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49 神への貢物
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男を見送った村長が振り返る。
「さあさあ、朝餉にしましょうかのぉ。言うてもロクなもんはないけぇ勘弁してくれろ」
たたら場衆の一人が頭を下げた。
「ワシらは殺されても文句が言えんようなことをしたんじゃ。それが飯まで食わせてもらえるとは……本当にありがたいこってすわい」
たたら場衆が全員頭を下げる。
「まあ、ここいらは贅沢を言わねば食うものには困りませんでのぉ。もうすぐ田植えも始まるけぇね。それまでには終わらせたいものですわい」
一人の男が声を出した。
「たたら場まで裏道を使えば三日ほどで行けますわい。わしらはわざと遠回りしてここまで来たんじゃ。あいつらは裏道を知らんけぇ、大回りすることになるけぇ十日ほどもかかりましょうわい」
村長がゆっくりと頷いた。
「裏道は馬が通れますかの?」
「通る幅はあるけんどが、大概の馬は恐れてよう進まんですよ。仔馬の頃から慣らしとるたたら場の馬なら平気ですがのぉ」
どうやら裏道というのはたたら場衆だけが知る道のようで、かなりの断崖を縫うように通っているらしい。
村長がパンッと手を打った。
「後で佐次郎さまが来なさるけぇ、話はそれからじゃ。まずは腹を拵えましょうわい」
女たちが握り飯と筍の味噌汁を運んできた。
飯といっても半分以上が粟や稗だが、ここらではそれが当たり前の食事だ。
それを当たり前のように旨そうに頬張るたたら場衆も、それほど豊かとはいえない暮らし向きなのだろう。
「ありがてぇ……子らに食わしてやりてぇものじゃ」
筍の味噌汁を一口すすった男が涙を流した。
食事を配っている杣人の女房が聞く。
「筍が珍しいんかね? ここらじゃ食い切れんほどとれるんじゃがのぉ」
男が女房を見上げて声を出した。
「たたら場の周りは草木も生えとらんですよ。というより、ワシらは山を削って砂鉄をとるけぇね。集落は谷の底のようになっとるんです。畑も田んぼも遠い。ジイババだけではどうしようもないんですわい」
「ああ、聞いたことがあるよ。山内(さんない=たたら職人の集落)いうんじゃろ? うちの者達も山の恵みで生きておるが、大地を削りはせんけぇ、神様も怒りはせんが……あんたらは大変じゃろうねぇ」
他のたたら場衆が口を開く。
「山内の者は五年に一度、神様に捧げものをするんです。それで許して貰ろうとるのですよ」
「へぇ、何を捧げるん?」
「生娘です。村一番の器量よしを神様に捧げます」
杣人たちの手がピタッと止まった。
「そりゃ……人身御供かね」
たたら場衆が静かに頷いた。
一人の男が泣き声を漏らす。
「今年が五年目なんじゃ……ワシの妹が……選ばれとるんじゃ……サキは生まれた時からそう言われて育っとるけぇ……でも毎日隠れて泣いとるよ。かわいそうにまだ十五じゃに……」
他の男が泣き続ける男の肩を擦る。
「サキちゃんが器量よしに育ってくれたけぇ……ワシらはまた鉄が作れるんじゃ。お前らには本当に申し訳ないが……わかってくれろ」
杣人の女房が悲しそうな顔でたたら場衆を見た。
村長が静かな声を出す。
「ワシらの村にもそういう風習があったですよ。ワシの姉が最後じゃった。姉は最後に笑ってワシの頭を撫でてくれましたわい。そうして一人で神代沼に入って行きなさった」
その場が静まり返る。
杣人たちもたたら場衆も、自分たちの暮らしが無辜の女の犠牲の上に成り立っていることを改めて思った。
それでも毎日働き、子を成し集落を存続させていかねばならない。
