井領主の客人として滞在しておる者じゃ。その恩に報いるためにも引くことはできぬが、一番乗りの名誉を勝ち取った武人の名を承ろうぞ」
佐次郎も作法通りの声を出した。
「我は尼子家家臣、道庭佐次郎と申す。すでに城は取り囲んだ。我らが勝利は揺るがぬぞ。軽々なことはせず、大人しく控えるが良かろう」
忠勝の目が光る。
弓兵たちはすでに戦意を喪失し、尻をついたまま後ろへずりずりと逃れようとしていた。
弓隊の攻撃が無くなった尼子軍は、われ先にと城壁に取り付いて登り始めた。
「佐次郎!」
登り切った一団の先頭は小松伊十郎だった。
「小松様、ここは俺が。桜井は中におりましょう」
忠勝の放つ殺気に、この場を離れることに躊躇する小松。
「ワシは桜井の者ではない。桜井なら屋敷の一番奥で震えておるわい」
そう言いながらも忠勝は佐次郎から視線を外さなかった。
「あの黒鹿毛が欲しい」
欲しいと思えばどうしても手に入れたいのが大山忠勝という男だ。
「ワシより大きな男を乗せてこれほどの足とは恐れ入る。あの大男さえいなくなればあの馬はワシのものじゃ」
城壁から身を乗り出すようにしていた忠勝が、ニヤッと笑って叫ぶ。
「あの大男を狙い撃ちじゃ。矢を射よ。必ず仕留めるのじゃ。ただしあの黒鹿毛には疵一つつけるでないぞ」
また無茶なことを言うと誰しもが思ったが、それを口に出せるほど豪胆な者はいない。
相談したわけではないが、全員の頭に同じ考えが浮かんだ。
「要するにこのお方はあの馬が欲しいのじゃな」
実にわかりやすい男だが、怒らせるとこれほど恐ろしい男もいまい。
けっか、全員が同じ行動をとることになる。
馬を狙わずにその背に乗る男だけを射落とすのは不可能だ。
「それそれ! 狙え狙え!」
後ろで弓兵を煽りながら、自分は体を半身乗り出している。
あの大男が落馬した瞬間に、城壁から飛び降りて馬を捕まえようと思っているのだ。
弓隊が放つ矢は、流星が駆け過ぎた場所へと落ちてゆく。
要するに狙ってはいるが、当てる気はないのだ。
「何をやっておるか! 動きを読んで射かけるのじゃ! これっ! この下手糞が!」
忠勝は必死で声を張るが、誰一人として本気で狙おうとはしていない。
流星が城壁のすぐ近くまで走り寄ったと思った刹那、方向を反転させてもと来た方向へと駆けだした。
「おぉぉぉ! 逃げるぞ! おいっ! あの男の背を狙え! 逃がすな!」
忠勝が城壁の外へ手を伸ばし、今にも飛び降りそうなほど体を乗り出した。
「ヒュンッ」
バシュッという音がして忠勝の左手首から先が飛んだ。
小松が放った矢が命中したのだ。
「うわぁ……こりゃ大損をこいたぞ」
無くなった左手首を目の高さまで持ち上げて、忠勝が素っ頓狂な声を出した。
「おい! そこのお前。肘の上を縛ってくれ。荒縄でも何でもよいから早うせえ」
弓隊の長が自分の襷を外して駆け寄った。
「ごめんなさいませよ」
渾身の力で忠勝の左肘上を縛る。
その手が震えているのは力を入れているからなのか、はたまた忠勝への恐怖なのかはわからない。
「おお、それでよい、止まり始めたぞ。ついでにこの刀を括りつけてくれ」
忠勝は腰に佩いていた中刃を弓隊長の前に突き出した。
「しっかり結わえてくれろ。腕を振っても微動だにせぬようにな」
中刃の鍔を傷口に密着するように押さえつけ、柄を三か所しっかりと括りつける。
「おお、良いなぁ。鞘には収まらんが、なかなかに使い勝手が良さそうじゃ」
そう言うと利き手である右手で大刃をスラリと引き抜く。
上機嫌で左手の中刃を振っている時、城壁の笠木瓦がカチャリと鳴った。
弓隊の一人がそれに気づき振り返ると、大きな槍の穂が見えた。
「なんじゃ?」
まるで宙から槍が湧いて出たようなその景色にキョトンとしていると、逆輪が見えて胴金がせり上がってきた。
次に見えるとすると管止めかなどと現実逃避をしていたが、その予想に反して現れたのはザンバラの髪が土埃で逆立ったようになった道庭佐次郎だった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
尻もちをつきながら叫ぶ弓兵。
周りの男たちが何事かと振り返った時、佐次郎の足が笠木を踏み割った。
弓というものは、本来遠くの的を射抜くためのものであり、接近戦には使わない。
弦に矢をかけている間に詰め寄られ切られてしまうからだ。
それでもなんとか矢を射ようと背負った矢籠に手を伸ばす。
「下がれ! お前たちはいずれにしても逃げられん。万が一のお情けをいただけるよう従順に控えよ」
佐次郎が怒号を発すると、弓兵たちはその場で頽れた。
「誰じゃ貴様は!」
萎れた兵士たちを蹴散らしながらやってきた大山忠勝は、仁王立ちをする佐次郎を見て不思議そうな顔をした。
「あれ? お前は先程の黒鹿毛と共に逃げたんじゃなかったか?」
「逃げた? ふざけたことをぬかすな! 俺が一番乗りじゃ」
この時代で、敵城へ一番乗りをするほど名誉なことはない。
根っからの武人である忠勝ももちろん同じ考えを持っていた。
両手に持った刀をだらりと両脇に下げて、作法に乗っ取り声を出す。
「敵ながらあっぱれな。我が名は大山忠勝と申す。桜井領主の客人として滞在しておる者じゃ。その恩に報いるためにも引くことはできぬが、一番乗りの名誉を勝ち取った武人の名を承ろうぞ」
佐次郎も作法通りの声を出した。
「我は尼子家家臣、道庭佐次郎と申す。すでに城は取り囲んだ。我らが勝利は揺るがぬぞ。軽々なことはせず、大人しく控えるが良かろう」
忠勝の目が光る。
弓兵たちはすでに戦意を喪失し、尻をついたまま後ろへずりずりと逃れようとしていた。
弓隊の攻撃が無くなった尼子軍は、われ先にと城壁に取り付いて登り始めた。
「佐次郎!」
登り切った一団の先頭は小松伊十郎だった。
「小松様、ここは俺が。桜井は中におりましょう」
忠勝の放つ殺気に、この場を離れることに躊躇する小松。
「ワシは桜井の者ではない。桜井なら屋敷の一番奥で震えておるわい」
そう言いながらも忠勝は佐次郎から視線を外さなかった。
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