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心の在処
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9月も後半にもなり、頬を撫でる風が少し涼しげに生ぬるく感じ始め、夏の暑さも収まりかけても、彼女の元気だけはカンカン照りにいつもと変わらない。
そんな彼女にあっと言う間に感化されてしまったと思うのは少々遺憾ではあるけど、あの嘘のような有り得ないはずの出来事から思いもよらない程に僕らは打ち解けてきていた。
‥それは僕らとゆうか僕が、なのかもしれないけど。
彼女はいつだって僕に対してフルオープンだから。
最初は能天気過ぎて何でもすぐ思ったことは口にして彼女の頭の中にはなんにも残ってないのかなって思ってた。
だから
「叶ちゃんの頭の中には寝る為の羊くらいしか居ないんじゃないの?後は全部右から左か口から出ちゃってさ」
なんて毒付いた事も。
すると
「違います~。羊ちゃんと‥悠ちゃんの事だから」
で、逆に返答に困る僕。
そんな僕を畳み掛けるようにボディーブローの嵐を撃ち込む彼女。
「ね、所で悠ちゃん‥そろそろ私の事も(ちゃん)付け止めて呼び捨てで呼んで欲しいなぁ‥ やっぱ大切な人からはありのままで呼ばれたいもん」
「‥気が向いたらね」
「じゃぁ悠ちゃんの気は今どこに向いてるの?」
「あそこかな」
と言って台所を指差す。
「え‥お腹空いたんだ…仕方ないなぁ‥何か作ってあげるよ。
だから食べたらちゃんとさっきの事も考えてよぉ」
しかし僕だってこのまま黙って撃たれてはいない。
「分かった。…叶っご飯!!」
「うん、ちょっと待ってよ‥すぐつく‥えっ?!今なんて言ったの?!・・・もう一回~!!」
「あぁ‥秘密」
「もう…悠ちゃん不意討ち過ぎ」
「だから早くご飯を…」
「ダメ~今頭の中でさっきのセリフリピートしてるんだもん」
「あぁ‥僕のご飯が遠退く…」
でも反撃虚しく僕の腹が最終ラウンドTKO負け。
以前なら絶対に有り得ないだろうと思っていた、誰か特定の女性とこんなような下らない会話まで出来るようになった僕は随分変わってきてるような気がする。
彼女の元気は不思議に、そして着々と僕を居心地良くさせてゆき、最近はそんな彼女を少し見直してきてもいる。
それは彼女の笑顔の裏にもそれなりの理由があるのだって分かったから。
所で僕らはその後もすったもんだありつつ半同姓状態だったりした。
これまた僕の想定外な彼女の行動になし崩された格好ではあるのだけど‥
と、言うことはだよ、ついに僕にも春が・・・なんて喜ぶなかれ、僕たちはまだ一線は越えてはいない。
まだプラトニック。
そこは今までの恋愛と同じようなものだったけど、少し違うのは夜一緒に居るのだし、それとなしに一緒のベッドで寝る事はほぼ毎日、まぁ…時には裸一貫同然で。でもまだ今のこの不思議で曖昧な関係のままそれ以上はしかねたし、彼女もその部分において何を考えているのかはさっぱりわからなかったけれど、特には何も求めては来なかったので何も起こらずいた。
話しを少し巻き戻して、あの彼女が泣きじゃくった一晩から2日後の職場で半同棲になってしまった事の発端はおこった。
それは僕としては全く脈絡も無く、無節操に。
職場でたまたま2人きりになった時のこと。
「ねえ、悠さん悠さん。今度部屋‥片付けに行っていい?」
「は?」
「だって‥片付けないと私の居場所がないんだもん」
「いつから叶ちゃんの居場所を作る必要が出来たんだよ」
「だってだって‥私の‥裸見たでしょっ。その責任…」
「…どこからそんな理屈が‥そっちから体温感じたい…とか言って脱ぎ始めた癖に‥それに‥」
と僕は言いかけた、その瞬間。
まただ‥・・・。
あの時、ファミレスで一瞬だけ見せて、交差点で笑いながら《今が凄く幸せだから》と言った時の、彼女には似つかわしくない苦しそうな、妙に不安そうな笑顔に気付いてしまい、僕は思考が金縛りにあってしまう。
そして、ほぼ無抵抗な状態で僕はそれまでの意思とは反対のセリフを口にしていた。
「好きにすれば?ただし‥物の場所変えないでよ」
「やった!!!じゃぁすーぐっ支度するねっ♪」
そしてもういつも通りのテンションの彼女。
「は?何の支度だよ?」
「秘密~♪悠ちゃんの真似~」
「…やれやれ」
と、こんな感じで了承して現在に至ってしまったのだ。
彼女はその晩早くも自分の荷物を持ち込んで、せっせと部屋を整理して模様替えを始めてしまった。
そして僕の唯一の抵抗とも言える言葉なんて何のその、瞬く間に僕の部屋は絵にかいたような女の子のピンクな部屋へと変貌を遂げてしまった。
「叶ちゃん‥ワンルームなんだからさ。ちょっと僕の事も考えろよ。こんな部屋さすがに居心地が悪いし」
「えっ?!…可愛いでしょー。悠ちゃんは可愛いの好きだと思ったから頑張ったのに」
「…有り得ない。てかそんなありもしない情報どっから‥」
「えっ。私の脳内‥」
「もう帰ってくれ…」
この時ばかりは僕もかなり本気で呆れてしまったのだけど後々ちょっと後悔した。
そして暫くは会社には内緒で二人の関係を続けていたけれど、僕は密かに彼女が店長の娘であることは忘れては居なかったから表向き店では以前通り彼女と接していた。なのに…事はひと月足らずで店長の知る所となる。
しかもどうにも誤魔化しようない形で。
彼女もフル出勤の日二人して朝寝坊をしそうになり、慌てている時に何故か店長がアパートにやって来るとゆう事件があって、敢えなく二人の関係は白昼の元に晒されてしまう。
そして僕の予想だにもしてない展開と事実を突きつけられることになるんだった。
あの出来事が無かったら僕らは一体どうなってしまっていたんだろうって、後々時が流れてから思うことはあったけれど、はっきり言ってそれで根本的な状況が好転したりすることも無かっただろうからあれもあれで、神様の思し召しと行った所だったのかもしれないと、今にしては思うんだけれど。
でも‥あの時の店長の顏はなかったな‥思い出してもまさしく鳩が豆鉄砲って言うか。
「ねえ悠ちゃん悠ちゃん‥バスタオル忘れちゃった‥持って来て~」
「分かった。叶ちゃん、ここ置いとくよ。急がないと‥」
『ピンポーン♪』
「ん?誰だろ、こんな時に。はい‥」
ガチャン………
「あっ‥店長、おはようございます。こんな時間に何の用ですか?」
「少し通勤がてらおまえと話でもと‥」
店長がそう言いかけて顏を玄関の奥に向けた時‥
「どしたの?悠ちゃん。だぁれ‥?」
目と目ががっちり合い空気が固まる。
バスタオル一枚の姿で現れた彼女を目の当たりにした店長は数秒間を置き
「やっぱりいい‥今より仕事終わってからじっくり話す事も出来たしな‥遅刻するなよ」
と言ってそそくさと戸を閉めて行ってしまった。
彼女は
「あ~‥バレちゃったねっ。でもいいよ、私は。これで公認になれるしぃ」
ってどこまで呑気なんだか‥
あれは明らかに仕事終わってからの話がコレについてだよ‥参ったね。
と僕はどう対処すべきか頭を巡らせて葛藤しているってゆうのに。
彼女は大分経って
「あ~‥職場行きづらいね‥悠ちゃん、ごめん」
と言ったけど、今更かよ感しかなく‥あぁ‥やれやれ。
「もし店長に家に帰るよう言われたなら叶ちゃん一先ず家に帰るんだよ。」
「え‥やだよ‥。そんなの。だったら見知らぬ人に頼んで泊めて貰った方がマシ‥」
「なに子供みたいな事を言ってるんだよ‥取り敢えず、だから‥少しの間だけだよ。だから分かった?」
「………」
「じゃ、仕事行くね」
「はぁ~い…」
それからどうにか仕事をこなし、その晩僕は店長に一言「着いて来い」と言われ、一緒に居酒屋に居た。
てっきり怒鳴る勢いで来るのかと思っていたら、妙にしんみりした店長の態度に僕は拍子抜けするやら、少しホッとするやらしていたけど…
あんな話しを聞くなら感情に任せて怒鳴られ、ぼこぼこに殴られて病院送りにでもされた方が余程マシだった。
本当にそれで済むんだったら、僕は今でもその痛みに生涯感謝していただろう。
けれどそんな事はなく、そこから僕の本当の人生をかけた葛藤が始まる。
「まさか最近なかなか家に帰らないと思ったらなぁ‥こんな所に居るとは。悠は叶と付き合ってんのか?もしそうなら‥やめとけ」
