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第11話 隠れきれない視線
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今週から魔法の授業のスケジュールが変わる事になった。
といっても僕だけなんだけどね。
普通の子は最も適性のある授業を受けるものなんだけど、僕の場合は全部の属性魔法が使えるから、どの授業を受けさせるべきか先生達が悩んだらしい。
噂だと先生達で生徒の奪い合いがあったらしいとクラスメイトが噂していた。
まぁさすがにそれは嘘だろうけど……何故か先生達の顔にアザが出来てたり腫れてたりしたんだよね……。
ま、まぁそれはともかく僕は既に一年生の魔法を全部覚えていたから、それなら全部の授業を順番に受けさせる事にしようという話になったらしい。
多分鈴木さんが上手く納得させたんだと思う。
そんな訳で今日の授業は身体強化魔法の勉強を受ける事になったんだ。
「肉体硬化!」
身体強化魔法で一番最初に覚える魔法は、身を守る為の肉体硬化だった。
というのも腕力強化の様に攻撃に使えるようなものを最初に覚えたら危ないのと、いざという時に身を守る為の魔法を早い段階から習熟した方が良いからという考えらしい。
この辺り、格闘技を学ぶ際に受け身から覚えるのと同じノリなんだろうね。
ちなみにウチは女子校だから関係ないけど、共学だと男子が攻撃魔法を覚えたいとブーイングが出るのがお約束らしい。
正直僕も魔法の教科書で勉強してる時に同じことを思ったよ。
「伊藤さんと加島さんはちゃんとできていますね。藤堂さんはもっと魔力を強めてください」
先生は僕達を見ながらちゃんと魔法が発動しているのか確認していく。
「あら、流石ね柚木さん。綺麗な肉体硬化だわ」
と、僕の前に来た先生が魔法の出来を褒めてくれる。
一応一年生の魔法は全部マスターしてるからね。
「柚木さん、今からこのボールを投げるから、そのまま魔法を維持していて」
「はい!」
先生に言われた通り魔法を維持していると、先生が投げたゴムボールが僕に当たる。
「どんな感じだった?」
「ええと、ボールが当たったなって感じで特に痛くはないです」
「じゃあもう一回投げるから、魔法を維持していてね」
もう一度ゴムボールが当たるけど、やっぱり当たったっていう感触があるだけだ。
「どう?」
「最初と同じで当たったって感触があるだけです」
「そう。じゃあ魔法を解除して。ボールを二回投げるから受けて見て」
「はい」
言われた通り魔法を解除すると、先生がボールを投げてくる。
一回目は全然痛くなかったけど、二回目はちょっと強めの感触だった。
「どう?」
「二回目のボールはちょっと強く感じました」
ゴムボールだから全然痛くなかったけどね。
「そう、実は柚木さんが魔法を使っている時も同じように最初は弱く、次は強く投げたのよ」
「え? そうだったんですか?」
全然気づかなかったよ。
「ゴムボールだと実感が薄いでしょうけど、肉体硬化の魔法を使えば普通なら大怪我をするような出来事に遭っても助かる可能性が高くなるの。だからとっても重要な魔法なのよ」
確かに、二回目のボールが当たった衝撃を全然感じなかったからね。
この辺り、練習で発動しているのは分かるんだけど、自分でそれを確かめるのは難しいからなぁ。
かといって自分を怪我させかねないような実験もしたくないしね。
万が一怪我をしたら凄く怒られるのは間違いない。
「肉体硬化は魔力を込めれば魔法が下手でもそれなりに効果はあるけど、やっぱりしっかり発動させた方が効果も魔力消費も全然違うわ。皆も危ない目に遭った時にとっさに使える様に何度も練習しましょうね」
「「「はーい!!」」」
「ところで柚木さん、身体強化魔法でもう一つボールを受けて見ない?」
そんな事を言って先生が取り出したのは、黒光りする明らかに硬そうなボールだった。
「え、遠慮します」
「そう言わずに。貴女の身体強化ならこれを十分に耐えられると思うのよ。寧ろ耐えて!」
「絶対嫌です! って言うかそれもうボールじゃないですよね!」
そのサイズは寧ろ砲丸だよ!
「ちぇっ、残念。貴女なら最強の身体強化魔法使いに成れると思うんだけどなぁ」
だからって小学一年生に砲丸ぶん投げようとするな!!
