46 / 97
46
しおりを挟む
「そうですか。そんなことが」
「ええ、皇太子妃になってから初めてよ。彼の会うのは」
「本当に当人でしたか?」
「え?」
「顔は確認できたのですか?」
声だけで判断し、何も疑問に思っていなかったシェリーはレモンの疑問に驚いた。
「すみません。殿下の判断を疑うわけではありませんが、この暗さでよく判断で来たなと思いまして……何事も疑ってかかる護衛騎士の悪い癖です」
「い……いいえ。確かにそうだわ。顔は見ていないもの。話し方はよく似ていたと思うし、声もイーサンのものだと思うけれど……でも、確かにおかしいわ」
「妃殿下?」
「私の知るイーサンなら、どういう事情があるにせよ、私が痛がっていると知ればこの拘束を解いたはずだもの」
「お優しい方だったのですね」
「ええ、そうね。私にはどこまでも優しい人だったわ」
そう言いながら、レモンが投げた小石がシェリーの心の中で波紋を広げてゆく。
あれは本当にイーサンだったのだろうか……
「入るぞ」
鍵をガチャガチャと開ける音がして、目から下を覆面で覆った男が入室してきた。
その後ろから女性がワゴンを押して入ってくる。
「食事だ。毒見はしないが安心して食べても大丈夫だ。お前たちは大切な客人だからな」
そう言うと男はシェリーとレモンの拘束を解いた。
ただし足は座らせた椅子の脚と一緒にぐるぐる巻きにされている。
これでは逃げることは叶わない。
「ほんの数日のことだ、我慢して欲しい。二人一緒の部屋にしたのは主の温情だと思ってくれ。湯あみは無理だが体を拭く湯と布は準備させよう。この部屋の中でなら自由に動けるようにするから随分楽になるはずだ。といっても着替えては貰うがな」
男は少し引き攣ったような笑い声を出した。
レモンが大きな声を出す。
「貴様は誰だ! 何を企んでいる!」
男はレモンの顔を見て余裕の笑みを浮かべた。
「煩い女は嫌われるぜ。さっさと食えよ。俺も忙しいんだからさ」
二人が食事を終えるまで見張っているつもりなのだろう。
ワゴンからテーブルに料理を並べ終えた女が出口の横で控えている。
「レモン、さっさと食べてしまいましょう」
「はい」
二人は無言で食事を進めた。
内容はサラダとステーキ、スープとパン。
そして小さいながらもタルトのデザート付きだ。
とても人質に出すような料理ではない。
わざと時間をかけるようにゆっくりと咀嚼するシェリーとレモン。
「時間稼ぎは無駄だ。時間が来たら終わっていようがいまいが食器は下げる。だからさっさと食った方がいい」
シェリーはフッと溜息を吐いた。
「ここはどこなの?」
「さっきイーサンが言わなかったか? ヌベール辺境伯の屋敷だ」
「隠す気も無いのね」
「なぜ隠す必要が?」
男が小ばかにしたような声を出す。
シェリーはぎっと睨み返した。
「お~コワイコワイ。俺は気が弱いんだ。そんなにかわいい顔で睨まれるとドキドキしてしまう」
レモンがガシャンと音を立ててフォークを皿に置いた。
「さすが護衛騎士だねぇ。今の言葉は気にくわなかったか? まあそういきり立つな。短い縁だが同じ釜のめしを食う仲だ」
レモンが男を睨みつけた。
男が片眉を上げて言う。
「なんだお前。怪我してるじゃないか」
そう言うとドアの横に控えていた女に振り返った。
「医者を手配してやってくれ。それと着替えも手伝ってやれ」
女は何も言葉を発せず部屋を出た。
「酷いな……女を殴るなんてなぁ。お前はサミュエル隊長のコレなんだろ?」
そう言うと男は下品な笑いを浮かべて小指を立てた。
医者らしき老爺と看護師らしき若い女が小走りでやってきた。
「さっさと食事を済ませて診てもらえ」
男が立ち上がり、呼びに行かせていた女に食器を下げるように指示をした。
「ごちそうさま。おいしかったわ。シェフに礼を言っておいてちょうだい」
メイドらしき女が無言で頷いた。
医師はレモンの顎に手を当てて傷を見ている。
