お覚悟のほどはよろしくて?

志波 連

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65 ロビン逝く

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 そして全員が眠れないまま決戦の朝を迎えた。
 兵たちはそれぞれの持ち場へと赴き、ここに残っているのは中央突破を担当する者たちだけとなっている。
 病傷者は後方へと運ばれ、後は支援物資が到着すれば治療は進むだろう。

「兄上、今までありがとう」

 レオは何も言えないままロビンの体を力強く抱きしめた。
 ロビンが一人ずつに声をかけていく。

「ワンダ、ごめんね。よろしく頼むよ」

「お任せください。絶対に成功させてみせますよ」

 二人はがっちりと固い握手を交わした。

「レモン、君ってよく見るとすごく可愛いね。今までいろいろありがとう」

「うん、ロビン殿下も素敵な男になったよ。また会おうね」

 ロビンがレモンの指先にチュッとキスを落とした。

「シフォン様、よろしく頼みます。できるだけ痛くしないでくれると嬉しいな」

「心配ない。痛みなど無いしほんの一瞬で終わる」

 シフォンがロビンの肩をポンと叩いた。

「プロント様、あちらで会えると良いですね」

「ああ、先に行って待っているぞ。必ず弱らせてみせるから後は頼んだぞ」

 プロントがロビンの頭をポンポンと優しくなでた。
 そしてレオナードを抱いたソフィアの前に立ったロビン。
 その目には、大粒の涙があった。

「ソフィア。本当にありがとうね。大好きだよ。すごくすごく好きだったよ」

「私もあなたが大好きよ。次に会うときは親子ね? 私はとても厳しい母親になると思うわ。お覚悟のほどはよろしくて?」

「もちろんさ。覚悟どころか楽しみでしょうがないよ。君はきっと僕をちゃんとした人間に育ててくれる。そして僕はソフィアをお母さんって呼ぶんだ。駆け寄る僕を受け止めてくれる君の姿が思い浮かぶよ。じゃあ……もう行くね。ああ、レオナード、父さんは先に行くけれど、絶対にお前を待っているから安心しておいで」

 そう言うとロビンはレオナードごとソフィアを抱きしめた。
 小刻みに震えるロビンの体を、ソフィアが精一杯の力で抱きしめる。

「ロビン……必ずまた会いましょう。手を握っていましょうか?」

「いや大丈夫。生まれた時は一人だったんだもの、逝く時も一人で逝かなきゃ。それでは皆さん、さようなら。本当にありがとうございました」
 
 ロビンが王子らしい華麗なボウ・アンド・スクレープでお辞儀をした。
 全員が返礼のお辞儀をし、ロビンは用意された台の上に静かに横たわった。

 何も言わないままシフォンがロビンの左胸に掌を当てると、世界から音と色が消えた。

「ロビン……ああロビン……」

 ソフィアが目をギュッと瞑った瞬間、シフォンの手には赤い塊が乗っていた。

「終わったよ。立派な最後だった」

 用意していた魔法薬の壺にそれを入れ、火にかけて淡々と混ぜ始めるシフォン。
 
「ロビン? 本当に逝っちゃったの?」

 ロビンの体に近寄ろうとして崩れ落ちたソフィアをレオが抱きとめた。

「穏やかな顔だ。お前を誇りに思うぞ、ロビン」

 レオの言葉が終わらないうちに、ソフィアを経験したことがないほどの切なさが襲った。
 体中の細胞が頭の頂点へと引っ張られるような感覚に、ソフィアはたまらず悲鳴を上げる。

「きゃあぁぁぁぁぁぁ」

「ソフィア!」

 ソフィアは気を失っていた。

「ソフィア! どうした! しっかりしろ!」

 慌てるレオに、シフォンが静かに言う。

「ソフィアは役目を果たしたのだ。ゆっくりと眠らせてやれ」

 シフォンの声に頷いたレオが、ソフィアを抱き上げてテントへと運んだ。
 その姿を目で追いながら、プロントがポツンと言う。

「真実の瞳は出るだろうか」

「そればかりはわからないよ。それよりほら、覗いてごらんな。ソフィアの大事なものが入った途端に色が変わったよ。不思議だねぇ。きれいな色だ」

「ほう? あれほど黒かったのに輝いて見えるじゃないか」

「ソフィアの大事な物って何だったのだろうね。これほどキラキラしているくらいだもの。きっと本当に大切なものだったのだろうね」

「まあ目覚めてみればわかるだろうぜ。俺には確かめる術がないからなぁ。生まれ変わった俺を探し出して教えてくれよ」

「ああ、任せな。何度だって探し出してやるよ。今までもそうだっただろう? レナード」

「そうだな、クローバー。何度生まれ変わっても俺はお前だけを愛している」

「私もさ。どうやら母さんは気づいているようだね。知らん顔をしているけれど、命がけで助けに来てくれたもの」

「ああ、いい母親だ。それにしても、あの命の雫は絶大な効目だったよ」

 シフォンがにっこりと笑ってプロントを見ると、プロントは嬉しそうに微笑み返して何度も何度もキスをした。
 抱き合う二人の横で、魔消し薬の壺はゆらゆらと湯気を立ち上らせ、出来上がりが近いことを知らせている。
 時間だけが容赦なく流れ去っていく。
 テントから出てきたレオが静かに言った。

「さあ、始めようか」

 太陽が天頂に届き、決戦の時が来たことを告げる。
 山裾が割れ、どす黒い瘴気が立ち上った。

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