お覚悟のほどはよろしくて?

志波 連

文字の大きさ
65 / 70

65 ロビン逝く

しおりを挟む
 そして全員が眠れないまま決戦の朝を迎えた。
 兵たちはそれぞれの持ち場へと赴き、ここに残っているのは中央突破を担当する者たちだけとなっている。
 病傷者は後方へと運ばれ、後は支援物資が到着すれば治療は進むだろう。

「兄上、今までありがとう」

 レオは何も言えないままロビンの体を力強く抱きしめた。
 ロビンが一人ずつに声をかけていく。

「ワンダ、ごめんね。よろしく頼むよ」

「お任せください。絶対に成功させてみせますよ」

 二人はがっちりと固い握手を交わした。

「レモン、君ってよく見るとすごく可愛いね。今までいろいろありがとう」

「うん、ロビン殿下も素敵な男になったよ。また会おうね」

 ロビンがレモンの指先にチュッとキスを落とした。

「シフォン様、よろしく頼みます。できるだけ痛くしないでくれると嬉しいな」

「心配ない。痛みなど無いしほんの一瞬で終わる」

 シフォンがロビンの肩をポンと叩いた。

「プロント様、あちらで会えると良いですね」

「ああ、先に行って待っているぞ。必ず弱らせてみせるから後は頼んだぞ」

 プロントがロビンの頭をポンポンと優しくなでた。
 そしてレオナードを抱いたソフィアの前に立ったロビン。
 その目には、大粒の涙があった。

「ソフィア。本当にありがとうね。大好きだよ。すごくすごく好きだったよ」

「私もあなたが大好きよ。次に会うときは親子ね? 私はとても厳しい母親になると思うわ。お覚悟のほどはよろしくて?」

「もちろんさ。覚悟どころか楽しみでしょうがないよ。君はきっと僕をちゃんとした人間に育ててくれる。そして僕はソフィアをお母さんって呼ぶんだ。駆け寄る僕を受け止めてくれる君の姿が思い浮かぶよ。じゃあ……もう行くね。ああ、レオナード、父さんは先に行くけれど、絶対にお前を待っているから安心しておいで」

 そう言うとロビンはレオナードごとソフィアを抱きしめた。
 小刻みに震えるロビンの体を、ソフィアが精一杯の力で抱きしめる。

「ロビン……必ずまた会いましょう。手を握っていましょうか?」

「いや大丈夫。生まれた時は一人だったんだもの、逝く時も一人で逝かなきゃ。それでは皆さん、さようなら。本当にありがとうございました」
 
 ロビンが王子らしい華麗なボウ・アンド・スクレープでお辞儀をした。
 全員が返礼のお辞儀をし、ロビンは用意された台の上に静かに横たわった。

 何も言わないままシフォンがロビンの左胸に掌を当てると、世界から音と色が消えた。

「ロビン……ああロビン……」

 ソフィアが目をギュッと瞑った瞬間、シフォンの手には赤い塊が乗っていた。

「終わったよ。立派な最後だった」

 用意していた魔法薬の壺にそれを入れ、火にかけて淡々と混ぜ始めるシフォン。
 
「ロビン? 本当に逝っちゃったの?」

 ロビンの体に近寄ろうとして崩れ落ちたソフィアをレオが抱きとめた。

「穏やかな顔だ。お前を誇りに思うぞ、ロビン」

 レオの言葉が終わらないうちに、ソフィアを経験したことがないほどの切なさが襲った。
 体中の細胞が頭の頂点へと引っ張られるような感覚に、ソフィアはたまらず悲鳴を上げる。

「きゃあぁぁぁぁぁぁ」

「ソフィア!」

 ソフィアは気を失っていた。

「ソフィア! どうした! しっかりしろ!」

 慌てるレオに、シフォンが静かに言う。

「ソフィアは役目を果たしたのだ。ゆっくりと眠らせてやれ」

 シフォンの声に頷いたレオが、ソフィアを抱き上げてテントへと運んだ。
 その姿を目で追いながら、プロントがポツンと言う。

「真実の瞳は出るだろうか」

「そればかりはわからないよ。それよりほら、覗いてごらんな。ソフィアの大事なものが入った途端に色が変わったよ。不思議だねぇ。きれいな色だ」

「ほう? あれほど黒かったのに輝いて見えるじゃないか」

「ソフィアの大事な物って何だったのだろうね。これほどキラキラしているくらいだもの。きっと本当に大切なものだったのだろうね」

「まあ目覚めてみればわかるだろうぜ。俺には確かめる術がないからなぁ。生まれ変わった俺を探し出して教えてくれよ」

「ああ、任せな。何度だって探し出してやるよ。今までもそうだっただろう? レナード」

「そうだな、クローバー。何度生まれ変わっても俺はお前だけを愛している」

「私もさ。どうやら母さんは気づいているようだね。知らん顔をしているけれど、命がけで助けに来てくれたもの」

「ああ、いい母親だ。それにしても、あの命の雫は絶大な効目だったよ」

 シフォンがにっこりと笑ってプロントを見ると、プロントは嬉しそうに微笑み返して何度も何度もキスをした。
 抱き合う二人の横で、魔消し薬の壺はゆらゆらと湯気を立ち上らせ、出来上がりが近いことを知らせている。
 時間だけが容赦なく流れ去っていく。
 テントから出てきたレオが静かに言った。

「さあ、始めようか」

 太陽が天頂に届き、決戦の時が来たことを告げる。
 山裾が割れ、どす黒い瘴気が立ち上った。

しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

あなたの幸せを、心からお祈りしています【宮廷音楽家の娘の逆転劇】

たくわん
恋愛
「平民の娘ごときが、騎士の妻になれると思ったのか」 宮廷音楽家の娘リディアは、愛を誓い合った騎士エドゥアルトから、一方的に婚約破棄を告げられる。理由は「身分違い」。彼が選んだのは、爵位と持参金を持つ貴族令嬢だった。 傷ついた心を抱えながらも、リディアは決意する。 「音楽の道で、誰にも見下されない存在になってみせる」 革新的な合奏曲の創作、宮廷初の「音楽会」の開催、そして若き隣国王子との出会い——。 才能と努力だけを武器に、リディアは宮廷音楽界の頂点へと駆け上がっていく。 一方、妻の浪費と実家の圧力に苦しむエドゥアルトは、次第に転落の道を辿り始める。そして彼は気づくのだ。自分が何を失ったのかを。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

迦陵 れん
恋愛
「俺は君を愛さない。この結婚は政略結婚という名の契約結婚だ」 結婚式後の初夜のベッドで、私の夫となった彼は、開口一番そう告げた。 彼は元々の婚約者であった私の姉、アンジェラを誰よりも愛していたのに、私の姉はそうではなかった……。 見た目、性格、頭脳、運動神経とすべてが完璧なヘマタイト公爵令息に、グラディスは一目惚れをする。 けれど彼は大好きな姉の婚約者であり、容姿からなにから全て姉に敵わないグラディスは、瞬時に恋心を封印した。 筈だったのに、姉がいなくなったせいで彼の新しい婚約者になってしまい──。 人生イージーモードで生きてきた公爵令息が、初めての挫折を経験し、動く人形のようになってしまう。 彼のことが大好きな主人公は、冷たくされても彼一筋で思い続ける。 たとえ彼に好かれなくてもいい。 私は彼が好きだから! 大好きな人と幸せになるべく、メイドと二人三脚で頑張る健気令嬢のお話です。 ざまあされるような悪人は出ないので、ざまあはないです。 と思ったら、微ざまぁありになりました(汗)

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

田舎者とバカにされたけど、都会に染まった婚約者様は破滅しました

さこの
恋愛
田舎の子爵家の令嬢セイラと男爵家のレオは幼馴染。両家とも仲が良く、領地が隣り合わせで小さい頃から結婚の約束をしていた。 時が経ちセイラより一つ上のレオが王立学園に入学することになった。 手紙のやり取りが少なくなってきて不安になるセイラ。 ようやく学園に入学することになるのだが、そこには変わり果てたレオの姿が…… 「田舎の色気のない女より、都会の洗練された女はいい」と友人に吹聴していた ホットランキング入りありがとうございます 2021/06/17

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

処理中です...