54 / 64
ランベルトの提案3
しおりを挟む「もうクラウスは帰って来ませんよ。一年以上、いやもうすぐ二年も音沙汰ないのです。きっとどこかで死んでしまったのですよ。この国では、三年行方が知れない場合は死亡宣告が出来ることになっています。きっと王は、来年にもクラウスの死亡を宣告するでしょう」
クラウス様は死んだことにされる予定らしい。
ゼルマ第二王妃の唯一の子であるランベルト王子も、おそらくあのクラウス様の呪いに関与している。少なくとも本当は何が起ったのかを知っているだろう。
そしてクラウス様は犬の姿のまま、今でもどこかを彷徨っていると思っているに違いない。決して元の人間の姿には戻らないだろうと確信しているのだ。きっと。
だからこそ、これほどはっきりと「帰ってこない」と言い切れる。
そしてその三年が経った瞬間に、死亡宣告ができるようにすでに手を回しているに違いないとマルガレーテは思った。
クラウス様の死体は出ない。殺してはいないから。だから犯人捜しもされない。
でも公には死んだことにする。
そして残ったマルガレーテを愛人にすると?
「少なくともクラウス様が死亡とされるまでは、あくまでも私はクラウス様の婚約者ですから」
それであと一年は逃げられるだろうか?
「しかしその一年がもったいないでしょう。あなたは今はお元気でも、魔力の色は白のまま。ということは、一年後も今のように健康でいられるかはわからないのですよ。今までお元気でいられたことだけでも奇跡なのです。なのにぐずぐずとまた一年浪費するのですか。その一年で、自分の子供を持つことが出来るかもしれないのに。しかもその子は将来の王かもしれないのですよ?」
「あなたのお子様なら、ご自分の奥様とお作りになればよろしいのでは? それが正しい道です」
マルガレーテは歯を食いしばって、かろうじてそう答えたのだった。
殴ってやろうかしら?
「で、怒って帰って来たのか。あいつ、相変わらずバカだな」
王妃様が盛大に呆れて言った。
「ガウ! バウワウ! ガウ!」
『あいつ、生かしてはおかん! 俺の婚約者に何を言ってくれてんだ! 咬みちぎってやる!』
クロ、つまりは犬の姿のクラウス様が怒り狂っていた。
最近のクラウス様は、クロの姿で過ごすことが多くなっていた。というより、元々狼の姿の方が好きな人だったらしい。理由はその方が注目を浴びないから。自由に出来るから。早く走れるから。
そして今は、うっかり人に見られてもクラウス様だとはわからないから。
クロの姿はゼルマ第二王妃側に知られていない。はず。
なのでクラウス様はクロの姿のまま、マルガレーテにべったりと心ゆくまでくっついているのだった。
「しかし妃はもういるのに、どうしてそんなにマルガレーテに子供を産ませたいんだ? あっちに産ませればいいだろうに」
「バウワウ! バウ!」
『それはもちろんマルガレーテが綺麗だから惜しくなったんだろう! あいつは気に入ったものは全部自分のものにしたい奴なんだ! 許せん!』
「だからといってわざわざクラウスの婚約者に手を伸ばすこともないだろうに」
「バウ。バウワウ」
『マルガレーテは早々に死ぬと思われているでしょうから、マルガレーテにとにかく子供を産ませて、将来その子を使ってレイテの乗っ取りでも考えているのでは?』
「ふむ、あり得るな。自分は国民に人気の聖女と結婚して足場を固め、同時にレイテの血を引く子供も得ようということか。欲張りだな」
「バウ! ワン!」
『許せん! 彼女は俺のものだ!』
叫ぶクラウス様に、思わずぽっと赤くなるマルガレーテ。
「私も結婚するのはクラウス様がいいです……」
「ワオォーーーン!」
『俺のマルガレーテ! 幸せになろうな!』
いきなり遠吠えを始めたクラウス様を見ながら、
「うるさい。部屋の中で遠吠えはやめろ……」
と言いつつ、王妃様が所在なさげにちょっとだけ遠い目をしていた。
このときその場にはイグナーツ先生はいなかったのだけれど、後日その話を聞いたイグナーツ先生はもちろん、
「レイテの姫君に向かってなんという侮辱! 許せません! 王妃様、ランベルトを呪う呪いを作りましょう! じわじわと苦しんで死ぬ呪いがいいでしょうな! 私が全身全霊を込めて最高のものをお作りしますぞ!」
と、この国でもトップクラスの魔術師が怒り狂っていた。
「いやまて、さすがに王族を呪う魔術なんぞ作ったら問答無用で死刑だからやめとけ。普通に呪詛を吐くくらいにしておけ」
「でも王妃様の命令なら……!」
「私だってただでは済まなくなるって。イグナーツ先生は即刻首が飛ぶからな、とりあえず今はやめとけ。他の方法を考えよう」
と、慌てて王妃様が止めていた。
「ならば、クラウス様と王妃様に呪いをかけたと証明できたら、第二王妃様の首も飛ぶでしょうか」
そこにマルガレーテがぼそりと言った。
クロの姿のクラウス様が、隣でびっくりしたようにマルガレーテを見上げた。
「マルガレーテ、今回の事を相当怒っているな? まあ、証明できれば首はわからんが追放か幽閉くらいはできるだろうな。もし証明出来ればだが」
そう、その証明ができないから今まだ動けていないのだった。
「では私がこの話に乗って、ランベルト王子に近づいたら犯人を探れるでしょうか?」
「ワン! ワンワンワン!」
『ダメ! 絶対にダメ! ダメと言ったらダメ!」
クラウス様が狂ったように吠えた。
10
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」
その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。
努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。
だが彼女は、嘆かなかった。
なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。
行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、
“冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。
条件はただ一つ――白い結婚。
感情を交えない、合理的な契約。
それが最善のはずだった。
しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、
彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。
気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、
誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。
一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、
エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。
婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。
完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。
これは、復讐ではなく、
選ばれ続ける未来を手に入れた物語。
---
『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。
涙を流して見せた彼女だったが──
内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。
実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。
エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。
そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。
彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、
**「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。
「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」
利害一致の契約婚が始まった……はずが、
有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、
気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。
――白い結婚、どこへ?
「君が笑ってくれるなら、それでいい」
不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。
一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。
婚約破棄ざまぁから始まる、
天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー!
---
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる