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29 末路
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本城に戻った経久は、政久の死を公表しなかった。
かといって隠ぺいするでもなく、公の場でその話になれば『病死』とだけ答えている。
本城に連れ帰られた桜井宗的は手足を切り落とされ、経久お気に入りの側室の庭に磔にされた。
そして毎日、喉と心臓の前には鉄の板を貼られ、即死できない状態にされたまま弓矢の的になっている。
矢を射るのは経久と国久の二人だ。
二人はわざと急所を外し、毎日一本ずつ矢を射った。
あまりにも流血すると医者に手当をさせて、また矢を射るのだ。
「話を……話を聞いてくだされ」
「何を言うておるのかさっぱりわからぬのぉ。孫四郎、お前わかるか?」
「いえ、あれはわが国の言葉ではないでしょう」
桜井宗的の言葉に耳を貸すものなどいない。
ただ無表情で日課のように矢を射かける尼子親子に、宗的の精神は崩壊していく。
「殺してくれ。いっそ殺してくれ」
宗的の叫びを聞く者はいない。
おかしくなった宗的はただへらへらと笑うだけになっていた。
「そろそろ飽きた」
経久の一言で、ぼろ切れになった宗的は塩の樽に埋め込まれて自分の城のあった磨石山に戻された。
あれからひと月も経つのに、まだ血の匂いが充満している。
雑に埋められた遺体は獣たちのエサになり、ここそこに白骨が散らばっていた。
「さあ、戻ってきたぞ。良かったなぁ」
そう言って笑いながら宗的が入った樽を転がす雑兵。
地面に染み込んだ血のせいなのか、元々鉄分を多く含む土質だったのか、赤い荒野の真ん中に取り残される宗的。
樽の箍がはずされ、宗的の体が血を含んだ塩と共にばらけるように転がった。
「ご当主様はお優しいのぉ。これほどの罪人を家に戻してくれるのじゃからのぉ」
笑いながらそう言った雑兵は、高い木の中ほどにねぐらを作り始めた。
「まあ三日も持つまいが、見届けるのも難儀な事じゃな」
そう言うなり木の上に登ってしまった。
取り残された宗的は、出立時に切り取られてしまっているために舌をかみ切ることもできず、ただ近寄ってくる獣にされるがままになるしかない。
「うぅぅぅぅ」
男たちが消えた荒野に夜がやってくる。
あくる朝、ぼんやりと明るくなった頃には、樽の残骸しか残っていなかった。
「ああ、思ったより早かったのぉ。一夜ももたなんだか。まあこれでやっと帰れるわい」
木から降りた男たちは、嬉しそうに話しながら、ゆっくりと磨石山を下って行った。
そして大山忠勝は荼毘に付され、その愛刀と甲冑と共に毛利家に送り返されている。
受け取りを拒否した毛利だったが、尼子側の使者は無理やり門前に置いて去った。
「捨ててこい」
当主元就の言葉によって、山奥の谷から無残に放り投げられ、その報告を聞いた尼子経久は、眉一つ動かさずほんの少し頷いただけだった。
戦を終えて本城に集結した参戦領主達への咎めは一切なかった。
それどころか褒章を渡され、それぞれの領地に戻ることを許されたのだ。
命を差し出す覚悟をしていた領主たちは、改めて尼子家に忠誠を誓うことになったが、その心の深いところでは尼子経久という男に対するとんでもない程の畏怖が芽生えていた。
「しかし父上もなかなかの策士じゃな」
そう言いながら自城に戻っていく国久。
後日談ではあるが、新宮党を率いて尼子家のために獅子奮迅の働きをすることになるこの国久には、経久によって次期当主となった政久の嫡男によって討伐される運命が待っている。
一方、やっとのことで道庭家に戻った佐次郎。
迎えた父と兄は、ホッタイソウが無いとダメだと言われて肩を落とした。
しかし、追って届けられた木村からの便りにより、すでにホッタイソウの収穫のために赴いた男たちがいると知り、ホッと胸を撫でおろしたのだ。
本城から戻ってきた小松によって、佐次郎のために経久が差し出したものの大きさを知り、ありがたいやら畏れ多いやらで、目を白黒させることになる。
「どうじゃ佐次郎。今日も痛むか?」
眠る佐次郎にそう声を掛けるのは兄の右京だ。
「まだ痛がるのか?」
滞在している小松の声に右京が顔を向けた。
「いや、いっそ痛いと泣き叫んでくれたらと思うほど静かなものだ。俺の代わりにこうなったのだと思うと居た堪れんよ」
小松がホウッと息を吐いた。
「それを言うなら俺こそだ。俺を庇って佐次郎は矢を受けたのだからな」
右京がうなだれる伊十郎の肩に手を置いた。
「お前の代わりとなったのであれば佐次郎は本望であろうよ。こいつはお前を尊敬していたからなぁ。病弱な俺よりお前の弟であればこいつももっと違生き方ができなのかもしれん」
「何を言うか!」
そう怒鳴った伊十郎の後ろの襖が音をたてて開いた。
「なんてことを言うのかね! 右京さまは!」
仁王立ちしているのは春乃だった。
「春乃……」
春乃がドカドカと座敷に入るなり、右京の襟を握る。
「佐次郎様は右京さまが大好きなんじゃ! 右京さまの弟であることが佐次郎様の唯一の自慢なのじゃ! それなのになんということを言いなさるのか!」
春乃の剣幕に頭脳明晰で誉れ高い右京も、文武両道で殿さまの覚えも目出度い小松伊十郎も動くことができなかった。
「何をするか! 無礼者め!」
乱入してきたのは右京の妻である佳代だ。
佳代は春乃の襟首を握って引き倒し、庭まで引き摺って行った。
「主に向かって何たる無礼か! もう許さぬ。即刻屋敷から出ていけ!」
土だらけになりながらも上半身を起こした春乃が佳代に言い返す。
「そうじゃ。主は右京さまじゃ。あなた様ではないわい。右京さまの命令でなければ私は動かんぞ! それになんじゃ、怪我をして戻られた佐次郎様に対するこの仕打ちは! 右京さまのおられぬところで何をしているか全部喋ってやるぞ!」
佳代が一瞬怯んだ。
右京は片膝を立てて立ち上がろうとしたが、胸に苦しさを覚えて咳きこんでしまう。
伊十郎がその背を摩りながら佳代に顔を向けた。
かといって隠ぺいするでもなく、公の場でその話になれば『病死』とだけ答えている。
本城に連れ帰られた桜井宗的は手足を切り落とされ、経久お気に入りの側室の庭に磔にされた。
そして毎日、喉と心臓の前には鉄の板を貼られ、即死できない状態にされたまま弓矢の的になっている。
矢を射るのは経久と国久の二人だ。
二人はわざと急所を外し、毎日一本ずつ矢を射った。
あまりにも流血すると医者に手当をさせて、また矢を射るのだ。
「話を……話を聞いてくだされ」
「何を言うておるのかさっぱりわからぬのぉ。孫四郎、お前わかるか?」
「いえ、あれはわが国の言葉ではないでしょう」
桜井宗的の言葉に耳を貸すものなどいない。
ただ無表情で日課のように矢を射かける尼子親子に、宗的の精神は崩壊していく。
「殺してくれ。いっそ殺してくれ」
宗的の叫びを聞く者はいない。
おかしくなった宗的はただへらへらと笑うだけになっていた。
「そろそろ飽きた」
経久の一言で、ぼろ切れになった宗的は塩の樽に埋め込まれて自分の城のあった磨石山に戻された。
あれからひと月も経つのに、まだ血の匂いが充満している。
雑に埋められた遺体は獣たちのエサになり、ここそこに白骨が散らばっていた。
「さあ、戻ってきたぞ。良かったなぁ」
そう言って笑いながら宗的が入った樽を転がす雑兵。
地面に染み込んだ血のせいなのか、元々鉄分を多く含む土質だったのか、赤い荒野の真ん中に取り残される宗的。
樽の箍がはずされ、宗的の体が血を含んだ塩と共にばらけるように転がった。
「ご当主様はお優しいのぉ。これほどの罪人を家に戻してくれるのじゃからのぉ」
笑いながらそう言った雑兵は、高い木の中ほどにねぐらを作り始めた。
「まあ三日も持つまいが、見届けるのも難儀な事じゃな」
そう言うなり木の上に登ってしまった。
