告白はミートパイが焼けてから

志波 連

文字の大きさ
3 / 46

3  あらびっくり!

しおりを挟む
「痛い! その手を離しなさい!」

「お前は誰だ! のぞき見なんてしやがって!」

「覗いたわけじゃない! 声がするから来てみただけよ」

「うるさい! こっちに来い!」

 男に引きずられティナリアはぶるぶると震える女性の前に跪かされた。
 ティナリアの簡素なワンピースの裾を踏んで逃げられないようにした男が、怯える女性の肩を抱く。

「ああ、泣かないで。大丈夫ですから」

 男は手袋を外して、人差し指の先で女性の目元を撫でる。
 それを見ていたティナリアは冷静に考えた。
 この女性は私の異母姉妹なのだろうと。
 意を決して深呼吸したティナリアが声を出した。

「私に名前はティナリア・アントレット、21番目の王女です」

 男の肩がビクッと跳ねた。
 女性も驚いて目を丸くしている。

「あなたはどなた? お姿から拝察するに私の異母姉妹ではないかしら」

 付け焼刃ではあるが、掃除に来るメイドに習った貴族言葉を総動員するティナリア。
 掃除や洗濯に通って来ていたメイド達の方がティナリアよりよっぽど貴族子女なのだ。
 男はティナリアの顔を覗き込み、王家特有の黒に近い青い瞳を確認し慌てて膝まづいた。

「失礼をお許しください。私はこの宮の主であるサマンサ側妃様のご実家である、隣国のオース伯爵家から派遣されております護衛騎士、ロレンソ・パストと申します。隣国ではございますが騎士爵を賜っております」

 ロレンソと名乗った男に踏まれていた靴跡をパンパンと叩きながら、ティナリアは立ち上がった。
 足首がかなり痛い……

「そうですか、護衛騎士がなぜ先ほどのような?」

 敢えてストレートに突っ込むティナリア。
 ここで身分を名乗ってしまったのだから、この宮への就職は諦めるしかない。
 もうヤケクソだ!
 ティナリアの冷めた態度に、ロレンソは唇を嚙んだ。

「申し訳ございませんでした。まさか王女殿下がこのような裏庭におられるとは思いもせず、大変失礼な態度をとってしまいました。いかようにも罰をお与えください」

 ロレンソは潔く剣を鞘ごとティナリアの前に差し出した。
 クールな目線で見下ろすティナリア。
(あんたに罰を与えても腹も膨れやしないわよ。それより何か食べさせよ)
 絶対に声には出せない要求を心の中で叫びながら俯くロレンソを黙って見下ろす。
(ここにはもう用は無いわ。ちょっと通勤が大変だけど向こうの宮に行くしかないわね)
 ティナリアがそう思って踵を返そうとしたとき、震えていたお嬢様が声を出した。

「あ……あの……私の護衛騎士が大変失礼な事を致しました。改めてお詫びしたく存じますので、よろしければ宮へお越しくださいませんか? お見受けするに、足を痛めてしまわれたのでは?」

 ティナリアは少し驚いた。
 なぜわかった?

「足? なぜですか?」

「先ほどから全く動いておられませんし、わざと左足だけに重心をかけておられるので……出過ぎたことを申しました。お許しください」

 ティナリアはゆっくりと首を横に振った。

「お気遣い恐れ入ります。実は少し痛めてしまいました。お招きに感謝します」

 ティナリアの言葉にホッと息を吐いたお嬢様が、美しいカーテシーで挨拶をした。

「名乗るのが大変遅くなってしまいました。私はマリアーナ・アントレット、19番目の王女ですわ」

 その可憐さから自分より年下だと思っていたティナリアは慌ててカーテシーを返す。

「大変失礼いたしました。あまりにも可憐なお姿に、年下だと思っておりました。お許しください姉上様」

「まあ! 嬉しいですわ。さあロレンソ、ティナリア姫をご案内しなさい」

 ロレンソは慌てて立ち上がった。

「暫しお待ちください。先触れして参ります」

 ロレンソは、ティナリアを近くにあった椅子に座らせて屋敷に走り去った。
 マリアーナがティナリアの前に座る。

「ごめんなさいね。どうぞあの者をお許しください」

 走るロレンソの背中を見送りながら、うっとりとした表情を浮かべるマリアーナを見てティナリアは悟った。

「お好きなのですね?」

 マリアーナが驚いて顔を向ける。
 ハクハクと動く唇から言葉が紡がれる前に、迎えの使用人たちが駆けてきた。
 その中に何度か洗濯場で顔を合わせたことがあるメイドもいる。
 そのメイドは王女なのに洗濯まで自分でしなくてはいけないティナリアに同情して、何度かお菓子を分けてくれた事がある優しい娘だ。

「まあ!お隣の王女様ではございませんか!」

 そのメイドが驚いて声を出した。
 ティナリアに手を貸して立たせようとしていた使用人たちが、目が落ちそうなほど見開いて頭のてっぺんから爪先までをゆっくりと見回す。
 そんな彼らに温い視線を返しながら、ティナリアはわざとらしい口調で言った。

「ああ……足が痛いわ」

 ロレンソが、大急ぎで駆け寄る。

「王女殿下、失礼します」

 ティナリアを抱き上げ、歩き出すロレンソ。
 人生初のお姫様抱っこに、本当のお姫様になったような気分を味わうティナリア。
 いや、本当にお姫様なのだが……
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

あなたより年上ですが、愛してくれますか?

Ruhuna
恋愛
シャーロット・ロックフェラーは今年25歳を迎える 5年前から7歳年下の第3王子の教育係に任命され弟のように大事に大事に接してきた 結婚してほしい、と言われるまでは 7/23 完結予定 6/11 「第3王子の教育係は翻弄される」から題名を変更させて頂きました。 *直接的な表現はなるべく避けておりますが、男女の営みを連想させるような場面があります *誤字脱字には気をつけておりますが見逃している部分もあるかと思いますが暖かい目で見守ってください

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

行動あるのみです!

恋愛
※一部タイトル修正しました。 シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。 自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。 これが実は勘違いだと、シェリは知らない。

拾った指輪で公爵様の妻になりました

奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。 とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。 この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……? 「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」 公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯
恋愛
 侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。  幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。  最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。  そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、 「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。  その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。  「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。

処理中です...