泣き鬼の花嫁

志波 連

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58 武士として

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 一方、流星と共に崖を駆け下った佐次郎は、一直線に勘助へと向かって行った。

「おお! あの鹿毛じゃないか!」

 切られるかもしれないという恐怖など微塵も感じていないのだろう。
 勘助は流星を見て歓声を上げている。

「お前が政久様を殺したんかぁぁぁぁぁ」

 ただの伽藍洞になってしまった目からは絶え間なく涙が零れ落ちている。

「なんじゃお前は。なぜ生きとる……」

 佐次郎を見た勘助が呟くように言った。

「政久様の仇をとるまでは死ぬわけにはいかんのじゃ!」

 鋼と鋼がぶつかり合う高い音が谷に響き渡った。
 その間にも伊十郎は確実に敵を倒している。
 佐次郎の後ろから矢を射た杣人も駆け下りてきて、腰を抜かしているたたら衆を引きずって下がらせた。

「おいお前、馬から降りて勝負せいや。その馬に傷はつけとうないでのぉ」

「ふざけるな。俺よりこいつの方が仇をとりたがっとるんじゃ。のう流星」

 流星が前足を高く上げて勘助を威嚇した。

「馬にそんな知恵などあるものか。餌をくれるんが主じゃとしか思いはせんわい」

 勘助が吐き捨てるように言う。

「そう思うなら思っておけ。

 佐次郎が勘助を睨みつけた。
 勘助の後ろにはすでに伊十郎が立っている。
 小屋の中から顔を出した佐助がニヤッと笑って佐次郎に合図を送った。
 それを確認した佐次郎が小ばかにした様な声で勘助を煽る。

「お前らは曾我衆らしいのぉ。お前らの仕事は落人狩りじゃと聞いたが誠か?」

 勘助が気色ばんだ。

「曾我の者をバカにするとはええ度胸じゃ」

「フンッ! 口だけは達者じゃな」

 その時、佐次郎たちが駆けおりた崖とは反対側の林の中で、きらりと光る何かが見えた。
 微かに勘助の口角が上がる。

「伊十郎様!」

 そう叫ぶと同時に、流星の腹に膝を入れた佐次郎。
 頭を低くして勘助を目掛けて突っ込む流星。
 馬を傷つけたくない勘助に一瞬だけ隙が生じた。
 それを見逃すような佐次郎ではない。
 勘助が大刀を大上段に構えた。
 それを馬上から叩き落した佐次郎が流星に叫ぶ。

「やっちゃれぇ!」

 刀を拾おうと膝を折った勘助の頭上に、流星が蹄を落とした。
 熟れた瓜が熱で破裂するような音が響く。
 頭ごと土に埋まった勘助の背を、流星の後ろ脚が踏みつけた。
 
「伊十郎様!」

 流星から飛び降りた佐次郎が、後ろで構えている伊十郎に体ごと飛びついた。
 その佐次郎の体の上から覆いかぶさったのは佐助だ。
 ドシュッという音がした。
 砂ぼこりが舞い上がり、風が血の匂いを天へと運ぶ。

「佐助ぇぇぇぇ!」

 自分を庇った杣人の名を叫ぶ佐次郎。
 
「佐次郎さま……無事かね?」

「ああ、俺は無事じゃが……お前……矢を受けたんか」

「なぁに、ちいと掠っただけですけぇ」

 そう言った佐助の口から血が溢れだした。
 たたら場衆を隠したもう一人の若い杣人が三人の横を駆け抜けた。
 それを追うように走り出す佐次郎。
 
「佐次郎さま、右へ!」

「おうよ!」

 瀕死の佐助を抱きかかえた伊十郎が小屋の中へ飛び込んだ。
 それを確認した佐次郎が並行して走る杣人に叫ぶ。

「吉松! いけぇぇぇ」

「へいっ!」

 吉松と呼ばれたその男が、森の中へと消えた。
 大弓を持った曾我衆の動きは遅い。
 木々の枝にその動きを阻まれるからだ。
 しかし、この距離を撃ってきたきたということは大弓に違いないと佐次郎は判断した。

「それならこっちへ逃げるはずじゃ」

 杉と檜の境界にような筋目に逃げ込むと踏んだ佐次郎は、大きく左に進路を変えた。
 そこいらの馬よりも早いと言われた佐次郎の足だ。
 いかに俊敏な曾我衆でも逃げ切れるものではない。
 しかも、木の上に上った杣人吉松が、曾我衆の動きを封じるために援護射撃を繰り返す。

「そろそろ弓を捨てるか?」

 隠れていたたたら場の住民が、ぞろぞろと様子を見るために出てきた。
 
「拙いのぉ……」

 さすがの佐次郎も人質を取られては動きようがない。
 伊十郎は佐助についているはずだ。
 もう一人の若い杣人は吉松とは反対側から矢を射かけている。

「ちと手が足りんのぉ」

 佐次郎がそう呟いた時、森の中から矢が射かけられた。
 この距離で射てくるとは、相当に自信があるのだろう。
 杣人の村で三十間の距離もものともせず、弥助の腿を射抜いた男だろうか。

「あいつはまだ来れんはずじゃが……」

 矢が佐次郎の足元に突き刺さった。

「おおっ! 流石のもんじゃな」

 狙われているというのにニヤッと笑う佐次郎。
 続けざまに三本の矢を躱し、たたら場衆たちに向かって叫ぶ。

「家に入れ! 射殺されるぞ! 家に入っておれ!」

 木々を揺らすほどの怒号に、たたら場衆たちの足が止まる。

「鬼じゃ……鬼様が来てくれなさったのじゃ……」

 そう誰かが呟いた。

「助けちゃるけぇ早う家に戻れ!」

 佐次郎がそう叫んだ時、矢が放たれていた場所でバサッという音がした。
 曾我衆が落ちたのか、杣人衆が落ちたのか判断できない。
 チラッとたたら場衆の方へ視線を向けると、幼女がちまちまと歩を進めていた。
 親を追って出てきたのだろう。
 
「チッ!」

 落ちる間際に放ったのであろう矢が、放物線を描きながらたたら場衆の方へ飛んでいく。
 佐次郎は刀を投げ捨てて横跳びに飛んだ。
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