口の端を切っていたレモンは、医者の診察に顔を歪めた。
「打撲だな。酷く殴ったものだ。骨は折れていないが当分痣は残るだろう。この薬を塗りなさい。あまりにもい痛むようなら別の薬を用意しよう」
そう言うと看護師を連れてさっさと部屋を出た。
入れ替わりに入ってきたメイドが二人、手には簡易なワンピースドレスを持っている。
「覗きだと言われては叶わんから、俺はドアの外にいよう。言っておくがそのメイドは戦闘メイドだ。レモン嬢がいかに強くとも二人を同時には倒せまい? 大人しく着替えてくれ」
ドアが閉まる。
メイド達は無言のまま、シェリーとレモンのドレスを剝がしていった。
体を締め付けるものが全て取り払われ、久々の解放感に大きく息を吐いたシェリーがメイドに言った。
「体を拭きたいわ。湯を準備しなさい」
メイドが頷きドアを開けると、先ほどの男が入ってくる。
「農民の服を着ても皇太子妃殿下は神々しいな。血筋ってやつか?」
シェリーは無視を決め込んだ。
男は構わず二人の体を舐めまわすように見ている。
レモンが鋭い声をあげる。
「無礼だぞ。ここがヌベール辺境伯の屋敷だというなら臣下ということだ。失礼な態度は改めてもらおう」
男は何も言わずに肩を竦めた。
他のメイドが木桶に湯を運んできた。
清潔な布が数枚と、石鹼も添えられている。
先ほどの食事といい、湯の準備といい、時に虐げる気は無いようだとシェリーは思った。
「まあゆっくりしな。ベッドは粗末だが清潔だ。何か欲しいものがあれば用意するが?」
シェリーはゆっくりと口を開いた。
「退屈は嫌いなの。本を数冊準備してちょうだい。そうねぇ……この地の歴史が分かるような物がいいわね。せっかく来たのだもの」
男が片方の口角を上げた。
「仰せのままに。皇太子妃殿下」
信じられないほど優雅なお辞儀をして去って行った男の後ろで、容赦ないほど乾いた施錠音が響いた。
「ええ、皇太子妃になってから初めてよ。彼の会うのは」
「本当に当人でしたか?」
「え?」
「顔は確認できたのですか?」
声だけで判断し、何も疑問に思っていなかったシェリーはレモンの疑問に驚いた。
「すみません。殿下の判断を疑うわけではありませんが、この暗さでよく判断で来たなと思いまして……何事も疑ってかかる護衛騎士の悪い癖です」
「い……いいえ。確かにそうだわ。顔は見ていないもの。話し方はよく似ていたと思うし、声もイーサンのものだと思うけれど……でも、確かにおかしいわ」
「妃殿下?」
「私の知るイーサンなら、どういう事情があるにせよ、私が痛がっていると知ればこの拘束を解いたはずだもの」
「お優しい方だったのですね」
「ええ、そうね。私にはどこまでも優しい人だったわ」
そう言いながら、レモンが投げた小石がシェリーの心の中で波紋を広げてゆく。
あれは本当にイーサンだったのだろうか……
「入るぞ」
鍵をガチャガチャと開ける音がして、目から下を覆面で覆った男が入室してきた。
その後ろから女性がワゴンを押して入ってくる。
「食事だ。毒見はしないが安心して食べても大丈夫だ。お前たちは大切な客人だからな」
そう言うと男はシェリーとレモンの拘束を解いた。
ただし足は座らせた椅子の脚と一緒にぐるぐる巻きにされている。
これでは逃げることは叶わない。
「ほんの数日のことだ、我慢して欲しい。二人一緒の部屋にしたのは主の温情だと思ってくれ。湯あみは無理だが体を拭く湯と布は準備させよう。この部屋の中でなら自由に動けるようにするから随分楽になるはずだ。といっても着替えては貰うがな」
男は少し引き攣ったような笑い声を出した。
レモンが大きな声を出す。
「貴様は誰だ! 何を企んでいる!」
男はレモンの顔を見て余裕の笑みを浮かべた。
「煩い女は嫌われるぜ。さっさと食えよ。俺も忙しいんだからさ」
二人が食事を終えるまで見張っているつもりなのだろう。
