14 / 46
14 この気持ちは?
しおりを挟む
斜め掛けの鞄以外の荷物をすべてトマスに持たせてしまっているティアナは、急いで自宅の鍵を開けた。
「ここでいいかな?」
「ありがとうございました。あの後もたくさん買い物しちゃって……ごめんなさい」
「どういたしまして。僕も久しぶり愛らしいお嬢さんと歩けて幸せだったよ」
「そんな……」
再び林檎のようになるティアナに手を振りながら、トマスが店を出た。
「始まったら食べに来るね。楽しみにしているよ」
「はい、その時には是非ごちそうさせてください」
その声には返事をせず、明るい笑顔だけを残して去るトマス。
「私……どうしちゃったの?」
買い物を片づけていても、トマスに勧められて買ったサンドイッチを食べていても、たっぷりの湯に身を沈めてみても、ティアナの胸の鼓動は落ち着こうとしない。
「私が食事を残すなんて……」
とても結婚適齢期の女性が呟く言葉とは思えないが、事実は事実。
食欲がないわけでは無いのに、胸がいっぱいで入っていかないのだ。
無理やりお茶で流し込んだが、遂に半分食べたところで諦めた。
「明日の朝ごはんにしよう」
そこは食うや食わずの日々を経験したティアナだ。
廃棄という選択肢は無い。
ベッドに潜り込んだが眠れない。
レモンイエローのカーテンの隙間から見える夜空をじっと見続けてしまうのだ。
「ダメだ……眠れない……」
ティアナは諦めて起き上がった。
カーテンを開けて店前の通りを見ると、まだ人通りがある。
この街は眠らないのかもしれない……
独りぼっちの宮で、空腹を抱えてじっとしていた夜を思い出す。
耳の奥でキーンという音がずっと鳴っていたあの頃は、誰かと笑い合って街を歩くなど、考えたことも無かった。
「生きるのに必死だったものね」
今夜も一人だが、あの頃の一人とは全然違う。
「明日も頑張ろう。おやすみなさい」
誰を想像して紡いだ言葉なのかはティアナしか知らない。
この家で過ごす初めての夜は、ゆっくりと深まっていった。
「おはようございます、ルイザさん」
ティアナがお隣の床屋に顔を出した。
「あら! おはよう。よく眠れたみたいね」
「はい、お陰様でぐっすり眠れましたし、しっかりご飯も食べました」
「それは良かった。ところでどうしたの?」
「ええ、実は……」
ティアナがルイザに相談したかったのは、店のテーブルセットを入れ替えようと思ったからだ。
今あるのも決して悪いわけでは無いが、少し豪華すぎると感じていた。
昨日サミュエルが連れて行った店の椅子が理想だが、何処に行けば買えるのかがわからない。
「家具やね? 庶民的なものだったらこの先にあるけれど……後はオーダーするという方法があるわ。少し割高にはなるけれど、イメージ通りに作れるし。そうそう変えるものでもないから、納得できる方がいいかもよ?」
「オーダーできるのですか?」
「うん、幼馴染が家具職人やってるから紹介するわよ?」
「是非お願いします」
「多分昼頃に来るから話しておくわ。今日はいる?」
「買い物に出ますが、お昼には戻るようにします」
ルイザに何度も礼を言って歩き出すティアナ。
今日は食材を中心に見て回るつもりだ。
「よお、昨日も来たお嬢さん。今日は蕪が安いよ」
「おはようございます。本当にきれいな蕪ね。五個下さい」
「へいまいど! 他にも買い物があるんだろう? 届けようか?」
「えっ! 配達してもらえるんですか。助かります」
店の位置を教えてお金を払う。
この価格が適性なのかどうかは、今のティアナにはわからない。
配達してもらえるとわかったティアナは、安心して玉葱と人参も購入した。
「蕪といえば鶏肉よね」
八百屋の斜め前の肉屋を覗く。
天井からぶら下がっているベーコンやソーセージもおいしそうな艶をしている。
とりあえず鶏肉のモモ部分を5羽分と、ソーセージを一連購入した。
ここも配達をしてくれるらしいので、店の場所を伝えた。
お金を払って店を出ると、後ろから声を掛けられた。
「昨日の迷子のお嬢さん、ご機嫌はいかがですか?」
「トマスさん! 昨日はありがとうございました」
「今日も買い物かい? それにしても荷物がないね」
「ええ、八百屋さんとお肉屋さんがとても親切で、配達してくださるって」
「なるほど。肉はここだね? 野菜は? あそこ?」
「はい」
「ちょっと一緒においで」
トマスはティアナの手を取って肉屋に入っていく。
「よお! 商売繫盛で何よりだ」
「ああトマスさん。いつもありがとうね。あんたたちのお陰で安心して商売できるよ」
「そんなことはお安い御用だ。今日は僕の友人を紹介しようと思ってね」
トマスがティアナを自分の前に押し出した。
「ここでいいかな?」
「ありがとうございました。あの後もたくさん買い物しちゃって……ごめんなさい」
「どういたしまして。僕も久しぶり愛らしいお嬢さんと歩けて幸せだったよ」
「そんな……」
再び林檎のようになるティアナに手を振りながら、トマスが店を出た。
「始まったら食べに来るね。楽しみにしているよ」
「はい、その時には是非ごちそうさせてください」
その声には返事をせず、明るい笑顔だけを残して去るトマス。
「私……どうしちゃったの?」
買い物を片づけていても、トマスに勧められて買ったサンドイッチを食べていても、たっぷりの湯に身を沈めてみても、ティアナの胸の鼓動は落ち着こうとしない。
「私が食事を残すなんて……」
とても結婚適齢期の女性が呟く言葉とは思えないが、事実は事実。
食欲がないわけでは無いのに、胸がいっぱいで入っていかないのだ。
無理やりお茶で流し込んだが、遂に半分食べたところで諦めた。
「明日の朝ごはんにしよう」
そこは食うや食わずの日々を経験したティアナだ。
廃棄という選択肢は無い。
ベッドに潜り込んだが眠れない。
レモンイエローのカーテンの隙間から見える夜空をじっと見続けてしまうのだ。
「ダメだ……眠れない……」
ティアナは諦めて起き上がった。
カーテンを開けて店前の通りを見ると、まだ人通りがある。
この街は眠らないのかもしれない……
独りぼっちの宮で、空腹を抱えてじっとしていた夜を思い出す。
耳の奥でキーンという音がずっと鳴っていたあの頃は、誰かと笑い合って街を歩くなど、考えたことも無かった。
「生きるのに必死だったものね」
今夜も一人だが、あの頃の一人とは全然違う。
「明日も頑張ろう。おやすみなさい」
誰を想像して紡いだ言葉なのかはティアナしか知らない。
この家で過ごす初めての夜は、ゆっくりと深まっていった。
「おはようございます、ルイザさん」
ティアナがお隣の床屋に顔を出した。
「あら! おはよう。よく眠れたみたいね」
「はい、お陰様でぐっすり眠れましたし、しっかりご飯も食べました」
「それは良かった。ところでどうしたの?」
「ええ、実は……」
ティアナがルイザに相談したかったのは、店のテーブルセットを入れ替えようと思ったからだ。
今あるのも決して悪いわけでは無いが、少し豪華すぎると感じていた。
昨日サミュエルが連れて行った店の椅子が理想だが、何処に行けば買えるのかがわからない。
「家具やね? 庶民的なものだったらこの先にあるけれど……後はオーダーするという方法があるわ。少し割高にはなるけれど、イメージ通りに作れるし。そうそう変えるものでもないから、納得できる方がいいかもよ?」
「オーダーできるのですか?」
「うん、幼馴染が家具職人やってるから紹介するわよ?」
「是非お願いします」
「多分昼頃に来るから話しておくわ。今日はいる?」
「買い物に出ますが、お昼には戻るようにします」
ルイザに何度も礼を言って歩き出すティアナ。
今日は食材を中心に見て回るつもりだ。
「よお、昨日も来たお嬢さん。今日は蕪が安いよ」
「おはようございます。本当にきれいな蕪ね。五個下さい」
「へいまいど! 他にも買い物があるんだろう? 届けようか?」
「えっ! 配達してもらえるんですか。助かります」
店の位置を教えてお金を払う。
この価格が適性なのかどうかは、今のティアナにはわからない。
配達してもらえるとわかったティアナは、安心して玉葱と人参も購入した。
「蕪といえば鶏肉よね」
八百屋の斜め前の肉屋を覗く。
天井からぶら下がっているベーコンやソーセージもおいしそうな艶をしている。
とりあえず鶏肉のモモ部分を5羽分と、ソーセージを一連購入した。
ここも配達をしてくれるらしいので、店の場所を伝えた。
お金を払って店を出ると、後ろから声を掛けられた。
「昨日の迷子のお嬢さん、ご機嫌はいかがですか?」
「トマスさん! 昨日はありがとうございました」
「今日も買い物かい? それにしても荷物がないね」
「ええ、八百屋さんとお肉屋さんがとても親切で、配達してくださるって」
「なるほど。肉はここだね? 野菜は? あそこ?」
「はい」
「ちょっと一緒においで」
トマスはティアナの手を取って肉屋に入っていく。
「よお! 商売繫盛で何よりだ」
「ああトマスさん。いつもありがとうね。あんたたちのお陰で安心して商売できるよ」
「そんなことはお安い御用だ。今日は僕の友人を紹介しようと思ってね」
トマスがティアナを自分の前に押し出した。
38
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです
ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。
彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。
先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。
帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。
ずっと待ってた。
帰ってくるって言った言葉を信じて。
あの日のプロポーズを信じて。
でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。
それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。
なんで‥‥どうして?
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
ある公爵令嬢の死に様
鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。
まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。
だが、彼女は言った。
「私は、死にたくないの。
──悪いけど、付き合ってもらうわよ」
かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。
生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら
自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。
白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる
瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。
だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。
異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。
失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。
けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。
愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。
他サイト様でも公開しております。
イラスト 灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる