そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
90 / 97

90

しおりを挟む
 シェリーの病室に入った二人は、かなりやつれたシェリーの顔を見て息を吞んだ。
 もう一週間近く投薬だけで命を繋いでいたシェリーの顔色は悪く、目が落ち窪んでいる。

「シェリー、大丈夫か? 心配したぞ」

 シェリーが横たわったまま頷いて見せた。

「ご心配をお掛けしました。お二人にだけご苦労を掛けてしまって申し訳ございません」

 シュラインが慌てて首を横に振り、サミュエルが起き上がろうとするシェリーの背に手を当てて助け起こした。

「シェリー、本当に戻ってきてくれてありがとう。君は少し瘦せ過ぎだ。もう少しふっくらとした顔に戻さないとアルバートに会えないぞ?」

「そんなに瘦せちゃいました? 早く会いたいのに……困ったわ」

「困ることはないさ。ちゃんと休んでしっかり栄養を摂ればすぐに戻るよ」

 サミュエルの言葉の後をシュラインが引き取る。

「つい先ほどアルバートの所に行ったのだけれど、二人で同じ執務室を使いたいってさ。君はそれでいいの? たまには一人になりたかったりしない?」

「ええ、同じ執務室にしようって話し合いました。一人になりたい時はそう言いますから大丈夫ですわ。それに彼は……動くのが難しいでしょう? 私が側にいた方が良いと思うのです」

「うん、そうだよね」

「それと病室のことですが……」

「アルバートが同室にしろって駄々をこねるから、床上げしたらそのまま執務室にできる部屋を準備することになったんだ。工事が済むまでは今まで通りだけど、なるべく急がせる」

「まあ! そんな我儘を? 少し甘やかしすぎたかしら」

「いつの間にそんなことを話し合ったの?」

 シェリーはその質問には答えず、魅力的な笑顔だけを返した。
 シュラインが肩を竦めて言う。

「まあいいさ。それと……イーサンの事だけど」

 言いにくそうな顔でシェリーを見るシュライン。

「イーサンが? もう辺境領へ戻ったとばかり思っていましたが、何かありましたの?」

「あっ……いや、戻ったということを知らせてなかったと思ってね」

「実は帰る前にこの部屋に訪ねてくれましたわ。体がピクリとも動かなかったので、意識がないと思われていたのでしょうけれど、意識はありましたし、会話は全部聞き取れていたのです」

「彼は君に何を言ったのだろう……あっ! ごめん! 聞いてはいけないことだった。忘れてくれ」

 シュラインが慌てて言った。
 シェリーがニコッと笑って答える。

「詳細は控えますが、それはもう熱烈な愛の告白をしてくれましたわ。ふふふ……」

 シュラインとサミュエルは顔を見合わせた。
 何かを思い出すように窓の外に視線を投げたシェリーの横顔が美しい。

「やっぱり内容は聞かないことにしよう。部屋の件は急ピッチで進めるよ。だから君はできるだけ養生に専念してくれ」

「はい、お義兄様。お気遣いありがとうございます」

 ドアがノックされ、レモンと医者が入室してきた。
 シェリーの脈拍などを診た医者が、看護メイドに指示を出す。

「少量でも栄養価の高いルリルリの実のスープを用意してくれ。アルバート殿下にも同じものを」

 頷いた看護メイドが退出し、サミュエルとシュラインも医者と一緒に出て行った。
 一人残ったレモンがシェリーをベッドに寝かせながら言った。

「ゆっくり眠ってください。食事が来ましたらお声掛けしますので」

 シェリーが笑いながら答える。

「もうこれ以上は眠れないほど眠ったわ。今までの睡眠不足を一気に補充した感じよ。ねえレモン、手紙が書きたいのだけれど用意をしてくれる?」

「畏まりました。ご無理は禁物ですよ」

 レモンはベッドサイドの引き出しから便箋を取り出した。

「こんな業務連絡のような便箋じゃなくて……そうねぇ、薄い緑色の便箋がいいわ。私の瞳の色に近い感じ」

「瞳の色ですか? どなたに出されるのかは存じませんが、まさかラブレターですか?」

 悪戯っぽい顔でレモンが揶揄った。
 悪びれずにシェリーが言う。

「ええ、そうよ。ラブレターを書くの。だからそんな感じのロマンチックな便箋を養子てほしいわ。インクの色は……ブルーがいいかしらね」

「殿下の瞳の色ですか?」

「まあ! さすがレモンだわ。その通りよ」

 レモンはニコニコ笑いながら言った。

「畏まりました。すぐにご用意いたします」

 レモンの言葉を聞いて安心したシェリーは、疲れたのかゆっくりと目を閉じた。
 聞こえるはずのないカサカサという木の実の擦れる音が、耳の奥に心地よく響いている。

「レモン……少し休むわ」

 穏やかな顔で寝息を立て始めたシェリーの顔を覗き込んでから、レモンは病室を出た。
 浅い眠りの中で、シェリーはイーサンが見舞いに来た時のことを考えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...