告白はミートパイが焼けてから

志波 連

文字の大きさ
29 / 46

29 再認識

しおりを挟む
「良かったじゃないか。今月いっぱいで移転できれば、来月の花まつりに間に合うよ」

 キースの言葉にウィスが何度も頷いた。

「そうだね、大通り沿いなら去年の5倍は売れそうだ」

 ララが聞く。

「花まつりって何?」

 答えたのはウィスだ。

「王宮のお堀沿いに緑地帯があるだろう? あそこに屋台や出店がたくさん並ぶんだよ。その日は誰が誰に告白しても良いという日なんだ。お遊びのようなものだけれど、なかなかの確率でカップルが成立してるんだよ。モテる人なんて持ちきれないほどのブーケを抱えて歩いているさ」

 ララがチラッとキースを見た。

「キースさんはたくさん貰ってそうよね」

 キースは否定もせず肩を竦めただけだった。
 ウィスが不思議そうに言う。

「ここに来てまだ1年にもならないんだっけ? もう随分長いこと一緒にいるような気がしてたけど」

 ティアナが言う。

「ララは私より半年遅かったからね。私は去年の花まつりは知っているわ。行かなかったけど」

 ウィスが聞く。

「行かなかったの? なぜ? 別に告白しなくても見物するだけでも楽しいのに」

「うん……一人だったし。ちょっと人ごみに慣れてなかったから」

 キースが声を出した。

「賢明な判断だったと思うよ」

 ウィスがティアナの過去を思い出したのか、目を伏せて謝った。

「ごめん。無神経だったね」

「そんなこと無いわ。それに今年は行こうかと思ってるし」

 ウィスが明るい声を出した。

「僕は一年で一番の稼ぎ時だからお店に居なくちゃいけないから、ララと一緒に行っておいでよ。きっと二人ならとんでもない数のブーケを貰えるよ」

「楽しみだわ」

 夕食も一緒にとることになるほど話は盛り上がり、ウィスとキースは帰っていった。
 片づけをしながらティアナがララに聞く。

「結婚しちゃうの?」

「どうかな……まだ考えてなかったから。でも結婚するならウィスみたいな人が良いとは思うわね」

「そうね、彼はとても良い人だし。でも寂しくなるなぁ。一人で住むって決めてたのに、今更ララがいなくなると思うとなんだかなぁ」

「ここで寝なくなるっていうだけで、お店は続けるよ?」

「本当? 一緒にやってくれるの?」

「もちろん! 子供ができてもここで働くわ」

 ティアナはすっかり嬉しくなって、日頃は飲まないワインを出してララと乾杯した。

「そう言えば、ティアナってキースのことどう思ってるの?」

 少し考えてから口を開くティアナ。

「すごくいい人だし、すごくかっこいいし。でもなんていうのかな……最初は一目惚れだと思ったのよ? これが初恋なんだって。でも……」

「夢中になれない感じ?」

「そうね、それが近いかも」

「まだトマスのことが好きなの?」

「トマスのことは好きよ。でも彼にはシェリーさんっていう幼馴染がいるでしょう?彼女の家に転がり込んでるほどの仲よ? 今更どうしようもないわ」

「私ね、ちょっと調べたのだけれど、あの二人ってそんな仲じゃないわよ」

「え? だって同居してるのよ?」

「シェリーさんは恋人がいるの。トマスも知っているし応援しているわ。でもその恋人には奥さんがいるのよ。トマスは隠れ蓑になってやってるだけよ」

「そんな……ひとつ屋根の下に暮らしてるのに?」

「兄妹みたいな感覚なんじゃない? お相手の人も幼馴染でね。家庭の事情で断れない結婚だったらしいけど、まったく自分に靡かない夫に愛想を尽かして、奥さんは遊び歩いているらしいのに、世間体があるのでしょうね。離婚には応じないみたい」

「そんなことがあるんだ」

「それにシェリーの店の隣って覚えてる?」

「うん、確かシェリーさんの作業場だったよね?」

「そうよ。トマスはその2階に住んでるの。シェリーさんとその恋人を守るために、一旦シェリーさんの家に戻るようにみせて、裏口から隣の家に帰っているわ」

「知らなかった」

「そうよね、あなたずっとトマスを避けてたでしょう? でもトマスは言い訳をしなかったわよね。それはあなたを守ってたのよ」

「どういう意味?」

「シェリーさんのお相手の奥さんがかなり実力のある商会なのよ。そこに睨まれたらこんな店なんて吹き飛んでしまうとでも思ったんじゃない? だから敢えて距離を置いてるんだと思う。でもパンの配達は止めないでしょう? きっと顔を見たいんでしょうね」

 ティアナは俯いたまま何も言えなくなった。
 ララが続ける。

「ウィスが言ってたわ。トマスは不器用な奴だけど、本当に誠実なんだって。ティアナちゃんも可哀そうだけど、トマスも可哀そうだよねっていつも話してる」

「明日からどんな顔してトマスに会えばいいの」

「別に今まで通りでいいんじゃない?」

「無理かも……知らなければできたのに、知ってしまうと意識しちゃう」

 ララが笑った。

「そりゃそうだよね。なんだか横から見てると、無理やりキースに恋をしようと思ってるみたいに見えちゃってね。ちょっとお節介したくなったのよ」

 ティアナがララの顔を見る。

「無理やり? これって恋じゃないの? 初恋だと思って……だって初めてキースと目が合ったとき、頭の中で音がして、目がチカチカしたのよ?」

「なるほど。まあキースって典型的な美形だものね。しかもパラディンだし、オーラが違うわよ。きっと恋に免疫のない乙女が『ファン心理』と『初恋』を混同したのね。よくあることだから」

「そうなの?」

「明日にはわかるわ。トマスの表情を見てみると気付くこともあるんじゃない?」

 ララはそれだけ言うと、さっさと部屋に引き上げてしまった。
 ティアナは無理やり押し殺していたトマスへの気持ちを再認識し、今夜は眠れそうにないなと考えていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうぞお好きになさってください

はなまる
恋愛
 ミュリアンナ・ベネットは20歳。母は隣国のフューデン辺境伯の娘でミュリアンナは私生児。母は再婚してシガレス国のベネット辺境伯に嫁いだ。  兄がふたりいてとてもかわいがってくれた。そのベネット辺境伯の窮地を救うための婚約、結婚だった。相手はアッシュ・レーヴェン。女遊びの激しい男だった。レーヴェン公爵は結婚相手のいない息子の相手にミュリアンナを選んだのだ。  結婚生活は2年目で最悪。でも、白い結婚の約束は取り付けたし、まだ令息なので大した仕事もない。1年目は社交もしたが2年目からは年の半分はベネット辺境伯領に帰っていた。  だが王女リベラが国に帰って来て夫アッシュの状況は変わって行くことに。  そんな時ミュリアンナはルカが好きだと再認識するが過去に取り返しのつかない失態をしている事を思い出して。  なのにやたらに兄の友人であるルカ・マクファーレン公爵令息が自分に構って来て。  どうして?  個人の勝手な創作の世界です。誤字脱字あると思います、お見苦しい点もありますがどうぞご理解お願いします。必ず最終話まで書きますので最期までよろしくお願いします。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

勇者様がお望みなのはどうやら王女様ではないようです

ララ
恋愛
大好きな幼馴染で恋人のアレン。 彼は5年ほど前に神託によって勇者に選ばれた。 先日、ようやく魔王討伐を終えて帰ってきた。 帰還を祝うパーティーで見た彼は以前よりもさらにかっこよく、魅力的になっていた。 ずっと待ってた。 帰ってくるって言った言葉を信じて。 あの日のプロポーズを信じて。 でも帰ってきた彼からはなんの連絡もない。 それどころか街中勇者と王女の密やかな恋の話で大盛り上がり。 なんで‥‥どうして?

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

処理中です...