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リライトトライ3.5
肉食ウサギと草食ライオン⑤
しおりを挟む「どうしてくれんだ俺のごじゅ……百円玉ぁっ!」
「す、すすすすみません弁償しますっ!」
迫ってくる野獣のような目付きをした先輩に、僕は慌ててそう返した。
「あ……」
言ってから気づいた。僕は今体操服姿だ。財布なんて持ち合わせてない。
「す、すみません。今、お金持ってないです……」
「あぁーん!? 飛んでみろやぁーっ!」
ま、まるでチンピラだ……! 僕がどう説明したら財布を持ってないのを理解してもらえるか混乱しつつも考えていると……
「やりすぎだ秋! めちゃくちゃ怯えてるじゃんか!」
友人だろうか? そう言って男子生徒が目の前の無法者の肩に手を置いた。
「止めるな宗二! ごめんで済んだら警察はいらん! そして警察は百円以下だと動いてくれん!」
「体操服なんだから財布持ってねーのは当たり前だろ?」
「む……」
「とりあえず自販機の下に落ちたのは分かってるんだから手ぇ届くか試してみようぜ。な?」
「……わーったよ。命拾いしたな。ショタッ子」
そう言って戸山先輩は自販機の方へと歩いていく。
「ごめんな。大丈夫だった? 怪我してない?」
「あ……だ、大丈夫です」
目の前に現れたのは、何ていうか、爽やかな人だった。無造作にセットされた茶色い髪に、個性の窺える着こなし。すぐに分かった。かつてゲス魔王の野望を打ち砕いた英雄。井上宗二先輩だ。
「おっしゃ取れたー! 腕埃まみれになったけど!」
「お、やったじゃんか! やってみるモンだな!」
声のした方に歩いていく井上先輩。何故だか僕も後を追ってしまった。
戸山先輩の開かれていく掌に三人が注目する。
「あ……」
そこに乗っかっていたのは五十円玉だった。
「……命拾いしたなショタッ子。まぁ俺の袖も汚れちまったワケだしコレで手打ちに――」
「……謝れ。五十円じゃねーか」
「――ごめんなさいっ!」
井上先輩が戸山先輩の頭を叩く。
「あわよくば得しようとしやがって。秋、そういうのはカッコ悪いぞ」
「だって財布に入ってる確率って五十円玉より百円玉のが高いじゃん!」
「言い訳しない!」
「ごめんなさいっ!」
再度頭を叩かれて謝る戸山先輩。何だか、思ったほど凶暴な人じゃないんだろうか?
「と、いうワケでごめんね? キミももう走っちゃダメだよ?」
「あ、はい! すみませんでした」
「そーだよ! そもそもこいつがぶつかってこなきゃこんなことには――」
「かき回すなっ!」
三度頭を叩かれる戸山先輩。
でも、確かに僕がぶつからなきゃこんなことになってない。
「本当に、すみませんでした。気をつけます」
「うん。ソレじゃあ。行こうぜ秋」
「え、ちょ――アレ? 俺の出番もうコレで終わり? そんな――」
何かぶつぶつ言ってる戸山先輩の首に腕を回し、歩いて行ってしまう井上先輩。
「…………」
僕は、その遠ざかっていく背中に――
「あ、あのっ! 井上先輩!」
――自分でも驚きだが、声を掛け、呼び止めた。
「……アレ? 名前……」
不思議そうな顔で振り返る井上先輩。
「し、知ってます。有名ですから。ぼ、僕……一年の獅子堂凛音っていいます。い、今……お時間大丈夫ですか?」
「え? あ、あぁ……少しなら」
「そ、相談に乗っていただけないでしょうか!?」
僕は何を言っている? 一方的に知っているだけの人に相談を申し込むなんて。いつからそんな勇敢――いや、図々しくなったんだ? バカじゃないのか?
