想いは星に溶けて

ひろろん

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心の拠所

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「今日から東京で新生活か」



22歳になったばかりの僕は、高校を出てすぐからやっている料理の仕事の関係で、 それまで住んでいた大阪から東京へと引っ越す事になった。それはただただ期待と奮起だけが入り交じって不安すらないものだった。

そして当然の事のように、新天地は慣れない事だらけで都会の喧騒に揉まれるように慌ただしく過ごし、でも暫くは何事もなく充実した日々は過ぎていった。

程なく会社の人間とも少なくとも表面上は打ち解けられるようになっていって、それなりに順調な毎日を送っていた、そんな頃の何でもない日常の一コマから話を始めたいと思う。

ある時職場の先輩の彼女の話からこう振られた。

「悠は何で彼女作らないの?」

その答えに困った僕は一拍置いて

「‥今は仕事で手一杯ですから」

なんて答えたけど、厳密にはそれはちょっと違った。

それまでの僕は今までに恋人が居なかった訳じゃないけどプラトニックな関係で終わってしまっていた‥言うなればとてもシャイだったし本当に手を繋ぐ程度だった。

勿論この業界の仕事はとてもハードだし、まだ駆け出しに毛が映えた程度の若者にはあっちもこっちも遊んでる余裕もままならない部分もあったけども、それだけと言う訳でもなく、一番は実は女性という生き物が少し嫌だった。



その原因は20歳くらいの頃に、貯蓄をしたくて夜のバイトを探してた時に、たまたま友人に引っ張られる形でホストクラブで働く事になった時の事だ。一つ好きな事があればいいと言う考えで、あまり色んな事に目を向けずにいた世間知らずな僕は〈何でも働ければいい。仕事だし〉なんて思って軽い気持ちで居たけれど、 幼少期から田舎育ちで内気だった僕には、それは手に余る仕事だと約一年間の間に思い知ってしまう。



まぁ何事にも一生懸命だけは取り柄なようなもので、友達以上にホストクラブの仕事自体は馴れと共に軌道に乗っていったんだけど。原因はもっと別の、僕の中の問題と言うか…



そうしてそれなりに人気も出てきて沢山の女性の接客相手をしていく中で、女性の醜い内心とでも言うのか‥妬み、傲慢、欲望等々色んな側面や裏側をまざまざと見さされ続けるうちに、とても感受性豊かだった僕はちょっとした事で敏感に触れる心を感じてしまい、一時女性を見ることさえも嫌になってしまう。

ふわっと言うなら夜の街の魔力に当てられたなんて抽象的な言い方も出来るけど、僕はそれを仕事だからって割り切って片付けられないほどに感情の坩堝は溜まっていき、消化できないままに暫くいた。



なんで簡単に打算と快楽で好きだとゆう言葉が軽く飛び交い、無責任に相手を傷付けても平気な顏がいとも容易く出来るのか。日常茶飯事に人の心を踏みにじる出来事が起こる世界。どう考えてみても到底理解も出来なかったし、もし男と女の本質がそんな所にあるものだとするならば僕には必要ないとまで思ってしまっていた。

距離感の難しさ。仕事をする時の自分と素の自分の境界線が段々と曖昧になっていくのに耐え切れずに僕はその世界から去った。





そうは言っても元来、基本的に人と関わる事は嫌いじゃなかった。

だからどうにかそれを自分の中で消化しようと努めた。

そして3年以上も経ち、それも客観的にではあるものの大分割り切れてきたけれど、まだ僕がもし女性を求めるとすれば‥その時はそんな事も考えたくもなかった。。。





と言う事のせいで僕は彼女は作らずにいたのだけど。今は仕事も楽しいし、新しい発見は山とあるし、だから退屈はしない。

そして新天地での仕事も安定していき、そんな先輩とのやりとりも日々の喧騒に消えていき半年くらいが過ぎた春うららかな頃にホールのアルバイトに新しい女の子が入ってきた。



名前は【叶】と一文字で書いて(かなえ)と言うらしい。

うちの店長の娘で18歳、調理専門学校に通いながら栄養士を目指しているらしい。とても小柄で僕の肩くらいまでしか身長もなく華奢に見えたけど、彼女は傍目からも凄く明るく仕事も一生懸命にこなして見えた。