仕方がないと言い聞かせて、目を瞑るしか術はないのだ。
村長が続けた。
「でものぉ。姉が最後じゃったんじゃ。ワシらは腹を括ったんですわい。生娘を供えんと許さんいうような神様なんぞ要らんとね」
たたら場衆が一斉に顔を上げた。
「そんなん神様じゃ無いじゃろ? 神様いうんはもっと優しいもんじゃろ? ワシらは確かに山の恵みで生きておるが、必要以上には獲らんし、無用な殺生はせん。それがダメじゃ言うんなら、神様がワシらを見捨てたいうことじゃろ? あっちが見捨てるならこっちも見限るだけじゃ。そう話し合って捧げものを止めたのですじゃ」
たたら場衆を纏めているらしき男が声を出す。
「それでも大丈夫じゃったんですか?」
「ええ、なんも無いですよ。むしろ暮らし向きは楽になりましたわい」
杣人衆が頷く。
「なんも……ない? そうなんか? なんも?」
中年の杣人が口を開いた。
「山には山の都合があるんですよ。ワシらの都合ばかり押し付けたらいけんのです。山は偉いけぇねぇ、獲ってもええもんだけ教えてくれるんですじゃ。毎日山に入っとったらわかるんですよ。この木は切ってもええよとか、この木の実は食い頃じゃとかね。全部山が教えてくれるんですよ」
他の杣人が言う。
「山がええよと言うたもんだけ貰うんです。そのお礼にワシらは下刈りや蔓切りをするんですわい。そうしたら山も喜んで茂ってくれる。それが獣を呼んでワシらも潤うんです」
たたら場衆達がポカンと口を開けている。
「要するに互いに敬意をもって共存するってこってす。どっちかだけが得をするんはダメじゃけぇね」
杣人の女房の一人であろう老女が声を出した。
「わしらのために尊きお命を捧げてくれたご先祖様のことを忘れたことは無いですよ。そのために年に一度じゃが祭をするんですけぇ。ご先祖様達を呼んで、一緒に食うて飲んで踊るんですわい」
老女の声に頷くように、村長の家の前のクスノキがざわわと枝を打ち鳴らした。
「さあさあ、朝餉にしましょうかのぉ。言うてもロクなもんはないけぇ勘弁してくれろ」
たたら場衆の一人が頭を下げた。
「ワシらは殺されても文句が言えんようなことをしたんじゃ。それが飯まで食わせてもらえるとは……本当にありがたいこってすわい」
たたら場衆が全員頭を下げる。
「まあ、ここいらは贅沢を言わねば食うものには困りませんでのぉ。もうすぐ田植えも始まるけぇね。それまでには終わらせたいものですわい」
一人の男が声を出した。
「たたら場まで裏道を使えば三日ほどで行けますわい。わしらはわざと遠回りしてここまで来たんじゃ。あいつらは裏道を知らんけぇ、大回りすることになるけぇ十日ほどもかかりましょうわい」
村長がゆっくりと頷いた。
「裏道は馬が通れますかの?」
「通る幅はあるけんどが、大概の馬は恐れてよう進まんですよ。仔馬の頃から慣らしとるたたら場の馬なら平気ですがのぉ」
どうやら裏道というのはたたら場衆だけが知る道のようで、かなりの断崖を縫うように通っているらしい。
村長がパンッと手を打った。
「後で佐次郎さまが来なさるけぇ、話はそれからじゃ。まずは腹を拵えましょうわい」
女たちが握り飯と筍の味噌汁を運んできた。
飯といっても半分以上が粟や稗だが、ここらではそれが当たり前の食事だ。
それを当たり前のように旨そうに頬張るたたら場衆も、それほど豊かとはいえない暮らし向きなのだろう。
「ありがてぇ……子らに食わしてやりてぇものじゃ」
筍の味噌汁を一口すすった男が涙を流した。
食事を配っている杣人の女房が聞く。
「筍が珍しいんかね? ここらじゃ食い切れんほどとれるんじゃがのぉ」
男が女房を見上げて声を出した。