そんな物騒な事を言いながら、先生は他の生徒達の魔法のチェックに戻っていく。
うん、僕も魔法の練習に戻ろう。いつ砲丸を投げられるか分かったもんじゃない。
「あら、蓮愿さん、もっと魔力を込めないと駄目よ」
そんな中、先生が蓮愿と呼んだ女の子に声をかける。
「は、はい!」
蓮愿さんは先生に指摘された通りに魔力を込めるけど、込めた魔力がムラになって一部は強く、一部は全然強化されないといった穴あき状態になっていた。
「魔力は全身に同じくらいの厚みで張るイメージで、それと魔力がどこかにいかないように自分の体の周りに強く抑えつけるのよ」
「は、はい!」
何度も先生に指導されているんだけど、中々上手くできないみたいで蓮愿さんは泣きそうな顔で練習を続けている。
そうこうしている間に授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、蓮愿さんはあからさまにホッとした顔を見せた。
分かる。苦手な授業が終わるとホッとするよね。
「では今日はここまで。肉体硬化の魔法はおうちでも練習しましょうね」
「「「はーい」」」
ただ、先生のその言葉を聞いた瞬間に蓮愿さんの顔がまた泣きそうになったのが少しだけ気になったんだ。
◆
放課後、僕は運動場の隅で肉体硬化の魔法の練習をしていた。
既に使えるようになってはいるけど、無意識に使える程同じ魔法の練習をしたわけじゃないからね。
……決して授業中突然先生から奇襲を受けそうなのが怖いからじゃないよ?
先生の説明で身体強化魔法の正確な使い方や、より効率的な使い方を知ることが出来たので、今度はそれを考慮しながら魔法を発動していく。
土曜日の魔法訓練は一度習った魔法の復習よりも、新しい魔法を覚える事を重視しているみたいだし、今のうちに練習しておかないと。
「肉体硬化!!」
何度も魔法を発動させていると、全身に纏わせる魔力のムラが少しずつ減って来た気がする。
まだ気がする程度だけど。
アスリートが自分のフォームを気にしながら練習するのってこういう感じなのかな?
「ねぇ、退屈じゃない? 燐瑚ちゃん」
練習を続けながら、僕は燐瑚ちゃんに声をかける。
燐瑚ちゃんは僕の練習に付き合ってくれたけど、彼女は身体強化魔法の適性が無いから見ているだけになっちゃうんだよね。
「ううん、全然そんなことないよ。自分が使えない魔法を見るのは参考になるよ」
そういうもんなのかな?
まぁ退屈じゃないなら良いけど。
「飽きたらいつでも先に帰っていいからね」
「うん! ……うへへ、魔法に集中する咲良ちゃん凛々しい」
何やら妙な視線を感じながらも僕は身体強化魔法の練習を続ける。
そんな時だった。ふと、傍の植木の向こうに何かが動いているのが見えたんだ。
「何だろ?」
僕は魔法を中断すると、植木の向こうを覗き込む。
「ふ、ふぁっ!?」
「あれ? 君は……」
そこに居たのは身体強化魔法の授業で一緒だった蓮愿さんだ。
「確か蓮愿さんだよね」
「え!? な、何で私の名前を!?」
「そりゃクラスメイトだし。あっ、でも下の名前はまだ覚えてないや。僕は柚木咲良。良かったら君の名前も教えてくれる?」
「は、蓮愿……魅環」
「よろしくね魅環ちゃん」
「う、うん……」
魅環ちゃんは返事こそしてくれたものの、視線は僕からそれて別の方向を向く。
うーん、人見知りする子なのかな?
「ところで、なんでこんな所にいたの?」
「え!? そ、そそそ、それは……あ、蟻! 蟻を見てたの!!」
「蟻?」
蟻の姿なんてないけど……もしかして僕が来たから驚いて逃げちゃったのかな?
「わ、私帰るから! じゃあっ!!」
「あっ」
言うが早いか、魅環ちゃんは慌てるように走り去っていった。
「……あの女、怪しいわ」
そして何故か、燐瑚ちゃんがまるで敵を見るような目つきで魅環ちゃんの去った後を睨んでいたのだった。
◆魅環◆
「逃げちゃった……」
帰り道、私はあの子から逃げた事を後悔していた。
「柚木さんの事を見張っていろって言われてたのに……」
まるで足に重りが付いたような気分で私は家に帰る。
たどり着いたのは大きなお家。
でも私が入るのは入り口じゃなく、裏の使用人口の方から。
そして、そこに最悪な人が待ち構えていた。
「よう、遅かったじゃねぇか」
蓮羅燕恭一、私のお兄ちゃんだ。
「お、お兄……ちゃん」
私が声をあげると、お兄ちゃんは物凄く不愉快そうな顔で私を睨みます。
「誰が兄と呼んでいいって言った!! この出来損ないが!」
「ひっ!?」
「魔法も碌に使えない出来損ないが家族面するんじゃねぇよ!」
「ご、ごめんなさい……っ」
この人に怒鳴られるたびに体が竦む。
いつ叩かれるかと思うと怖くて逃げ出したい。
でも逃げたらもっと酷い目に遭わされる。
「ちっ! まぁ良い。それよりもお前どういうことだ?」
「え?」
「お前はあのガキを監視しろって言われただろうが!」
「は、はい……」
「はいじゃねぇよ! なのに何で逃げてんだよ!」
私が逃げ出したところを見られていたらしく、お兄ちゃんが怒り狂います。
「いいか! 忘れているようだから教えてやるが、蓮羅燕家の象徴である身体強化魔法を碌に使えないお前は、何の役にも立たないゴミだ!」
そう言って、お兄ちゃんは近くに転がっていた大きな石を身体強化魔法で強化した足で踏み砕きます。
「こうなりたくなかったらスパイの真似事くらいはまともに出来るようになるんだな!」
言いたい事を言いきって満足したのか、ようやくお兄ちゃんは私に背を向けて家の中に戻っていきました。
「……はぁ」
蓮羅燕家、それは身体強化魔法使いのトップに立つ家の名前です。
私はその家の本家に生まれましたが、魔法が上手く使えない事で出来損ないと判断されてしまいました。
そして分家の養子にされて本家の名を使う事は禁止されました。
それからというもの、お兄ちゃんは私を一族の恥と言って怒鳴ったり叩いたりするようになりました。
特に格闘技の訓練の時は、身体強化魔法をうまく扱えない私を玩具の様に扱います。
そんなある日、私は珍しくお父さんに呼ばれました。
その要件は彼女、柚木咲良をすぐ傍で監視する事。
全属性の魔法の使い手である彼女と仲良くなり、その血を手に入れるのが目的なのだそうです。
だから私は柚木さんと仲良くなるように言われたんです。
「私に友達を作るなんて無理なのに……」
正直私が友達を作るなんて無理だと思うんですが、出来損ないの私は逆らえないので従うしかないんです。
「はぁ……あの子は良いなぁ」
同じ年なのに、あの子は皆から期待されて、私は何も期待されていない。
世界って、ほんと不公平だなぁ。
といっても僕だけなんだけどね。
普通の子は最も適性のある授業を受けるものなんだけど、僕の場合は全部の属性魔法が使えるから、どの授業を受けさせるべきか先生達が悩んだらしい。
噂だと先生達で生徒の奪い合いがあったらしいとクラスメイトが噂していた。
まぁさすがにそれは嘘だろうけど……何故か先生達の顔にアザが出来てたり腫れてたりしたんだよね……。
ま、まぁそれはともかく僕は既に一年生の魔法を全部覚えていたから、それなら全部の授業を順番に受けさせる事にしようという話になったらしい。
多分鈴木さんが上手く納得させたんだと思う。
そんな訳で今日の授業は身体強化魔法の勉強を受ける事になったんだ。
「肉体硬化!」
身体強化魔法で一番最初に覚える魔法は、身を守る為の肉体硬化だった。
というのも腕力強化の様に攻撃に使えるようなものを最初に覚えたら危ないのと、いざという時に身を守る為の魔法を早い段階から習熟した方が良いからという考えらしい。
この辺り、格闘技を学ぶ際に受け身から覚えるのと同じノリなんだろうね。
ちなみにウチは女子校だから関係ないけど、共学だと男子が攻撃魔法を覚えたいとブーイングが出るのがお約束らしい。
正直僕も魔法の教科書で勉強してる時に同じことを思ったよ。
「伊藤さんと加島さんはちゃんとできていますね。藤堂さんはもっと魔力を強めてください」
先生は僕達を見ながらちゃんと魔法が発動しているのか確認していく。
「あら、流石ね柚木さん。綺麗な肉体硬化だわ」
と、僕の前に来た先生が魔法の出来を褒めてくれる。
一応一年生の魔法は全部マスターしてるからね。
「柚木さん、今からこのボールを投げるから、そのまま魔法を維持していて」
「はい!」
先生に言われた通り魔法を維持していると、先生が投げたゴムボールが僕に当たる。
「どんな感じだった?」
「ええと、ボールが当たったなって感じで特に痛くはないです」
「じゃあもう一回投げるから、魔法を維持していてね」
もう一度ゴムボールが当たるけど、やっぱり当たったっていう感触があるだけだ。
「どう?」
「最初と同じで当たったって感触があるだけです」
「そう。じゃあ魔法を解除して。ボールを二回投げるから受けて見て」
「はい」
言われた通り魔法を解除すると、先生がボールを投げてくる。
一回目は全然痛くなかったけど、二回目はちょっと強めの感触だった。
「どう?」
「二回目のボールはちょっと強く感じました」
ゴムボールだから全然痛くなかったけどね。
「そう、実は柚木さんが魔法を使っている時も同じように最初は弱く、次は強く投げたのよ」
「え? そうだったんですか?」
全然気づかなかったよ。
「ゴムボールだと実感が薄いでしょうけど、肉体硬化の魔法を使えば普通なら大怪我をするような出来事に遭っても助かる可能性が高くなるの。だからとっても重要な魔法なのよ」
確かに、二回目のボールが当たった衝撃を全然感じなかったからね。
この辺り、練習で発動しているのは分かるんだけど、自分でそれを確かめるのは難しいからなぁ。
かといって自分を怪我させかねないような実験もしたくないしね。
万が一怪我をしたら凄く怒られるのは間違いない。
「肉体硬化は魔力を込めれば魔法が下手でもそれなりに効果はあるけど、やっぱりしっかり発動させた方が効果も魔力消費も全然違うわ。皆も危ない目に遭った時にとっさに使える様に何度も練習しましょうね」
「「「はーい!!」」」
「ところで柚木さん、身体強化魔法でもう一つボールを受けて見ない?」
そんな事を言って先生が取り出したのは、黒光りする明らかに硬そうなボールだった。
「え、遠慮します」
「そう言わずに。貴女の身体強化ならこれを十分に耐えられると思うのよ。寧ろ耐えて!」
「絶対嫌です! って言うかそれもうボールじゃないですよね!」
そのサイズは寧ろ砲丸だよ!
「ちぇっ、残念。貴女なら最強の身体強化魔法使いに成れると思うんだけどなぁ」
だからって小学一年生に砲丸ぶん投げようとするな!!
そんな物騒な事を言いながら、先生は他の生徒達の魔法のチェックに戻っていく。
うん、僕も魔法の練習に戻ろう。いつ砲丸を投げられるか分かったもんじゃない。
「あら、蓮愿さん、もっと魔力を込めないと駄目よ」
そんな中、先生が蓮愿と呼んだ女の子に声をかける。
「は、はい!」
蓮愿さんは先生に指摘された通りに魔力を込めるけど、込めた魔力がムラになって一部は強く、一部は全然強化されないといった穴あき状態になっていた。
「魔力は全身に同じくらいの厚みで張るイメージで、それと魔力がどこかにいかないように自分の体の周りに強く抑えつけるのよ」
「は、はい!」
何度も先生に指導されているんだけど、中々上手くできないみたいで蓮愿さんは泣きそうな顔で練習を続けている。
そうこうしている間に授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、蓮愿さんはあからさまにホッとした顔を見せた。
分かる。苦手な授業が終わるとホッとするよね。
「では今日はここまで。肉体硬化の魔法はおうちでも練習しましょうね」
「「「はーい」」」
ただ、先生のその言葉を聞いた瞬間に蓮愿さんの顔がまた泣きそうになったのが少しだけ気になったんだ。
◆
放課後、僕は運動場の隅で肉体硬化の魔法の練習をしていた。
既に使えるようになってはいるけど、無意識に使える程同じ魔法の練習をしたわけじゃないからね。
……決して授業中突然先生から奇襲を受けそうなのが怖いからじゃないよ?
先生の説明で身体強化魔法の正確な使い方や、より効率的な使い方を知ることが出来たので、今度はそれを考慮しながら魔法を発動していく。
土曜日の魔法訓練は一度習った魔法の復習よりも、新しい魔法を覚える事を重視しているみたいだし、今のうちに練習しておかないと。
「肉体硬化!!」
何度も魔法を発動させていると、全身に纏わせる魔力のムラが少しずつ減って来た気がする。
まだ気がする程度だけど。
アスリートが自分のフォームを気にしながら練習するのってこういう感じなのかな?
「ねぇ、退屈じゃない? 燐瑚ちゃん」
練習を続けながら、僕は燐瑚ちゃんに声をかける。
燐瑚ちゃんは僕の練習に付き合ってくれたけど、彼女は身体強化魔法の適性が無いから見ているだけになっちゃうんだよね。
「ううん、全然そんなことないよ。自分が使えない魔法を見るのは参考になるよ」
そういうもんなのかな?
まぁ退屈じゃないなら良いけど。
「飽きたらいつでも先に帰っていいからね」
「うん! ……うへへ、魔法に集中する咲良ちゃん凛々しい」
何やら妙な視線を感じながらも僕は身体強化魔法の練習を続ける。
そんな時だった。ふと、傍の植木の向こうに何かが動いているのが見えたんだ。
「何だろ?」
僕は魔法を中断すると、植木の向こうを覗き込む。
「ふ、ふぁっ!?」
「あれ? 君は……」
そこに居たのは身体強化魔法の授業で一緒だった蓮愿さんだ。
「確か蓮愿さんだよね」
「え!? な、何で私の名前を!?」
「そりゃクラスメイトだし。あっ、でも下の名前はまだ覚えてないや。僕は柚木咲良。良かったら君の名前も教えてくれる?」
「は、蓮愿……魅環」
「よろしくね魅環ちゃん」
「う、うん……」
魅環ちゃんは返事こそしてくれたものの、視線は僕からそれて別の方向を向く。
うーん、人見知りする子なのかな?
「ところで、なんでこんな所にいたの?」
「え!? そ、そそそ、それは……あ、蟻! 蟻を見てたの!!」
「蟻?」
蟻の姿なんてないけど……もしかして僕が来たから驚いて逃げちゃったのかな?
「わ、私帰るから! じゃあっ!!」
「あっ」
言うが早いか、魅環ちゃんは慌てるように走り去っていった。
「……あの女、怪しいわ」
そして何故か、燐瑚ちゃんがまるで敵を見るような目つきで魅環ちゃんの去った後を睨んでいたのだった。
◆魅環◆
「逃げちゃった……」
帰り道、私はあの子から逃げた事を後悔していた。
「柚木さんの事を見張っていろって言われてたのに……」
まるで足に重りが付いたような気分で私は家に帰る。
たどり着いたのは大きなお家。
でも私が入るのは入り口じゃなく、裏の使用人口の方から。
そして、そこに最悪な人が待ち構えていた。
「よう、遅かったじゃねぇか」
蓮羅燕恭一、私のお兄ちゃんだ。
「お、お兄……ちゃん」
私が声をあげると、お兄ちゃんは物凄く不愉快そうな顔で私を睨みます。
「誰が兄と呼んでいいって言った!! この出来損ないが!」
「ひっ!?」
「魔法も碌に使えない出来損ないが家族面するんじゃねぇよ!」
「ご、ごめんなさい……っ」
この人に怒鳴られるたびに体が竦む。
いつ叩かれるかと思うと怖くて逃げ出したい。
でも逃げたらもっと酷い目に遭わされる。
「ちっ! まぁ良い。それよりもお前どういうことだ?」
「え?」
「お前はあのガキを監視しろって言われただろうが!」
「は、はい……」
「はいじゃねぇよ! なのに何で逃げてんだよ!」
私が逃げ出したところを見られていたらしく、お兄ちゃんが怒り狂います。
「いいか! 忘れているようだから教えてやるが、蓮羅燕家の象徴である身体強化魔法を碌に使えないお前は、何の役にも立たないゴミだ!」
そう言って、お兄ちゃんは近くに転がっていた大きな石を身体強化魔法で強化した足で踏み砕きます。
「こうなりたくなかったらスパイの真似事くらいはまともに出来るようになるんだな!」
言いたい事を言いきって満足したのか、ようやくお兄ちゃんは私に背を向けて家の中に戻っていきました。
「……はぁ」
蓮羅燕家、それは身体強化魔法使いのトップに立つ家の名前です。
私はその家の本家に生まれましたが、魔法が上手く使えない事で出来損ないと判断されてしまいました。
そして分家の養子にされて本家の名を使う事は禁止されました。
それからというもの、お兄ちゃんは私を一族の恥と言って怒鳴ったり叩いたりするようになりました。
特に格闘技の訓練の時は、身体強化魔法をうまく扱えない私を玩具の様に扱います。
そんなある日、私は珍しくお父さんに呼ばれました。
その要件は彼女、柚木咲良をすぐ傍で監視する事。
全属性の魔法の使い手である彼女と仲良くなり、その血を手に入れるのが目的なのだそうです。
だから私は柚木さんと仲良くなるように言われたんです。
「私に友達を作るなんて無理なのに……」
正直私が友達を作るなんて無理だと思うんですが、出来損ないの私は逆らえないので従うしかないんです。
「はぁ……あの子は良いなぁ」
同じ年なのに、あの子は皆から期待されて、私は何も期待されていない。
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