リライトトライ

アンチリア・充

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リライトトライ3

第七話

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 アレから一週間経ったある日。俺がシャワーを浴びて部屋に戻ると、聞いたことのない曲が流れていた。

 最初はテレビから流れているのかと思ったら、そうではなかった。

「リライ、何聞いてるんだ?」

「…………」

「リライ?」

 俺が声を掛けてもリライは全く聞こえてないかのように微動だにしなかった。

 床に手をついて食い入るように視線を手元に送っている。

「あ」

 彼女のすぐ後ろまで近づいて初めて視線の先にあるモノの正体が分かった。開かれたCDケースに歌詞カード。

 ナルホド。合点がいった。先程から流れていた曲はあの雨の日に俺が受け取っていた例の……イリアのCDだ。

 持ち帰った俺がその辺に放置していたCDをリライが見つけて、またググリ先生にソレが何なのか、どうやって使うモノなのか聞いた、というところだろう。

「――何か、すげーです」

「え?」

 未だ食い入るように床に置かれた歌詞カードに視線を送りながら、リライが呟いた。

「うまく言えねーですけど、こう、ガーンとくるです、この歌」

「……そっか」

 確かに、先程から流れている曲は、自分の中に生まれた感情をありったけ叩きつけるような凄みがあった。

 叩きつける……彼女らしい歌声だ。一つの才能と言って差し支えないだろう。

 ……俺があの雨の日を思い返して人知れず身震いする身体を苦労して律していると、

「アキーロ、コレ何て読むですか?」

「ん……コレは……凄く……『すごく』だな」

「ふーん」

「何だ……自分からお勉強か? 珍しいな」

「……自分も、ちょっと歌ってみたいなー、って思ったですから」

 ……ほう。確かにリライの歌は聴いてみたい気もする。

 いつもお風呂とかからテレビで流れてた歌を意味不明で滅茶苦茶な歌詞で歌っているのはよく聴くが、ソレでもキレイな声だとは思っていた。意味を理解した上での完成された歌声はナカナカなモノになるであろう。

 協力してやるか、と俺はリライと一緒になって歌詞カードを覗き込んだ。



「…………」

「……アキーロ?」

「……ワガママな女だな」

 ……何と言うか……陳腐な歌詞だな。中学生が作詞をしようとして、授業中にノートに走り書きしたかのような。

 お世辞にもいい歌詞とは思えなかった。

 ……有り体に言ってしまえば、センスがない。

 スタイルに歌唱力。天は二物を与えたが、三つ目は無理だったか。てか、その二物の為に他の能力を犠牲にしたんじゃないかってぇくらいにヒドイ。

 うーん……やはりこんなにヒデぇモンでも勢いのある歌い手が作詞したって言えば話題作りとしては上等なんだろうか?

 そんでこんな浅いモンを逆に深いと持て囃すアホウ共が出てくるんだろーなぁ。

 ……いーねぇ、ブランド力ってな偉大ですよ。

「ふへ? でもこの前に書いてある文字も『すごく』ですよ? 意味ちげーですか?」

「え……?」

 ひがみ根性に心を侵されていた俺は、リライの声で現実回帰した。

「……ホントだ」

 リライの言う通り、『すごく』のすぐあとに『凄く』って書かれてる。ケアレスミス? 漢字すらまともに書けねーのか? やれやれだな……。

 俺がすっかり呆れた心持ちでいると、リライが音読を始めた。

「えーと、も、ふに……れと」

「違う! 横書きだリライ」

「ふへ?」

「こっちからこっちに向けて読んでいくの」

 俺は歌詞カードの上に指を滑らせる。

「前にアキーロが『日本ではこっちに読むのが基本だー』とか言ってたぢゃねーですか」

「アレはああなの。大体テレビとかでも横書きなんてしょっちゅうあるだろが。そもそも縦読みなら右上からだし、コレを縦読みしたところで意味が通じ――」

 歌詞カードに目を通しながらそこまで言って俺の声は途切れた。

「えー、と……もう、せっかくの……」

 偶然……なのか?

 俺はリライの手から歌詞カードを奪ってマジマジと見つめてみた。
「あ~~っ! 何するですかアキーロっ!」

 抗議の声を上げたリライが俺の背中に飛びつき、しがみついてきた。子泣きじじいかお前は!

「……マジか」

「何がマヂ、ですよ?」

 唇を尖がらせたリライを無視して、俺は咥えた煙草に火をつけ、心を落ち着けた。頭をクールダウンさせる必要があったんだ。

「ゲホゲホっ! ですよ!」

 わざとらしいリライの非難じみたアピールが始まる。前にまひるが煙草は身体に良くないと言ってたのを聞いてからこうなんだ。やたら肩身がせまいぞ。

 だが俺は眉間に皺を寄せたリライの視線を辛くも無視して、目の前の歌詞カードに集中した。

「……はぁ」

 間違いない。

 あの日、彼女が言っていた言葉が脳裏に甦ってしまう。

 ――でも、もう限界で……ソレで、もし先輩がわたしのこと見てくれてて、応援してくれてたら、きっと気づいてもらえるって……サイン、送って――

 ……彼女の言っていたことは本当だったんだ。

 あの時は何言ってんだと思ったが、こういうことだったのか。

 ……気づきたくなかった。一生知らないで通したかった。

 彼女のことは胸の奥にしまって、蓋をして鍵を掛けておきたかったのに。

 まぁ、ここでリライを恨むのは筋違いだが、厄介なモンを見せてくれやがって……。

「な、なんですよぉ……」

 俺が非難するような視線を送ると、リライは反抗するような顔をしつつも目を逸らした。まるで知られたら怒られる隠しごとがバレた時のように。

 こいつ……何かやましいことあるな。

「はあ……」

 俺は大きく溜息を吐いた。もう繋がっちまったモンはしょうがない。まるで運命からは逃れられないのだと突きつけられているようで腹立たしい。

 腹立たしいが、こうなってしまった以上俺は自分が首を突っ込まずにいられない性分だということくらいは自覚している。

「……『せんぱいたすけてよ』」

「……ふへ?」

 リライが不思議そうに視線を向けてくる。俺は棒読みで返した。

「縦読みするとさ……左から四番目が『せんぱいたすけてよ』になっちまうんだよ」


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