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11 素敵なお兄様

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「到着しました。こちらでございます」

 馭者がティナリアの手を取って馬車から降ろしてくれたのは、王都の中でも中心部から少し外れた市場のような場所だった。
 大通りには面しているものの、その道路を挟んで大きな緑地帯が続き、その先には王宮の堀が見える。
 市場は馬車がすれ違うには少し狭い道を挟んで、左右に続いている。
 それぞれの店舗の二階が住まいになっているようだ。

「近すぎない?」

 誰にともなくティナリアは問いかけた。
 当然返事は無く、馭者は店の扉を開けて荷物を運んでいる。

「まあ、私の顔を見て王女だってわかる人はいないかぁ。問題ないよね」

 自分で自分を慰めながらグッと伸びをする。
 思えば外から王城の森を見るのは始めてだ。
 この緑地帯は芝の手入れも行き届き、休日には人々の憩いの場になるのだろう。

「さあ! 頑張るよ! ティアナ」

 両頬をパンと叩いてハッパを掛ける。
 建物の中に入ってみると、すぐにでも営業できそうなほど設備が整っていた。
 大きな竈もあり、その横には薪オーブンもある。
 備え付けの戸棚には真っ白な食器類が、大皿から小皿まで20枚ずつ並び、スープカップもグラタン皿もあった。

「凄い……ここまで揃っているなんて夢みたい」

 ティアナが感動していると、ドアに取り付けられているカウベルが鳴った。

「やあ、もう到着していたんだね」

 ティアナが振り返ると、少し癖のある金髪を揺らしながら紳士がニコニコしていた。

「あの……どちら様でしょう」

「ああそうか。ごめんね、妹から何度も手紙で知らされていたから、初対面っていう気がしなかった。改めて自己紹介させてもらうね。私はサマンサ・オースの兄でサミュエル・オースという者だよ。今日から君は僕の妹だね。よろしく頼むよ、ティアナ」

 ティアナは息を吞んだが、そこはサマンサに鍛えられた王女教育が役立った。

「お初にお目に掛ります。ティナリア・アントレット改め、ティアナ・オースでございます。よろしくお願い申し上げます、お兄様」

「うんうん、可愛らしい妹が出来てとてもうれしいよ。でも君は平民として生きたいんだって? まあ、気持ちはわからなくも無いが苦労するんじゃない? 一人で大丈夫?」

「はい、ここはもともと母の実家です。母がここで生まれ育ったと思うだけで愛着を感じます。それに私はお転婆で、少々のことではめげませんし、掃除や洗濯も慣れています。それに……」

 サミュエルと名乗った紳士が両手を突き出して止めた。

「ああ、わかった。わかったよ。話に聞いていた通りだ。まあそれくらいの気概がないと、変態ヒヒおやじのところへの身代わりなんて無理だよね。改めてお礼を言わせてくれ、この度の件では君だけに多大な損害を与えてしまった。でもそのお陰で姪はとても幸せに暮らしているよ。本当にありがとう。心から感謝する」

 サミュエルが頭を下げ、ティアナは慌てた。

「どうぞ! どうぞ頭をあげてください。私は損なんてしていませんよ? むしろ毎日だらだらと楽ばかりしていた上に、お金も随分頂きました」

「そう言ってもらうと、肩の荷が下りるよ。それと、お金の件だけれど銀行には行ったかい?」

「いえ、先ほど到着したばかりで、まだ行けていないのです」

「良ければ一緒に行こう。私が直接、妹だと紹介した方が何かの役に立つかもしれないからね」

 ティアナは勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございます。本当に何から何までお心遣いいただいて申し訳ないです。でもとても助かります。私、銀行って行ったことも無いし、どこにあるのかも知らなくて」

「それは良かった。ではすぐに行こうよ。この辺りも案内してあげよう。それとなかなか旨いものを食わせる店もあるんだ」

 そう言うとサミュエルはスッと手を差し出した。
 これがロレンソ相手に練習を重ねた『エスコート』という行為ね?
 嫁ぎ先では一度も実践しなかったティアナは、少し緊張しながらその手に指先を預けた。

 馭者はこのまま片づけと掃除をしてくれるらしく、サミュエルが乗ってきた馬車に乗る。
 銀行はそれほど遠くなく、歩いても行ける距離にあった。
 ゆっくりと走る馬車の中で、正面に座ったサミュエルが言う。

「君はいくつかな?」

「今年で18才になりました」

「マリアーナのひとつ下なんだね。ということは私の上の娘と一緒だ」

 ティアナは驚いた顔をした。
 サミュエルはまだ三十代前半と言われても納得できるような若々しさだ。

「おいおい、何をそんなに驚くの? 私はサマンサの兄だよ? 妹は二つ下だからまだ三十代だけれど、私は今年で四十だ。君の兄というより父って言った方が良いくらいだよね」

「そんな……畏れ多い」

「ははは! そんなに畏まらないでくれよ。父はとても喜んでいたよ? 君みたいな若い娘を持つなんて夢みたいだって」

「夢……夢ですか?」

「ああ、父も私も妻一筋の堅物な男でね。自分の人生で庶子なんて言葉に関わる事なんて考えてもみなかったんだ。それがこんなに美しい娘を妻公認で持てるんだ。そりゃ喜ぶさ」

 元気づけるために冗談を飛ばしてくれているのだとわかった。
 その心遣いに心から感謝する。

「ご家名を口にすることは、銀行以外では無いと思います。ですがお家の名を汚すようなことは絶対にしません。ご安心ください」

 サミュエルが優しい顔で頷いた。

「心配などしてないさ。今まで苦労してきたんだ。この先は楽しい毎日になればいいね」

「はい、そうなるよう精一杯頑張ります」

 馬車が停まり、馭者が扉を開けた。
 サミュエルが先に降りてエスコートしてくれる。
 銀行に入ると、立派な髭を蓄えた厳めしい顔をした男性がやってきた。

「これはこれは、オース商会の商会長様ではございませんか。ようこそ王都銀行へ」

「ああ、ちょっと挨拶をしようと思ってね。支配人は御在席かな?」

「はい、ただいま呼んでまいりますので、どうぞこちらに」

 二人を先導するように歩き出した男は、ティアナのカジュアルなワンピースが気になるのか、チラチラと様子を伺っている。
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