61 / 101
61 鬼の子
しかしその幼子は、まるで何かに呼ばれたように佐次郎の方へと足を進める。
「よねこ!」
たたら場の男が幼女を抱きかかえようとした時、後ろから声がした。
「おまえ……無事じゃったか。良かったのぉ」
佐次郎の声だ。
どうやら意識を取り戻したらしい。
顔中に脂汗を浮かばせながらも、必死で優しい声を出そうとしている佐次郎。
ふと佐助が呟くように言う。
「この幼子の腕なら入れられるかもしれん」
幼子を抱き上げようとした男の手が止まる。
「この子を助けるために佐次郎さまは体を張ってくれんさったんじゃ」
男が幼子をそっと抱き上げた。
「なあよねこ、お前はこの人に命を助けてもろうたんじゃ。お前ならできるかもしれんけぇ、おじちゃんの言うとおりにやってくれんか? 恩返しせにゃいけんじゃろう?」
コクンと頷くよねこ。
「この子はワシの姉の子です。姉は早うに死んでねぇ、今はばばが育てとるんです。なんでかわからんけんど、この子は言葉が喋れんのです。でも賢いええ子ですけぇ」
もう一人の男が、何か思い立ったように佐助のそばを離れて小屋の奥に走った。
「あった! やっぱり隠してやがった!」
男が探し出してきたのは焼酎の入った船徳利だ。
まだ封を開けていない状態で、口の封印がそのまま残っている。
「よねこ! 手を出せ」
素直に手を伸ばしたよねこの腕を焼酎で洗い始める。
小屋の中に酒精の匂いが立ちこめた。
腕を洗われながらも、よねこはじっと佐次郎の目を見ていた。
「そうか、お前が助けてくれるんか。ありがとうのぉ。でものぉ、無理はせんでくれえよ?」
佐次郎がそう言うと、まるで会話が成立していたように大きく頷くよねこ。
「そうかそうか、かかさまが行けと言うたんか。お前のかかさまは凄い人じゃのぉ」
よねこがにっこりと微笑んで後ろを見た。
「おお! ととさまもおいでになったか。そりゃ安心じゃなぁ」
佐次郎とよねこだけがわかり合っている不思議な空間に、男たちは戸惑った。
よねこの叔父である若いたたら場の男がやっと声を出した。
「姉はたたら神への御供だったのです。貢物になると決まってからはずっと山の宮に籠もっとったのに、ある日ひょっこりこの子を連れて降りてきたのですよ。男衆は誰も近寄っとりはせんですけぇ、誰か旅の者にでも手籠めにされたのじゃろうと言われとったのです」
そのことでいろいろと辛い思いもしたのだろう。
その男が悲痛な表情を浮かべている。
佐次郎が男に言った。
「この子の父親はこの山の主じゃそうな。お前たちが鬼と呼んでおった御方じゃろうて。姉様は立派にお役目を果たしなさったのじゃ。自慢のねえさまじゃのぉ」
たたら場の男たちが顔を見合わせた。
ニコニコと嬉しそうな顔でよねこが血だらけの佐次郎の横に座った。
無言のまま濡れた右腕を叔父に向けて突き伸ばす。
「え? ああ……うん、わかった。よねこ……頑張ってくれろ」
頷くよねこ。
もう一人の男がよねこの肘上まで煙草をまぶしつけた。
伊十郎の方へ顔を向けて小さく頷くと、片膝を立てて腕を構える。
「あいわかった。いくぞ! 佐次郎!」
「お頼み申す!」
意識を取り戻した佐次郎なら、不用意な動きはしないと踏んだ伊十郎は一気に矢を引き抜いた。
佐次郎は真っ赤な顔で痛みに耐えている。
顔中の血管が青い筋を作り、噴き出す汗が滝のように流れ落ちた。
ずるずると吐き出される矢と共に、出血量が増えていく。
「今ぞ!」
見事に矢を抜き去った伊十郎の声に、よねこが動いた。
「はうっ!」
ずっと耐えていた佐次郎がうめき声を漏らした。
よねこは顔の半分に血を被りながらも、ひるむことなくその腕を傷口に沈めていく。
その様子を息をするのも忘れて見守る伊十郎たち。
よねこの肘が佐次郎の体に埋まり切ったところで、動きが止まった。
「突き当たったか?」
頷いたよねこが、何かを探っているような動きを見せた。
幼子の上腕の半ばまで飲み込んだ佐次郎の体がぴくぴくと痙攣を始めた。
「拙いぞ。引き攣れが起きとる!」
佐助の声が声に響いた。
「手を抜け! 佐次郎が動いたらお前の腕など簡単に折れてしまう!」
伊十郎が慌ててよねこに駆け寄った。
首を振るだけでそれを制したよねこが、埋まっていない方の手で佐次郎の左目を覆う。
伽藍洞の右目からは相変わらず涙が零れ落ちていた。
「よねこ?」
叔父であるたたら場の男が声を出した。
ゆっくりと振り向いたよねこが、小屋の入り口を見た。
「流星? お前……」
暗闇に溶け込んでいたのか、まったく気配を感じさせなかった流星が、のそりと小屋に入ってくる。
月が出ているのだろうか、漆黒の馬体が金色に輝いて見えた。
