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44 人魚の女王
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「私はお菓子をとって参りますわ。ゆっくりお休みなってくださいまし」
ナタリーが申し訳なさそうな顔で言う。
「ごめんね、ソフィア。私は動けそうにないわ。アランったら本当に寝ちゃうんだもの。聞こえる? 鼾までかいてるわ」
「大丈夫ですわ、ナタリーお義姉様」
チラッと見るとブリジッドが不機嫌そうな表情でロビンたちを見ていた。
「ブリジッドお姉様、一緒にお菓子を取りに行ってくださいませんか? とてもたくさん用意したので」
「なぜ私が? そんなことはメイドの仕事でしょう?」
「どうか愚かな義妹をお助け下さい、お義姉様」
アランにもロビンにも相手にされないことで不貞腐れていたブリジッドだったが、ソフィアが下手に出たことで多少機嫌が直ったようだ。
「まあ仕方がないわね。付き合うわよ」
立とうとするブリジッドに手を貸して、ソフィアは荷馬車に向かって歩き出した。
ポケットに忍ばせたか道具を指先で確認し、さり気なく湖側を歩くソフィア。
それを確認したレモンが荷馬車の後ろ側に回り込んだ。
「きゃあ! 誰なの!」
レモンの鋭い声がした。
しかし絶妙な音量で、聞こえているのは周りにいる者たちだけだ。
「逃げて!」
レモンの声に身構えるソフィア。
ブリジッドはおろおろと立ち止まったままだ。
このままではもう一度刺されるしかないとソフィアが思った瞬間、木の上から声がした。
「今だよ! 飛ぶんだ!」
シフォンの声だと確信したソフィアは、ポケットから魔道具を取り出し口に咥えた。
「きゃぁぁぁ!」
レモンがブリジッドの前に躍り出る。
騎士服を纏った暴漢は、シフォンの魔法で硬直して動けない。
尻もちをついたブリジッドに突き飛ばされる形でソフィアは湖に身を躍らせた。
ドプンという派手な音を響かせたソフィアは、遠ざかっていく湖面を冷静な気持ちで眺めていた。
「後はよろしくね。それにしても思っていたよりドレスが重たいわ……急に暗くなってきたし、本当に大丈夫なの?」
冷静なつもりでいたソフィアを、言いしれない恐怖が襲う。
このまま浮き上がれないのかもしれないという考えを、必死で打ち消しながら沈んでいく。
落ち着け落ち着けとソフィアは何度も呪文のように唱えた。
「レオ……レオ」
はるか彼方となった湖面が揺れたのが見える。
きっと騒ぎに駆け付けた騎士達が飛び込んでいるのだろう。
「あの人たちにも迷惑をかけてしまうわね。でも絶対に罰せられないようにするから許して」
あまりの寒さに意識が朦朧としてくる。
もうだめだとソフィアが思った瞬間、体がフッと軽くなった。
「何者だ? 魔道具まで仕込んで来たということは、自分の意思で来たということだな?」
ソフィアが目を開けると、湖の底だとは思えない光景が広がっていた。
「あの……あの……えっと……」
魔道具を咥えたまましゃべろうとするソフィアを見た緑色の生き物が溜息を吐いた。
「それを外せ。ここでは息ができる」
慌てて魔道具を外し、ソフィアはおそるおそる息を吸ってみた。
「あ……吸えるわ」
「そう言った。人間という種族は頭と性格が悪いだけだと思っていたが、どうやら耳も悪いのだな?」
「申し訳ございません。私はソフィア・マクウェルと申します」
精一杯のカーテシーで頭を下げた。
「マクウェルだと? あの愚か者の子孫か。道理で長生きしそうにない顔色だ」
「マクウェルを……王家をご存じなのですか?」
「ああ、レナード・マクウェルという男とは親しかった。まあ人間族は短命だからなぁ、ほんの数十年の付き合いだったが、あいつは良くここにも遊びに来た。あいつの受けた呪いを分散させたのも私さ」
「呪い?」
「なんだ? お前たちは建国の英雄のことも知らないのか?」
ソフィアは宮殿入口の壁に掛けられている肖像画を思い出した。
「マクウェル王国始祖であらせられるレナード王……もちろん存じております」
「まあ良い。それで何をしに来た?」
「マクウェル王国が直面している滅亡の危機を回避するために参りました」
「滅亡の危機だと? お前たちは何度失敗すれば学ぶのだ? 前回は膨大な魔力を持った女が来て、私は確かに渡したはずだ」
「はい、仰る通り失敗したようです。そして今回が最後のチャンスだと言われています」
「最後か。ということは『選びし者』の寿命が尽きるか。あやつはレナードの生まれ変わりだから、どうせ無茶なことをしたのだろう。それにしても寿命が尽きるほどとはな。いったい何度やり直したのだ?」
「今回で四回目でございます」
緑色の大きな体をした女が盛大な溜息を吐いた。
「四回だと? やはりバカなのだな。まあ人間だから仕方がない」
「ご事情を説明して『人魚の涙』を分けていただくのが私の使命でございます」
「簡単に言ってくれる。あれは我らの命の雫なのだ。そう簡単には渡せるものではない。前回の魔女は、魔力でこの空間を整えてくれたが、お前は何をしてくれる?」
ソフィアは『聞いてないよぉぉぉぉぉ』と叫びそうになったが、今となってはどうしようもない。
「申し訳ございません。手ぶらで参りました。私には魔力もございません」
「ほう?」
緑色の女が顎に手を当ててニヤッと笑った。
「なかなか良い根性をしておるな。お前をここに寄こした者からは何も聞かせれておらんのか?」
「はい、ここへ行けと。そして誠心誠意お願いせよとしか……」
女の片眉がピクッと動いた。
「誠心誠意願えだと? ということは、お前は『選ばれし者』なのか?」
「はい、私がそうです」
「なるほどな。遂にカードを切ったか。それだけ切羽詰まっているということだな。しかしこれほど若く弱そうな女を選ぶとは、レナードも焼きが回ったなぁ」
ソフィアが不思議そうな顔をした。
「ん? 聞いておらんのか?」
「はい、私には『とにかく生き延びろ』としか……」
「まあ知らん方が良いこともある。しかし知らぬままでは気持ちが悪かろう? 聞きたいなら教えてやるがどうする?」
一瞬歯を食いしばったソフィアが頷いた。
「真実を教えてくださいまし」
緑の女が自分の前に置かれた椅子を指さした。
「長くかかるから座ってはどうだ? 地上のことなら心配はいらない。お前がここに到着した瞬間から時間は止まっておる」
ソフィアが椅子に腰をおろすと、若い人魚が泳いできて『ユーグレナ茶』なるものをソフィアの前に置いた。
ナタリーが申し訳なさそうな顔で言う。
「ごめんね、ソフィア。私は動けそうにないわ。アランったら本当に寝ちゃうんだもの。聞こえる? 鼾までかいてるわ」
「大丈夫ですわ、ナタリーお義姉様」
チラッと見るとブリジッドが不機嫌そうな表情でロビンたちを見ていた。
「ブリジッドお姉様、一緒にお菓子を取りに行ってくださいませんか? とてもたくさん用意したので」
「なぜ私が? そんなことはメイドの仕事でしょう?」
「どうか愚かな義妹をお助け下さい、お義姉様」
アランにもロビンにも相手にされないことで不貞腐れていたブリジッドだったが、ソフィアが下手に出たことで多少機嫌が直ったようだ。
「まあ仕方がないわね。付き合うわよ」
立とうとするブリジッドに手を貸して、ソフィアは荷馬車に向かって歩き出した。
ポケットに忍ばせたか道具を指先で確認し、さり気なく湖側を歩くソフィア。
それを確認したレモンが荷馬車の後ろ側に回り込んだ。
「きゃあ! 誰なの!」
レモンの鋭い声がした。
しかし絶妙な音量で、聞こえているのは周りにいる者たちだけだ。
「逃げて!」
レモンの声に身構えるソフィア。
ブリジッドはおろおろと立ち止まったままだ。
このままではもう一度刺されるしかないとソフィアが思った瞬間、木の上から声がした。
「今だよ! 飛ぶんだ!」
シフォンの声だと確信したソフィアは、ポケットから魔道具を取り出し口に咥えた。
「きゃぁぁぁ!」
レモンがブリジッドの前に躍り出る。
騎士服を纏った暴漢は、シフォンの魔法で硬直して動けない。
尻もちをついたブリジッドに突き飛ばされる形でソフィアは湖に身を躍らせた。
ドプンという派手な音を響かせたソフィアは、遠ざかっていく湖面を冷静な気持ちで眺めていた。
「後はよろしくね。それにしても思っていたよりドレスが重たいわ……急に暗くなってきたし、本当に大丈夫なの?」
冷静なつもりでいたソフィアを、言いしれない恐怖が襲う。
このまま浮き上がれないのかもしれないという考えを、必死で打ち消しながら沈んでいく。
落ち着け落ち着けとソフィアは何度も呪文のように唱えた。
「レオ……レオ」
はるか彼方となった湖面が揺れたのが見える。
きっと騒ぎに駆け付けた騎士達が飛び込んでいるのだろう。
「あの人たちにも迷惑をかけてしまうわね。でも絶対に罰せられないようにするから許して」
あまりの寒さに意識が朦朧としてくる。
もうだめだとソフィアが思った瞬間、体がフッと軽くなった。
「何者だ? 魔道具まで仕込んで来たということは、自分の意思で来たということだな?」
ソフィアが目を開けると、湖の底だとは思えない光景が広がっていた。
「あの……あの……えっと……」
魔道具を咥えたまましゃべろうとするソフィアを見た緑色の生き物が溜息を吐いた。
「それを外せ。ここでは息ができる」
慌てて魔道具を外し、ソフィアはおそるおそる息を吸ってみた。
「あ……吸えるわ」
「そう言った。人間という種族は頭と性格が悪いだけだと思っていたが、どうやら耳も悪いのだな?」
「申し訳ございません。私はソフィア・マクウェルと申します」
精一杯のカーテシーで頭を下げた。
「マクウェルだと? あの愚か者の子孫か。道理で長生きしそうにない顔色だ」
「マクウェルを……王家をご存じなのですか?」
「ああ、レナード・マクウェルという男とは親しかった。まあ人間族は短命だからなぁ、ほんの数十年の付き合いだったが、あいつは良くここにも遊びに来た。あいつの受けた呪いを分散させたのも私さ」
「呪い?」
「なんだ? お前たちは建国の英雄のことも知らないのか?」
ソフィアは宮殿入口の壁に掛けられている肖像画を思い出した。
「マクウェル王国始祖であらせられるレナード王……もちろん存じております」
「まあ良い。それで何をしに来た?」
「マクウェル王国が直面している滅亡の危機を回避するために参りました」
「滅亡の危機だと? お前たちは何度失敗すれば学ぶのだ? 前回は膨大な魔力を持った女が来て、私は確かに渡したはずだ」
「はい、仰る通り失敗したようです。そして今回が最後のチャンスだと言われています」
「最後か。ということは『選びし者』の寿命が尽きるか。あやつはレナードの生まれ変わりだから、どうせ無茶なことをしたのだろう。それにしても寿命が尽きるほどとはな。いったい何度やり直したのだ?」
「今回で四回目でございます」
緑色の大きな体をした女が盛大な溜息を吐いた。
「四回だと? やはりバカなのだな。まあ人間だから仕方がない」
「ご事情を説明して『人魚の涙』を分けていただくのが私の使命でございます」
「簡単に言ってくれる。あれは我らの命の雫なのだ。そう簡単には渡せるものではない。前回の魔女は、魔力でこの空間を整えてくれたが、お前は何をしてくれる?」
ソフィアは『聞いてないよぉぉぉぉぉ』と叫びそうになったが、今となってはどうしようもない。
「申し訳ございません。手ぶらで参りました。私には魔力もございません」
「ほう?」
緑色の女が顎に手を当ててニヤッと笑った。
「なかなか良い根性をしておるな。お前をここに寄こした者からは何も聞かせれておらんのか?」
「はい、ここへ行けと。そして誠心誠意お願いせよとしか……」
女の片眉がピクッと動いた。
「誠心誠意願えだと? ということは、お前は『選ばれし者』なのか?」
「はい、私がそうです」
「なるほどな。遂にカードを切ったか。それだけ切羽詰まっているということだな。しかしこれほど若く弱そうな女を選ぶとは、レナードも焼きが回ったなぁ」
ソフィアが不思議そうな顔をした。
「ん? 聞いておらんのか?」
「はい、私には『とにかく生き延びろ』としか……」
「まあ知らん方が良いこともある。しかし知らぬままでは気持ちが悪かろう? 聞きたいなら教えてやるがどうする?」
一瞬歯を食いしばったソフィアが頷いた。
「真実を教えてくださいまし」
緑の女が自分の前に置かれた椅子を指さした。
「長くかかるから座ってはどうだ? 地上のことなら心配はいらない。お前がここに到着した瞬間から時間は止まっておる」
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