変なヤツと思われた、とうつむく。顔が熱い。きっと真っ赤になってる。
「……いいよ」
「……え?」
予想外の返事に僕が顔を上げると、そこには『爽やか』と言う以外に形容する方法がない、完璧な笑顔があった。
「す、すみません……いきなり無茶言った上に、お茶まで御馳走になっちゃって」
「いや気にしないでいいよ。何か緑茶に含まれる何とかって成分がリラックス効果があるらしい。何かキミ、緊張して倒れちゃいそうだから」
多分テアニンだ。でも、ソレよりも相手を落ち着かせるのにコレ以上の笑顔はないだろう、ってくらいに爽やかな先輩がこちらを見る。
「あ、ありがとうございます」
僕達はさっきの自販機コーナーの脇に置かれたベンチに並んで座ってる。
戸山先輩も居座ろうとしていたが、僕が困った顔をしていたので察してくれたのだろう。井上先輩が先に行くように言ってくれた。
「まぁ、秋に教えてもらったんだけどね。あいつ野菜食べないくせにそういうの詳しいから」
「はぁ……」
「十分くらいしか余裕ないんだけど、いい?」
「は、はい! 勿論です!」
「ごめんね。文化祭でライブやるからさ。練習しなくちゃなんだ。あ、よかったら見に来てよ! さっきの秋もいるよ」
「……戸山、先輩ですか……確か……中学の文化祭で先生をギターで殴ったって……」
「あ、あー……だからあんなにビビってたのか」
まぁ、ソレだけじゃなく、バット投げられたりしたからなんだけど。
「アレ……本当は噂になってるようなのと違うんだ。秋はアレ……他人の為にやったんだよ」
「え……?」
「あんまり……他言できるような内容じゃないから、誤解を解くのが難しいのが悩ましいんだけどさ」
だから言いふらさないでね、と言いたげな目で井上先輩はそう言ってきた。
「誤解……ですか」
僕も伝わるかは分からないけど目で返事をしたつもりだ。
「……本来、その文化祭で演奏する予定だった先輩に……ちょっと、ショックなことがあってさ、とてもステージに立って演奏なんてできる精神状態じゃなくなっちゃったんだ」
「……はい」
「……秋、その先輩のこと好きでさ。その先輩を励ます為に、ステージを奪ったんだよ」
……ということは、その先輩って女子生徒か。
「思いっきり歌ったあと、ステージからその先輩に叫んだワケ。生きてりゃ嫌なこともあるよ。自分を嫌いになることもある……とか」
「……自分を嫌いに……」
「うん。でも嫌いになっていったなら、好きになることだってできるはずだ。だから生きる理由を他人に預けないで見つけてくれって。だって自分の人生の主人公は自分だけなんだよ……てね」
「ソレ……聞いたことあります」
自分の人生の主人公……か。僕の人生の主人公は……僕……なんだろうか。
「はは、一時期……流行ったからねー。で、その時秋を取り押さえた先生が、実はその先輩を傷つけた犯人だったんだ。みんな知らないけど」
「あ……じゃあ、ソレで?」
「そう、あくまで自分のハッチャけた行動として、誰にも本当のことを言わずに、秋はそいつを殴ったんだ」
「…………」
……何だソレ。めちゃくちゃカッコいいじゃないか。めちゃくちゃ男らしいじゃないか。少なくとも、僕なんかよりずっと。
「……で、俺も秋も揃って坊主頭にされちゃったってワケ。いい思い出だよ」
カラカラと笑う井上先輩。
……本当の話、なのか? あのゲス魔王と有名な人が。とてもイメージが湧かないのだけど。
「あぁ、ごめん。時間ないとか言っておきながら話長くなっちゃったね」
「……いえ」
そうだ。僕が井上先輩を引きとめたのは戸山先輩の話が聞きたかったからじゃない。
「ソレで……相談って何?」
「はい……」
そうだ。僕は自分で考えても分からないことをこの先輩に相談することで解決への何らかの糸口が掴めればと思ったんだ。
「僕は……男らしくないのが……コンプレックスなんです」
「……うん」
「女の人が……嫌い、なんです。怖いって言うか」
「……うん」
「ソレで……この人だけは違うんじゃないかって思う人がいたんです。他の女子みたいに下品に笑わないし、ぼ、僕を……ちゃんと男として……扱ってくれてるって思ってたんです」
「うんうん」
「でも……勘違いだったのかもしれません。その人にまで……『可愛い』って、『女の娘みたい』って……言われちゃったんです」
「……悔しいね」
「……はい、悔しいです。もっと……男らしくなりたい。でも、どうすればいいのか……分からなくて」
「なるほど」
井上先輩は理解した、とばかりに大きく頷いた。
「はい」
「正直……最初にキミを見た時に、お世辞にも男らしいとは、思わなかったな」
「……はい」
ぐさっときた。声を絞り出すように何とか返事する。
「でも今キミが男らしくなりたいって思ってるのを聞いて、ちょっとカッコいいじゃないかって思ったよ」
「……え」
僕は知らない間に俯いていたらしい。声を上げると同時に視線が上がるのに気づいた。
「キミみたいな一見男らしからぬ可愛いヤツが、実は男らしかったのに気づいたら、女子は結構クラっとくるんじゃないかな? ギャップ効果ってヤツ?」
「ギャップ……ですか」
ギャップか……う、確かに、一見大人しそうな兎川さんがあんなことしてきたのに驚いたのも、いわゆるギャップだ。
「ギャップってそんなに悪いモンじゃないよ。受け取る側がどう感じるかは分からないけど」
確かに……さっきの戸山先輩の話じゃないけど、嫌いになったのなら、好きになることだってできる、というヤツだ。決してギャップはマイナスイメージのみにあらず、ということだ。
「俺の彼女も……まぁ、ギャップで好きになったようなモンだし。ソレだけじゃないけど」
「……そうなんですか?」
「うん。キミは……一見、苦手だと思うタイプかも……秋とまともに口ゲンカできるし、委員会やら何やらの雑用をガンガン男子に押し付けるタイプだし……下ネタバンバン言うし」
「ば、バンバン……」
「うん。『あんた達どうせヒマでしょ? 手伝ってよ』って言ってきて。秋が『ヒマじゃねーし』って返すと」
「はい」
「あー……『どーせあんた達家に帰ってもテレビ見るかギャルゲーやるかオ○ニーするかでしょ? 手伝いなさい』って」
「…………」
僕は絶句した。そんな言葉を口にする人がこの先輩の彼女なのか?
「だから……見た目すごい女らしくて、可愛いんだけど……そのギャップであんまり男っ気はなかったね」
「は、はい」
「でもねー、ある時気づいたんだ。彼女、恋愛が苦手なだけなんだって」
「恋愛が……苦手?」
「うん。そっち方面の話になるとからきし駄目になっちゃって、もう真っ赤になってドモりまくるの。ソレで気づいたんだ。そういうのを隠す為にあんな風に振舞ってたんだ、て。そのギャップにやられちゃってねー」
「……なるほど」
苦手な自分を隠す為に、強い風に振舞う……か。そういうこともあるんだ。
「で、凛音は、その娘のこと……どう思ってるの?」
……凛音て呼ばれた。ちょっと嬉しい……。
「え、えと……ちょっと怖いかもしれないですけど……何だか、気になります」
僕が兎川さんのことを頭に浮かべながらそう返事すると――
「じゃあ告白だなっ!」
――井上先輩が目を輝かせながらそう言った。
「……え? えぇぇえっ!?」
「好きなんだろ!? じゃあ告白しちゃえ!」
「む、むむむむ無理ですよ!」
僕はぶんぶんと頭を振りながら答える。
「何故無理か! 告っちゃえよ!」
井上先輩は拳を振り上げながらなおも言う。
「だだだだだって絶対フラれちゃいますよ!」
「フラれたって告白だ! 俺だって何十回もフラれたよ!」
「え? 井上先輩が!?」
「うん。『あ、あんたみたいなキラキラしたの、わたし嫌いなの!』って、いやー今思えば、そんなあいつも可愛かったなぁ」
「先輩をフる人がいるんですね……」
「そりゃいるよ。でもどうしても諦められないくらいに好きだからね。十七回フラれたけど十八回目でオーケーしてくれた」
「じゅ……十八ぃ!?」
「うん、秋とかに慰めてもらって、何回もその娘のこと考えて、やっぱりどうしようもないくらい好きだなぁ、って」
「……すごい、ですね。僕には……とても無理……ですよ」
「無理じゃないさ! 告っちゃえ!」
「ぼ、僕じゃ百回告白しても無理ですよ! 井上先輩だったから何とかなったワケで! そもそもまだ好きかどうかも――」
「凛音。告白ってうまくいく保証があるからするモノじゃないよ」
「そ、ソレは――」
――井上先輩くらいカッコよくて男らしい人ならうまくいくだろうから言えるんですよ、と思ったけど、僕はその言葉を呑みこんだ。
「……凛音。その娘を他の男に取られても平気?」
「え」
「他の男と並んで歩いてるその娘の笑顔を見たら……キミは何を思う? そしてそうならない保証がどこにあるの?」
「……ぼ、僕は」
「たとえ告白したらフラれるのが分かり切っていたとしても、だ。告白しないで、時間だけが流れて……そんな場面を目撃したらキミは絶対にこう思うだろう? 『告白していたらどうなったんだろう』って、そう思うだろう?」
「……はい」
「いいかい凛音。告白ってのは、付き合ってもらうのが第一じゃないんだ。自分がその人を好きだって伝えて、好きだって知ってもらうのが一番大事なんだ」
「好きだって……伝える」
「そうだよ。結果は後からついてくるモンだ。うまくいけばラッキー。泣いて喜べ。ダメだった時も泣いて、自分の気持ちと向き合うんだ」
「気持ちと向き合う?」
「そうだ。もう満足か? って。いやまだ諦められない! ってなったらまた告白だ! 何度フラれたって立ち上がるんだ!」
「…………」
「秋は俺に言ったよ。『いっぱい傷ついただろうけど、ソレは自分を磨いてたんだ。傷つく度に研磨されて、磨かれる内にお前はカッコよくなった』って!」
「……! 磨く……ですか」
「そう。あ……ごめん。そろそろ行かなきゃ。何か……結局自分の話ばっかりしちゃったけど、参考になったかな?」
そう言って井上先輩は恥ずかしそうに頭をかいた。
「はい……ありがとうございます」
「うん、よかった。頑張れ凛音! うまくいったら教えろよ! フラれても教えろよ! あとライブきてね!」
「はい! ありがとうございました!」
僕は深々と頭を下げながらできるだけの大きな声でお礼を言った。
「あ、あと……モテるって言ったら、ウチのクラスの留学生の方がモテモテだよ」
「……留学生、ですか?」
確かに、見掛けたことがある。銀髪の男子生徒が色んな女の娘に囲まれていた景色を。
「うん。エルク・マテリアル。そいつもいいヤツだから俺に聞いてきましたって言えばきっと相談に乗ってくれるよ!」
「あ、ありがとうございます! 何から何まで……!」
そう言ってもう一度僕は頭を下げた。
井上先輩はやっぱり爽やかな笑顔で応えてくれた。背中が遠ざかっていく。
「ホント……モテるワケだよな」
あんなに……見た目だけじゃなく、中身までカッコいい人だと思ってなかった。
「……よし!」
何だかやる気が出てきた。もう少し頑張れば、自分の気持ちと向き合えそうな気がする!
「エルク・マテリアル先輩だっけ……」
そう呟いて僕は歩きだした。
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