16 / 68
16 ハイド子爵夫妻
しおりを挟む
翌朝三人で向かった食堂には、重苦しい空気が流れていました。
食後の話し合いのことを考えると仕方がないのかもしれませんが、せっかく王都ではなかなか口に入らない新鮮な野菜サラダの味がわかりませんでした。
一人でにこやかにモリモリと食事を進めるエヴァン様は、やはり強者というほかありません。
ララも嬉しそうにパンをたくさん食べています。
「おいしいわ、このパンは少し色も味も濃いのね」
「おいしいでしょう?全粒粉パンっていうの。この辺りではポピュラーなのです」
ハイド子爵夫人であるルーナ様がそう言いました。
「軽くトーストしてバターをたっぷり付けるのがミソですね」
ハイド子爵も同調します。
「バターも新鮮でおいしいですね」
エヴァン様、それ何個目のパンですか?
「あれ?ロゼは進んでないね。昨日は眠れなかったの?疲れが出ちゃったかな?それともまだ胃が痛い?」
「いいえ、良く眠れましたし、胃はもう大丈夫です」
本当はほとんど眠っていません。
だってあのエヴァン様に婚約を申し込まれたんですよ?
普通の女の子は眠れませんって!
そんな感じで終えた朝食の後、ハイド子爵が意を決したように私たちを見ました。
「では応接室に行きましょうか」
私たちは立ち上がりました。
エヴァン様はララに部屋で待つよう言われましたが、ララは首を横に振りました。
「ロゼといます」
私はララの気遣いが嬉しく、彼女の手を握ってエヴァン様にお願いしました。
「エヴァン様、私もララがいてくれると心強いです」
「そう?じゃあララも同席しようか」
応接間では、エヴァン様とハイド子爵が向かい合って座り、私とララは二人掛けのソファーに座りました。
私たちの正面はルーナ夫人です。
「ではどこから始めましょうか?子爵は今回の経緯はご存じなのでしょうか?」
エヴァン様が口を開きました。
「愚息から聞いた範囲でしか分かっていません。片側からだけの話で決める程軽い内容ではありませんから、できればローゼリアからも聞かせてほしいと思っています」
私は落ち着いて話し始めました。
学園で見かけたアランのことや、あの日聞いた王女とアランの会話など、できるだけ私情を挟まない様にしたつもりですが、やはりまだ傷は癒えていないのでしょう。
途中から涙が流れてしまいました。
ララがそんな私の手をギュッと握ってくれます。
一緒にいてくれて良かったです。
「そうか、アランから聞いた話と概ね同じだが、あいつは詳細までは話さなかった。辛い思いをさせたね。本当に申し訳なかった」
ハイド子爵が立ち上がって頭を下げられました。
リーナ夫人も立ち上がり、私に向かって言いました。
「許してほしいとは言いません。言えるはずもありません。今私たちが謝っているのは自分たちの心を少しでも軽くしたいからだと考えて下さって構いません。でも本当に…申し訳ございませんでした」
「アランは廃嫡しました。すでに戸籍からも抜いています。あいつは平民となって暮らすことになりますが、当然の罰です」
エヴァン様が言いました。
「一人息子でしょう?良く思い切られましたね」
「こうでもしないとベックに申し訳が立たない…」
そう言うとハイド子爵は目を潤ませます。
私はエヴァン様の顔を見てから、口を開きました。
「叔父様、父への恩義を感じて下さっているのは理解しました。でも、そこまでアランに罰を与えなくてはいけないほどのことでは無いと思うのです」
「ローゼリア?」
ハイド子爵が驚いた顔で私を見ます。
「私たちの学園にはたくさんの婚約者同士がいましたが、婚約破棄ってそれほど珍しい事でもありませんでしたよ?政略結婚より恋愛結婚を選ぶ人が多かったです。しかも今回は婚約を白紙にするだけなので、お互いの経歴に傷がついたわけではありません。父への恩義がアランへの罰の重さになっているとしたら、父も喜ばないと思うのです」
「いや、でもダメだ。ベックの信頼を裏切ったことには違いないんだから」
「叔父様?その重責をアランと私に背負わせるのは間違っていませんか?それに、私にだって夢があるのです。アランと結婚して領地を継ぐだけが人生のように決められると…息苦しかったです」
「えっ?ローゼリアはアランと結婚するのを楽しみにしていたのではなかったかい?」
「ええ、あの頃はそう思っていました。でもそれは、それしか知らなかったからです。今の私はいろいろな道があることを知りました。それはアランも同じだったと思います。恋愛だってそうです。世の中にはとてもいろいろな方が生きていて、いろいろな出会いがあります。アランはそれがたまたま王女様だったというだけです」
うまく言えない私にエヴァン様が助け舟を出してくれました。
「親は子供の幸せを願って決めたのだということは二人とも理解していましたよ。それに従うのが親孝行だと信じていた。でもそれだけしか選択肢が無いというのは、いささか酷ですよね。アランが王女と恋仲になったのは仕方がないし、そこまで責められることでは無いですよ。ただ彼は手順を間違った。そこが彼の罪です」
「アランは…息子は何を間違えたのでしょう」
ルーナ夫人が涙声で言いました。
「優先順位ですよ。王女に惚れた時点で、まずはローゼリアと話し合うべきだった。逃げも隠れもせず正直に話すべきです。でも彼は王女に心を奪われながらも、親の言いつけを全うするのが自分の責務だと勘違いしてしまった。その考えがローゼリアを深く傷つけることになったのです」
お二人は黙って俯きました。
「ローゼリア、辛い思いをさせてしまった。それでも私たちはアランを許すことはできない。エヴァン伯爵令息のいう通りだと思う。あいつはローゼリアからも私たちからも逃げたんだ。そしてそこまで息子を追い詰めたのは、親である私たち…だね」
「叔父様…」
「どうだろう、ローゼリア。私たちには領地を継いでくれる子がいなくなった。もちろんあの時ベックが助けてくれなければ、とうに無かった領地だけどね。そこで、君が継いでくれないか?ワンド州もハイド州も統合継承してほしい。私が後見人として預かっているワンド伯爵位も君の成人と同時に返還できるからね」
「それは…」
「まずは爵位を継承して、ハイド子爵領をワンド伯爵家で買い取るという形が対外的にも望ましいだろう。それにその代価は既に受け取っているんだよ。あの時私たちはワンド家の財産のほとんどをハイド家の立て直しに使った。それは本来なら君が受け継ぐべき財産だったんだ。だから私たちは領地の代金は先払いしてもらっているようなものなんだ」
「でもそれではダメです。ハイド家はアランが継がないと」
「いや、これはあいつの意見でもあるんだ。アランはもうこの地に帰る気は無いと言ったんだよ。それで、ローゼリアにはこちらで領地経営ができる貴族の子息との婚約を進めたいと思っているんだが、どうだろうか」
「ローゼリアちゃん、貴族の令嬢というのはいずれはどこかの貴族令息と結婚しなくてはいけないでしょう?それにあなたは女伯爵になるのだから、婿入りできる人を探さないとね。そこでアランより二つ上なんだけど、私の姉の息子はどうかと思うの」
「「待ってください!」」
私とエヴァン様が同時に叫びました。
そしてエヴァン様が私を目で制止して言いました。
「ハイド子爵、また同じ間違いを繰り返しますか?」
「私たちはローゼリアの親代わりとして!」
「親代わりですか。そこにローゼリアの意思はありますか?無いでしょう?それにローゼリアは私がすでに婚約を申し込んでいますから、ご遠慮願いたい」
「「ええっ!」」
「ね、ロゼ?」
エヴァン様はニコニコして私を見ました。
今まで黙っていたララが、同じような笑顔で言いました。
「そうです、ロゼは私のお姉さまになるのです。ですから、こちらの領地を引き継いでもドイル伯爵家がワンド女伯爵を全面的にバックアップをいたしますので、御心配には及びませんわ。兄は皇太子殿下の側近をしておりますので、王家からの支援も期待できますもの」
ハイド子爵夫妻は口を開けたままポカンとしています。
ルーナ夫人がゆっくりと私の顔を見て言いました。
「本当なの?ローゼーリアちゃん」
「は…はい…本当です」
少し言い淀んでしまいましたが、私は頷きました。
「そ…そういうことなら…こちらからは何も言うことはありません。ではハイド州はワンド州に吸収合併という手続きを進めます。それでいいね?ローゼリア」
「ダメです。ハイド州はアランの…」
「ローゼリア、ありがたいがアランはもういないんだよ」
私は俯いてしまいました。
エヴァン様がララと席を替わりました。
私の手を握って口を開きます。
「ロゼと私は王都に住む予定です。私の仕事の都合もありますし、ロゼも叶えたい夢を持っていますからね。そこで提案ですが、二つの領地と爵位は成人後にロゼが継承するとして、お二人には代官としてここに留まっていただけませんか?」
「私たちがですか?」
「ええ、ワンド地質研究所は国としても大いに期待している施設です。そちらは全面的に国がバックアップしていきましょう。ハイド州の交易港も同様です。重要な拠点ですからね、滅多な人には任せられない。国からも管理者を送ることにしましょう。そこで重要なのが、この地を把握しているロゼに誠実な代官です。ハイド子爵しかいませんよ?」
「私ですか…」
「叔父様、そうしてくださるならお申し出をお受けします」
「ローゼリアも同じ意見なのかい?」
「ええ、私は教育者になるという夢を追いたいのです。それには王都で暮らす必要があります。エヴァン様と…一緒に…」
「そうか」
エヴァン様がもう一度私の手を握りなおしました。
「今までと同様にここでお仕事をしていただいて、立場が変わりますから、給与という形で報酬をお支払いします。この屋敷は無償の社宅と思っていただければ良い。もちろん定期的な報告はしていただきますし、こちらからも専門家を派遣して監査を実施します」
「なるほど」
「それと領地は受け継ぎますが、爵位はそのままお持ちください。全て書類上での動きですので、あえて周知をする必要も無いでしょう。領民をいたずらに不安にするだけですからね。如何ですか?」
「わかりました。ローゼリアがそれで良いならそうしましょう。私としてはベックに少しでも恩を返せるなら嬉しいですから」
「では、そういうことで。もちろん我がドイル家がローゼリアの後見人となりますので、ご安心ください。先ほど妹も言いましたが、私は皇太子殿下の側近です。彼が即位した後はそのまま国王の側近としてお仕えすることになっていますから、全面的に信用して下さって大丈夫です。愛するローゼリアを絶対に不幸にはしません」
私は真っ赤な顔をしながら、コクコクと頷きました。
早く終わってほしいという一心からですが、それを見たエヴァン様は満足そうに私の頭にキスを落としました。
ララを見るとニヨニヨと笑っています。
ハイド子爵もルーナ夫人も微笑んでいます。
「さすがに王太子殿下の側近をされるほどの方ですね。全面的に信頼します。ローゼリアをどうぞよろしくお願いいたします」
外堀は完全に埋まったようです。
食後の話し合いのことを考えると仕方がないのかもしれませんが、せっかく王都ではなかなか口に入らない新鮮な野菜サラダの味がわかりませんでした。
一人でにこやかにモリモリと食事を進めるエヴァン様は、やはり強者というほかありません。
ララも嬉しそうにパンをたくさん食べています。
「おいしいわ、このパンは少し色も味も濃いのね」
「おいしいでしょう?全粒粉パンっていうの。この辺りではポピュラーなのです」
ハイド子爵夫人であるルーナ様がそう言いました。
「軽くトーストしてバターをたっぷり付けるのがミソですね」
ハイド子爵も同調します。
「バターも新鮮でおいしいですね」
エヴァン様、それ何個目のパンですか?
「あれ?ロゼは進んでないね。昨日は眠れなかったの?疲れが出ちゃったかな?それともまだ胃が痛い?」
「いいえ、良く眠れましたし、胃はもう大丈夫です」
本当はほとんど眠っていません。
だってあのエヴァン様に婚約を申し込まれたんですよ?
普通の女の子は眠れませんって!
