56 / 64
聖女フローラ2
しおりを挟む「私は今、聖女として働いています。聖女というお仕事をご存じですか?」
「詳しくは知りません。でも大変なお仕事なのだろうと思っています」
「実は、そうなのです。聖女である私は、常に辛い思いをしている人や困難な状況にある方たちを救うために、いつも全力で癒やしの魔術を使う責務があると思っています。そして私も私の力の及ぶ限り、そんな方々のために頑張りたいと思っているのです」
「本当に大変なお仕事なのですね」
「そうなのです。ですが私はあまりにも忙しすぎて、ランベルト様の妻としての務めを果たすことが難しいと最近は感じているのです。私に早く世継ぎを産むために仕事を休めという方々がたくさんいらっしゃって……。でもその人たちは、私が聖女のお仕事をお休みしている間に、沢山の人が苦しみ死んでいくのをどう思っているのでしょう。私には理解できません。私は常に沢山の困難な状況の人たちに求められているのです」
「でもだからといって代わりに産むことなんて、私には出来ませんわ。そういうおつもりなのでしたら、ぜひ他の方を探してください」
「でも私たちはマルガレーテ様ならば、この国の世継ぎの母に相応しいと思っているのです。マルガレーテ様ならばランベルト様の後を立派に継ぐような魔力の強い、高貴な血筋の王子をランベルト様に与えられるのです。私は……私は平民の出ですから」
そう言って悲しそうなフローラ様。
しかし今や正式に王子妃になった人の、しかも聖女と認められている人にそんな事を言う人がいるのだろうか。
「……まさかランベルト様がそうおっしゃったのですか?」
「もちろんランベルト様はお優しい方ですから、直接はおっしゃいません。でも、周りの人たちがどう思っているのかを感じてしまうのです。だからランベルト様もきっと……。もちろんマルガレーテ様に万が一のことがあったら、私が責任をもって正式に私の子として大切に養育することをお約束いたします。男の子ならば跡継ぎに、女の子でも何不自由なく大切にするとお約束します。ですから、お願いいたします」
涙ぐみながら懇願するフローラ様。
しかしマルガレーテは思った。
つまりは子を産んで、フローラに渡せと言っているのだろう。
なにしろ私は早死にするはずだから。
魔力が白い、早世の人間だから、きっともうすぐ死ぬだろう。
だから二つの王家の血を引く魔力の強い子をとにかく早く産ませて、マルガレーテが死んだらその子をもらうと言っているのだ。
「……私には力になれそうにはありませんわ」
「っ……!? ここまでお願いしてもダメですか……? マルガレーテ様がこの話をお受けくださったら、とても沢山の人が助かるというのに?」
「他の方を探してください。私には到底お受けできるお話ではありません」
「まあ、なんて冷たい方なのでしょう……! それは王女として生まれたプライドですか。それは沢山の人たちの幸福よりも大切なことなのですか? ああ、ここにはたしかイリーネ様もいらっしゃいましたね。イリーネ様は随分冷たい方だとお聞きしていましたが、もしかしてマルガレーテ様はイリーネ様の影響を受けてしまわれたのでしょうか。なんてお可哀想に……正しい道を見失っておられるのですわ」
「まあ、王妃様はお優しい方です。冷たいなんて思ったこともありませんわ。それに私は婚約者であるクラウス様を裏切らないというお話をしただけです。それを冷たいとおっしゃるなら仕方がありません。どうぞランベルト様にマルガレーテは冷たい女だとお伝えください」
そしてマルガレーテは立ち上がった。出口の方に歩く。
もうこれ以上おかしな話を聞いていたくはなかったのだ。
おかしい。ランベルト王子も、この聖女フローラという人も。
しかし聖女フローラは立ち上がってマルガレーテに歩み寄ると、しっかりとマルガレーテの両手を握ってなおも真剣な顔で念押しをするように言った。
「ああマルガレーテ様! どうか今だけの感情ではなく、ゆっくりとお考えになってくださいまし。私、お返事をお待ちしていますから。どうか、よくよく考えてから、それからお返事してくださいませ! そして是非承諾してください……!」
瞳を潤ませて必死に懇願する可憐な聖女に、とっさに「この先もお返事は変わりませんわ」とだけ言ったマルガレーテは、一見冷たい人に見えたかもしれない。
しかしマルガレーテには、それ以外に返すべき言葉が浮かばなかったのだ。
フローラがドアの外に消えた途端に、
「ワッフ」
『なんてやつだ』
と、クラウス様が呆れたように小声で呟いた。
フローラを帰したあと、マルガレーテはそのままの足で王妃様がいる部屋へと向かった。
そして開口一番に言う。
「王妃様、呪いの犯人はあの聖女フローラという人です」
10
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」
その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。
努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。
だが彼女は、嘆かなかった。
なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。
行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、
“冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。
条件はただ一つ――白い結婚。
感情を交えない、合理的な契約。
それが最善のはずだった。
しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、
彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。
気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、
誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。
一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、
エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。
婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。
完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。
これは、復讐ではなく、
選ばれ続ける未来を手に入れた物語。
---
『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。
涙を流して見せた彼女だったが──
内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。
実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。
エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。
そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。
彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、
**「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。
「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」
利害一致の契約婚が始まった……はずが、
有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、
気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。
――白い結婚、どこへ?
「君が笑ってくれるなら、それでいい」
不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。
一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。
婚約破棄ざまぁから始まる、
天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー!
---
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる