聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~

さかーん

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魔王様の食卓と、迷子の聖女

エピローグ 神殺しの砂時計と、永遠の食卓

 王城の大広間に、乾いた音が響き渡った。  バチコーン!!!  頬に走る鋭い痛みで、俺の意識は急速に覚醒した。目の前には、肩で息をするセラフィーナがいる。その顔は林檎のように赤く、瞳には涙が溜まっていた。怒りか、羞恥か、それとも安堵か。

「…最低です。最悪です。穢らわしい…!」  彼女は唇を手の甲でごしごしと拭いながら、俺を睨みつける。 「ですが…戻りました。私の、意志が」

「セラフィーナ様…!」  リリアが駆け寄ろうとしたその時、世界が軋むような轟音と共に、城全体が激しく揺れた。  崩れ落ちた天井の隙間から見える夜空。そこには、先ほどセラフィーナの体から追い出されたはずの〝神の使い〟が、行き場を失ったどす黒いエネルギーの塊となって渦巻いていた。

『――許サヌ…不協和音ドモメ…!』  空気が振動するような、不快な声が脳に直接響く。器を失った〝それ〟は、もはや「救済」という建前すら捨て去り、この星の理そのものを食らい尽くす、純粋な破壊の嵐へと変貌しようとしていた。

「まずいわ…! あれは、もう『統制』を失っている。ただ世界を消すだけの災害よ!」  エレノアが叫ぶ。 「あいつ、まだやる気かよ…!」  俺が立ち上がろうとすると、セラフィーナがその場に崩れ落ちた。

「…私のせいです。私が、絶望したから…」  彼女の声が震える。 「人の世の争いに疲れ、あのような絶対的な『秩序』を望んでしまった。洗脳されたのではありません。私の心の弱さが、神を招き入れたのです…!」

「反省会はあとだ!」  俺はセラフィーナの腕を掴んで無理やり立たせた。 「責任感じるなら、最後まで付き合え! 俺たちと一緒に、あのデカブツを何とかするんだよ!」 「あ、あなたは…どこまで図々しいのですか…!」

 崩壊する王城から、俺たちは一旦、魔王城(仮)へと転移撤退した。

 ◇

 魔王城(仮)のリビングは、かつてない緊張感に包まれていた。  窓の外では、王都の上空に居座った「黒い嵐」が、徐々に世界を侵食し始めている。物理攻撃も、通常の魔法も効かない。あれが地上に降りてくれば、全て終わりだ。

「あれを止めるには、時間を止めるほどの『楔(くさび)』が必要…。でも、そんな都合の良いアーティファクトなんて…」  エレノアが悔しげに唇を噛む。

 その時だった。リビングの窓が音もなく開き、一人の男が影のように滑り込んできた。  黒装束に、特徴的な波紋の短剣。あの時、俺たちを翻弄した実行犯、サイラスだ。

「貴様ッ! よくもぬけぬけと!」  ザラキアスが即座に臨戦態勢をとるが、サイラスは両手を上げて戦意がないことを示すと、懐から「ある物」を取り出し、テーブルに置いた。  キラキラと輝く星屑のような砂が舞う、美しい砂時計。  『星屑の砂時計』だ。

「…返すぜ。いや、本来の持ち主に『納品』しに来た、と言うべきか」  サイラスは不敵に笑う。 「俺たち『月影のギルド』の真の目的は、裏社会の支配じゃねぇ。古代より、世界の均衡を崩す〝外なる者〟を監視し、葬り去ることだ」

 彼は語った。ギルドは、セラフィーナに宿った〝神〟の気配をいち早く察知し、それを封印するためのアーティファクトを集めていたのだと。『月の雫』による隠密活動も、神の目から逃れるためだったのだと。 「だが、俺たちの手には余った。アンタらなら、あるいは『調停者』なら、これを使えるはずだ」

 エレノアが砂時計を手に取る。その瞳に希望の光が宿った。 「…ええ。これなら、あのエネルギー体を『時間』ごと凍結し、彼方へ放逐できるかもしれません。ですが、発動には膨大な魔力と、神の動きを止める一瞬の隙が必要です」

「隙なら、俺たちが作る」  ゴウガが一歩前に出た。その瞳は、いつものぼんやりしたものではなく、歴戦の戦士だけが持つ鋭い光を宿していた。 「カイト殿、俺たちを信じろ。伊達に四天王を名乗ってはいない」 「フン、美味しいところを持っていく気か、脳筋め」ザラキアスもマントを翻す。「見せてやろう、カイト殿。我が君にお仕えするに相応しい、真の『絶望』を!」

 ◇

 決戦の地、王都上空。  俺たちは、エレノアの飛行魔法で、黒い嵐の目の前まで上昇していた。  〝神〟は、異物を排除すべく、無数の光の尖兵(エンジェル)を放ってくる。空を埋め尽くす光の軍勢。絶望的な数だ。

「雑魚が。我が君の御前であるぞ!」  先陣を切ったのは、ザラキアスだった。彼はおちゃらけた態度を捨て、冷徹な瞳で杖を掲げる。 「深淵の彼方より来たりて、万象を呑み込め。禁呪・『虚無の棺(ヴォイド・コフィン)』!」