例えるなら忙しなくちょこちょこと動き回る子リス。周りのみんなからは危なっかしい所もあるけど

「なんか見てると癒されるよな~。あの店長からねぇ。トンビが鷹産むだなぁ。」

「いやいやそれを言うなら、アヒルが白鳥を産む、だ」

「まぁ店長男だけどな」

なんて男性陣の受けも良く、そして同性にも評判も良かった。

でも僕はまだその頃も女性に対しての機微には特に無頓着を装い、扱いも不慣れで、仕事と割り切ればどうにかでも出来たことも、プライベートではてんでダメで‥無口で無愛想。だからそんな彼女に対しても他の女性と同じように話しかけられても少し素っ気なく会話を返す。



けどそんな僕に懲りずに彼女はちょくちょくと会話を振ってきた。

そして、彼女が店に来てから3ヶ月くらいが過ぎた頃に急に僕に冒頭の半年前の先輩と同じ質問を彼女からされた。

「ね、悠さん、悠さん。悠さんは料理の仕事してて目標は何ですか?」

「それは‥秘密」



「悠さん、悠さん。どうして悠さんは彼女作らないの?結構見た目は悪くないと思うんだけどなぁ‥」

「見た目で恋は出来ないし、そんな事内緒だよ」



ねえ悠さん悠さん‥

彼女はいつも何度も僕の名前を呼んで話し掛けてきた。

そんなに無駄に呼ばなくてもいいのに。

素っ気なくてもちゃんと聞いてる。

仕事は度が付くくらい真面目だけど、休憩中はいつも周りを盛り上げてくれて、明るく天真爛漫に子供みたいで。

悩みなんて無いんだろうな、って感じるのに充分なくらいのテンション。そして、単純そう。

それなのに変にドキッっとさせられる時もあった。

「ねえねえ‥悠さんっていつも何聞いても教えてくれないよね。頭の中は秘密の木の実でいっぱいなんだ。でも高過ぎてその実は自分でも手が届かない。だから私が手伝って取ってあげるよ」

その時の僕は平静を装い

「取れるものなら取ってみなよ。チビ助には永遠に届かないね」

ってその時言ったけれど、実は内心ではハッとしていた。

もし本当にそうなのなら、その実を取ってくれる女性が現れれば僕にも恋が出来るだろうか‥って思って。





間もなく僕が夏に会社に1週間休暇を貰い、実家の岡山に帰っていた時には、彼女は少し元気なさそうに振る舞っていたらしいけど、珍しい事もあるもんだってその時は感じた程度だった。



そして戻った僕はみんなに地元のお土産を渡して回る。勿論彼女にも例外なく。

だけどちょうど入れ替わるように彼女は暫く学校が忙しくバイトは休んでいて‥

一応お土産に買っておいたものだからいつまでも置いておきたくなかったし、渡しておきたくて店長に預けるのも誤解されそうで嫌だし、って変に気を回したりしてるうちに色々考えた結果、仕方なく彼女を会社の連絡先一覧を見て携帯で呼び出す事にした。



「あぁ‥叶ちゃん?会社のアドレス帳見てかけたんだけど」

「あ、その声は悠さん!!」

「うん。昨日、無事戻ったよ。所で電話したのはお土産あるから渡したいし少しファミレスででも会えないかって。じゃぁ明日の午後1時に。言っとくけど渡したらすぐ帰るよ」

僕はぶっきらぼうに言うことだけダーッと言って電話を切ってしまったけど受話器からはひたすら「え~っ!?」とか「きゃ~!!」って叫び声が聞こえてたような気がする。



そして当日。



彼女は終始いつもにもましてテンションが高かった。

「岡山ってどんな所ですか?やっぱり犬と猿と雉が仲良くしてるのかなぁ。でも犬猿の仲だしなぁ。やっぱり雉が間に入ってるんでしょうか」

「…そんなバカな事あるわけ‥」

「いいないいな~私も行ってみたいです」

「だから何も無いよ。田舎だし。じゃ、これ。」

僕はそそくさとお土産を取り出しテーブルに置いた。あげたのは岡山と言えば桃太郎。で、そのマグカップ。てんで大したことない。因みに吉備団子は店長にあげたから家で食べるだろう。



