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艶やかな着物に身を包んでいる七緒が血の涙を滴らせながら小春に語り始めました。
「あれは……五穀豊穣祭事の前日のことじゃ。私はそこで『天宇受売命(アメノウズメノミコト)』を演じ舞うはずであった」
*
1624年6月18日(旧暦)
七緒は秋葉城の広間で、翌日行われる豊穣祭事で披露する舞の稽古に余念が有りませんでした。
その時、父である城主の光成の家臣が二人、申し訳なさそうにやってきたのです。
二人は七緒がこの舞をどのような思いで稽古していたかを知っていたからこそ、とても言いにくそうに口を開きました。
「姫、殿がお呼びでございます。本丸にお越し願います」
「何事じゃ。まだ私は稽古の最中じゃと申すに」
「殿は……舞の披露など罷りならんと」
「なんと! 諫められることは分かっておったゆえ内密にしておったが、なぜ父上に知れたのじゃ。お前たちにも申しておらんかったものを」
「それは……何卒ご容赦を」
そして二人は七緒を挟むようにして本丸に連れて行きました。
怒気を隠そうともせず七緒を睨みつける光成の前に跪き、七緒は懇願します。
「父上、この度の舞は城下繁栄のためでございます。何卒お許し願います」
「ならん。そのようなことは市井のものに任せておけばよい」
「恐れながら父上、民は父上のやり方に少なからず不満を持っております。それを鎮めるための催事でございますれば、城主の娘である私が舞う必要があるのです」
「そのような些末なことを、何故お前が考えねばならぬのか。民のことなど配下の者たちに任せておけばよい」
「女の私にできることを考えてのことでございます。幼き頃より興味を持ち励んでまいりました舞踊を披露することで民の気持ちを……」
それまでは、努めて冷静に話していた光成が声を荒らげました。
「まだわからんのか! お前はこの城の主となる定めなのだぞ!」
「私は女でございます!」
「だからふさわしき者を婿に迎えなければならんと何度も言うておる! お前がいつまでもそのようなつまらん芸事にうつつをぬかしておるから婿になろうという者がおらぬのじゃ!」
「私はまだ15でございます」
「15にもなれば子を成せようが! 愚か者目が」
「そうか明日……明日の舞台だけはお許しを願います。それよりは誓って父上の仰せのままに致しますゆえ」
「もはやその言葉は聞き飽きたわ」
「この度だけは何卒……お願いでございます」
「許さん! お前のような親不孝な娘はしばらく東丸の座敷牢に入っておれ!」
「父上!」
必死の叫びもむなしく、配下の者に両腕を抑えられ、七緒は東丸の離れにある座敷牢へと入れられてしまったのです。
「姫、どうかお許し下さいませ」
座敷牢に押し込められ、大きな錠前をかけられてしまいました。
牢の硬い格子を叩き、七緒は叫びます。
「出して! 出してください! 父上! 明日よりは誓って仰せのままにいたしますれば、この度だけは何卒!」
七緒の声など聞こえないように、扉は低い音を立てて閉まりました。
牢内は薄暗く、天窓のわずかな隙間から夕方の遮光が入るだけです。
薄闇の中に差し込むその光だけが際立っていて埃の渦が揺らめいていました。
声がかれるまで叫び懇願し続けた七緒でしたが、声も枯れて疲れ果てたまま体をピクリとも動かすことができません。
ひんやりした土壁にもたれて、ただただ途方に暮れるしかありませんでした。
天窓からは星も見えず、外はもう真っ暗だということだけがわかります。
そんな座敷牢の中で七緒は、あの日櫓の上で聞いた民たちの悲痛な叫びを思い出していました。
「あれは……五穀豊穣祭事の前日のことじゃ。私はそこで『天宇受売命(アメノウズメノミコト)』を演じ舞うはずであった」
*
1624年6月18日(旧暦)
七緒は秋葉城の広間で、翌日行われる豊穣祭事で披露する舞の稽古に余念が有りませんでした。
その時、父である城主の光成の家臣が二人、申し訳なさそうにやってきたのです。
二人は七緒がこの舞をどのような思いで稽古していたかを知っていたからこそ、とても言いにくそうに口を開きました。
「姫、殿がお呼びでございます。本丸にお越し願います」
「何事じゃ。まだ私は稽古の最中じゃと申すに」
「殿は……舞の披露など罷りならんと」
「なんと! 諫められることは分かっておったゆえ内密にしておったが、なぜ父上に知れたのじゃ。お前たちにも申しておらんかったものを」
「それは……何卒ご容赦を」
そして二人は七緒を挟むようにして本丸に連れて行きました。
怒気を隠そうともせず七緒を睨みつける光成の前に跪き、七緒は懇願します。
「父上、この度の舞は城下繁栄のためでございます。何卒お許し願います」
「ならん。そのようなことは市井のものに任せておけばよい」
「恐れながら父上、民は父上のやり方に少なからず不満を持っております。それを鎮めるための催事でございますれば、城主の娘である私が舞う必要があるのです」
「そのような些末なことを、何故お前が考えねばならぬのか。民のことなど配下の者たちに任せておけばよい」
「女の私にできることを考えてのことでございます。幼き頃より興味を持ち励んでまいりました舞踊を披露することで民の気持ちを……」
それまでは、努めて冷静に話していた光成が声を荒らげました。
「まだわからんのか! お前はこの城の主となる定めなのだぞ!」
「私は女でございます!」
「だからふさわしき者を婿に迎えなければならんと何度も言うておる! お前がいつまでもそのようなつまらん芸事にうつつをぬかしておるから婿になろうという者がおらぬのじゃ!」
「私はまだ15でございます」
「15にもなれば子を成せようが! 愚か者目が」
「そうか明日……明日の舞台だけはお許しを願います。それよりは誓って父上の仰せのままに致しますゆえ」
「もはやその言葉は聞き飽きたわ」
「この度だけは何卒……お願いでございます」
「許さん! お前のような親不孝な娘はしばらく東丸の座敷牢に入っておれ!」
「父上!」
必死の叫びもむなしく、配下の者に両腕を抑えられ、七緒は東丸の離れにある座敷牢へと入れられてしまったのです。
「姫、どうかお許し下さいませ」
座敷牢に押し込められ、大きな錠前をかけられてしまいました。
牢の硬い格子を叩き、七緒は叫びます。
「出して! 出してください! 父上! 明日よりは誓って仰せのままにいたしますれば、この度だけは何卒!」
七緒の声など聞こえないように、扉は低い音を立てて閉まりました。
牢内は薄暗く、天窓のわずかな隙間から夕方の遮光が入るだけです。
薄闇の中に差し込むその光だけが際立っていて埃の渦が揺らめいていました。
声がかれるまで叫び懇願し続けた七緒でしたが、声も枯れて疲れ果てたまま体をピクリとも動かすことができません。
ひんやりした土壁にもたれて、ただただ途方に暮れるしかありませんでした。
天窓からは星も見えず、外はもう真っ暗だということだけがわかります。
そんな座敷牢の中で七緒は、あの日櫓の上で聞いた民たちの悲痛な叫びを思い出していました。
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