お覚悟のほどはよろしくて?

志波 連

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32 新たな候補者

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 レオが辺境領へと向かう日が近づき、ソフィアは落ち着かない日を送っていた。
 ブリジッドの妊娠を知ったロビンは、なぜか達観したような顔で悲しそうに笑い、以前のようにソフィアに纏わりつくような行動はしなくなった。
 久しぶりにレオの執務室に呼ばれたソフィアは、先日大魔女から聞いた話を伝える。

「そうか、ロビンの死は『大悪魔』の出現より前ということか。だとすると……」

「ええ、三年のうちにはということでした。悲しいけれどこればかりは変えることはできないそうです」

「不文律か。兄としては悲しいが、私もすぐ後を追うことになる。運命とはなんとも厄介なものだ」

 レオの言葉にソフィアが涙を浮かべた。

「ソフィア、ごめん。酷い言い方をしてしまったね。今のは忘れてくれ」

 ソフィアは返事ができなかった。
 本音を言えば国のことなどどうでも良い。
 レオさえ生きていてくれたらそれで良いとソフィアは思っていた。
 だからといってロビンが死んでも構わないとも思えない。
 そしてもう一つ、ソフィアには懸念があった。

「そうね……レオ。私も頑張るわ。でも……」

「でも?」

「ブリジッドが産んだ子供を……『魔消しの者』という運命を背負った赤子を差し出すようなものでしょう? まさに生贄だわ。それって正しいのかしら」

 レオがギュッと目を瞑る。

「正しいとは言えない。君の言う通りあの子は生贄だ。しかし他に方法が無いというのもまた事実なのだよ」

 ワンダの横に座ってマフィンをおいしそうに食べていたレモンが顔を上げた。

「方法はあるよ。だから母さんは『龍の髭』を獲ってきたんだ。あの龍は強欲でね、髭を一本貰うために母さんは自分の魔力を半分近く渡さなくちゃいけなかったんだよ。そして父さんは巻き戻すたびに十年という寿命を差し出してきた。それはきっと、この国をなんとかして助けてやりたいって思ったからでしょ? そして今父さんはテポロンを取りに行っている。後は湖に棲む『人魚の涙』と『真実の瞳』があれば、みんな助かるかもしれないんだ。まあ不文律が決めたことには干渉できないけれどね」

 ワンダが驚いた顔で聞いた。

「おいおい、過去のメモだと『龍の髭』も『人魚の涙』も入手済みでは無かったか? あとは『魔草テポロン』だけだと思っていたが? なんだよ『真実の瞳』って」

「そりゃ過去のことだろう? 確かに『龍の髭』はまだあるさ。だってとんでもなく長い髭なのに、必要なのはほんのこれくらいだからね」

 そう言うとレモンは自分の肘から指先までを掲げて見せた。

「だろ? だったら『人魚の涙』もあるんじゃないの?」

「無いよ。あれは一回使ったらなくなるんだもん。前回使っちゃったからもう無いんだ。まあ材料不足でダメだったって言ってたけどね。でもそのお陰で何が足りないか判明したのだし、悪い事ばかりじゃない」

 前にシフォンが言った企業秘密とは『真実の瞳』なのだなぁとソフィアは考えていた。
 それを口にしなかったシフォンの意図はわからないが、プロントは入手できる可能性が高いと言っていたことを思い出す。

「ねえレモン、それらが全部揃ったら何ができるの?」

 レモンが三つめのマフィンに手を伸ばしながらキョトンとした顔で言う。

「え? 知らなかったの? ソフィアは知っているって思ってたよ。できるのは『魔消し薬』さ。それさえ完成すれば『魔消しの者』は必要ないんだ。テポロンは手に入ると思うよ? だって父さんが探しているんだもん。でもあと三つあるでしょ?」

 レオが声を出した。

「後三つか。『魔消しの者』を産み出した親たちの心臓と『真実の瞳』だな?」

「うん、そうだ。まあ親の方はなんとかなるよ。でもあと一つがね……まあこれもなんとかできそうかな? 邪魔さえ入らなければ」

「その『真実の瞳』とはなんだ?」

「心から他者を救いたいと願える者だけが持つ虹色の瞳だって母さんが言ってたよ。その者が心からの祈りを捧げた時、願いが天に届くんだ。そして届いた瞬間、その者の瞳が虹色になるのだと言ってた。その瞬間だけがチャンスさ」

 ワンダが呆れた口調で言った。

「そりゃなんとも漠然としているなぁ」

「うん……そうだよね」

 レモンが曖昧に頷く。
 魔女たちの中では絶対に秘密な事なのかもしれないとソフィアは思った。

「それよりダミーは働いてんの?」

 レモンの問いにワンダがニヤッと笑った。

「二体はすぐに回収できた。もうシフォン大叔母のところに運んでいるよ。ブリジッドが妊娠してからというもの、ずっとご無沙汰みたいでなぁ、そりゃもう入れ食いってやつだ」

 レオが慌てた声でワンダを窘めた。

「お前! 少女の前でなんてことを言うんだ」

 ワンダが笑いながら謝った。

「ははは! すみません」

 ソフィアが質問した。

「二体? あともう一つは? あ……もしかしてロビン?」

「ええ、ロビン殿下はなぜか手を出そうともしません。あれほどソフィア妃に執着しておられたのに、どういう風の吹き回しでしょうかねぇ。ダミー本人からも安定期だからと伝えさせたのですが」

 ワンダの言葉にソフィアの顔が真っ赤になった。
 本人ではないとはいえ、まさか自分からロビンを誘うなどとんでもないことだ。
 レオがソフィアを庇うように別の質問を投げかけた。

「ブリジッドの孤児院通いの理由は掴んだのか?」

「それがなかなか苦戦しています。祈禱の間は祈りを捧げる者とそれを見守る司祭しか入れませんからね。密室なので覗くこともできないという状況です。本当に何を祈っているのでしょうね。まさか本当に安産でも祈ってるのかなぁ」

「あいつの教会通いは結婚前からだという報告だっただろ? まあ祈る内容は毎回違うのかもしれないが」

「そうですよね。でも行動はほぼ同じですよ。教会の個室で祈禱用の純白のアルバに着替え、孤児院に向かい院長と話をして時間を潰します。まあこれは『祈禱の間』が空くのを待っているだけのようですね。しかし王族なのに予約もしないんですかね」

「思い立ったら行くということか? いくら大した仕事をしていないと言っても、そんな曖昧なスケジュールでは護衛も大変だろう」

「ええ、かなり不満は出ています。急に行くと言いだしたら聞かないし、司祭が他行していた場合は、戻るまでずっと待たされますしね。その挙句に長時間のお祈りだ。気を張って護衛する方はたまったものではありませんよ」

 ソフィアが口を開いた。

「まさかとは思うけれど、その司祭ってお幾つくらいなの? 待つということはその司祭でないとダメってことでしょう?」

「司祭ですか? どうかなぁ……三十にはなってないと思いますが。ああ、その人もロビン殿下と同じ髪の……あっ! まさかそんな」

「違うとは言い切れないわ。もしかしたら彼女の本命はその人かもしれない。その司祭の髪と瞳が銀色と鳶色だったから、ハリスン伯爵令息や私の護衛を選んだのかもしれない。何があってもその司祭に疑いが向かないための行動だとしたら?」

 レオが眉間に皺を寄せながら言う。

「まさかとは思うが……ではロビンも? そういう意味で選ばれた? いや、違うな。ブリジッドは小さい頃からロビンに執着していた。ということは、その三人はロビンの代わり? しかし当の本人とも関係を結んでいるのだから……ああ! あの女の考えることはさっぱりわからん!」

「祈禱の間は完全個室状態だ。確認のしようがないですね」

 ワンダの言葉にレモンが顔を向ける。

「あたしが見てこようか? 小鳥に戻れば入れるよ? でも必ず迎えに来てね」

「いいのか?」

「うん、父さんも母さんも頑張っているんだもん。あたしも頑張るよ」

 レオが顔を顰めた。
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