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聖女フローラ1
しおりを挟む「マルガレーテ。あなたが怒っているのはわかったから、やめとけ。一度愛人になんてなったらクラウスとの結婚は永久に無くなるぞ。そしてレイテとの関係も悪くなるから。あなたがそこまでやることはない」
「ただ乗ったように見せるだけです。興味があるように見せるだけ。最後はちゃんと断ります」
「あなたがそのつもりでも、あっちが『マルガレーテが承諾した』と言い出したら終わりなんだ。だから少しでも隙を見せてはダメだ。やめておいた方がいい。少しでも興味があるフリをしただけで承諾と取られて強制的に囲われかねない」
王妃様が厳しい顔をした。
「ワン! ワンワン!」
『絶対にダメ! 後ろにはたちの悪い魔術師がいるんだから、罠に嵌まる!」
「お前が嵌まったようにな」
「ワン……」
『そうっすね……』
そんな大騒ぎしているところに突然使用人がやってきて告げたのは、意外な人の訪問だった。
「聖女フローラ様が、マルガレーテ様にお会いしたいといらっしゃっています」
今、この離宮は王妃様の管理地である。
だからたとえ王族がいきなり来たとしても、王妃様には拒否することが出来る。
しかし、理由も無しに問答無用で追い返すこともなかなか難しい相手ではあった。
なので聖女フローラ様という方は、そのまま客間に通されることになった。
夫の方から愛人になることを持ちかけられたとたんに妻がやってくる。
それはつまり……修羅場……?
望んでもいないことでやっかいな事になったと、うんざりしながら客間に向かったマルガレーテだった。
そしてもちろん横にはぴったりとクロの姿のクラウス様。
しかし考えてみれば、いっそのことちゃんと自分にその気はないときちんと話して理解してもらう良い機会だとも言えるのかもしれない。
久しぶりに見た聖女フローラ様は、前に神殿で見たときよりも立派な出で立ちではあるものの、なるほど国民に人気が出るというのも頷ける相変わらず美しい方だった。
色白で、豊かな黒髪と赤い瞳のかわいらしい感じの方。
「妃殿下、ようこそこの離宮へいらっしゃいました。マルガレーテでございます」
マルガレーテはしとやかに礼をした。
療養のための、つまりは病人のための離宮だから近寄ろうとする人もいなかったのに。なのに呼びつけるでもなく、まさか来るとは。
それとも聖女と呼ばれるような人は気にしないのだろうか。
しかしそんなマルガレーテに対し、聖女フローラという人は人懐っこい笑顔を返したのだった。
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。フローラです。マルガレーテさん、仲良くしていただけたら嬉しいですわ」
聖女と呼ばれるほどの人というのは、心も聖人なのだろうか?
それとも単に、自分の夫がマルガレーテを愛人に望んだという事実を知らないのだろうか。
と、思わずどう答えようか考えていると。
あら? とでもいうように聖女フローラ様はマルガレーテのすぐ隣に付き従っていたクロの姿のクラウス様に気がついてじっと見つめた。
「もしや、聖女様は犬はお嫌いでしたか? この離宮で可愛がっている子なのですが。でももし犬がお嫌いでしたら部屋から出しましょうか」
そう言うマルガレーテに、クロがチラッと不安げな視線を寄越してきた。クラウス様としては、何かあったときのためにマルガレーテの側を離れたくはないのだろうけれど。
でも、客が嫌だと言ったらクラウス様には出て行ってもらうしかないだろう。マルガレーテはそう思っていた。
しかし。
「ああ……いえ。いいえ大丈夫です。ちょっと似た犬を知っていたものですから……。かわいらしいワンちゃんですね」
そう言ってくれたので、クロはマルガレーテが座るのを見届けてから自分もマルガレーテの足下に座ったのだった。
視線はずっとフローラの方を見ていたけれど。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか」
「実は……ランベルト様があなたを側妃にお迎えしたいとお伝えしたと思うのですが、その件について私の方からもお願いしに参りましたの」
そう言って微笑んだフローラの気持ちがマルガレーテにはさっぱりわからなかった。
それ、まだ新婚と言っていいほどの新妻が言うこと……?
「あの……。それはお断りしたはずです。私はクラウス様の婚約者です。これから先クラウス様以外の方と親密になるつもりはありませんわ」
戸惑いながらも言うマルガレーテ。
新婚早々ランベルトといいフローラといい、一体どうしてこんなことを言い出すのか。
するとそんな面食らっているマルガレーテに、フローラは真剣な顔で説明を始めたのだった。
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