平凡OL、突然 “魔王の花嫁” に選ばれる~悪役エリートを更生させて成り上がる方法~

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第三章 後半 夜の執務室

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 会議後、怒り心頭の魔王はどこかへ行ってしまい、その日はもう姿を見せなかった。夕刻になっても姿を現さないので、私は側近に尋ねる。
「陛下は……どこへ行かれたんでしょう?」
「執務室に籠もっておられるようです。……藤沢殿、あまり刺激しないほうがよろしいかと」
「でも、話し合いもしないままじゃ前に進めません。ちょっとだけ、顔を出してきます」
 側近の制止を振り切り、私は城の奥にある執務室へ向かった。大きな扉をノックしても反応がない。仕方なく恐る恐る中へ入ると、広い部屋の奥にある机で魔王が難しい顔をして書類を睨んでいた。
「……勝手に入るとは度胸があるな」
「すみません。少し、お話しできればと思って」
 魔王はちらりと私を横目で見るが、すぐに視線を外して書類へ戻す。そのまま無言。さすがに怖気づきそうになるが、ここで引き下がったら意味がない。
「陛下、今朝の会議のことですが、もし本当に“不要な争いは避けたい”とお考えなら、もっと周囲に協力を仰いだほうがいいと思うんです。強硬派を抑えるだけじゃなく、彼らの言い分を聞いてまとめる必要が……」
「俺がまとめる必要などない。力でねじ伏せることもできる」
「ですが、それでは反発が強まるだけですよ。部下の意見をただ押さえつけるだけでは、いつか大きな反乱が起きてしまうかもしれない。私がいた人間界の会社でも、ブラック体質の上司がいつまでも居座ると、離職率が跳ね上がって組織が機能不全に……」
「……なんの話だ? 会社?」
 魔王が怪訝そうに眉をひそめる。私は深呼吸をして、できるだけ冷静な口調で続ける。
「私の世界でも、似たような事例がたくさんあるんです。嫌な上司に振り回されて、部下たちが疲弊して退職し、組織が回らなくなる。人間界と魔族の世界は違うかもしれないけど、集団を統率するには指導者の人間性が重要なんです」
「俺の人間性が……悪いと?」
「も、申し訳ありませんが……傲慢な物言いが多いのは事実だと思います。部下たちも自分の意見を言いにくいでしょうし、協力しようと思えなくなるかもしれない」
 魔王は書類から手を離し、こちらへ向き直った。その美貌には険が宿っているが、先ほどの激怒とは違う。どこか困惑しているようにも見える。
「……俺は魔王だ。王の言うことは絶対だと教わってきたし、そうでなければ国は治まらないと思っていた」
「でも、時代や状況は変化しますよね。先代は先代、あなたはあなたのやり方があるんじゃないでしょうか」
「…………」
 一瞬の沈黙が流れる。私を睨むようなまなざしの奥に、ほんの少しだけ迷いが浮かんだように思えた。やがて魔王は目を閉じ、嘆息混じりに呟く。
「確かに、俺は人間との無駄な戦いを望まない。それも、自分勝手な理想かもしれないが……先代の時代に国民が多くの血を流した。それを繰り返すわけにはいかん。だから今、俺が変わらなければならないのか……?」
「変わるというより、今のあなたの意思を上手に伝える術を身につける必要があるんじゃないかと思います。私もできる限り協力します。……それが、教育係としてここにいる理由ですから」
 魔王はしばらく黙っていたが、やがて肩の力を抜き、椅子にもたれかかった。
「ふん……貴様のような小娘に説教されるとは思わなかったが。まあ、いい。やれるものならやってみろ」
「ありがとうございます。……あ、今の返事の仕方も、もう少し柔らかくしたほうが好感度が上がると思いますよ」
「何だと……っ?」
「たとえば……“悪かった。助力を頼む”とか、そういう言い方のほうが、相手が“自分の意見を聞いてもらえた”と感じるんです」
「…………」
 魔王は軽く頭を抱え込み、「これは前途多難だな」とぼそっと漏らした。私も同感だ。けれど、ほんの少しだけ、彼の意識が変化する兆しを見た気がした。
 そんなときだ。執務室の扉がノックされ、側近が緊張した面持ちで顔を出す。
「陛下……失礼いたします。強硬派の幹部たちが城下町で何やら不穏な動きを見せているとの報告が。民衆を集め、“人間ごときに魔王を任せていいのか”と煽っているようで……」
「……またか。面倒な連中だな」
 魔王は苦々しい表情を浮かべる。私も胸騒ぎがした。どうやら、言葉遣い以前に、この国を脅かす大きな火種がそこかしこに潜んでいるらしい。
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