「たたら場の周りは草木も生えとらんですよ。というより、ワシらは山を削って砂鉄をとるけぇね。集落は谷の底のようになっとるんです。畑も田んぼも遠い。ジイババだけではどうしようもないんですわい」
「ああ、聞いたことがあるよ。山内(さんない=たたら職人の集落)いうんじゃろ? うちの者達も山の恵みで生きておるが、大地を削りはせんけぇ、神様も怒りはせんが……あんたらは大変じゃろうねぇ」
他のたたら場衆が口を開く。
「山内の者は五年に一度、神様に捧げものをするんです。それで許して貰ろうとるのですよ」
「へぇ、何を捧げるん?」
「生娘です。村一番の器量よしを神様に捧げます」
杣人たちの手がピタッと止まった。
「そりゃ……人身御供かね」
たたら場衆が静かに頷いた。
一人の男が泣き声を漏らす。
「今年が五年目なんじゃ……ワシの妹が……選ばれとるんじゃ……サキは生まれた時からそう言われて育っとるけぇ……でも毎日隠れて泣いとるよ。かわいそうにまだ十五じゃに……」
他の男が泣き続ける男の肩を擦る。
「サキちゃんが器量よしに育ってくれたけぇ……ワシらはまた鉄が作れるんじゃ。お前らには本当に申し訳ないが……わかってくれろ」
杣人の女房が悲しそうな顔でたたら場衆を見た。
村長が静かな声を出す。
「ワシらの村にもそういう風習があったですよ。ワシの姉が最後じゃった。姉は最後に笑ってワシの頭を撫でてくれましたわい。そうして一人で神代沼に入って行きなさった」
その場が静まり返る。
杣人たちもたたら場衆も、自分たちの暮らしが無辜の女の犠牲の上に成り立っていることを改めて思った。
それでも毎日働き、子を成し集落を存続させていかねばならない。
仕方がないと言い聞かせて、目を瞑るしか術はないのだ。
村長が続けた。
「でものぉ。姉が最後じゃったんじゃ。ワシらは腹を括ったんですわい。生娘を供えんと許さんいうような神様なんぞ要らんとね」
たたら場衆が一斉に顔を上げた。
「そんなん神様じゃ無いじゃろ? 神様いうんはもっと優しいもんじゃろ? ワシらは確かに山の恵みで生きておるが、必要以上には獲らんし、無用な殺生はせん。それがダメじゃ言うんなら、神様がワシらを見捨てたいうことじゃろ? あっちが見捨てるならこっちも見限るだけじゃ。そう話し合って捧げものを止めたのですじゃ」
たたら場衆を纏めているらしき男が声を出す。
「それでも大丈夫じゃったんですか?」
「ええ、なんも無いですよ。むしろ暮らし向きは楽になりましたわい」
杣人衆が頷く。
「なんも……ない? そうなんか? なんも?」
中年の杣人が口を開いた。
「山には山の都合があるんですよ。ワシらの都合ばかり押し付けたらいけんのです。山は偉いけぇねぇ、獲ってもええもんだけ教えてくれるんですじゃ。毎日山に入っとったらわかるんですよ。この木は切ってもええよとか、この木の実は食い頃じゃとかね。全部山が教えてくれるんですよ」
他の杣人が言う。
「山がええよと言うたもんだけ貰うんです。そのお礼にワシらは下刈りや蔓切りをするんですわい。そうしたら山も喜んで茂ってくれる。それが獣を呼んでワシらも潤うんです」
たたら場衆達がポカンと口を開けている。
「要するに互いに敬意をもって共存するってこってす。どっちかだけが得をするんはダメじゃけぇね」
杣人の女房の一人であろう老女が声を出した。
「わしらのために尊きお命を捧げてくれたご先祖様のことを忘れたことは無いですよ。そのために年に一度じゃが祭をするんですけぇ。ご先祖様達を呼んで、一緒に食うて飲んで踊るんですわい」
老女の声に頷くように、村長の家の前のクスノキがざわわと枝を打ち鳴らした。
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