「よねこ!」
たたら場の男が幼女を抱きかかえようとした時、後ろから声がした。
「おまえ……無事じゃったか。良かったのぉ」
佐次郎の声だ。
どうやら意識を取り戻したらしい。
顔中に脂汗を浮かばせながらも、必死で優しい声を出そうとしている佐次郎。
ふと佐助が呟くように言う。
「この幼子の腕なら入れられるかもしれん」
幼子を抱き上げようとした男の手が止まる。
「この子を助けるために佐次郎さまは体を張ってくれんさったんじゃ」
男が幼子をそっと抱き上げた。
「なあよねこ、お前はこの人に命を助けてもろうたんじゃ。お前ならできるかもしれんけぇ、おじちゃんの言うとおりにやってくれんか? 恩返しせにゃいけんじゃろう?」
コクンと頷くよねこ。
「この子はワシの姉の子です。姉は早うに死んでねぇ、今はばばが育てとるんです。なんでかわからんけんど、この子は言葉が喋れんのです。でも賢いええ子ですけぇ」
もう一人の男が、何か思い立ったように佐助のそばを離れて小屋の奥に走った。
「あった! やっぱり隠してやがった!」
男が探し出してきたのは焼酎の入った船徳利だ。
まだ封を開けていない状態で、口の封印がそのまま残っている。
「よねこ! 手を出せ」
素直に手を伸ばしたよねこの腕を焼酎で洗い始める。
小屋の中に酒精の匂いが立ちこめた。
腕を洗われながらも、よねこはじっと佐次郎の目を見ていた。
「そうか、お前が助けてくれるんか。ありがとうのぉ。でものぉ、無理はせんでくれえよ?」
佐次郎がそう言うと、まるで会話が成立していたように大きく頷くよねこ。
「そうかそうか、かかさまが行けと言うたんか。お前のかかさまは凄い人じゃのぉ」
よねこがにっこりと微笑んで後ろを見た。
「おお! ととさまもおいでになったか。そりゃ安心じゃなぁ」
佐次郎とよねこだけがわかり合っている不思議な空間に、男たちは戸惑った。
よねこの叔父である若いたたら場の男がやっと声を出した。
「姉はたたら神への御供だったのです。貢物になると決まってからはずっと山の宮に籠もっとったのに、ある日ひょっこりこの子を連れて降りてきたのですよ。男衆は誰も近寄っとりはせんですけぇ、誰か旅の者にでも手籠めにされたのじゃろうと言われとったのです」
そのことでいろいろと辛い思いもしたのだろう。
その男が悲痛な表情を浮かべている。
佐次郎が男に言った。
「この子の父親はこの山の主じゃそうな。お前たちが鬼と呼んでおった御方じゃろうて。姉様は立派にお役目を果たしなさったのじゃ。自慢のねえさまじゃのぉ」
たたら場の男たちが顔を見合わせた。
ニコニコと嬉しそうな顔でよねこが血だらけの佐次郎の横に座った。
無言のまま濡れた右腕を叔父に向けて突き伸ばす。
「え? ああ……うん、わかった。よねこ……頑張ってくれろ」
頷くよねこ。
もう一人の男がよねこの肘上まで煙草をまぶしつけた。
伊十郎の方へ顔を向けて小さく頷くと、片膝を立てて腕を構える。
「あいわかった。いくぞ! 佐次郎!」
「お頼み申す!」
意識を取り戻した佐次郎なら、不用意な動きはしないと踏んだ伊十郎は一気に矢を引き抜いた。
佐次郎は真っ赤な顔で痛みに耐えている。
顔中の血管が青い筋を作り、噴き出す汗が滝のように流れ落ちた。
ずるずると吐き出される矢と共に、出血量が増えていく。
「今ぞ!」
見事に矢を抜き去った伊十郎の声に、よねこが動いた。
「はうっ!」
ずっと耐えていた佐次郎がうめき声を漏らした。
よねこは顔の半分に血を被りながらも、ひるむことなくその腕を傷口に沈めていく。
その様子を息をするのも忘れて見守る伊十郎たち。
よねこの肘が佐次郎の体に埋まり切ったところで、動きが止まった。
「突き当たったか?」
頷いたよねこが、何かを探っているような動きを見せた。
幼子の上腕の半ばまで飲み込んだ佐次郎の体がぴくぴくと痙攣を始めた。
「拙いぞ。引き攣れが起きとる!」
佐助の声が声に響いた。
「手を抜け! 佐次郎が動いたらお前の腕など簡単に折れてしまう!」
伊十郎が慌ててよねこに駆け寄った。
首を振るだけでそれを制したよねこが、埋まっていない方の手で佐次郎の左目を覆う。
伽藍洞の右目からは相変わらず涙が零れ落ちていた。
「よねこ?」
叔父であるたたら場の男が声を出した。
ゆっくりと振り向いたよねこが、小屋の入り口を見た。
「流星? お前……」
暗闇に溶け込んでいたのか、まったく気配を感じさせなかった流星が、のそりと小屋に入ってくる。
月が出ているのだろうか、漆黒の馬体が金色に輝いて見えた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。