告白はミートパイが焼けてから

志波 連

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19 嬉しい知らせ

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 紅茶を出して、ティアナがクレマンに言う。

「おじさま、見積書って何ですか?」

「見積書ですか……それは何かを買おうとしたときに、売り手の希望販売額を購入契約する前に確認するための書類です。特別高価なものや、納品までに時間がかかるものを購入する時に利用されます」

「ああ、なるほど。お店の家具を入れ替える予定です。とても良いものなのですが、一人でやるには席数が多いですし、高級感が……あの……」

 せっかく準備してくれた家具に文句を言うようで、申し訳ない気分になる。

「どうぞ遠慮なく変えちゃってください。ご主人さまは予算だけ提示されて業者に一任されていましたので問題ありません」

「そうなのですか? よかった……なんだか申し訳なくて」

「ぜんぜん大丈夫です。家具職人の当てはあるのですか?」

「ええ、先ほどのルイザさんの幼馴染という方を紹介してもらいました。それよりおじが姪に敬語って変ですよ?」

「それもそうですね。では崩させていただきましょう」

 クレマンが屈託のない顔で言った。
 二杯目の紅茶に手を伸ばそうとしていた時、各職人のケインが顔を覗かせた。

「おはよう、ティアナちゃん。今はお取込み中かな?」

「いらっしゃい、ケインさん。こちらは私のおじでクレマンさんよ。いろいろ手伝ってもらうことになったの」

 二人は自己紹介をし合いながら握手を交わす。

「見積書を持ってきたよ」

 ティアナが広げた書類を覗き込むクレマン。

「なるほど、なかなか勉強してくださった価格のようだ。でも安ければ良いというものではないからね。君の実績はどこで見れるかい?」

 ケントが少し驚いた顔をする。

「これはなかなか凄い助っ人を連れてきたね。ええ、勿論品質には自信がありますよ。ここから一番近いのは隣の床屋です。あそこの飾り棚は僕が作りました」

 すぐに見ようということになり、三人は連れだってルイザの店に行った。
 細かいところをチェックしたクレマンは、何度も大きく頷いている。

「素晴らしい腕ですね。これであの価格ならむしろ安い」

 ケントが嬉しそうな顔をした。

「そう言っていただけると嬉しいです。それと今ある家具の転売についてご相談したいのですが」

 ティアナは商売の話に夢中になっている二人の代わりに、ルイザに礼を言った。
 店に戻りお茶を淹れなおしている間も話し込んでいるケントとクレマン。
 自分は人に恵まれているとティアナはつくづく感じていた。

 今ある家具の販売価格も、クレマンの想定よりかなり高値だったようで、家具入れ替えの契約はその日のうちに締結された。
 経験だからといわれ、見積書や契約書の見方も習いながら、ティアナは生まれて初めて売買契約なるものを結んだ。

 明日から毎日通ってくるというクレマンを見送り、ティアナはメニュー作りに没頭した。
 買ってきていた蕪と鶏肉のトマト煮や、ベーコンとほうれん草のグラタンを次々に作っていく。
 通りにも良い香りが漂うのか、ガラス窓から中を覗いて行く人もいた。

 できた料理はルイザ夫婦に味見を頼んだ。
 できるだけたくさんの意見も聞いた方が良いと言われ、商店街で顔見知りになった店主たちにも声を掛ける。
 そんな日々を送るうちに、家具もできあがり店の飾りつけも整った。

「じゃあ明日から毎日、僕が花のお世話にくるからね」

「私はこのおいしい料理に合うパンを焼くわ。配達はトマスにさせるから」

「俺は良い肉を格安で降ろしてやるからな。安心してくれ」

「新鮮な野菜を毎日届けるよ」

 みんな力強い言葉をティアナにくれる。
 喜ぶティアナの後ろで、クレマンも嬉しそうだ。
 いよいよ週明けには開店という日の午後、ティアナに嬉しい知らせが舞い込んだ。

「ティアナちゃん、サマンサ様が解放されることになりましたよ。いよいよ新王態勢が整ったのでしょう。前王の側妃たちで子供を嫁がせた人達は無条件解放だそうです」

「それは素晴らしいです。良かった……これでサマンサ様の苦労も報われますね」

「ええ、サマンサ様はとても不幸な結婚をなさいましたが、ティアナちゃんのお陰で娘のマリアーナ様も愛した人と一緒になれましたし、かなり時間がかかってしまいましたが丸く収まりそうですよ」

「これからサマンサ様はどうされるのですか?」

「一旦はご実家に戻られます。少しの間はゆっくりなさることでしょう」

「安心しました」

「それともう一つ。マリアーナ様がご懐妊です」

 ティアナは飛び上がるほど嬉しかった。
 思わずクレマンに抱きついて声をあげて泣いてしまった。
 
 そして遂に開店の日。
 店の前には祝いの花が所狭しと飾られ、ティアナとクレマンはお揃いのエプロンをして、最終点検をしていた。

「いよいよですね」

「はい、いよいよです」

「頑張ってくださいね」

「はい、よろしくお願いします」

 記念すべき開店日のメニューはバジルとトマトのファルシに決めた。
 黒コショウを利かせて、薄くスライスしたパンを添える。
 スープはオニオンコンソメで、サラダはキャロットラぺだ。

「いらっしゃいませ!」

 極上の笑みでお客様を迎え入れる。
 席数が少ないのですぐに満席になったが、ゆったりした配置とケントの助言で作った小物と焼き菓子コーナーのお陰で、和やかにすごせているようだ。

「おじさん! 1番テーブルにパンをお願い!」

「はいよ!」

「3番テーブルのサラダ上がったよ!」

「よっしゃ!」

 とても元王女と貴族家執事の掛け合いとは思えないほどの活気が飛び交う。
 予定数を大幅に超えた来客をさばききった夕方、今度はお世話になった商店街の人達がやってきた。

「上々の滑り出しだねぇ」

 口々に祝いの言葉を述べてくれる。
 トマスもシェリーも、ウィスもケントも本当に嬉しそうな顔で祝ってくれた。
 ティアナは予てより準備していた感謝の品を一人ずつ手渡して礼を言った。

「皆さんのお陰です。これからもよろしくお願いします」

 みんなが引き上げた後、サミュエルとサマンサがやってきた。
 気を遣ったのだろう、地味なワンピースとスーツを纏っているが、滲みだす気品は隠せていない。
 サマンサとティアナは抱き合って再会を喜んだ。
 サミュエルが記念だといって、上品な銀の髪飾りをプレゼントしてくれ、サマンサは海と夕焼けを描いた絵画を渡された。
 ティアナの新しい人生が、本格的に始まったのだ。
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