不遇の花嫁は偽りの聖女を暴く──運命を切り開く契約結婚

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── 宮廷の陰謀とフィオナの魔道の片鱗 ──

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 秋の気配が少しずつ深まり、シュヴァルツ公国の首都にも冷たい風が吹き始めた。

 豪奢な宮殿の中では、幾重にも重なる絨毯が足音を吸い取り、表向きは静謐に保たれている。しかし、その奥底ではさまざまな思惑が渦巻き、まるで今にも破裂しそうな緊張感が漂っていた。
 
1. 公国内での不穏な動き
・財政危機と貴族間の対立
 「……最近、貴族たちの間で嫌な噂が絶えないのです」
 そう話すのは、セレスティアに近侍する侍女のクレアだった。彼女は忠誠心の厚い性格ゆえ、日々城内を駆け回って得た情報を、セレスティアにこっそり伝えてくれる。

「噂、というと?」

 セレスティアが問い返すと、クレアは周囲を確認するように視線を巡らせ、声を落として続ける。

「ええ。公国の財政が想像以上にひっ迫しているらしく、軍備や外交の費用に追われ、貴族たちへの補助金が滞っているのだとか。大国ゆえ、一見潤沢に見えるのですが、どうやら実情はかなり厳しいようです」

 シュヴァルツ公国は広大な領地と強大な軍事力で知られている。しかし、領地が広い分だけ守らねばならない国境や、各地の公共事業にかかる維持費も膨大だ。さらに近年は、周辺の小国との小競り合いが増え、出兵や物資の支援が繰り返されているという話も耳にしていた。

 クレアは小さくため息をつく。

「そのせいで、各地方領主からも不満が出始めています。ラウル様は頑張って折衝されているようですが、貴族たちが勢力争いをしているうちに、収めるべき税が誤魔化されたり、あるいは懐に入れられたり……。まさに“やりたい放題”という声も」

 セレスティアは真剣な表情で耳を傾けた。彼女にとって、この国の政治事情はまだ勉強途上だが、政略結婚で嫁いだ以上、他人事では済まされない。

「そう……私にも何かできることがあるでしょうか」

 ぼそりと呟くセレスティアに、クレアは困ったように首を振る。

「公子妃殿下といえど、まだ政治の表舞台には立てないかもしれません。ですが、貴族たちとの交流の場では、殿下がご意見を出すことは可能かと……。もっとも、ラウル様のお考えも伺わねばなりませんが」

 セレスティアは思わず唇を噛む。ラウルとの関係は相変わらず希薄だ。表向きは夫婦でも、国政の話題を気軽に相談できるほど親密な間柄ではない。とはいえ、いつまでも指をくわえて見ているだけでは、嫁いだ意義すら失われてしまう。

 (私がこの国の役に立つために、何か行動しなくては――)

 その強い思いが、セレスティアの胸にほんの小さな火を灯す。
セレスティア、解決策を模索

 後日、セレスティアは宮廷の片隅にある小規模な執務室で、書簡や報告書を黙々と読み進めていた。クレアが用意してくれた資料には、地方領主ごとの納税状況や、軍事費の項目がずらりと並んでいる。

「こうして見ると、この国は表向きの繁栄に比して、相当無理をしているのが分かりますね……」

 侍女頭としてクレアをサポートするレベッカという女性も、書類に目を走らせながら同意する。

「ラウル様が何とかしようとされているのは確かですが、貴族たちの欲望や古い慣習が絡んでいて、一筋縄ではいかないようです。場合によっては、誰かが矢面に立って説得や仲裁をする必要があるでしょうね」

 矢面に立って貴族たちと交渉する――それは本来ならば正妃としてのセレスティアが担うべき役割かもしれない。だが、彼女はまだ宮廷の人々から十分な信頼を得ているとはいえない。そもそも、公子であるラウルすら自分に心を開いていないのだから、急に動いても反発を買うだけだろう。

 それでも、セレスティアは諦めなかった。

「少なくとも、どの領地が具体的にどれほど税を納め、どれだけの軍備支援を受けているのか、全体像を把握してみましょう。理解したうえで、私にできることを考えます。……ラウル様にも、何とかお話する機会を作ってみたい」

 力強くそう言い切ったとき、レベッカの表情にわずかに驚きの色が浮かぶ。アストリアから来たときには頼りなさげだったセレスティアが、いつの間にか積極的にこの国を思う姿を見せている。その変化に、レベッカやクレアも内心で好意と期待を抱き始めていた。
 