そんな感じで終えた朝食の後、ハイド子爵が意を決したように私たちを見ました。
「では応接室に行きましょうか」
私たちは立ち上がりました。
エヴァン様はララに部屋で待つよう言われましたが、ララは首を横に振りました。
「ロゼといます」
私はララの気遣いが嬉しく、彼女の手を握ってエヴァン様にお願いしました。
「エヴァン様、私もララがいてくれると心強いです」
「そう?じゃあララも同席しようか」
応接間では、エヴァン様とハイド子爵が向かい合って座り、私とララは二人掛けのソファーに座りました。
私たちの正面はルーナ夫人です。
「ではどこから始めましょうか?子爵は今回の経緯はご存じなのでしょうか?」
エヴァン様が口を開きました。
「愚息から聞いた範囲でしか分かっていません。片側からだけの話で決める程軽い内容ではありませんから、できればローゼリアからも聞かせてほしいと思っています」
私は落ち着いて話し始めました。
学園で見かけたアランのことや、あの日聞いた王女とアランの会話など、できるだけ私情を挟まない様にしたつもりですが、やはりまだ傷は癒えていないのでしょう。
途中から涙が流れてしまいました。
ララがそんな私の手をギュッと握ってくれます。
一緒にいてくれて良かったです。
「そうか、アランから聞いた話と概ね同じだが、あいつは詳細までは話さなかった。辛い思いをさせたね。本当に申し訳なかった」
ハイド子爵が立ち上がって頭を下げられました。
リーナ夫人も立ち上がり、私に向かって言いました。
「許してほしいとは言いません。言えるはずもありません。今私たちが謝っているのは自分たちの心を少しでも軽くしたいからだと考えて下さって構いません。でも本当に…申し訳ございませんでした」
「アランは廃嫡しました。すでに戸籍からも抜いています。あいつは平民となって暮らすことになりますが、当然の罰です」
エヴァン様が言いました。
「一人息子でしょう?良く思い切られましたね」
「こうでもしないとベックに申し訳が立たない…」
そう言うとハイド子爵は目を潤ませます。
私はエヴァン様の顔を見てから、口を開きました。
「叔父様、父への恩義を感じて下さっているのは理解しました。でも、そこまでアランに罰を与えなくてはいけないほどのことでは無いと思うのです」
「ローゼリア?」
ハイド子爵が驚いた顔で私を見ます。
「私たちの学園にはたくさんの婚約者同士がいましたが、婚約破棄ってそれほど珍しい事でもありませんでしたよ?政略結婚より恋愛結婚を選ぶ人が多かったです。しかも今回は婚約を白紙にするだけなので、お互いの経歴に傷がついたわけではありません。父への恩義がアランへの罰の重さになっているとしたら、父も喜ばないと思うのです」
「いや、でもダメだ。ベックの信頼を裏切ったことには違いないんだから」
「叔父様?その重責をアランと私に背負わせるのは間違っていませんか?それに、私にだって夢があるのです。アランと結婚して領地を継ぐだけが人生のように決められると…息苦しかったです」
「えっ?ローゼリアはアランと結婚するのを楽しみにしていたのではなかったかい?」
「ええ、あの頃はそう思っていました。でもそれは、それしか知らなかったからです。今の私はいろいろな道があることを知りました。それはアランも同じだったと思います。恋愛だってそうです。世の中にはとてもいろいろな方が生きていて、いろいろな出会いがあります。アランはそれがたまたま王女様だったというだけです」
うまく言えない私にエヴァン様が助け舟を出してくれました。
「親は子供の幸せを願って決めたのだということは二人とも理解していましたよ。それに従うのが親孝行だと信じていた。でもそれだけしか選択肢が無いというのは、いささか酷ですよね。アランが王女と恋仲になったのは仕方がないし、そこまで責められることでは無いですよ。ただ彼は手順を間違った。そこが彼の罪です」
「アランは…息子は何を間違えたのでしょう」
ルーナ夫人が涙声で言いました。
「優先順位ですよ。王女に惚れた時点で、まずはローゼリアと話し合うべきだった。逃げも隠れもせず正直に話すべきです。でも彼は王女に心を奪われながらも、親の言いつけを全うするのが自分の責務だと勘違いしてしまった。その考えがローゼリアを深く傷つけることになったのです」
お二人は黙って俯きました。
「ローゼリア、辛い思いをさせてしまった。それでも私たちはアランを許すことはできない。エヴァン伯爵令息のいう通りだと思う。あいつはローゼリアからも私たちからも逃げたんだ。そしてそこまで息子を追い詰めたのは、親である私たち…だね」
「叔父様…」
「どうだろう、ローゼリア。私たちには領地を継いでくれる子がいなくなった。もちろんあの時ベックが助けてくれなければ、とうに無かった領地だけどね。そこで、君が継いでくれないか?ワンド州もハイド州も統合継承してほしい。私が後見人として預かっているワンド伯爵位も君の成人と同時に返還できるからね」
「それは…」
「まずは爵位を継承して、ハイド子爵領をワンド伯爵家で買い取るという形が対外的にも望ましいだろう。それにその代価は既に受け取っているんだよ。あの時私たちはワンド家の財産のほとんどをハイド家の立て直しに使った。それは本来なら君が受け継ぐべき財産だったんだ。だから私たちは領地の代金は先払いしてもらっているようなものなんだ」
「でもそれではダメです。ハイド家はアランが継がないと」
「いや、これはあいつの意見でもあるんだ。アランはもうこの地に帰る気は無いと言ったんだよ。それで、ローゼリアにはこちらで領地経営ができる貴族の子息との婚約を進めたいと思っているんだが、どうだろうか」
「ローゼリアちゃん、貴族の令嬢というのはいずれはどこかの貴族令息と結婚しなくてはいけないでしょう?それにあなたは女伯爵になるのだから、婿入りできる人を探さないとね。そこでアランより二つ上なんだけど、私の姉の息子はどうかと思うの」
「「待ってください!」」
私とエヴァン様が同時に叫びました。
そしてエヴァン様が私を目で制止して言いました。
「ハイド子爵、また同じ間違いを繰り返しますか?」
「私たちはローゼリアの親代わりとして!」
「親代わりですか。そこにローゼリアの意思はありますか?無いでしょう?それにローゼリアは私がすでに婚約を申し込んでいますから、ご遠慮願いたい」
「「ええっ!」」
「ね、ロゼ?」
エヴァン様はニコニコして私を見ました。
今まで黙っていたララが、同じような笑顔で言いました。
「そうです、ロゼは私のお姉さまになるのです。ですから、こちらの領地を引き継いでもドイル伯爵家がワンド女伯爵を全面的にバックアップをいたしますので、御心配には及びませんわ。兄は皇太子殿下の側近をしておりますので、王家からの支援も期待できますもの」
ハイド子爵夫妻は口を開けたままポカンとしています。
ルーナ夫人がゆっくりと私の顔を見て言いました。
「本当なの?ローゼーリアちゃん」
「は…はい…本当です」
少し言い淀んでしまいましたが、私は頷きました。
「そ…そういうことなら…こちらからは何も言うことはありません。ではハイド州はワンド州に吸収合併という手続きを進めます。それでいいね?ローゼリア」
「ダメです。ハイド州はアランの…」
「ローゼリア、ありがたいがアランはもういないんだよ」
私は俯いてしまいました。
エヴァン様がララと席を替わりました。
私の手を握って口を開きます。
「ロゼと私は王都に住む予定です。私の仕事の都合もありますし、ロゼも叶えたい夢を持っていますからね。そこで提案ですが、二つの領地と爵位は成人後にロゼが継承するとして、お二人には代官としてここに留まっていただけませんか?」
「私たちがですか?」
「ええ、ワンド地質研究所は国としても大いに期待している施設です。そちらは全面的に国がバックアップしていきましょう。ハイド州の交易港も同様です。重要な拠点ですからね、滅多な人には任せられない。国からも管理者を送ることにしましょう。そこで重要なのが、この地を把握しているロゼに誠実な代官です。ハイド子爵しかいませんよ?」
「私ですか…」
「叔父様、そうしてくださるならお申し出をお受けします」
「ローゼリアも同じ意見なのかい?」
「ええ、私は教育者になるという夢を追いたいのです。それには王都で暮らす必要があります。エヴァン様と…一緒に…」
「そうか」
エヴァン様がもう一度私の手を握りなおしました。
「今までと同様にここでお仕事をしていただいて、立場が変わりますから、給与という形で報酬をお支払いします。この屋敷は無償の社宅と思っていただければ良い。もちろん定期的な報告はしていただきますし、こちらからも専門家を派遣して監査を実施します」
「なるほど」
「それと領地は受け継ぎますが、爵位はそのままお持ちください。全て書類上での動きですので、あえて周知をする必要も無いでしょう。領民をいたずらに不安にするだけですからね。如何ですか?」
「わかりました。ローゼリアがそれで良いならそうしましょう。私としてはベックに少しでも恩を返せるなら嬉しいですから」
「では、そういうことで。もちろん我がドイル家がローゼリアの後見人となりますので、ご安心ください。先ほど妹も言いましたが、私は皇太子殿下の側近です。彼が即位した後はそのまま国王の側近としてお仕えすることになっていますから、全面的に信用して下さって大丈夫です。愛するローゼリアを絶対に不幸にはしません」
私は真っ赤な顔をしながら、コクコクと頷きました。
早く終わってほしいという一心からですが、それを見たエヴァン様は満足そうに私の頭にキスを落としました。
ララを見るとニヨニヨと笑っています。
ハイド子爵もルーナ夫人も微笑んでいます。
「さすがに王太子殿下の側近をされるほどの方ですね。全面的に信頼します。ローゼリアをどうぞよろしくお願いいたします」
外堀は完全に埋まったようです。
144
あなたにおすすめの小説
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
【完結】婚約者?勘違いも程々にして下さいませ
リリス
恋愛
公爵令嬢ヤスミーンには侯爵家三男のエグモントと言う婚約者がいた。
先日不慮の事故によりヤスミーンの両親が他界し女公爵として相続を前にエグモントと結婚式を三ヶ月後に控え前倒しで共に住む事となる。
エグモントが公爵家へ引越しした当日何故か彼の隣で、彼の腕に絡みつく様に引っ付いている女が一匹?
「僕の幼馴染で従妹なんだ。身体も弱くて余り外にも出られないんだ。今度僕が公爵になるって言えばね、是が非とも住んでいる所を見てみたいって言うから連れてきたんだよ。いいよねヤスミーンは僕の妻で公爵夫人なのだもん。公爵夫人ともなれば心は海の様に広い人でなければいけないよ」
はて、そこでヤスミーンは思案する。
何時から私が公爵夫人でエグモンドが公爵なのだろうかと。
また病気がちと言う従妹はヤスミーンの許可も取らず堂々と公爵邸で好き勝手に暮らし始める。
最初の間ヤスミーンは静かにその様子を見守っていた。
するとある変化が……。
ゆるふわ設定ざまああり?です。
良いものは全部ヒトのもの
猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。
ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。
翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。
一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。
『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』
憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。
自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。
完結 女性に興味が無い侯爵様 私は自由に生きます。
ヴァンドール
恋愛
私は絵を描いて暮らせるならそれだけで幸せ!
そんな私に好都合な相手が。
女性に興味が無く仕事一筋で冷徹と噂の侯爵様との縁談が。 ただ面倒くさい従妹という令嬢がもれなく付いてきました。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
婚約破棄された私は、号泣しながらケーキを食べた~限界に達したので、これからは自分の幸せのために生きることにしました~
キョウキョウ
恋愛
幼い頃から辛くて苦しい妃教育に耐えてきたオリヴィア。厳しい授業と課題に、何度も心が折れそうになった。特に辛かったのは、王妃にふさわしい体型維持のために食事制限を命じられたこと。
とても頑張った。お腹いっぱいに食べたいのを我慢して、必死で痩せて、体型を整えて。でも、その努力は無駄になった。
婚約相手のマルク王子から、無慈悲に告げられた別れの言葉。唐突に、婚約を破棄すると言われたオリヴィア。
アイリーンという令嬢をイジメたという、いわれのない罪で責められて限界に達した。もう無理。これ以上は耐えられない。
そしてオリヴィアは、会場のテーブルに置いてあったデザートのケーキを手づかみで食べた。食べながら泣いた。空腹の辛さから解放された気持ちよさと、ケーキの美味しさに涙が出たのだった。
※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
【完結】すり替えられた公爵令嬢
鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。
しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。
妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。
本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。
完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。
視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。
お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。
ロイズ王国
エレイン・フルール男爵令嬢 15歳
ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳
アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳
マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳
マルゲリーターの母 アマンダ・オルターナ
エレインたちの父親 シルベス・オルターナ
パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト
アルフレッドの側近
カシュー・イーシヤ 18歳
ダニエル・ウイロー 16歳
マシュー・イーシヤ 15歳
帝国
エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(前皇帝の姪)
キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹)
隣国ルタオー王国
バーバラ王女
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる