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第一部 魔界専属料理人
第3話 突如として訪れた“商会”の提案
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「最近、魔王様のご機嫌がすこぶる良いようで……」
城内の廊下を歩きながら、魔王軍の兵士たちがひそひそ声で囁く。もちろん原因は、日々ふるまわれる“料理の魔術師”こと陽人の新作だ。
「おかげで侵略計画はずいぶん先になったらしいぞ」
「まあいいんじゃないのか? いつも腹を空かせて荒々しかったあの魔王様が、こんなに穏やかになってるんだぜ」
実際、魔王ゼファーは落ち着きを増し、以前のような威圧的な雰囲気がやわらいでいた。城の随所からは、陽人の作る料理を褒めちぎる声が聞こえてくる。日替わりメニューに合わせて、朝から厨房には長蛇の列ができるほどだった。
その日も、陽人は魔族たちからのリクエストに応えるため、早朝から厨房にこもっていた。市場で見つけた珍しい野菜を使ったスープに挑戦しており、野菜を丁寧に下ごしらえする陽人の姿は真剣そのものだ。
「こんな感じで煮込めば、甘みが出るかな……」
日本の食材との違いに戸惑いつつも、工夫を凝らして新たな味を生み出していく。その努力の結晶に、魔族たちは益々熱を上げていた。
一方、そんな平和でおいしい空気の中、かつては侵略会議で頻繁に顔を合わせていた魔王軍の戦略家や武闘派の幹部たちは、次第に料理談義ばかり交わすようになる。広間には大きな地図ではなく、大皿が並ぶ光景が当たり前になっていた。
だが、その流れを面白く思わない者たちもいる。魔王軍の古参兵や強硬派の一部は「こんなことでは魔族の威厳が失われる」と口を尖らせていた。しかし、腹が満たされ、美味を知った幹部たちは、内心その不満を気にも留めなくなっていた。むしろ、より優れた料理を望み、陽人との関係を深めることに注力している。
そんなある日のこと。陽人がいつものように朝の仕込みをしていると、城の執事風の魔族が厨房に入ってきた。
「おはようございます、料理の魔術師様。魔王ゼファー様がお呼びでございます」
「え、俺? なんだろう……」
陽人が手を止め、鍋の火を弱めてから厨房を出ると、案内されたのは大広間だった。いつものような試食会の準備かと思いきや、そこには人間の商人を名乗るらしき男が控えている。
彼は魔族に怯える様子もなく、ずいぶん堂々とした態度で陽人を見ていた。ゼファーの隣に立っているのを見ると、どうやら魔王から正式な許可を得ているらしい。
「お前が噂の料理人か。これは興味深い……」
初めて目にする人間らしき姿に、陽人はぎくりとする。
「あなた、どうやってここに……」
男は意味深に微笑んだ。
「“旅の商会”というのをご存じないかな? わたしはそこの代表をしている。名をクラウドという」
聞き慣れない名称だったが、どうやら異世界では各領地を渡り歩き、特産品や情報をやり取りする旅商人の集団があるらしい。それが“旅の商会”なのだという。
魔王ゼファーは陽人に向き直った。
「クラウドは、この魔王領で人間界の物資を流通させたいと申し出ている。もちろん危険は承知のうえだそうだ」
クラウドと名乗った男が続ける。
「そこで、君の料理に使う調味料や、元の世界の食文化を参考にした商品を、我々が橋渡ししようと思ってね」
陽人は唖然とした。自分の料理を目当てに、人間界と魔王領が小規模とはいえ取引を始めようとしているのだ。唐揚げ一枚が、異世界の情勢を大きく揺るがしかねない事態を生んでいる。
「俺の料理が……そんなことになるなんて……」
驚きと戸惑いが入り混じる陽人の前で、魔王ゼファーが楽しげに笑う。
「これが料理の力というわけか。面白いではないか」
