泣き鬼の花嫁

志波 連

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56 駆け下りる

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 佐次郎がニヤッと笑う。

「一気にやっちまいましょうか」

 吹き出す杣人たち。

「いや、ちょっと待て。少しでも人数が減らせた方が有利じゃろう? この者たちを戻して、杣人の集落は落とせなかったと言わせよう。馬も奪えず、二人は死んだと言わせるのじゃ」

 たたら場衆が目を見開いた。

「ワシらが行くので?」

「ああ、お前たちは命からがら逃げてきたことにすればよい。噓をつけばボロがでる。余計なことは一切言うな。連れて行かれて襲撃したが、返り討ちにあって逃げてきた。これが口に乗せる全てじゃ」

「は……はい」

「他の者は捕まった。連れて行った男のうち二人は反撃にあって死んだ。あと一人はわからない。どうじゃ? できそうか?」

「噓を言わんでええならできます。のう?」

 もう一人の男が頷く。

「しかしこれほど早う帰った理由はなんと言いましょうか」

 佐次郎が言葉を発した。

「本当のことを言えばいいさ。たたら場衆しか知らない獣道を通ってきたと。なぁに、大丈夫じゃ。どうせ一人も生かしてはおかんからあの道がバレることはない。少人数でしか通れんから行きは使わんかったんじゃろう?」

 男が頷いた。

「それにゆっくり行けば仕事がサボれると言われましてなぁ。それならばと一番遠い道を選んだんです。途中で温泉に入ってなぁ、あいつら三人は女まで買うとりましたわい」

「ははは! それをそのまま言ってやれ。今からでも行くか? 早う子供に会いたかろう?」

 そう言って佐次郎は残った木の実をそれぞれに分けて持たせた。

「これは子にやれ。頼んだぞ」

 伊十郎の言葉にたたら場衆の喉がゴクッと鳴った。
 男たちが走り出るのと同時に、杣人衆が護衛のために森に消える。
 伊十郎と佐次郎はそれぞれの馬にまたがって、村全体が見渡せる丘の上に並び立った。

「どうでますかのぉ」

 佐次郎の声に伊十郎が答える。

「恐らくじゃが……あの者たちを問い詰めるじゃろうなぁ」

「裏切りましょうか?」

「いや、仲間が人質にとられているようなものじゃ。裏切ることはないと見た」

「消される前に助けたいと思いますが」

「ああ、俺もそう思っておるよ」

 二人はほとんど同時に大刀を抜いた。
 山影から顔を覗かせたばかりの月の光が反射し眩い光を放つ。
 それをそっと馬体で隠し、二人は見事なほど闇に紛れた。

 呼吸にして二百も数えていない頃、村の真ん中にある小屋の戸が蹴破られた。
 転がって出てくるのは同道したたたら場衆二人だ。
 ぴくっと動いた佐次郎を伊十郎が視線で止める。

「ほんま(本当)ですけぇ。二人はやられんさったんです。あとの仲間は皆、捕らわれてしもうたのです。足をやられんかったワシらだけが逃げて来たのですよぉ」

 噓ではない。

「仲間を見捨てたというか!」

「だって早う知らせんとと思うて……あいつらはバケモンのように強いのですよぉ」

「朝駆けせよと言ったであろうが!」

「しましたよぉ。二人は一緒に行きなさって、後のおひとりは森に隠れておいでんさった」

 それは曾我衆の常套手段だ。

「一人は捕まっただと?」

「はい、馬を盗りにいきんさったお人がやられました。それこそ鬼のようなお人で……」

 男が一人の頬を張った。
 静まり返った谷にパンッという音が木霊する。

「鬼じゃと? おお、あの大男か。従者を背負って走っておったわい」

「それは知らんけんど、ものすごく大きなお人でしたわい」

「あやつがなぜ鹿毛を連れておる? あれは臆病者の若殿の馬じゃったじゃろうがい」

 最後の言葉であの男が勘助だと知れた。
 蟀谷をぴくぴくさせながら佐次郎は時を待った。
 隣では伊十郎がかつてない程の怒気を発している。

「伊十郎様、今回は下見だったでしょ?」

「やかましい! ここまでコケ(バカ)にされてこのまま帰れるものか! お前は政久様の仇をとれ。雑魚は俺が引き受けよう。厄介なんは弓じゃが……」

 佐次郎が目を細めて言った。

「ほれ、あそこに佐助がおりますわい。おそらく弦を切るつもりじゃろうて」

 伊十郎も目を細める。

「なんじゃ? 結局お前らもやる気じゃったということか?」

「いや、さっきの言葉がいけんかったですよ。あれを許すような者は出雲にはおりません」

「その通りじゃな」

 その時、きらりと光るものが目に飛び込んだ。

「行くぞ!」

 ものすごい勢いで急な坂を駆けおりていく青雲。
 自分も行きたいと興奮する流星を宥めながら、佐次郎は伊十郎の動きを見ている。

「うわぁぁぁぁ!」

 たたら場衆が這うように逃れようと勘助に背を向けた。
 それを追って大上段に刀を構える勘助の姿を佐次郎の片目が捕らえた。

「行くぞ! 流星!」

 流星が飛ぶように駆け出した。
 佐次郎の後ろからヒュンという音がして、矢が追い抜いて行く。
 振り返ると、若い杣人がニヤッと笑っていた。

「おのれぇぇぇぇ!」

 佐次郎の大声で、勘助の動きが止まった。
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