2. フィオナの「奇跡」の正体への疑念
・宮廷にささやかれる不自然な噂
 そんなある日、セレスティアは夜の晩餐会に出席した後、庭園の奥で複数の侍女が密談しているのを偶然耳にした。

「……近頃、フィオナ様がずいぶんお疲れのようなの。お姿を見せられない日も増えているらしいわ」

「でも、それは“奇跡”の力を使いすぎているからじゃないかって。実際、先週も国境の砦で負傷兵を救ったって話よ。普通の神官じゃ到底太刀打ちできないんでしょう?」

「それにしても、あんなに何度も奇跡を使えるものなのかしら。聞くところによると、魔道の知識に通じているとか……」

「しっ、誰かに聞かれたら大変よ。聖女様に疑いをかけるなんて不敬罪だわ」

 そんなやりとりが交わされ、急いで立ち去る侍女たち。セレスティアは彼女たちの背中を見送ったまま、唇を噛み締めた。

 (魔道……? それって、一般的に忌むべき力だと聞いているけれど。フィオナ様の奇跡は、本当に“聖なる力”なのかしら)

 フィオナが重病人や負傷兵を次々に救ったという話は、宮廷内でも、そして民衆の間でも絶大な評判を得ている。彼女を慕う者は多く、ラウルも含めて、フィオナの力を疑う者などほとんどいなかった。

 しかし、セレスティアの耳に届いた噂は、いくつかの不審点を示唆している。たとえば、フィオナが“聖女”として公になる以前の足取りが不明瞭であるとか、彼女が救済した病人や負傷兵の一部には、その後行方不明になった者がいるという話まで囁かれていた。

 もちろん、それらが単なるデマかもしれない。だが、“聖女”と呼ばれる人が、もし何かの“魔道”を行使しているのだとしたら――。

 セレスティアの胸には、得体の知れない不安が広がる。
セレスティアや読者の疑念

 さらに、ここ数週間のフィオナは、表向きこそ優雅で穏やかな振る舞いを続けているものの、その瞳にはどこか焦燥感が宿っているように見える。晩餐会でも、以前ほど華やかに人々を圧倒するというより、隙を見せまいと必死に取り繕っているような……そんな違和感をセレスティアは覚えていた。
(何かを隠そうとしている。そう感じるのは、私の気のせいかしら?)

 とはいえ、確たる証拠もないままに、“聖女様”を疑うなど到底許されることではない。セレスティアは想いを飲み込みながらも、注意深くフィオナを観察し続ける。
 
3. セレスティアが得る手がかり
・誠実な人物たちの協力
 政治問題の情報を収集するために、セレスティアは侍女や騎士、さらには王宮の図書室の管理官とも積極的に会話を交わすようになっていた。その中で、思いがけずフィオナに関する手がかりを得る瞬間が訪れる。

 ある日の午前中、セレスティアは図書室で軍備や外交関係の資料を探していた。そこへ、近衛騎士のひとり、ハルトという若者がやってきて、声をかける。

「公子妃殿下、失礼します。……実は先日、辺境のほうで不可解な事件があったらしく、私の仲間が調査に当たっているのですが、その件で少しお話してもよろしいでしょうか」

 ハルトは以前、セレスティアが旅の途中で出会った倒れた商人を助けようとしたとき、協力してくれた騎士だ。誠実な人柄で、セレスティアの人となりを理解し、それなりに信頼してくれている。

「もちろん構いません。どんな事件があったのですか?」

 セレスティアがソファに腰掛けて話を促すと、ハルトは声をひそめて説明を始める。

「辺境の村で、何人かの住人が急に衰弱し倒れてしまう事例が立て続けに起きているんです。医師の見立てでは“原因不明の生気不足”とも言われていて、病というより、まるで命の源を抜き取られたような状態だそうで……」

「生気不足、ですか……?」

 セレスティアは眉をひそめる。聞いたこともない症状だ。ハルトはさらに口を濁しながら続ける。

「それが、ある神官が言うには、“魔道”の類に触れた可能性があるのではないか、とのこと。具体的には“生気を吸い取る呪術”というのが昔から伝承に残されているらしいのです。……もっとも、それが事実かどうかは不明です」

 “魔道”と“生気を吸い取る呪術”――どこかで聞いたような言葉が頭をかすめる。セレスティアは心臓がざわつくのを感じた。

「ハルトさんは、なぜ私にそのことを……?」

 ハルトは口を引き結び、一瞬躊躇した末に言葉を続ける。

「実は、その村には、聖女フィオナ様が訪れていたという噂があるんです。公式には、急病の子どもを救うためだったとか。もちろん、フィオナ様の偉業に疑いをかけるわけではありませんが……あまりにもタイミングが重なりすぎる」

 セレスティアの胸が強く打つ。フィオナが訪れた場所で、何らかの魔道の痕跡を思わせる出来事が起きているのだとしたら――。

「それで、ハルトさんはどうしたいのですか?」

 自分でも驚くほど冷静な声が出た。ハルトは、少し強張った表情で答える。

「証拠がない以上、フィオナ様を疑うことはできません。しかし、公子妃殿下はアストリアの出身で、まだここでのしがらみが少ない。もしご興味をお持ちなら、この件の真相を探る手段を一緒に考えていただけないかと……」

 セレスティアは一呼吸置き、意を決したように頷く。

「分かりました。私も、彼女の奇跡にはどこか不可解さを感じていました。何か手がかりが得られるのであれば、一緒に調べましょう。……このことは内密に、ですね?」

 ハルトの眼差しには安堵の色が滲む。

「もちろん、誰にも知られてはいけません。フィオナ様は宮廷で絶大な支持を受けていますし、少しでも疑う動きが表面化すれば、我々が処罰されかねない。……危険な道だとは承知していますが」

「構いません。……この国のためにも、真実を知りたいんです」

 セレスティアの瞳に浮かぶ決意を見て、ハルトは静かに頭を下げた。
フィオナの過去の奇行と不可解な事件

 ハルトの話をきっかけに、セレスティアはさらに情報収集に力を入れる。侍女たちや下級官吏、そしてクレアやレベッカといった信頼できる相手にそれとなく尋ねると、フィオナに関する奇妙な噂がいくつも浮上してきた。

 たとえば、フィオナが“聖女”として公の場に出始める直前、どこかの辺境の神殿を訪れていたという話がある。そこでは夜な夜な“生贄の儀式”が行われていたという説もささやかれているが、証拠は何もない。

 また、フィオナがかかわったという病人や負傷兵の一部は、“救われた”後に行方が分からなくなるケースが少なくないことも判明した。もちろん、多くは感謝して姿を消しただけかもしれないが、その中には家族ですら所在を把握していない者もいるらしい。

 セレスティアは、資料の山と聞き込みのメモを照らし合わせながら、得体の知れない寒気を覚える。

(もし、フィオナ様が本物の聖女ではなく、“魔道”を用いて何かをしているとしたら……。行方不明者の件も、ただの偶然なの?)

 ただし、これらの情報はどれも断片的で、決定的な証拠とは言えない。フィオナに濡れ衣を着せるような形で動けば、自分だけでなく、協力者たちも危険な立場に追い込まれるだろう。
危険を感じながらも真実を求める決意

 それでも、セレスティアは止まらなかった。ラウルとの距離は微妙なままだが、この国のためにも、そして自分自身のためにも、フィオナの力の正体を探らなくてはならないと思うようになっていた。

 “もしフィオナの奇跡が偽りのもので、魔道に関わるものだとしたら――。このまま放置すれば、公国はさらなる混乱に陥るかもしれない”

 その危機感が、セレスティアの足を前へと進める。
 
・結び
 公国の財政問題や、貴族たちの間に蔓延する対立。政治的混乱がじわじわと深刻化するなか、セレスティアは立場も心情も不安定なまま、国の現状を学び、打開策を模索し始めた。

 一方でフィオナに対しても、これまでとは違った角度から強い疑惑を抱き始める。表向きは“聖女”として称えられる美しき女性。しかし、その奇跡は本当に“神の恵み”なのか――それとも、人々の生気を奪い、命を浸食する“魔道”に近いものなのか。

 協力者たちとの絆を強めながら、セレスティアは行動に移そうとしている。今はまだ断片的な噂の域を出ないが、真実を暴こうとする彼女の決意は揺らがない。

 だが、それは同時に大きな危険を孕んでいた。フィオナを崇拝する大勢の人々がいる以上、下手をすればセレスティア自身が“謀反”の烙印を押されかねない。さらに、フィオナの本性が“魔道”であるならば、正面から彼女に挑むことは容易ではないだろう。

 不穏な影が宮廷を覆い始めた今、セレスティアは自ら“ヒロイン”として運命を切り開く道を選び取ろうとしている。ラウル、そして周囲の人々との関係をどう動かし、フィオナの闇をどう突き止めるのか――。

 次第に明るみに出る“宮廷の陰謀”と、“偽りの聖女”が操る魔道の片鱗。その渦中で、セレスティアがどのように立ち向かい、真実を掴むのかは、まだ誰にも分からない。だが、彼女の内に宿る決意の炎は、すでに消えることなく燃え続けていた。
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