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23 親の顔
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陣幕の後ろで人影が動いた。
国久がすかさず声を掛けると、木村喜平が声を出した。
「道庭佐次郎は生きておりますが、とても歩ける状態ではありません。意識は戻っておりますがいかがいたしましょうや」
「生きておったか。ほぉ、あの傷でのぉ。さすが鬼じゃな」
国久の声に経久が顔を向けた。
「鬼? 阿用の鬼を捕獲したのか?」
「あっ、いえ。鬼のように大きな男がおりましてなぁ。その者はあの大山忠勝からワシを庇って傷を負いましたのじゃ。おお、その者ですわい、父上に会いたいと申しておるのは」
「そうか、鬼か。歩けぬと申したか? そうか、お前は鬼に助けられたか。ならば父としても礼を言わねばなるまいのぉ。又四郎ばかりでなく孫四郎まで失ったとなれば……それほどの戦になるとは思いもせなんだが」
国久は返事をせずその場で拳を握って俯いた。
政久の側から離れ難いのか、口ではそう言いながらも動こうとはしない経久。
急かすこともできず、その場にいる全員がただじっと時を待っていた。
「失礼仕る」
外から声を掛けてきたのは、参戦した領主たちの中でも代表格ともいえる牛尾高信だった。
経久が顎をスンと動かし、国久に入れろと指示を出す。
「入られませい」
国久の声に陣幕が上がった。
「ご当主様。我らに罰を賜りとう参じました」
経久が振り返る。
「罰? 罰とは何に対する罰ですかな?」
「ご嫡男政久様のお命を散らしてしまった罰でございます」
「政久の命……」
経久がギュッと拳を握った。
「罰を望むということはあなた達が寄って集って政久を殺したということかの?」
「いやっ、決してそのようなことはございませぬ」
「ではなぜ? ワシはまだ政久がどのようにして命を落としたのかも知らぬままじゃ。誰も詳しい説明をしてはくれぬでのぉ」
「それは……」
牛尾高信は静かな声で昨夜の状況を説明し始めた。
高信の後ろで控えている領主たちは息を殺すようにして控えている。
膠着した戦況に敵も味方も倦んでいたことや、小競合いはあるものの、城に籠った桜井からは降伏を促す書状への返事さえなかったことなど、事実だけを淡々と述べた。
「士気が下がった兵たちに、ひと時の安らぎを与えんとなさった政久様が、櫓に上られ笛をお吹きになったのでございます。兵たちは皆喜び、笛の音を聞いた翌日には士気が戻っておりました」
「そうか。政久らしいやり方じゃの」
「昨夜も同じようになさいました。今までと違っていたのは、明朝には全軍で城攻めをすると決していたことでございます。兵たちは食料を持ち寄り、車座になっておりました。荷を持ちかえる必要は無いと政久様より、全員に酒の下賜もございました」
「うむ、持って行った酒を持ちかえるなどバカバカしい事じゃ」
そこで高信はいったん言葉を切った。
経久が先を促すように顔を向ける。
そこには猛将とも鬼神とも言われた男の姿はなく、ただ愛した息子の死を悼む初老の男が立っているだけだった。
砂塵が舞い上がり陣幕を揺らす。
「明日は死ぬ敵兵たちにも、最後の餞をと仰って最前線の櫓へと向かわれたのです」
高信の言葉に経久の肩が揺れた。
「最前線……」
「はい、最前線と申しましても矢は届かないほど離れておりました。一度はお止めしたものの、あの優しいお声で『まあそう言うな。最後の夜じゃ』との言葉に……我らは……頷いてしもうたのでございます」
高信がその場で土下座をするように泣き臥せった。
経久が静かな声を出した。
「なるほど、それが罪だと?」
「はい」
「そうか、そういうことであれば確かに罪じゃのう。誰もついて行かなんだのか」
「いえ、いつものように周りを兵で固めておりました」
「それなのに? まあ矢では防げなんだということか……近くにおった者たちが怪しいのではないか? 敵兵が紛れておったということはないのか?」
「昨夜は雲が月を隠し、夜目の利く者さえ躓くほどの闇でした。最前線の櫓におりました兵たちはみな顔見知りの者たちだったと聞いております」
「聞いておりますだと?」
経久の後ろ髪が怒気で膨れた。
国久が慌てて間に入る。
「どこの兵がおったのか」
高信の後ろから小松伊十郎が進み出た。
「小松伊十郎が配下の者たちでございました」
国久が目を見開く。
「おおっ! お前のところのか。新参はおらなんだのか?」
「はい、あの隊は道庭佐次郎に差配させておった杣人の集団でございます。あの者たちは動きが猿のように早く、攪乱させるために最前線に配置しておりました」
「道庭佐次郎?」
経久がどこかで聞いた名前だという顔をした。
「父上に会いたいと申しておる者ですよ」
国久の声に経久の眉がぴくっと動く。
「お前を庇ったという者か?」
「はい」
その時、黙っていた牛尾高信が声を出した。
「その者は怪しゅうはござりませぬ」
経久が初めて正面から牛尾高信を見た。
国久がすかさず声を掛けると、木村喜平が声を出した。
「道庭佐次郎は生きておりますが、とても歩ける状態ではありません。意識は戻っておりますがいかがいたしましょうや」
「生きておったか。ほぉ、あの傷でのぉ。さすが鬼じゃな」
国久の声に経久が顔を向けた。
「鬼? 阿用の鬼を捕獲したのか?」
「あっ、いえ。鬼のように大きな男がおりましてなぁ。その者はあの大山忠勝からワシを庇って傷を負いましたのじゃ。おお、その者ですわい、父上に会いたいと申しておるのは」
「そうか、鬼か。歩けぬと申したか? そうか、お前は鬼に助けられたか。ならば父としても礼を言わねばなるまいのぉ。又四郎ばかりでなく孫四郎まで失ったとなれば……それほどの戦になるとは思いもせなんだが」
国久は返事をせずその場で拳を握って俯いた。
政久の側から離れ難いのか、口ではそう言いながらも動こうとはしない経久。
急かすこともできず、その場にいる全員がただじっと時を待っていた。
「失礼仕る」
外から声を掛けてきたのは、参戦した領主たちの中でも代表格ともいえる牛尾高信だった。
経久が顎をスンと動かし、国久に入れろと指示を出す。
「入られませい」
国久の声に陣幕が上がった。
「ご当主様。我らに罰を賜りとう参じました」
経久が振り返る。
「罰? 罰とは何に対する罰ですかな?」
「ご嫡男政久様のお命を散らしてしまった罰でございます」
「政久の命……」
経久がギュッと拳を握った。
「罰を望むということはあなた達が寄って集って政久を殺したということかの?」
「いやっ、決してそのようなことはございませぬ」
「ではなぜ? ワシはまだ政久がどのようにして命を落としたのかも知らぬままじゃ。誰も詳しい説明をしてはくれぬでのぉ」
「それは……」
牛尾高信は静かな声で昨夜の状況を説明し始めた。
高信の後ろで控えている領主たちは息を殺すようにして控えている。
膠着した戦況に敵も味方も倦んでいたことや、小競合いはあるものの、城に籠った桜井からは降伏を促す書状への返事さえなかったことなど、事実だけを淡々と述べた。
「士気が下がった兵たちに、ひと時の安らぎを与えんとなさった政久様が、櫓に上られ笛をお吹きになったのでございます。兵たちは皆喜び、笛の音を聞いた翌日には士気が戻っておりました」
「そうか。政久らしいやり方じゃの」
「昨夜も同じようになさいました。今までと違っていたのは、明朝には全軍で城攻めをすると決していたことでございます。兵たちは食料を持ち寄り、車座になっておりました。荷を持ちかえる必要は無いと政久様より、全員に酒の下賜もございました」
「うむ、持って行った酒を持ちかえるなどバカバカしい事じゃ」
そこで高信はいったん言葉を切った。
経久が先を促すように顔を向ける。
そこには猛将とも鬼神とも言われた男の姿はなく、ただ愛した息子の死を悼む初老の男が立っているだけだった。
砂塵が舞い上がり陣幕を揺らす。
「明日は死ぬ敵兵たちにも、最後の餞をと仰って最前線の櫓へと向かわれたのです」
高信の言葉に経久の肩が揺れた。
「最前線……」
「はい、最前線と申しましても矢は届かないほど離れておりました。一度はお止めしたものの、あの優しいお声で『まあそう言うな。最後の夜じゃ』との言葉に……我らは……頷いてしもうたのでございます」
高信がその場で土下座をするように泣き臥せった。
経久が静かな声を出した。
「なるほど、それが罪だと?」
「はい」
「そうか、そういうことであれば確かに罪じゃのう。誰もついて行かなんだのか」
「いえ、いつものように周りを兵で固めておりました」
「それなのに? まあ矢では防げなんだということか……近くにおった者たちが怪しいのではないか? 敵兵が紛れておったということはないのか?」
「昨夜は雲が月を隠し、夜目の利く者さえ躓くほどの闇でした。最前線の櫓におりました兵たちはみな顔見知りの者たちだったと聞いております」
「聞いておりますだと?」
経久の後ろ髪が怒気で膨れた。
国久が慌てて間に入る。
「どこの兵がおったのか」
高信の後ろから小松伊十郎が進み出た。
「小松伊十郎が配下の者たちでございました」
国久が目を見開く。
「おおっ! お前のところのか。新参はおらなんだのか?」
「はい、あの隊は道庭佐次郎に差配させておった杣人の集団でございます。あの者たちは動きが猿のように早く、攪乱させるために最前線に配置しておりました」
「道庭佐次郎?」
経久がどこかで聞いた名前だという顔をした。
「父上に会いたいと申しておる者ですよ」
国久の声に経久の眉がぴくっと動く。
「お前を庇ったという者か?」
「はい」
その時、黙っていた牛尾高信が声を出した。
「その者は怪しゅうはござりませぬ」
経久が初めて正面から牛尾高信を見た。
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