――かくして、陽人の料理を中心に、人間界と魔王領がささやかな交流を始めることとなった。魔王軍は引き続き侵略計画をほとんど棚上げし、いつの間にか“食の新時代”が訪れようとしていた。
城内の廊下を歩きながら、魔王軍の兵士たちがひそひそ声で囁く。もちろん原因は、日々ふるまわれる“料理の魔術師”こと陽人の新作だ。
「おかげで侵略計画はずいぶん先になったらしいぞ」
「まあいいんじゃないのか? いつも腹を空かせて荒々しかったあの魔王様が、こんなに穏やかになってるんだぜ」
実際、魔王ゼファーは落ち着きを増し、以前のような威圧的な雰囲気がやわらいでいた。城の随所からは、陽人の作る料理を褒めちぎる声が聞こえてくる。日替わりメニューに合わせて、朝から厨房には長蛇の列ができるほどだった。
その日も、陽人は魔族たちからのリクエストに応えるため、早朝から厨房にこもっていた。市場で見つけた珍しい野菜を使ったスープに挑戦しており、野菜を丁寧に下ごしらえする陽人の姿は真剣そのものだ。
「こんな感じで煮込めば、甘みが出るかな……」
日本の食材との違いに戸惑いつつも、工夫を凝らして新たな味を生み出していく。その努力の結晶に、魔族たちは益々熱を上げていた。
一方、そんな平和でおいしい空気の中、かつては侵略会議で頻繁に顔を合わせていた魔王軍の戦略家や武闘派の幹部たちは、次第に料理談義ばかり交わすようになる。広間には大きな地図ではなく、大皿が並ぶ光景が当たり前になっていた。
だが、その流れを面白く思わない者たちもいる。魔王軍の古参兵や強硬派の一部は「こんなことでは魔族の威厳が失われる」と口を尖らせていた。しかし、腹が満たされ、美味を知った幹部たちは、内心その不満を気にも留めなくなっていた。むしろ、より優れた料理を望み、陽人との関係を深めることに注力している。
そんなある日のこと。陽人がいつものように朝の仕込みをしていると、城の執事風の魔族が厨房に入ってきた。
「おはようございます、料理の魔術師様。魔王ゼファー様がお呼びでございます」
「え、俺? なんだろう……」
陽人が手を止め、鍋の火を弱めてから厨房を出ると、案内されたのは大広間だった。いつものような試食会の準備かと思いきや、そこには人間の商人を名乗るらしき男が控えている。
彼は魔族に怯える様子もなく、ずいぶん堂々とした態度で陽人を見ていた。ゼファーの隣に立っているのを見ると、どうやら魔王から正式な許可を得ているらしい。
「お前が噂の料理人か。これは興味深い……」
初めて目にする人間らしき姿に、陽人はぎくりとする。
「あなた、どうやってここに……」
男は意味深に微笑んだ。
「“旅の商会”というのをご存じないかな? わたしはそこの代表をしている。名をクラウドという」
聞き慣れない名称だったが、どうやら異世界では各領地を渡り歩き、特産品や情報をやり取りする旅商人の集団があるらしい。それが“旅の商会”なのだという。
魔王ゼファーは陽人に向き直った。
「クラウドは、この魔王領で人間界の物資を流通させたいと申し出ている。もちろん危険は承知のうえだそうだ」
クラウドと名乗った男が続ける。
「そこで、君の料理に使う調味料や、元の世界の食文化を参考にした商品を、我々が橋渡ししようと思ってね」
陽人は唖然とした。自分の料理を目当てに、人間界と魔王領が小規模とはいえ取引を始めようとしているのだ。唐揚げ一枚が、異世界の情勢を大きく揺るがしかねない事態を生んでいる。
「俺の料理が……そんなことになるなんて……」
驚きと戸惑いが入り混じる陽人の前で、魔王ゼファーが楽しげに笑う。
「これが料理の力というわけか。面白いではないか」
――かくして、陽人の料理を中心に、人間界と魔王領がささやかな交流を始めることとなった。魔王軍は引き続き侵略計画をほとんど棚上げし、いつの間にか“食の新時代”が訪れようとしていた。
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