 彼が展開したのは、空間そのものを圧縮する黒い立方体だった。迫りくる数千の尖兵が、悲鳴を上げる間もなく空間ごと圧殺され、消滅していく。そのあまりの威力に、俺は息を呑んだ。 「ぐっ…寿命が縮むな。だが、カイト殿の作る飯が食えなくなるよりはマシだ!」

「次は俺だ」  ゴウガが、空中で構えを取る。〝神〟本体から、俺たちを一掃するための極大の破壊光線が放たれた。  彼は、魔力防御を一切展開せず、己の肉体一つでその光線の前に立ちはだかった。 「ぬんッ!!」  咆哮一閃。ゴウガは、筋肉の振動と気迫だけで、神の光線を物理的に弾き返した。物理法則が息をしていない。 「カイト殿、行けぇッ!!」

 二人の命懸けの露払いにより、道が開いた。  そこには、核を剥き出しにして脈動する〝神〟が待っている。

「今です、カイト!」  エレノアとリリアが、左右から同時に結界を展開し、〝神〟の動きを拘束する。 「私も…!」  セラフィーナが、自身の聖なる力を全て注ぎ込み、かつての主であった神の意識を乱す。 「あなたのような傲慢な神になど、この世界は渡しません!」

 全員が作った、千載一遇の好機。  俺は、『星屑の砂時計』を握りしめ、神の懐へと飛び込んだ。

『消エロ…! 不合理ナ、存在ヨ…!』  神の絶叫が頭に響く。 「ああ、不合理だとも! だから人間なんだよ!」

 俺は、砂時計を神の核に突き立てた。  同時に、俺の中にある『調停の権能』を全開にする。今回は、友愛などという生ぬるいものではない。  俺が込めたのは、「別離」の調停だ。  この世界と、お前の理(ルール)は、相容れない。だから、分かれろ。永遠に。

「戻れ! お前がいるべき、何もない虚無へ!!」

 カッ!  砂時計が砕け散り、七色の光が世界を包み込んだ。  神の断末魔は聞こえなかった。ただ、世界を覆っていた黒い嵐が、美しい星屑となって、夜空へと吸い込まれていくだけだった。  その光景は、残酷なほどに美しく、そして静かだった。

 空が、晴れていく。  朝日が、ボロボロになった俺たちを照らしていた。

 ◇

 それから、数ヶ月後。  季節は巡り、魔王城(仮)の庭には、今日も今日とて騒々しい声が響いていた。

「ゴウガ! 貴様、またニンジンを残したな! 食育係(カイト殿)に言いつけるぞ!」 「うるさい。ニンジンは土の味がする。戦士の食べ物ではない」  傷が癒えたザラキアスとゴウガは、庭の畑で相変わらず低レベルな喧嘩を繰り広げている。だが、その顔はどこか楽しそうだ。庭は俺の力で美しいイングリッシュガーデンのまま定着し、今では近所の子供たちの遊び場にすらなりかけている。

「あらあら、二人とも。お茶が入りましたわよ」  エプロン姿のエレノアが、テラスから声をかける。  彼女は魔王の座を降り…なかった。あの戦いの後、世界中が「あの人が魔王なら平和でいいんじゃない?」「美味しいお茶を振る舞う魔王様、最高」と納得してしまったため、なし崩し的に「世界を見守る(主に料理する)魔王」として君臨し続けている。

 門の方から、軽快な足音が近づいてくる。 「お邪魔します。…母様、カイト」  聖女の衣装ではなく、動きやすい冒険者の服を着たリリアだ。彼女は今、聖女と魔王の娘という二つの立場を活かし、世界各地の復興支援に走り回っている。その顔には、かつての迷いは微塵もない。 「おかえり、リリア」  俺が迎えると、彼女の後ろから、もう一人、少し不機嫌そうな顔をした女性が現れた。

「…今回だけですからね。休暇のついでです」  セラフィーナだ。  彼女は神殿の代表を辞し、一介の神官として出直しているが、リリアの補佐役として、そして時折こうして俺たちの家にお茶を飲みに来る常連客となっていた。 「はいはい。いらっしゃい、ツンデレ元聖女様。今日は新作のタルトだぞ」 「なっ…! 誰がツンデレですか! …タルトの種類は何ですか?」

 そして、木陰には気配を消したサイラスがいて、こっそり置いておいたスコーンが無くなっている。彼もまた、影からこの場所を守ってくれているのだろう。

 俺は、この光景を見渡した。  魔王も、聖女も、四天王も、暗殺者も。  かつて敵対していた者たちが、一つのテーブルを囲み、同じ紅茶を飲み、笑い合っている。

 俺の『調停』の力は、もう必要ないかもしれない。  だって、ここにあるのは、魔法で強制された調和なんかじゃない。  ただの、温かくて、騒がしくて、愛おしい「家族の食卓」なのだから。

「さあ、カイト。あなたの席はここよ」  エレノアが微笑む。いつか見た、あの完璧な微笑みで。 「ああ」

 俺は、自分の席に着いた。  世界を救ったのは、剣でも魔法でもない。  一杯の紅茶と、焼きたてのスコーン。そして、共に生きたいと願う心だった。

「いただきます」

 その声が重なり、新しい日常が始まる。  俺たちの物語は、ここで終わる。  だけど、この騒がしい食卓は、これからもずっと続いていくのだ。

(完)
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