異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん

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第一部 魔界専属料理人

第19話 広がる噂と動き出す強硬派

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新ソースを使った料理の評判は、あっという間に魔王城全体へと広まった。とりわけ、食に興味を示す魔族たちはこぞって試食を申し出ては、その甘酸っぱくも刺激的な味に舌鼓を打つ。

「なんだか、ここのところ料理の話題ばっかりだなぁ。侵略はどこへ行ったんだろう?」

冗談めかして言う魔族兵士もいるが、実際に侵略を遠ざけているのは陽人の料理だと感じている者も多い。さらに人間界からの大使一行にも、一部の若い商人たちはこの“折衷ソース”に目を輝かせ、「商品化できないか」とささやき合う者まで現れ始めていた。

――その一方、城下へと広がる“噂”は、やはりさまざまな尾ひれを付けて伝わっていた。ある者は「魔王軍が人間の魔術師に操られ、料理漬けにされている」と囁き、またある者は「魔王ゼファーは胃袋を支配された」と笑いの種にしている。

「笑い事じゃねえ。こんな風に舐められて、魔族の誇りはどこに行ったんだって話だ」

苛立ちを露わにするのは、従来派の一団。彼らは城下の酒場に集まり、陽人の料理を警戒する不穏な話題で持ちきりだった。

「どんどん魔族が人間に取り込まれていくじゃねえか。あの侍女とかいう女も怪しいし……」

「なんとか手を打たないとな。魔王様が料理にかまけてる間に、こっちは手遅れになっちまう」

彼らが語る“手”とは、もはや話し合いではない。料理に感化されていく魔族たちと、人間側の商人や大使を一挙に排除するための強攻策――まだ具体的に決まってはいないが、その計画は着々と進みつつあるようだった。

---

一方、人間側でも過激派の動きが芽生えていた。魔王軍が“丸くなった”と聞いてはいても、実際にこの地へ足を運んだ大使や商人の報告によっては、「やはり魔族は信用ならない」と結論づける者は少なくない。そもそも長年続いた戦争の歴史が、一朝一夕で覆るはずもなかった。

そんな中、“旅の商会”のクラウドが城の廊下を歩きながら、陽人に声をかける。

「よう、調子はどうだい? なんだか新しいソースが大好評だって聞いたけど」

「クラウドさん! ええ、おかげさまで評判は上々です。でもそのせいか、人間も魔族も一部の過激派が反発を強めてるみたいで……」

陽人が心配げに答えると、クラウドは理解ある表情を浮かべつつもうなずいた。

「ま、文化が混ざり合うってのは往々にしてこういう軋轢を生むもんさ。俺たち商人は、そうした『変化』の波に乗っかるのが商売なんだけどね。……しかし、争いになっちまったら元も子もない」

クラウドはちらりと陽人を見やり、少し考え込むように言葉を続ける。

「実は、このソースを大量に買い取りたいっていう依頼が早速入ってるんだ。人間界の料理店とか、興味を示す商会が多くてね。味のバリエーションも含めて、商品化の検討をしたいそうだ」

「そ、そうなんですか……。嬉しいけど、ちょっと急すぎる気もしますね。まだ試作段階だし、魔族との共同開発って形なのに、人間界だけで勝手に流通させるわけにもいかないし……」

「だろうな。俺も、魔族との取り決めを無視して商売を進める気はない。だが、これを機に“共存”ってやつが進むかもしれないぞ? もちろん、反発する連中も増えるかもしれないが」

クラウドの口調には、常に冷静な観察眼が混ざっている。大きな利益を得たい野心と、争いを避けたい慎重さがせめぎ合っているのだろう。陽人は複雑な気持ちで胸を押さえた。

(料理で平和を実現したい。でも、その過程で生まれる混乱や反発は避けられないのか……)

彼が思い悩んでいると、突然後ろからエリザの声が聞こえてきた。

「……あなた、いま“ソースの商品化”と言いましたね?」

振り向くと、そこには相変わらず冷たい表情を湛えた侍女の姿。監視という名目で常に陽人の行動を見張っているのか、偶然通りかかったのかは定かでない。

「え、ええ。まだ決定じゃありませんけど、一部の商人が興味を示しているって話で……」

「なるほど。だとすれば、人間界と魔王軍の間で新たな利害関係が生まれる可能性がある。……それを良しとしない勢力も当然出てくるでしょうね」

エリザの目が鋭く光る。まるで、これから起こる混沌を先読みするかのようだ。

「魔王軍の従来派にせよ、人間側の保守派や過激派にせよ、『このまま料理で丸め込まれるものか』と抵抗する人々も少なくない。彼らがどんな行動に出るか……想像に難くありません」

クラウドは苦笑しながらエリザを見やり、肩をすくめる。

「まあ、俺たち商人はそういうのを乗り越えてこそ商売が成り立つからね。けど、陽人の安全が脅かされるようなことになったら、俺としても協力を惜しまないよ。……せっかくの稼ぎ頭に死なれては困るからな」

「助かります。そもそも、ここまで商会のサポートがなかったら、俺もこんなにいろいろ試作できなかったですしね」

陽人が微笑んで応えると、エリザは腕を組んでそっぽを向いた。彼女にはまだ謎が多いが、少なくとも“洗脳”だと疑っていた料理の実態には興味を抱いているようだ。むしろ、そこにこそ何か裏がないかを探るため、陽人の傍を離れないのだろう。

(これはもう、前に進むしかないよな。強硬派に負けるわけにもいかないし、うまく話し合いができるように、まずはみんなに食事を楽しんでもらわないと……)

陽人は心の中で決意を新たにする。料理で人々を笑顔にするという単純な信念が、いまや彼を駆り立てる原動力だった。

---

そんな折、城内の廊下を大勢の兵士が走り回る光景があった。魔王ゼファーの執務室からは怒声が響き、幹部たちが青ざめた顔で会議室へ向かっていく。

「どうやら、魔王領の北側で武装集団が暴れているとの報告が入りました! おそらく従来派の残党か、あるいは別の過激組織かと……」

「くそっ、こんなときに……。魔王様が至急対処せよと仰せだ」

兵士同士の会話に、陽人の胸は騒ぐ。もし本格的な武力行使が始まったら、料理でどうにかできるレベルの話ではないかもしれない。

「陽人、今は厨房に籠もっててくれ! 外へ出るのは危険だぞ!」

心配そうに声をかける騎士団の青年に、陽人はうなずいた。実際、戦闘が起きれば彼の料理人としての技能は役に立たない。だが、何もしないまま事態が悪化するのを指を咥えて見ているしかないのか……。

――波乱の予兆はますます強まっていた。魔族内の従来派か、あるいは他の暗躍する勢力か。火種がついに燃え上がり始める中、陽人の“折衷ソース”が果たして争いを和らげるきっかけになり得るのか、それとも混乱を深める原因となるのか。

次回、武装集団の台頭を機に魔王軍の態度が硬化し、人間側の疑念も増幅されていく。陽人は料理人として、争いを食事の場へと引き戻せるのか――物語は決定的な転換点を迎えようとしている。

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