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ランベルトの提案2
しおりを挟む「しかし、あなたもそろそろあの何も無い離宮に飽きた頃ではありませんか? パーティーも華やかな行事も何もないあの離宮では、お若いあなたにはさぞつまらないことでしょう。ならば帰ってこない婚約者を永遠にあの離宮で待ちながら枯れていくよりも、いっそ住まいを移してもっと華やかな生活をした方が、あなたも楽しいのではないかと最近私は思ったのですよ。いわば、あなたを救出しようと思ったわけです」
「……どういうことでしょう?」
「実は、私はあなたを側妃に迎えたいと思っています。ああもちろん側妃は王にならないと持てないので、今は表向き単なる私の仲の良いお友達という形にはなりますが、それでも私が王になった暁には、ちゃんと側妃とすることをお約束します。こんなに若く美しいレイテの王女が、このまま永遠にあのような寂しい離宮の中で孤独な生活を送るなんて、私には耐えられないのですよ」
ランベルト王子は、それはそれは悲しそうなそぶりでマルガレーテに向かって語りかけていた。
「……」
マルガレーテには開いた口が塞がらなかったが。
かつてマルガレーテが見たランベルト王子の情熱的なプロポーズの時の思い出が、今、ガラガラと音を立てて崩れ去った。
あれはあれで素敵なことだと思っていたのに。
しかし今目の前にいるランベルト王子は、さも素晴らしい提案をしているとでも言うようにマルガレーテに語っていた。
「それよりも、私と一緒に華やかで楽しい生活を送りませんか。妻は聖女の仕事で忙しく、全く私の妃という自覚がない。ああ、私はあなたと結婚するべきだった。しかしその間違いは今からでも修正出来る。私は誠実な男です。もしもあなたが妻よりも先に男子を産んでくれた暁には、私はその子をきちんと認知して、跡継ぎにするつもりもあるのですよ。そうしたら、あなたは将来この国の国母です。どうです、私と手を組みませんか。そして一緒に楽しい人生を送ろうではありませんか」
もうマルガレーテは心底仰天して、何も言葉が出なかった。
要は愛人になれと。自分の兄の正式な婚約者であり隣国の王女に向かって、愛人になれと言っているのだ、この男は。
あまりに驚いたマルガレーテがかろうじて言えたのは、
「まあ、それはできませんわ」
という一言だけだった。
なにしろあまりにも失礼な話で、他に何を言うべきかも浮かばなかったのだから。
しかしランベルト王子はもう勝手に決めているらしく、さらに畳みかけてきた。
「ああ、あなたはきっと、ご自分の立場を心配しているのですね。しかし残念ながら私はもう結婚してしまった。それがたとえ間違いだったとしても、残念ながら妻は聖女なのです。聖女は国民に人気なので、どんなに私が嫌だろうと今は離婚ができないのですよ。しかしいつかは離婚しようと思っています。そうしたら堂々とあなたを妻に迎えられるのですから」
なんて胸に手を当てて芝居がかったポーズをとってはいるけれど、マルガレーテは知っていた。
それは不倫をする男の常套句だということを。
ああ、この人はなんて薄っぺらいの。
「私は今の生活に不満はありません。クラウス様のことも、いつまでも待っているつもりですわ。私は婚約者を裏切るようなことはいたしません」
そう言ったとたんに、あの屈託のないクラウス様の笑顔が思い出されてちょっとだけ勇気が出る。
しかしランベルト王太子はそんなマルガレーテをふんと鼻で笑ったあとに言った。
「そしてそのままあそこで死ぬまで一人で暮らすというのですか? イリーネ王妃も近いうちに死んでしまうでしょう。そうしたらあなたはあそこに一人ぼっちです。あなたはまだお若い。そしてとても健康ではありませんか。ならば若い女性として、自分の子を欲しいとは思わないのですか? いまだどこで何をしているかもわからない婚約者では、あなたに子を授けることは出来ないのですよ。しかし、私ならできます。あなたに子を授け、その上その子と一緒になに不自由なく暮らせる宮もご用意できるのです」
なんだろう、この下品な笑顔は……。
「……私は、クラウス様と婚約している身ですので」
マルガレーテはこみ上げる怒りと吐き気にそれしか言えなかった。
よくも第一王子で兄でもあるクラウス様をそこまでバカにするような提案ができたものだ。
まさか兄の居ぬ間に王が決めたその婚約者をかすめ取ろうなどと。
この人頭がおかしいのでは?
マルガレーテは本気で目の前の贅沢な格好をして得意げに語る、クラウス様とは似ても似つかない金髪の男の顔を見ながら思った。
バカなの?
あああ、王妃様がこの男をバカだと言っていた意味が今しみじみとわかる。
しかし、ランベルト王子はあくまでも本気のようで。
バカなの?
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