「本当にありがと~っございます!!!嬉しい嬉しい♪大事にするね。超嬉しい♪」

「あのさ、前から思ってたけど何でも繰り返すのはなんでよ。僕は痴ほう症でもないし、本当の気持ちは一度言えば充分だよ」

とその時何気なく気になってた事を僕が言うと、彼女は急に曇りを帯びた声になり

「ダメだよ‥。伝えたい事は何度でも言わなきゃ‥言葉はあっとゆうまに消えて無くなるから」

それまでと打って変わって、急に悲しそうに、そして何かに怒ったように答えた。

お土産を握りしめて元気で何か宝物でも貰ったかのように大袈裟に喜んでいたのに、その時一瞬翳りのある表情を見せていて、僕は妙にそれが引っ掛かった。

けれど用事が済んだしサッサと

「じゃ、帰るよ」

と席を立とうとすると慌てて彼女は僕の手を掴んで

「悠さん少し遊びません?付き合ってよ。ね、誘ってくれたんだからいいよね?」

って

「は?遊ぶってどこ行くんだよ」

「どこってデートですっ」

「それ答えになってないし、しかもデートですらない…」

「いいのいいのー。欧米では友達でも2人ならデートなんです。ね、いいですよね?特に深い意味はあっても教えませんけどねっ!」



って疑問系じゃないのか…と思う暇もなく、僕はその問いに答える余裕もなく、そのまま強引に手を引っ張ってカラオケにゲームセンターなど遊びに連れ回されてしまう。

ずっと引率の先生かって感じに一歩引いて一緒に居たけど、お構い無しに彼女はメーター振り切る勢いのテンションアップ。



それに何となく調子の狂った僕はまるっと半日彼女に付き合ってしまったけど、流石に日が暮れ始めて来たので「もう帰るよ」と駅へと彼女を導くことにした。



「もうこんな時間‥・・あっという間。悠さん色々ごめんなさい。・・・でも楽しかった」

「謝るくらいなら最初からしない」

やっぱり僕はどうも女性にあまり気が使えなくて、それでも彼女には

「まぁ‥でも僕も割と楽しかったよ。いい暇潰しにはなったかな」

って精一杯のお礼の言葉をあげた。

「ほんとに??悠さんがそんな事言ってくれると思わなかったから嬉しい。やっぱり‥悠さんって・・・…」

最後の方は独り言のようにブツブツ小さく呟いて、うんうんと頷いていた彼女を、僕は訳も分からず眺めて居たけど気にも止めずそのまま帰り道をゆっくりと歩き、駅前通りのスクランブル交差点で信号待ちをしていた。



信号が青になったとともに人波が濁流のように流れる。僕らもその中に飲まれてゆく。

‥その時‥いきなりバッと着ていたシャツの袖を後ろから掴まれたのでちょっと驚き振り向くと‥

そこには今まで見たことのない悲しそうな顏をした彼女が、潤んだ瞳をジッと僕の瞳に合わせていた。

「悠さん‥悠さん…私まだ帰りたく‥な‥いよ…もう少し側に居て……」

「は?!」



え??何急に?!



本当にいきなりすぎの反応で「は?」ってなったし、いつもの冷静な僕ならそう思いつつも、軽く面倒を見てそのまま帰っただろうし、もっと違った反応をしたはずだったんだけど。

でもその時の僕は何か理屈じゃない感情に突き動かされていた。

人は時に自分の理解を超えた行動を自分で取ってしまう事もある、それをはじめて知ることとなる。

本当にこの時はいつ思い出しても明らかに僕はおかしくて有り得なかった。



僕は捕まれた袖の彼女の手を掴み、思わずその体をギュッと抱き締めていたんだ。

自分でも本当に意味不明で理解出来ない行動だった。

何が僕にそうさせるんだろうって考える思考もない。

僕の中のずっと奥深い所にあった何かに突き動かされるように彼女を腕に包んでいた。



それからもはや彼女を落ち着かせようとして言ったかかどうかも分からない言葉…



「何も言わなくていいよ。分かったから‥」

「悠さん‥なんにも分かってないよ…また適当な事言ってはぐらかそうとしてるんでしょ。私は分かってるんだよ‥ほら…」

そう、僕は本当に何も分かっちゃいなかった。

彼女はそうゆうと精一杯背伸びをして目を閉じて一瞬唇を重ねて

「‥こうゆう事なんだよ…分かった?悠さん。それに伝えたい気持ちは何度でも伝えなきゃダメだって言ったじゃん‥悠さんが好き…悠さんの恋人になりたいよ」

僕は何も言えなかった。いきなりの予想だにしない出来事はまだ22年のさして濃くもない人生経験しかない精神を弄ぶように大津波となり襲ってくる。

逃げなければ、そう思う一方で、僕はそれに…何故か突っ込んでしまってた。

本当に思いっきり頭から突っ込んだ。

次はこっちからまだ何か言いたげな彼女の唇を奪ってしまっていたんだ。

けれど信号が赤に変わるのに気付いて、ようやく慌てて段々羞恥心も込み上げてくる中、急いで小走りに彼女の手を引きロータリーに向かう。



本当にあの時はどうかしていたのかって程に大胆だった僕。そのまま彼女を帰すことも出来ず、仕方なく駅前の公園のベンチまで何とか真っ赤な瞳でグショグショに泣く彼女を即して座った。



「悠‥さん‥は優しいね…やっぱり私の思った通り」

「あぁ…、うん。まぁ・・ね。この場合‥仕方ないだろう。ほっとけない」

僕は精一杯語彙力無し&説得力皆無の虚勢を張るけど、もしかしたらそんな僕の事も彼女はお見通しだったのかもしれない。

「うん‥仕方ないですよね。ほっとくと仕事場で居づらくなるかもしれないし‥なんて」

「え?居づらくなるような事でもするの?それは困るなぁ‥ますます丁重に扱わないと」

少し間があっただろうか‥それから続けて彼女が言った。

「‥‥嘘。いいよ。悠さんの思う通りにすれば‥今になって私凄く恥ずかしくなってきちゃいました‥。なんであんなことしちゃったんだろうって。どこか居なくなりたいくらい…」

「なんだよ。帰りたくないって言ったり居なくなりたいって言ったり。でも‥落ち着くまでは一緒に居るよ」

「え‥本当に…?一緒に居られると余計落ち着かないけど・・‥」

「やれやれ・・・じゃぁいいから、少し静かに星でも見ようか。落ち着くよ。都会の星は少なくて少し寂しいけどね」



都会の夏の夜空は雲1つないのにパラパラと疎らに光るだけの星達に何だかもの虚しさも感じるけど、僕達からは見えなくてもそこにはちゃんとあって輝いてて。

何だかそれは、人の心のようにも思えて…。ものすごく長い時間に感じられたひと時、星々の光に照らされる。

そのうちにようやく僕らの気持ちの波も静かに、どこか遠くへ収まってゆく。



暫くして最初に口を開いたのは彼女の方だった。



「ね‥悠さん…さっきの答え‥要らない私。」



それからファミレスの時に見せたなんとも言えない悲しい笑顔を浮かべて。





「今が凄く幸せだから。本当にありがとう‥。ねっ、もういいです。だから帰りますっ」



そう言うともういつもの彼女だったけど、僕は敢えて答えた。



「‥叶ちゃんがもし本当に僕の秘密の実を全部取ってくれるんだって言うなら少し頑張ってみればいいさ。それに僕も付き合ってあげてもいいよ‥これが答え」

もう大分泣き止んできた彼女だったのに、また一粒大きな涙が瞳に溜まって溢れかけた。

僕は人差し指でそっとそれをすくってもう一度だけ優しいキスをした。。。



「って、叶ちゃん帰るってなんで付いてくるの??」

「え、だって悠ちゃんの家に帰るもん」

「色々と言いたいことはあるけど、まぁちゃんと家の人に連絡するなら泊まるくらいは仕方ないね」

「うんうん、仕方ない、仕方ない」

「はぁ…」

僕は一つ盛大な溜息を付くと、ぴったりとくっ付いて手をつないでくる叶ちゃんと共に家路に付いた。



僕は流石に精神的にどっと疲れが込み上げてすぐにベッドに横になった。
それにピタリと寄り添って来た彼女だったけど、もうその時には心身共にどうでもいいやなんて思ってしまう。


だからずっと、ただ‥殆んど無言のままで‥一晩肌と肌を重ねていた。





心の奥底の僕は本当にいつも何かに飢えて

忙殺される日々に言い訳をして

瞳に枯れた涙の代わりを求めていたのかもしれない。



シンプルでいて、何にも壊せない揺るぎないあたたかな心を。



いつか…



いつか誰かと



と願って。。。





[第二章へ]
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