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リライトトライ0
第九話
しおりを挟む夕飯をたっぷりと詰め込んで苦しくなったお腹を撫でながら俺は一人自室のベッドに横たわる。
「都……優美穂」
自分の頭を占めている人物の名前をぽつりと呟く。
「…………」
最初に廊下で見た彼女の作り笑いを貼りつけた表情を思い出す。
「…………」
次いでゲームセンターで俺をボコボコにした時も、ヤンキーから助けた時もそうだった、伊達眼鏡の奥の感情のない眠たげな冷めた瞳を。
「…………」
そして、俺の目を見て涙を流したその顔を。
「……はぁ」
さまざまな『もしも』を想像してみる。
俺があの靴を取り戻さなかったら?
……いや、多分あの靴が誰のだろうと俺はああした筈だ。そこにブレはないと思う。
俺が都がクラスの女子から迫害されているのを見掛けなかったら?
……もしソレを知らなかったら……多分俺は何とか都のクラスを突き止めて、靴を普通に渡して、都は俺にお礼を言うだけで助けは求めない。
きっと俺はソレで満足してしまっただろう。
……もし知っていたとしても、都が下校する前に下駄箱に靴を返せていたら?
……そうだ。もし職員室でジュンコ先生が都のクラスと出席番号を教えてくれて、下駄箱を突き止めることができていたら。
俺はきっと都の下駄箱に体育用の外履きがあることを何も不自然に思わず、彼女が本当は助けを欲しているというサインにも気付かずに、俺とあいつはただゲーセンで顔を合わせて勝負するだけの関係のまま卒業を迎えていたことだろう。
「すげぇな運命……ていうか、ジュンコ先生グッジョブ過ぎるだろ」
取り敢えず、決めた。
彼女を救えるかは分からない。
彼女がそんなことを望んでいるのかも分からない。
でも俺は、自分の中に生まれた感情を叩きつけることにした。
「……おしっこして寝よ」
立ち上がり、ドアを開ける。
「お?」
「……父さん」
そこで父さんに出くわした。
「……母さんから聞いたぞ。何か色々あったみたいだな」
「うん。ごめん、帰るの遅くなっちゃった」
俺は少し気まずくて視線を落とした。
「別に謝らなくていい。ちゃんと心配掛けるかもって気づいて、遅くなるって連絡をしたんだ。ソレでいい」
「……ごめん」
「何で謝るんだよ。別に――」
「違う、そのことじゃない」
「――んあ?」
俺は意を決して父さんの目を見た。
「何か……色々と心配掛けてごめん。俺……もう大丈夫だよ。だから普通に俺が寝るまで起きてなくていいよ。父さん達が倒れちまうって、こっちが心配だよ」
「バーカ。一丁前のこと言ってんな。親が子の心配をすんのは当たり前だが、子は親の心配なんてしなくていいんだ」
父さんはそう言って頭に乗せた掌をグリグリと少し乱暴に動かした。
「じゃ、じゃあ子は何をすりゃいいのさ!?」
「お前のやるべきことをやんだよ。いっぱい勉強していっぱい仲間作っていっぱい遊べ。今しかできないこと、唸るほどあんだろ」
「……父さん」
「何だ」
俺は恐る恐る胸の内に秘めていた思いを口に出してみることにした。
「既に短期間とはいえ不登校の息子を抱えたことで周囲から同情やら隣憐やら奇異の目で見られたかも分からんのですが……」
「んんん?」
「……もしかしたら、さらにそういう目で見られることになる、やも」
「何かやらかすつもりなのか?」
「……うん」
……さすがに止められるか?
ていうか冷静に考えたらやらかしますって言われて怒らないワケないぞ。どうかしてるな俺。
「あいよ」
「…………」
「…………」
「あいよって……止めないの?」
「止めねーよ」
「何も……聞かないの?」
「お前はなんだかんだ優しくて頭いいからな。やらかした場合のデメリットを想像した上で、ソレでもやるって結論が出てんだろ?」
「……うん。坊主頭にもなるし、反省文も書くつもり」
そうだ。俺は心を決めている。
でもソレがただの独りよがりなのが分かっているので、ほんの少し、揺れていたんだ。
「なら止めない。父さん達のことは気にすんな」
「……いいのかよ。『所詮は義務教育。退学とかにはなるまい』って打算の上での作戦なんだよ?」
「そういうとこ兄貴に似たなぁ」
うんうんと頷きながら父さんが言う。
「やめてくれ……俺が自分の頭で考えたんだ」
「自分の頭で考えた末、やらかす理由がデメリットに勝ったんだな?」
「うん。やらずにはいられない」
「そういうとこは俺に似たなぁ」
またも頭に掌が乗せられる。
「恥ずかしいからやめて、思春期。反抗期!」
「へっへっへ。理由聞いていい? 興味湧いてきた」
「恥ずかしいから言わない」
「言えよぉ。一緒に風呂入るか?」
父さんが実に楽しそうに笑う。
「やだ! 言うよ!」
「おう」
「あー……んとね……んー……と」
「…………」
父さんはニヤニヤしながら目を輝かせて俺の言葉を待っている。
「……面白き、事もなき世を、面白く」
「高杉晋作……?」
何だか嬉しそうに笑うその人を前に、俺は取り繕うのをやめる。
「……学校が辛くて、つまんないと思ってるヤツがいる」
「…………」
「ソレを知ってしまった俺も何だか学校が辛いし、つまんないと思ってる。でも理由が分からないからどうすれば面白くなるのか分からない」
「…………」
「でもそいつがつまんないと思ってるのは、許せない」
「……ああ」
「何がそいつにつまんないと思わせてるのかは分かってるんだ。ソレをぶっ壊したい」
「……女の娘?」
「か……関係ないと思うんですけどっ?」
アレ? 母さんから聞いてないのか? 意外と口固いのかな。ソレとも聞いた上で俺の口から聞きたいのかな?
「あるよ。父さんはお前が女の娘の為に行動する息子である方が男の子の場合に比べ、やや嬉しい」
「……女」
恥ずかしかった俺は視線を逸らしてぼそっと呟いた。
「よし! やってこい!」
満面の笑みで欲しかった言葉を貰えた。
「……うん!」
心が晴れ渡るのを感じた俺は大きく頷いた。
「あ、でも――」
「分かってる。直接危害は加えないし誰かの親が泣いたりするようなことにはしない……つもり。多分」
「――おう」
「……母さん、泣くと思う?」
「いや、泣かねぇよ。むしろいじめとか父さんより嫌いなんじゃないか。昔の血が騒いじゃうかもしれんよ」
「そか。なら安心」
「おう、父さんと母さんが笑って『よくやった』て言えるようなことしてこい」
「うん!」
最後に俺はもう一度大きく頷いた。
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