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23 事件
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ウィスの過去を知ったからといって何が変わるでもなく、ほぼ毎日が同じリズムで流れていく。
変わったことといえば、定休日の前日に残った食材を持ってララとウィスが教会に手伝いに行くようになったことぐらいだ。
もともと気が合っていた二人が恋人同士になるのに、さほど時間は必要なかった。
そんな二人を羨ましいと思いながらも、ティアナは今の生活に満足している。
「あっ! 今日は八百屋さんの特売があるんだったわ」
ウィスと出掛けて行ったララを見送った後、ティアナは八百屋にでかけた。
食堂経営にも慣れてきた最近のティアナは、メニューを決めて買い物をするのではなく、食材を見てメニューを決めるようになっている。
それにより格段に利益率もあがり、時々顔を出しては帳簿をチェックするクレマンにも褒められるようになっていた。
「今日は何が安いかしら」
顔見知りとすれ違うたびに明るい声で挨拶を交わす。
通りの向こうから大声で呼びかけて手を振るのはトマスだ。
「あらごきげんよう、トマス」
トマスがニコニコしながら駆け寄ってくる。
クレマンが牽制してから、必要以上に距離を詰めてこなくなったトマスだが、いまだにシェリーと結婚するという話は聞いていない。
「どこ行くの? また特売狙いか?」
「ご名答! 今日は八百屋さんよ」
「ララは? ああウィスと教会か」
「うん、定休日はいつもそうよ。仲が良さそうで羨ましいわ」
「僕はてっきりティアナちゃんとウィスが付き合うんだと思ってた。まだ僕にもチャンスありかな?」
「意味が解らないけど、ウィスもトマスも私の大切なお友達でしょ? シェリーさんもケントさんもルイザさんも。みんな私の大切なお友達」
「ははは! お友達か。君は平和でいいねぇ~ そうだ、今日は大通りに雑技団が来てるんだ。あとで一緒に行ってみないか?」
シェリーさんと行けば? とは思ったが、彼女は店を休めないのだろう。
「うん、買い物が終わったら行ってみようか」
「おう! なんなら荷物持ちくらいするからどんどん買っていいぞ」
そんなことを言っているうちに八百屋に到着する。
他の客の後ろに並んでいると、頭一つに抜きん出たトマスを見つけて、店主が奥から林檎と蕪が入った麻袋を持ってきた。
「ありがとうおじさん。あと茄子も欲しいの。10個くらいあればいいかな」
「あいよ! まいどあり!」
麻袋に詰まった林檎と蕪はトマスに任せ、ティアナは持参した買い物かごに茄子を入れてもらった。
「これはオマケだ」
八百屋の親父がティアナの籠に林檎と蕪を二個ずつ追加してくれた。
「いつもありがとう、おばさんにもよろしく伝えてね」
代金を払いトマスと一緒に店を出る。
林檎と蕪はかなりの重さで、トマスがいなければ何往復かするところだったと胸を撫でおろした。
「ティアナちゃん、僕は先に行って荷物を置いておくよ。君はゆっくりくればいい」
「どうしたの?」
「ほら」
トマスが顎で示した先を見ると、同じ制服を着た警備隊員が手招きをしていた。
「何かあったのかしら」
「緊迫感は無いから交通整理じゃないかな。悪いけど先に行くよ」
「うん、ごめんね。もし邪魔ならその辺に置いておけば私が運ぶから」
「通り道だから大丈夫。店先に置いておくよ」
トマスはニコッと笑って駆け出した。
抱えられた麻袋からコロンとひとつ蕪が転がる。
それを拾おうと屈んだティアナの視線が奇妙な光景を捉えた。
西大通り側に抜ける商店街の入り口辺りで、停まっている馬車の車輪の隙間に蹲る男の子が見えたのだ。
その男の子は、裕福な商人の子供だと一目でわかる程度には豪華な装いで、肌も髪も手入れが行き届いている。
なぜこんな金持ちそうな子供が、大の男たちに囲まれて怯えているのだろう。
興味本位で野次馬と化していたのが運の尽き。
囲んでいた男の一人が、男の子の背中を踵で蹴ったのを見た瞬間、本人でさえ忘れていた正義感が大噴火してしまった。
せっかく並んでまで買った林檎と茄子と蕪をその場に放りだし、駆け寄るティナリア。
「止めなさい! 子供相手になんてことするのよ!」
いきなり駆け寄ってきた若い女性に驚きつつも、下卑た視線で舐めるように見る男たち。
「この子が何をしたって言うのよ! 酷いじゃないの!」
「おいおい、俺は被害者なんだ。このガキがいきなり俺の腕に嚙みついてきやがったんだぜ? これは教育的指導って奴だ。それともお前が代わりに指導を受けるか?」
男の言葉に、仲間たちが下品な声を上げる。
男の言葉に顔を上げた男の子が、震えながらも精一杯の大声をあげる。
「リーナを返せ! お前たちがその馬車に押し込んだメイドのリーナだ! 返せ!」
男の子の声に、パラパラと集まってきた通行人がどよめいた。
男が少し焦った声を出す。
「変な言いがかりはやめろ!」
「返せ! リーナを返せ!」
立ち上がって男に向かって行こうとする男の子を止めながら、ティナリアが叫んだ。
「人さらい! この悪党め! 若い娘を攫って売ろうとしているんだろう! 人身売買は重犯罪だ! 誰か警備隊を呼んで下さい!」
「おい! 大声を出すな! 若い娘など攫ってない!」
ほんの少しだけ形勢逆転の兆しが見えた時、仲間の一人がティナリアに手を伸ばした。
「お前の方が高く売れそうだ。さっきのは返してやるからお前が来い」
「ふざけるなぁぁぁぁ!」
ティナリアは抱きかかえられても抵抗を止めなかったが、振り回す手も足も空を切るだけでほとんど効果は発揮できていない。
男の子は勇敢にも両手を振りまわしてティナリアを抱きかかえる男に突っ込んで行くが、敢え無く玉砕。
ころんころんと地べたに転がってしまった。
変わったことといえば、定休日の前日に残った食材を持ってララとウィスが教会に手伝いに行くようになったことぐらいだ。
もともと気が合っていた二人が恋人同士になるのに、さほど時間は必要なかった。
そんな二人を羨ましいと思いながらも、ティアナは今の生活に満足している。
「あっ! 今日は八百屋さんの特売があるんだったわ」
ウィスと出掛けて行ったララを見送った後、ティアナは八百屋にでかけた。
食堂経営にも慣れてきた最近のティアナは、メニューを決めて買い物をするのではなく、食材を見てメニューを決めるようになっている。
それにより格段に利益率もあがり、時々顔を出しては帳簿をチェックするクレマンにも褒められるようになっていた。
「今日は何が安いかしら」
顔見知りとすれ違うたびに明るい声で挨拶を交わす。
通りの向こうから大声で呼びかけて手を振るのはトマスだ。
「あらごきげんよう、トマス」
トマスがニコニコしながら駆け寄ってくる。
クレマンが牽制してから、必要以上に距離を詰めてこなくなったトマスだが、いまだにシェリーと結婚するという話は聞いていない。
「どこ行くの? また特売狙いか?」
「ご名答! 今日は八百屋さんよ」
「ララは? ああウィスと教会か」
「うん、定休日はいつもそうよ。仲が良さそうで羨ましいわ」
「僕はてっきりティアナちゃんとウィスが付き合うんだと思ってた。まだ僕にもチャンスありかな?」
「意味が解らないけど、ウィスもトマスも私の大切なお友達でしょ? シェリーさんもケントさんもルイザさんも。みんな私の大切なお友達」
「ははは! お友達か。君は平和でいいねぇ~ そうだ、今日は大通りに雑技団が来てるんだ。あとで一緒に行ってみないか?」
シェリーさんと行けば? とは思ったが、彼女は店を休めないのだろう。
