お覚悟のほどはよろしくて?

志波 連

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45 受け継がれるもの

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 緑の女がソフィアを正面から見据える。

「お前を寄こしたということは背水の陣ということだ。あの邪悪な者たちを葬り去ろうとするなら、それなりの代償が必要になる。まずは『魔消しの者』の命と、レナードの血を受け継ぐ者の命、そしてこの国の安寧を心から願うだけの胆力。これなら『人魚の涙』は必要ないはずだ」

「はい、そこまでは存じております」

 ソフィアは一回目の失敗から順を追って説明した。

「そうか、初回で失敗したか……」

「はい」

「二回目と三回目は生まれなかったのだな? 条件が揃わなかったのだろう」

「条件? その条件とは何なのでしょうか」

 緑の女が肩を竦めた。

「そこからか。まずは母体の魂が欲した者の子であること。そしてその欲された者の魂が求めし者が慈しみ育てること。これは絶対だ」

「産んだ母親が育てるのではないのですか?」

「それではダメだ。ただのボンクラにしかならん」

「なぜその母体がブリジッドなのでしょう……彼女は……」

 緑の女がニヤッと笑った。

「そのブリジッドという女はお前とは正反対の性格だろう? 我儘三昧で不貞をくりかえし、ロクな仕事もしない」

 ソフィアは返事をせずに俯いた。

「その女は百年に一度だけ生まれ変わる魂を受けた。その魂は自由奔放で己の快楽にのみ素直だ。なにせ悪魔の血を持つ者だからな」

「悪魔の血……ブリジッドが?」

「その女しか『魔消しの者』は産めない。人間では無理なのだ。悪魔の復活の頃に、その魂も復活を遂げる。そういう理だ」

「悪魔の血を持って生まれた子と共に、レナード始祖王の血を捧げる……」

「そうだ。しかし必ずしも生まれるとは限らない。それを哀れに思った大魔女が編み出したのが『魔消し薬』だ。この薬を『大悪魔』の体内に撒けば同じ効果を得ることができる。ただしレナードの血は必須だ」

「王家の血……」

 どう転んでもレオの死は確定なのかとソフィアは絶望した。

「まあ、この薬を使うならそれほど濃くなくても良い。歴代の『選びし者』は、そのために存在する」

「え? プロント様が?」

「ああ、今回の『選びし者』はプロントと申すか。まあ王家の血が少しでも入っていれば問題ない。お前はなぜ『選びし者』と呼ばれるかは知っておるか?」

「いいえ、存じません」

「それはその者がレナートの魂を受け入れることを選んだということだ」

「自ら選んだ……では『選ばれし者』は、レナート王の魂に選ばれたということですか?」

「そうだ。自ら選んだ者は自らの意思で悪魔と対峙する。選ばれた者は自らの意思とは関係なく必要とされる」

 レオの死が不可避だと知り、ハラハラと涙を溢すソフィアを見ながら、緑の女は申し訳なさそうな顔をした。

「泣くな」

「申し訳……ございません」

 スッと手を伸ばした緑の女の指先が、ソフィアの額に当たる。

「ほう、なるほどのう。これはまたなかなかに複雑じゃな」

 その一瞬でソフィアの記憶領域に介入した緑の女が眉間に皺を寄せた。

「ソフィアよ。お前は心からこの国を救いたいと思うか? お前の望みはそれだけか?」

「はい……」

「正直に申せ」

 ソフィアは泣き崩れた。

「私はレオを死なせたくないのです。でもこの国も失いたくありません。民たちの暮らしを守りつつ、レオにも生きていて欲しい……レオを死なせたくない」

 暫し考えていた緑の女が口を開いた。

「そうか、ではお前の願いが叶うよう取り計らおう。しかしお前にも相応の覚悟が必要だ。なにせお前は『選ばれし者』だからな」

 ソフィアが顔を上げた。

「私にできることでしたら何なりと」

 頷いた緑の女がソフィアの目を覗き込んだ。

「ブリジッドという女が産む子供が『魔消しの者』になるかどうかは、お前にかかっている。お前を欲するものが、その子の父親だからだ。そのことを理解したうえで、お前はその子供を愛せるか?」

「子供を……愛する?」

「ああ、その子供を心底から愛さねば『魔消しの者』は誕生しない。愛こそが悪魔に太刀打ちできる力だからな。悪魔の血を持ちながらも、絶対的な愛を知る者。これが『魔消し』の条件だ」

「では……父親は……」

「そういうことだ。そしてもう一つ。お前は選ばねばならん。愛を与えし子を守るなら、自分の大切なものと、その子の両親の命を失う。子の命を差し出すなら、お前が愛する英雄の命も失うことになる」

「選ぶ? そして大切なものを失う?」

 呆然とするソフィアに緑の女が決断を迫る。

「選べ」

 ソフィアはギュッと目を瞑った。
 
「私は……」

 緑の女が鼻で笑った。

「お前はすでに選んでおろう? しかしお前の理性がそれを口にすることを恐れておるのじゃろう? 素直になれ」

「私は……全て失いたくはございません。この国も民もレオもロビンも……」

「ロビンとはお前の夫じゃな? その者のことは諦めよ。こればかりはどうしようもない。だが、我が娘の血を持つお前が泣くのも心が痛む。ほれ、これをやろう。これを飲ませ続ければ一年ほどは寿命を長引かせることができる」

「我が娘の血?」

 その問いには答えず、緑の女は不思議な色をした真珠のような丸薬をどこからか取り出した。

「これは?」

「これは我が魚人族の新生児を包んでおった膜で作った命の素じゃ。これを毎日一粒ずつ服用すれば、我が魚人族のエナジーを取り込むことができる。健常者は飲んではならんぞ。心臓に負荷がかかり過ぎる」

「ありがとうございます」

「うん、お前は我が娘の末裔。我が娘はレナードの子を産んだ。その子供は魔族から狙われた。レナードはその子を隠し、魔族と戦った」

「なぜ魔族がその子を?」

「我が娘は『約束の子』だった。魔族へ嫁ぐことを義務付けられておった。まあ要するにレナードと恋仲になって契約を反故にしたということじゃな。私もそれなりの代償は払ったが、魔族はレナードを許さず呪いで縛り、せめて子供だけでもと探し回った。しかしレナードは上手く隠し、子を守り通した」

「そんなことが?」

「ああ、心というものは儘ならぬものじゃ」

「レナード王の呪いは女王様が解いたと……」

「そうだ。我が娘の願いを聞き入れた。その代償は娘の余命だったが、私はレナードを解呪した。しかし呪いは血に残ってしまった。今でも受け継がれておることじゃろう。まあ然程の強さは無いから問題はないがな。愛した女が命を捧げてまで守った国を後世に繋ぐため、レナードは後妻を迎え子を成した。それが今の王家というわけだ」

「あの痣……クローバーの形の痣のこと?」

「クローバー? そうか、我が娘は死してなおレナードの呪いを消す役割をしておるか。娘の名はクローバーという」

「えっ!」

「そして隠された子の血はお前に受け継がれておる。お前には『選ばれし者』となるべくしてなったということだの。我が娘が命と引き換えに愛する者を救ったのと同じ運命も受け継いでしまったようじゃな」

「命と引き換えに愛する者を……私の命を差し出せばレオも国も助かるのですか?」

 緑の女が興味深そうな顔をした。

「ほう? だとすればなんとする?」

「喜んでこの命を差し出しましょう」

「お前はそれで満足できようなぁ。しかし残されたものの苦しみはどうする? お前を犠牲にして生き残った者の悔恨は見るに堪えぬほど深いぞ。何度も死を選ぼうとする人生を歩ませても良いのか? かつてのレナードの苦しみをレオにも強いると?」

「それは……」

「良く考えてみよ。レオはレナードの血を色濃く引き継ぐ者じゃ。そしてお前は我が娘の血を持っている。惹かれあって当然じゃ。娘のしでかしたことの代償に、我が一族はこの湖に閉じこもることになったが、この国が無くなるとなれば我が一族も終わるということ。できる限りの手は貸そう。もちろん『人魚の涙』も授けようぞ」

「ありがとう……ございます。私はやはりレオを……レオに生きてほしいと思います」

 緑の女が頷いた。
 女が指先から光るものを取り出して、ソフィアの右肩に押し当てた。
 ツキッとした痛みが走ったが、すぐに消えてなくなる。

「クローバーと同じことを申すか。さればよし、全力を尽くせ。真実を見極めよ。誠意をもって他者を想え。私が言えるのはこれだけじゃ」

 スッと手を上げると、大きなシャボン玉のようなものがソフィアを包み込んだ。

「もうお帰り。成功を祈っておるよ」

「女王様! お名前を……せめてお名前を!」

「名などとうに忘れた。お前はババと呼べ」

 ソフィアの体が浮き上がる。ものすごいスピードで湖面が近づいてくる。

「ソフィア!」

 バシャバシャという音が洪水のように耳に流れ込み、人間界に戻ったことを実感する。
 水面でソフィアの体を抱きしめたのはロビンの腕だった。
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