取り残された宗的は、出立時に切り取られてしまっているために舌をかみ切ることもできず、ただ近寄ってくる獣にされるがままになるしかない。
「うぅぅぅぅ」
男たちが消えた荒野に夜がやってくる。
あくる朝、ぼんやりと明るくなった頃には、樽の残骸しか残っていなかった。
「ああ、思ったより早かったのぉ。一夜ももたなんだか。まあこれでやっと帰れるわい」
木から降りた男たちは、嬉しそうに話しながら、ゆっくりと磨石山を下って行った。
そして大山忠勝は荼毘に付され、その愛刀と甲冑と共に毛利家に送り返されている。
受け取りを拒否した毛利だったが、尼子側の使者は無理やり門前に置いて去った。
「捨ててこい」
当主元就の言葉によって、山奥の谷から無残に放り投げられ、その報告を聞いた尼子経久は、眉一つ動かさずほんの少し頷いただけだった。
戦を終えて本城に集結した参戦領主達への咎めは一切なかった。
それどころか褒章を渡され、それぞれの領地に戻ることを許されたのだ。
命を差し出す覚悟をしていた領主たちは、改めて尼子家に忠誠を誓うことになったが、その心の深いところでは尼子経久という男に対するとんでもない程の畏怖が芽生えていた。
「しかし父上もなかなかの策士じゃな」
そう言いながら自城に戻っていく国久。
後日談ではあるが、新宮党を率いて尼子家のために獅子奮迅の働きをすることになるこの国久には、経久によって次期当主となった政久の嫡男によって討伐される運命が待っている。
一方、やっとのことで道庭家に戻った佐次郎。
迎えた父と兄は、ホッタイソウが無いとダメだと言われて肩を落とした。
しかし、追って届けられた木村からの便りにより、すでにホッタイソウの収穫のために赴いた男たちがいると知り、ホッと胸を撫でおろしたのだ。
本城から戻ってきた小松によって、佐次郎のために経久が差し出したものの大きさを知り、ありがたいやら畏れ多いやらで、目を白黒させることになる。
「どうじゃ佐次郎。今日も痛むか?」
眠る佐次郎にそう声を掛けるのは兄の右京だ。
「まだ痛がるのか?」
滞在している小松の声に右京が顔を向けた。
「いや、いっそ痛いと泣き叫んでくれたらと思うほど静かなものだ。俺の代わりにこうなったのだと思うと居た堪れんよ」
小松がホウッと息を吐いた。
「それを言うなら俺こそだ。俺を庇って佐次郎は矢を受けたのだからな」
右京がうなだれる伊十郎の肩に手を置いた。
「お前の代わりとなったのであれば佐次郎は本望であろうよ。こいつはお前を尊敬していたからなぁ。病弱な俺よりお前の弟であればこいつももっと違生き方ができなのかもしれん」
「何を言うか!」
そう怒鳴った伊十郎の後ろの襖が音をたてて開いた。
「なんてことを言うのかね! 右京さまは!」
仁王立ちしているのは春乃だった。
「春乃……」
春乃がドカドカと座敷に入るなり、右京の襟を握る。
「佐次郎様は右京さまが大好きなんじゃ! 右京さまの弟であることが佐次郎様の唯一の自慢なのじゃ! それなのになんということを言いなさるのか!」
春乃の剣幕に頭脳明晰で誉れ高い右京も、文武両道で殿さまの覚えも目出度い小松伊十郎も動くことができなかった。
「何をするか! 無礼者め!」
乱入してきたのは右京の妻である佳代だ。
佳代は春乃の襟首を握って引き倒し、庭まで引き摺って行った。
「主に向かって何たる無礼か! もう許さぬ。即刻屋敷から出ていけ!」
土だらけになりながらも上半身を起こした春乃が佳代に言い返す。
「そうじゃ。主は右京さまじゃ。あなた様ではないわい。右京さまの命令でなければ私は動かんぞ! それになんじゃ、怪我をして戻られた佐次郎様に対するこの仕打ちは! 右京さまのおられぬところで何をしているか全部喋ってやるぞ!」
佳代が一瞬怯んだ。
右京は片膝を立てて立ち上がろうとしたが、胸に苦しさを覚えて咳きこんでしまう。
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