リライトトライ

アンチリア・充

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リライトトライ2

第二話

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 まぁそんなワケで、絶対にボロを出すなよ、とリライに言いつけて、今俺は懐かしの故郷の景色を兄貴の車の助手席で見ている。運転席には兄貴が、後部座席には母親が座っている。

 高校を卒業するまで住んでいた実家にて兄貴と母親と合流。

 その後に兄貴の車で出発というワケだ。

 懐かしの故郷といっても、県内だし、そんなに遠いワケではないんだが。

「でもみんなの休みが重なってよかったわぁ。久しぶりに家族水入らずねぇ」

 後ろから母さんの柔らかな声がする。

 紹介しておこう。このおっとりとした一見姉にしか見えない人が俺の母親である戸山夏美とやまなつみだ。

「……うん。まぁ、向こうに着くまでだけどね」

「あら。半田はんだ家も家族よぉ。親戚なんだから」

 母さんが嬉しそうに言う。
  
 そう、俺達はコレから一泊、母さんの妹のいる半田家にお世話になるのだ。

 混み具合にも寄るが、車で一時間もかからない。

 しかし……親戚はみんな家族か。母さんらしいな。

「お前はアルバイトなんだから休みなんて簡単に取れるだろ。いい加減就職したらどうだ?」

 隣から抑揚のない無感情な声が聞こえてくる。

 ……一応紹介しなければならないだろう。

 この隣にいる無愛想で冷たそうな男が残念ながら俺の兄である戸山春輝とやまはるきだ。

 クールで、落ち着いていて物静かだ。なんて周りの人は言うけど俺に言わせれば冷たくて人間味がなくて無感動なだけの男だ。

 そのくせ他所の人の前では爽やか、丁寧と外面だけはいいんだ。感情がすぐ顔に出る俺とは対照的な存在だ。

「……まぁ、ボチボチ俺もそうしなきゃな、とは思ってるよ」

「もう一人暮らしをする理由もないだろ。そんな無駄な金を使うくらいなら少しでも母さんに借りを返せ」

「いいのよ春くん。心配してくれてありがとう。秋ちゃんも、元気でやってるんならいいの。こうやってたまに顔を見せてくれればあたしは安心よ?」

 母さんが間に入る。

 ……春くんに、秋ちゃんか。

 確かに俺は母さんの厚意に甘ったれてばかりで何も親孝行ができていない。

 兄貴の言ったことは悔しいが正論だ。ぐうの音も出ない。

 役者になるんだ、と専門学校に入学する時に一人暮らしを始めて、入学金もいくらか負担させてしまって、その後に入った劇団も結局クビになってしまって、家族の足を引っ張るばかりで何の借りも返せていない。自分でも情けなくなってしまう程の体たらくだ。

 ……けど、俺は実家に戻る気はない。コレまでの暮らしで何か得たモノがあるのかと言われたら即答はできないが、何かあるはずなんだ。

 やはり来るべきではなかったかもしれない。故郷に錦を飾る、とまでは言わないが、少しは誇らしい気分で帰って来たかったモノだ。

 俺が自己嫌悪で暗澹あんたんとした気分に浸っていると、程なくして目的地が見えてきた。





「おぉ! ミルクにココアか! お前ら元気だったか?」

 半田家の玄関を開けると、飛ぶが如く駆け付け、迎えてくれた猫のミルクと、犬のココアに向かってメロメロな声を出してムツ●ロウモードになっているのは、信じ難いことだが兄貴だ。この野郎は動物が大好きなのだ。

 俺も撫でようと手を出すが、二匹は眼中にないかの様に兄貴に夢中だ。

「…………」

「お疲れ様。明けましておめでとう!」

 そう言って奥の方から出て来たのは母さんの妹である半田泉子はんだいずみこさんだ。俺達はずっと『みこ』と呼んでいる。

「明けましておめでとうございます。お世話になります」

 目を疑う程の速さでムツ●ロウモードから礼儀正しい外面モードに移行した兄貴が深々と頭を下げる。

 俺達を赤ん坊の頃から見てる彼女にそんな他人行儀に接しても仕方ないだろうと思ったが、親しき仲にも礼儀ありか。

 その辺はキッチリするべきだ、そんなんだからお前はガキなんだと兄貴に嫌味ったらしく言われるビジョンが浮かんだので、俺もしっかりと挨拶する。





 みこの旦那さんは既に他界していて、この家には男手がない。故に俺達兄弟はここぞとばかりに力仕事に駆り出された。

 親父の墓参りは明日行くことにして、みこ達だけでは動かせない粗大ゴミなどを運び出して、自分達の寝る部屋とスペースを確保の後、掃除に取り掛かる。

 昔はかくれんぼや探検ごっこをするのに充分だったこの広くて古い和式の家も、大人になるとそこまでのモノに感じないから不思議なモンだ。ソレでも、俺のワンルームのアパートに比べれば大した広さだが。





「あー……疲れた……」

 夕食を終え、久々の肉体労働で疲労困憊となった身体を、既に敷いてあった客用の布団の上に倒れる様に横たえ、俺は呟く。

 兄貴は未だにご立派にも母さんとみこのお酒の相手をして談笑している。我ながら振る舞いの差に情けなくなる。

 いつの間にか障子の隙間から入って来たミルクとココアが屍の様に寝そべった俺に興味を持った様で、品定めをする様にくんくんとニオイを嗅いだ後、顔面にくしゃみを浴びせてくる。

「…………」

 猫と犬の鼻水まみれになったが、怒る気力もなかったので俺はされるがままでいた。

 やがて二匹は俺に興味をなくした様で、互いにジャレ合った後、温め合う様に身を寄せて寝に入った。

 ここなら静かだと思ったのか、元々ここがこいつらの縄張りだったのかは謎だ。

「…………」

 しかし、この二匹の寝方はどこか印象的だった。ミニチュアダックスのココアの上に甘える様に寄りかかるアメリカンショートのミルク。

「……リライ。どうしてるかな?」

 ちょっと優乃先輩に電話でもしてみるか? 

 いや、明日早いとかで寝ていたら迷惑だろうし。ああ、ソレを考えたらリライが遊ぼうとねだって彼女に迷惑を掛けていないか心配だ。

 我ながら無茶な嘘でずうずうしいことをお願いしてしまったな。

 ……もしかしたら、優乃先輩は俺の嘘なんてお見通しの上でリライを預かることを了承してくれたのかもしれない。優しい人だからな……結局俺は甘ったれか。

 なんてことを考えていたら、廊下からどすどすと無遠慮な足音が近づいて来て、勢いよく障子が開け放たれた。ミルクとココアがびく、と身体を強張らせる。

「秋! 起きてる?」

「……マヨねぇ」

「おぉっ! 久し振りだな青少年っ! 明けましておめでとーぅっ!」

「ぐえぇっ!」

 そう言ってうつ伏せになっていた俺の背中に抱き付いて来たのは、赤茶けた長い髪をポニーテールにした女性、みこの娘である香月真宵かつきまよいさんだった。

「元気してたぁ? マヨねーちゃんが帰って来てやったぞぉ!」

 耳元で爆音が響く。視界の隅でミルクとココアが障子の隙間から外へと出て行くのが見えた。

「何しに来たんだよ!? また旦那とケンカでもしたのか?」

「全然。自分の実家に帰って来て何がいけないのぉ?」

 ……そう、このマヨねぇは既婚者で、他所で旦那と暮らしている。

 が、しょっちゅうケンカをしては家出を繰り返しているらしい。一度、リライが来るよりずっと前に、俺のところにまで来て、一週間程泊まったことがあったのだ。あん時は何事かと思った。

「てゆーか嬉しくないのぉ? 憧れの真宵お姉さまに会えて?」

「嬉しくねえ! 重い! 何故上に乗る!」

 出たよ。俺はガキの頃からこのねーちゃんに散々イジられてきた。

 そして先程言ったマヨねぇがウチに泊まりに来た時、意気消沈する彼女を元気付ける為に、俺は『昔俺が憧れてた元気なマヨねぇに戻ってくれ』みたいなことを言ってしまったのだ。さっそくネタにしやがって。

「スキンシップよん。あと重くない! 力仕事やってくれたっていうから労ってやってんの」

「じゃあもう充分だから兄貴んとこ行けよ! あいつの方が頑張ってたぞ」

「もちろんコレから一緒に飲むわよ。相変わらずイケメンねーあいつ。あんたとエライ違い」

「……まだシラフなのにこのテンションなのかよ」

「慣れないことして疲れた身体をほぐしてやろーってのよ。現役整体師の腕、見したげる」

「いいよ。気持ちだけで充分。早く降りろ……っつーか、肉の塊を押し付けんな!」

「あらあらぁ? もしかして元気になっちゃったぁ? あぁでも駄目よ! あたしには夫が!」

「うっせ!」

「あなたくらいの年頃だとこういうことに興味があるのは分かるわ。ソレに年上の綺麗でスタイルもいい完璧なあたしに欲情しちゃうのも仕方ないと思う。あぁ……でも、でも駄目ぇ!」

「……俺もう二十五なんだけど。あと自信過剰」

「秋色くん。ソレは恋ではなく、憧れよ」

 ……どうやらコレが言いたかっただけのようだ。

「ね~え~、秋ってイ●ポなのぉ? 泊まった時も何もしてこなかったし」

「違わいっ!」

「にゃははは。冗談冗談。んじゃ行くね。今度は春くんを惑わしてくるわ。ハードル高いけど」

「あ……マヨねぇ」

「んー?」

 立ち上がり、出て行きかけたマヨねぇが振り返る。

「……まひるって、いないの?」

「…………」

「何となく、みこに聞きづらくて、でもいなかったら、みこ一人で暮らしてるのかな……と」

 俺がそう言うと、真顔になったマヨねぇがこちらに歩み寄って来て、またしがみ付いて来た。

「ちょ……」

「あんた、早起き得意?」

「……へ?」

「もし朝の五時に起きれたら、裏庭に行ってみなさい」

「裏庭?」

「あそこから見る日の出が最高なのよ」

「ひ、日の出? マヨねぇ、俺が聞きたいのは――」

「あんたならもしかしたら何とかなるかも。頑張って起きなさい。じゃっ! マヨねぇ退散!」

 そう言って立ち上がったマヨねぇは顔も見せずに出て行き、後ろ手にパン、と障子を閉めた。

 マヨねぇが何を言いたかったのかしばらく考えていたが、やはり疲れていたのだろう。知らない内に俺は明かりも消さずに眠りの中へと落ちていた。


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