ワゴンからテーブルに料理を並べ終えた女が出口の横で控えている。
「レモン、さっさと食べてしまいましょう」
「はい」
二人は無言で食事を進めた。
内容はサラダとステーキ、スープとパン。
そして小さいながらもタルトのデザート付きだ。
とても人質に出すような料理ではない。
わざと時間をかけるようにゆっくりと咀嚼するシェリーとレモン。
「時間稼ぎは無駄だ。時間が来たら終わっていようがいまいが食器は下げる。だからさっさと食った方がいい」
シェリーはフッと溜息を吐いた。
「ここはどこなの?」
「さっきイーサンが言わなかったか? ヌベール辺境伯の屋敷だ」
「隠す気も無いのね」
「なぜ隠す必要が?」
男が小ばかにしたような声を出す。
シェリーはぎっと睨み返した。
「お~コワイコワイ。俺は気が弱いんだ。そんなにかわいい顔で睨まれるとドキドキしてしまう」
レモンがガシャンと音を立ててフォークを皿に置いた。
「さすが護衛騎士だねぇ。今の言葉は気にくわなかったか? まあそういきり立つな。短い縁だが同じ釜のめしを食う仲だ」
レモンが男を睨みつけた。
男が片眉を上げて言う。
「なんだお前。怪我してるじゃないか」
そう言うとドアの横に控えていた女に振り返った。
「医者を手配してやってくれ。それと着替えも手伝ってやれ」
女は何も言葉を発せず部屋を出た。
「酷いな……女を殴るなんてなぁ。お前はサミュエル隊長のコレなんだろ?」
そう言うと男は下品な笑いを浮かべて小指を立てた。
医者らしき老爺と看護師らしき若い女が小走りでやってきた。
「さっさと食事を済ませて診てもらえ」
男が立ち上がり、呼びに行かせていた女に食器を下げるように指示をした。
「ごちそうさま。おいしかったわ。シェフに礼を言っておいてちょうだい」
メイドらしき女が無言で頷いた。
医師はレモンの顎に手を当てて傷を見ている。
口の端を切っていたレモンは、医者の診察に顔を歪めた。
「打撲だな。酷く殴ったものだ。骨は折れていないが当分痣は残るだろう。この薬を塗りなさい。あまりにもい痛むようなら別の薬を用意しよう」
そう言うと看護師を連れてさっさと部屋を出た。
入れ替わりに入ってきたメイドが二人、手には簡易なワンピースドレスを持っている。
「覗きだと言われては叶わんから、俺はドアの外にいよう。言っておくがそのメイドは戦闘メイドだ。レモン嬢がいかに強くとも二人を同時には倒せまい? 大人しく着替えてくれ」
ドアが閉まる。
メイド達は無言のまま、シェリーとレモンのドレスを剝がしていった。
体を締め付けるものが全て取り払われ、久々の解放感に大きく息を吐いたシェリーがメイドに言った。
「体を拭きたいわ。湯を準備しなさい」
メイドが頷きドアを開けると、先ほどの男が入ってくる。
「農民の服を着ても皇太子妃殿下は神々しいな。血筋ってやつか?」
シェリーは無視を決め込んだ。
男は構わず二人の体を舐めまわすように見ている。
レモンが鋭い声をあげる。
「無礼だぞ。ここがヌベール辺境伯の屋敷だというなら臣下ということだ。失礼な態度は改めてもらおう」
男は何も言わずに肩を竦めた。
他のメイドが木桶に湯を運んできた。
清潔な布が数枚と、石鹼も添えられている。
先ほどの食事といい、湯の準備といい、時に虐げる気は無いようだとシェリーは思った。
「まあゆっくりしな。ベッドは粗末だが清潔だ。何か欲しいものがあれば用意するが?」
シェリーはゆっくりと口を開いた。
「退屈は嫌いなの。本を数冊準備してちょうだい。そうねぇ……この地の歴史が分かるような物がいいわね。せっかく来たのだもの」
男が片方の口角を上げた。
「仰せのままに。皇太子妃殿下」
信じられないほど優雅なお辞儀をして去って行った男の後ろで、容赦ないほど乾いた施錠音が響いた。
24
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる