57 / 64
聖女フローラ3
しおりを挟む「聖女が? 本当に? 聖女だぞ?」
「おそらく間違いありません。魔術の匂いが一緒です」
マルガレーテは、心から嫌なものを見たというような顔で言った。
非常に不愉快だった。
何から何まで。
瞬時に険しい顔になった王妃様に、クロのままクラウス様も言った。
「ワン。バウワウ」
『俺もそう思う。あいつ、聖女とは思えない魔力の色をしていた。真っ黒だったぞ。あれは相当黒い魔術に染まっている。そして俺の姿を見て動揺していた。きっと心当たりがあるんだろう』
「それでクラウスだとはバレなかったのか?」
「ワウワウワウ」
『探ってはいたようだが、もう俺にはヤツの魔術は残っていない。今は俺の意志で変身しているだけだからな。だから自分の魔術が見当たらなくて、ただの似た犬だと思ったようだった』
あの、最初にクロをじっと見ている時にクロの中に自分のかけた魔術があるかを調べていたのだろう。
しかし今ではマルガレーテがその魔術はきれいさっぱりと消しているから、彼女には感知できなかったのだ。
王妃様に座るように言われたマルガレーテは、近くの椅子に座ったあとに、自分の侍女を呼んでルルベ液を持ってくるように頼んだ。
「どうした? 何にそんなに魔力が必要だっんだ?」
「バウ?」
ルルベ液を頼んだマルガレーテに、王妃様とクラウス様が驚いて聞く。
マルガレーテは、ちょっと苦笑いをしながら答えた。
「はい実は、あのフローラ様は去り際に私に呪いを埋めていきました。私の意志を奪い、ランベルト様とフローラ様の言うことを聞くようにする呪いのようでした。彼女が私の手を握った時に呪いが埋め込まれたのを感じたので、消す前にいろいろ調べて解析してから消したのですが、そのときに少々魔力を消費してしまったみたいで」
「解析できるようになったのか」
「とてもわかりやすい魔術でしたから。しかしなかなか強力な魔術だったみたいで」
そう言って、届けられたルルベ液をごくごくと美味しそうに飲み干したマルガレーテだった。
王妃様とクラウス様は、それをなんとも複雑そうな顔をして見ていたけれど。
「ワウワウ」
『だからあんなに返事は後でいいとしつこく言っていたんだな』
「魔術をかけた後にもさらに念押ししていましたね」
「そしてその魔術を消したのか」
「強力ではありましたが王妃様たち十年ものの魔術に比べたら可愛らしかったですね。一年ものくらいではないですか。でもたしかに十年もののあの魔術と同じ匂いがしました。同じ人が作ったものです」
「バウ……」
『一応言っておくが、一年ものの呪いでも普通に家が買えるくらいの値段で相当やっかいな部類だぞ。普通の人なら抵抗なんてできないはずなんだが』
「はっはっは。まあ、我らがマルガレーテの魔力の前には力不足だったようだね。しかし決まりだな。まさかそんな所にいたとは。それで聖女を名乗っているとは呆れるな」
そしてその場で三人は、とても満足げに微笑んだのだった。
敵がわかれば、あとは叩くだけだ。
「上手に叩かないとねえ?」
王妃様が両手をワキワキさせながら楽しそうに言ったその顔を、マルガレーテはきっと忘れることができないだろうと思った。
それほど楽しそうだったのだ。
王の誕生日を祝う生誕祭は、王宮を挙げての大きな催しだ。
これが直近での公式行事となる。
国中の有力な貴族が全員集合して口々にお祝いを奏上し、盛大なパーティーが繰り広げられ、そして最後は王宮のバルコニーでお祝いに詰めかけた国民たちが王からお言葉を賜るまでの長丁場である。
舞台はそのときに決まった。王様のご不興を買わないか心配したマルガレーテに対し、王妃様が「まあ大丈夫だろう」と妙に自信ありげに言ったので、マルガレーテはその言葉を信じることにした。
片やクラウス様はといえば、
「いいかマルガレーテ、今も昔も王宮にはあの元気になった母上に叶う者はいない。もちろんこの離宮にも」
と、すっかり母に逆らう気はないようだった。
さすが半分狼の人。目上の血族には従順である。多分そういうことだろう。
もちろんマルガレーテはといえば、その日が来るまでは再三のランベルト王子からの王宮への呼び出しにも心労と体調不良で倒れたことにして逃げ続けていた。
聖女フローラも離宮までやってきては面会を求めたりしたが、そのたびに離宮側が「マルガレーテ様は体調が優れないためにお会いできません」と断っている。
なにしろここは王妃様の管理地。王妃様の許可がなければ何人たりとも立ち入ることは許されない。
だから第二王妃様からも「マルガレーテは我が国の大切な客人である。体調が悪くて回復しないのならば、一度きちんと王宮の侍医に診せるべき」という、遠回しな「マルガレーテを隠蔽するな、出せ」的な伝言もやってきたが、王妃様は鼻で笑って却下していた。
王妃様は強かった。考えてみれば第一王妃という立場の上は王様だけだ。
そして王様は、基本イリーネ王妃には逆らわないのだとクラウス様は言うのだった。
つまりは王妃様、この国で無敵だった。どうして王様が王妃様に何も言うつもりがないのかまではわからなかったが。
10
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」
その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。
努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。
だが彼女は、嘆かなかった。
なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。
行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、
“冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。
条件はただ一つ――白い結婚。
感情を交えない、合理的な契約。
それが最善のはずだった。
しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、
彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。
気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、
誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。
一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、
エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。
婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。
完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。
これは、復讐ではなく、
選ばれ続ける未来を手に入れた物語。
---
『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。
涙を流して見せた彼女だったが──
内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。
実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。
エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。
そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。
彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、
**「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。
「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」
利害一致の契約婚が始まった……はずが、
有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、
気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。
――白い結婚、どこへ?
「君が笑ってくれるなら、それでいい」
不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。
一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。
婚約破棄ざまぁから始まる、
天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー!
---
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる