Ring a bell〜冷然専務の裏の顔は独占欲強めな極甘系〜

白山小梅

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2 忘れるわけがない

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 一体何が起こったのだろう--驚きの連続で、今の出来事を理解しきれなかった。

 しかしそれは側近の男性も同じだったようだ。由利の姿が見えなくなったのを確認してから、怪訝な表情で杏奈を見た。

「もしかして専務とお知り合いですか?」

 その言葉にドキッとしたが、首を横に振って否定する。

「いいえ」
「そうですか……。いえ、あんな専務を見たことがなかったもので」
「そうなんですか?」
「えぇ、たとえ会社の人間でも、専務自ら予定を空けるなんてことはしませんから」

 きっと彼はあの頃と何も変わっていないのね--それなら今夜のことは期待出来ない。私だって軽くあしらわれて終わりだろう。

「では今夜九時に、月ヶ丘にあるホテルのロビーにいらしてくださいとのことです」

 杏奈はゴクリと唾を飲み込んだ。月ヶ丘のホテルといえばあそこしかない--。

 月ヶ丘といえばセレブの街で有名で、高級住宅街が立ち並ぶエリアには一般人が入れないように門が閉められ、守衛まで立っているという。街のシンボルであるオフィス街にはシンボルともいえるツインタワーがそびえ立っていた。

 そして男性が口にしたホテルというのが、全室オーシャンビューで富裕層や各国の要人も利用する、ラグジュアリーなホテルとして有名な場所だった。

 月ヶ丘自体が自分には不釣り合いな気がして、駅に降り立つことすら怖くて出来ないのに、そこにあるホテルに来いだなんて--。

 Tシャツにデニム、くたくたのエプロンと頭には三角巾。適当に結いたポニーテール、メイクなんてほとんどないに等しい。そんな杏奈に言う言葉には到底思えなかった。

 自分から言い出したことだけど、具合が悪くなったってことにしてすっぽかしてしまおうか。そんな考えが頭をよぎったが、約束を破るような無責任なことはしたくなかった。

「わかりました……。では九時にロビーに伺います」
「承知しました。あとホテルにはドレスコードもありますので……」
「わ、わかっています! 私も普段は会社員をしていますので、ご心配なさらなくても大丈夫です」
「そうでしたか。それは失礼いたしました」
「いいえ……」

 悔やしくて拳を握りしめたが、男性が何かを思い出したかのようにポンっと手を叩いたので、ハッと我に返る。

「あぁ、忘れるところでした。こちらのミニデリセットを一つお願いします」
「……はっ?」
「私も専務に思わず聞き返しましたよ。ですがこれを一つ買って来いとのことでしたので」

 杏奈は驚いたように目をしばたかせる。

「そ、そうなんですか……」

 目が合ったことだけでも信じられないのに、こんな普通の食べ物を買ったというの? ミニデリなんでオシャレに書いているけど、唐揚げとオムレツ、揚げなすのセット。

 袋に入れて男性に手渡す時も、由利がこれを食べるだなんて半信半疑だった。

「では後ほど」

 側近の男性の背中を見送りながら、とんでもないことになったと不安が大きくなるのを感じた。
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