「うん、買い物が終わったら行ってみようか」
「おう! なんなら荷物持ちくらいするからどんどん買っていいぞ」
そんなことを言っているうちに八百屋に到着する。
他の客の後ろに並んでいると、頭一つに抜きん出たトマスを見つけて、店主が奥から林檎と蕪が入った麻袋を持ってきた。
「ありがとうおじさん。あと茄子も欲しいの。10個くらいあればいいかな」
「あいよ! まいどあり!」
麻袋に詰まった林檎と蕪はトマスに任せ、ティアナは持参した買い物かごに茄子を入れてもらった。
「これはオマケだ」
八百屋の親父がティアナの籠に林檎と蕪を二個ずつ追加してくれた。
「いつもありがとう、おばさんにもよろしく伝えてね」
代金を払いトマスと一緒に店を出る。
林檎と蕪はかなりの重さで、トマスがいなければ何往復かするところだったと胸を撫でおろした。
「ティアナちゃん、僕は先に行って荷物を置いておくよ。君はゆっくりくればいい」
「どうしたの?」
「ほら」
トマスが顎で示した先を見ると、同じ制服を着た警備隊員が手招きをしていた。
「何かあったのかしら」
「緊迫感は無いから交通整理じゃないかな。悪いけど先に行くよ」
「うん、ごめんね。もし邪魔ならその辺に置いておけば私が運ぶから」
「通り道だから大丈夫。店先に置いておくよ」
トマスはニコッと笑って駆け出した。
抱えられた麻袋からコロンとひとつ蕪が転がる。
それを拾おうと屈んだティアナの視線が奇妙な光景を捉えた。
西大通り側に抜ける商店街の入り口辺りで、停まっている馬車の車輪の隙間に蹲る男の子が見えたのだ。
その男の子は、裕福な商人の子供だと一目でわかる程度には豪華な装いで、肌も髪も手入れが行き届いている。
なぜこんな金持ちそうな子供が、大の男たちに囲まれて怯えているのだろう。
興味本位で野次馬と化していたのが運の尽き。
囲んでいた男の一人が、男の子の背中を踵で蹴ったのを見た瞬間、本人でさえ忘れていた正義感が大噴火してしまった。
せっかく並んでまで買った林檎と茄子と蕪をその場に放りだし、駆け寄るティナリア。
「止めなさい! 子供相手になんてことするのよ!」
いきなり駆け寄ってきた若い女性に驚きつつも、下卑た視線で舐めるように見る男たち。
「この子が何をしたって言うのよ! 酷いじゃないの!」
「おいおい、俺は被害者なんだ。このガキがいきなり俺の腕に嚙みついてきやがったんだぜ? これは教育的指導って奴だ。それともお前が代わりに指導を受けるか?」
男の言葉に、仲間たちが下品な声を上げる。
男の言葉に顔を上げた男の子が、震えながらも精一杯の大声をあげる。
「リーナを返せ! お前たちがその馬車に押し込んだメイドのリーナだ! 返せ!」
男の子の声に、パラパラと集まってきた通行人がどよめいた。
男が少し焦った声を出す。
「変な言いがかりはやめろ!」
「返せ! リーナを返せ!」
立ち上がって男に向かって行こうとする男の子を止めながら、ティナリアが叫んだ。
「人さらい! この悪党め! 若い娘を攫って売ろうとしているんだろう! 人身売買は重犯罪だ! 誰か警備隊を呼んで下さい!」
「おい! 大声を出すな! 若い娘など攫ってない!」
ほんの少しだけ形勢逆転の兆しが見えた時、仲間の一人がティナリアに手を伸ばした。
「お前の方が高く売れそうだ。さっきのは返してやるからお前が来い」
「ふざけるなぁぁぁぁ!」
ティナリアは抱きかかえられても抵抗を止めなかったが、振り回す手も足も空を切るだけでほとんど効果は発揮できていない。
男の子は勇敢にも両手を振りまわしてティナリアを抱きかかえる男に突っ込んで行くが、敢え無く玉砕。
ころんころんと地べたに転がってしまった。
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