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60 けばけば草
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「貰って来たよ。あのじいさんやっぱり壁の中に隠しておったわい」
「そりゃ良かった。中の方に塗る分はここにあるけぇ、お前はそれで軟膏を作ってくれろ」
「うん、でもこの葉はえろう乾いとるけぇ粘りは出んじゃろう? 外から貼り付けるんがええじゃろう。それとあれを入れるか?」
年嵩の男が眉間に皺を寄せた。
「ああ、あれか。確かによう効くが去年の分はみな盗られてしもうたろう?」
「じゃがそろそろ新芽が出とろうよ。ワシがひとっ走り行ってくるけぇ」
二人も村をすくって貰った恩義を感じているのだろう。
もうすぐ西の空が染まろうかという時間にもかかわらず、今から森へ入るという。
時蔵がすくっと立ち上がった。
「森の事ならワシらの方が早かろうて。何を取ってくりゃええんか教えてくれ」
男たちが驚いた顔で時蔵を見上げる。
その顔は修羅のように赤く染まっていた。
「そうじゃね、森の事なら杣人のもんじゃ。あのねぇ、あそこに一本高い杉があろう? その根元から西に五十歩ほど進んだらひょいと開けた場所があるんじゃ」
もう一人の男が後を引き取る。
「そこの真ん中に立って上を見上げたら、一本だけ赤い枝があるんじゃ。その枝が指しとる方向に、また五十歩ほど進むんじゃ。そこまで行けば嫌でもわかるよ。今の時期なら黄色い花が咲いとるけぇ」
伊十郎がふと顔を向ける。
「今の時期に咲く黄色い花じゃと? それはお前……けばけば草か! あれは根絶やしにしろと言われとろうが!」
たたらの男たちが顔を見合わせて困った顔をした。
「ほいでも(それでも)小松様は佐次郎さまを助けたいんじゃろ? あれがダメじゃいうことはワシらも知っとるよ。でもねぇ、あれが無いと死ぬ者もおるけぇねぇ。少しだけ残しとるんは秘密じゃけぇ……言いとうはなかったけんど、佐次郎さまが……」
佐助が伊十郎に言う。
「けばけば草ですか……確かにあれは人を狂わす恐ろしい草ですのぉ。しかし今回だけは見逃して下さいませんか……お頼み申す。お頼み申す……小松様……なにとぞ」
小松の握りしめた拳に手を伸ばそうとした佐助が再び血を吐いた。
どうやら肺を痛めているようだ。
「お前……いや、そうじゃな。背に腹は変えられんのぉ。よし、俺が全ての責を負う。時蔵とやら、取ってきてくれ」
「承知しました」
たたら場の男が時蔵に言う。
「三本もあれば十分ですけ」
「根っこから引き抜くんじゃろ?」
頷いた男たちに頷き返し、時蔵が尻を絡げた。
「すぐに戻りますけぇ」
走り出た時蔵と入れ替わるようにして吉松が戻った。
「谷のきれいな水で念入りに洗いましたけぇ。洗ってからはどこにも触れておりません」
口元の血を自分の袖で拭いながら佐助が頷いた。
「まずは煙草で血管を細くするらしい。今しがた時蔵がけばけば草を取りに行ってくれたけぇ、戻ったら痛みは感じんようになるじゃろうて。しかしそれまでは……」
伊十郎が腰に差していた刀を鞘ごと抜いて放り投げた。
「どれほど暴れようとも俺が必ず抑える。吉松、頼むぞ」
頷いた吉松がたたら場衆からやり方を聞いている。
その間にも太陽はどんどん動き、小屋の煙抜き窓から見える空には一番星が姿を現わした。
佐次郎はピクリともしない。
ただ流れ続ける涙だけが、佐次郎の生存を示していた。
「どれほど深いかわからんけぇ、まずは矢を抜きましょう。それが入っとった分だけ深いいうことじゃが、指で届けばええんですがのぉ」
伊十郎が片膝をついて佐次郎の腰から突き出している矢に手を掛けた。
「小松様、曾我衆は鎧どおしという形の矢じりを使います。あれは深く入るが傷は小さいんじゃ。遠くに飛ばすには一番じゃが、大きな獣を一発で仕留めることはできん。じゃがあいつらは、眉間か心の臓に命ちゅうさせるけぇ、一発必殺なんですよ」
「それほどの腕か」
吉松が続ける。
「今回は木から落ちながら放った矢じゃけぇ、腰に刺さったんじゃろう。佐次郎さまは運がええですよ。じゃけ(だから)絶対に助かります」
「おう、そうじゃの。こいつは絶対に死なんよ。やるぞ」
「はい!」
伊十郎は、戦場で木村助右ヱ門の足を切り落とした時よりも緊張している自分に戸惑った。
「暴れるじゃろうけぇ、佐助は離れとけ。巻き添えを食うたら致命傷じゃ」
佐助が少しだけ体をずらした。
たたら場衆が駆け寄り佐助の背中を支える。
「参る!」
伊十郎が矢を握り締め、途中で折れないようにまっすぐに引っ張り始めた。
意識が無いはずの佐次郎の体が大きく跳ねる。
「頑張れ! 頑張ってくれ!」
伊十郎の声に答えたつもりなのか、佐次郎の頤が微かに動いた。
血と共に少しずつ矢が体から絞り出される。
「こりゃえろう深いのぉ。これでは指じゃ届かんわい」
吉松が悲痛な声を出した。
しかし途中で止めるわけにはいかない。
指が届く範囲で処置をするしかないと三人が思った時、小屋の外で小さな影が動いた。
「よねこ! 来ちゃだめじゃ。家に戻っとれ!」
たたら場の若い方の男が声を出した。
「そりゃ良かった。中の方に塗る分はここにあるけぇ、お前はそれで軟膏を作ってくれろ」
「うん、でもこの葉はえろう乾いとるけぇ粘りは出んじゃろう? 外から貼り付けるんがええじゃろう。それとあれを入れるか?」
年嵩の男が眉間に皺を寄せた。
「ああ、あれか。確かによう効くが去年の分はみな盗られてしもうたろう?」
「じゃがそろそろ新芽が出とろうよ。ワシがひとっ走り行ってくるけぇ」
二人も村をすくって貰った恩義を感じているのだろう。
もうすぐ西の空が染まろうかという時間にもかかわらず、今から森へ入るという。
時蔵がすくっと立ち上がった。
「森の事ならワシらの方が早かろうて。何を取ってくりゃええんか教えてくれ」
男たちが驚いた顔で時蔵を見上げる。
その顔は修羅のように赤く染まっていた。
「そうじゃね、森の事なら杣人のもんじゃ。あのねぇ、あそこに一本高い杉があろう? その根元から西に五十歩ほど進んだらひょいと開けた場所があるんじゃ」
もう一人の男が後を引き取る。
「そこの真ん中に立って上を見上げたら、一本だけ赤い枝があるんじゃ。その枝が指しとる方向に、また五十歩ほど進むんじゃ。そこまで行けば嫌でもわかるよ。今の時期なら黄色い花が咲いとるけぇ」
伊十郎がふと顔を向ける。
「今の時期に咲く黄色い花じゃと? それはお前……けばけば草か! あれは根絶やしにしろと言われとろうが!」
たたらの男たちが顔を見合わせて困った顔をした。
「ほいでも(それでも)小松様は佐次郎さまを助けたいんじゃろ? あれがダメじゃいうことはワシらも知っとるよ。でもねぇ、あれが無いと死ぬ者もおるけぇねぇ。少しだけ残しとるんは秘密じゃけぇ……言いとうはなかったけんど、佐次郎さまが……」
佐助が伊十郎に言う。
「けばけば草ですか……確かにあれは人を狂わす恐ろしい草ですのぉ。しかし今回だけは見逃して下さいませんか……お頼み申す。お頼み申す……小松様……なにとぞ」
小松の握りしめた拳に手を伸ばそうとした佐助が再び血を吐いた。
どうやら肺を痛めているようだ。
「お前……いや、そうじゃな。背に腹は変えられんのぉ。よし、俺が全ての責を負う。時蔵とやら、取ってきてくれ」
「承知しました」
たたら場の男が時蔵に言う。
「三本もあれば十分ですけ」
「根っこから引き抜くんじゃろ?」
頷いた男たちに頷き返し、時蔵が尻を絡げた。
「すぐに戻りますけぇ」
走り出た時蔵と入れ替わるようにして吉松が戻った。
「谷のきれいな水で念入りに洗いましたけぇ。洗ってからはどこにも触れておりません」
口元の血を自分の袖で拭いながら佐助が頷いた。
「まずは煙草で血管を細くするらしい。今しがた時蔵がけばけば草を取りに行ってくれたけぇ、戻ったら痛みは感じんようになるじゃろうて。しかしそれまでは……」
伊十郎が腰に差していた刀を鞘ごと抜いて放り投げた。
「どれほど暴れようとも俺が必ず抑える。吉松、頼むぞ」
頷いた吉松がたたら場衆からやり方を聞いている。
その間にも太陽はどんどん動き、小屋の煙抜き窓から見える空には一番星が姿を現わした。
佐次郎はピクリともしない。
ただ流れ続ける涙だけが、佐次郎の生存を示していた。
「どれほど深いかわからんけぇ、まずは矢を抜きましょう。それが入っとった分だけ深いいうことじゃが、指で届けばええんですがのぉ」
伊十郎が片膝をついて佐次郎の腰から突き出している矢に手を掛けた。
「小松様、曾我衆は鎧どおしという形の矢じりを使います。あれは深く入るが傷は小さいんじゃ。遠くに飛ばすには一番じゃが、大きな獣を一発で仕留めることはできん。じゃがあいつらは、眉間か心の臓に命ちゅうさせるけぇ、一発必殺なんですよ」
「それほどの腕か」
吉松が続ける。
「今回は木から落ちながら放った矢じゃけぇ、腰に刺さったんじゃろう。佐次郎さまは運がええですよ。じゃけ(だから)絶対に助かります」
「おう、そうじゃの。こいつは絶対に死なんよ。やるぞ」
「はい!」
伊十郎は、戦場で木村助右ヱ門の足を切り落とした時よりも緊張している自分に戸惑った。
「暴れるじゃろうけぇ、佐助は離れとけ。巻き添えを食うたら致命傷じゃ」
佐助が少しだけ体をずらした。
たたら場衆が駆け寄り佐助の背中を支える。
「参る!」
伊十郎が矢を握り締め、途中で折れないようにまっすぐに引っ張り始めた。
意識が無いはずの佐次郎の体が大きく跳ねる。
「頑張れ! 頑張ってくれ!」
伊十郎の声に答えたつもりなのか、佐次郎の頤が微かに動いた。
血と共に少しずつ矢が体から絞り出される。
「こりゃえろう深いのぉ。これでは指じゃ届かんわい」
吉松が悲痛な声を出した。
しかし途中で止めるわけにはいかない。
指が届く範囲で処置をするしかないと三人が思った時、小屋の外で小さな影が動いた。
「よねこ! 来ちゃだめじゃ。家に戻っとれ!」
たたら場の若い方の男が声を出した。
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