「まぁ‥そうおっしゃるのもごもっともですが‥」
「…いや、違うんだよ。多分お前が考えているような事ではないんだ。むしろその程度であればどんなに良かったか。いきなりこんな事を言われても困るだろうが‥‥。日頃の仕事の態度も見てお前を信じて話をする。グダグダと話をするのも嫌いだしお前に無下に別れろと言うのも酷だしはっきりとな…。まぁどんなにな、叶と一緒に居たくたってアイツにはもう残された時間が…あまりないんだよ。アイツは病気を患ってるんだ。死に関わる。いやまぁ簡単に叶を死なせるつもりもないが‥ だから万一交際をして、お前にはそれまでの叶の人生の糧となり叶が居なくなってからの人生をしょいこむ覚悟をさせるのは酷だろう?まぁ絶対にそんな死なせるような事態は避けるけどな。だからこそ…」
「はい??あの‥言ってる事が良く理解出来ないんですが…」
僕は店長に豆鉄砲を食らわしたけど、そのお返しに僕の方は店長から重く堅い鉛の銃弾を打ち返されてしまった。
そして僕はただただその激しい痛みの度合いを感じることも出来ず、意味も分からず唖然とするしかなかった。
「叶はいつも笑ってていい子だろう?でもあれはあれで不憫な所もあってな‥。まぁ俺の不徳の致す所ってのもあるんだが‥今の母親は本当の母親じゃないんだよ‥。前の母親は癌で早くに他界してその後再婚したのが今の母親だ。それに‥連れ子も居てな。10歳上の男だ。そことも今の母親とも上手く行かなくて少し前までは散々荒れて手を焼いたものだよ。 それが去年急にパパみたいに調理の道に進みたいと言い出して。真面目になったし、それからとゆうもの俺に対しても良く笑うようにもなってくれた‥」
「・・・何だか‥そんな日々笑わない彼女を想像出来ません‥」
僕はただただ虚空を見詰めブランデーグラスを揺らしている店長の次の言葉を待っていた。
「だからと言っても本心は今もあまり家に居たくはないだろうな‥。でもつい最近『パパにバイト紹介して貰って良かったっありがとう』て仕切りに言うもんだから引っ掛かってはいたんだが‥その理由はお前の事だったんだな。まぁ‥とにかく早めに別れるんだ。アイツの為に‥じゃぁ‥そんなわけで宜しく頼むよ。今はそれ所じゃないんだ。分かったな?」
と、言うこと言ってスッと席を立とうとする店長の肩を手で掴み、僕はとっさ詰め寄ると語気を強めてこう言った。
「彼女には何があったんですか?!それだけ教えてください。僕は今はまだ彼女ときちんと付き合ってると胸を張って言えないけど‥でも今までに生きて来て大切にしたいという女性にやっと出会えたかもしれないんです。だからそう簡単に諦められません」
「…時期が早い。せめて待て。叶が本当に元気になるまで……」
店長はブランデーをクッと煽り、しばし遠くをみた。
「アイツは…末期に近い若年性の子宮頸癌なんだよ。まだ患部を全て取れば生きられるだろうが‥頑として聞き入れず‥それはつまり子供が生めなくなるってことなんだが。 『そしたら私は女であって女じゃなくなるよ。そんなの嫌だしそうなってその先誰かに媚びて生きるなんてしたくない。大好きな人と居たくないっ』 って言いやがる‥まぁ無理矢理にでもとは思ってるが‥。生きてこそじゃないか??そうだろう?どうしてこう親子揃って俺を置いて行こうとするんだ…。でもそれにももうあまり時間がない‥。だから後はこっちでやるからこの事はお前は叶にも絶対黙っていろ‥聞きたいなら状況も俺から教えてもいい。だから、絶対だぞ?頼んだ」
今度こそ店長は席を立ち、その内容にすっかり落ちてしまった僕の肩をぽんと叩くとゆっくりと歩き出す。あまりに唐突すぎて事態の過酷さと急展開に付いて行けず僕はただただ呆然と店長が立ち去るのを眺めていた。
…頭の整理をしなければ…
それからと言うもの暫くはそのどう足掻いたって夢でも絵空事でもなくて、変わりようも無い残酷な話しを真実だと認識する為に、そしてどうすべきか必死で考えていた。
その話しを聞いた次の日も。
僕はその夜台所で楽しそうにお菓子を作っている彼女をぼーっと眺めながらひたすら店長の話を反芻していた。
彼女が僕の家に来たい理由は店長の話からだいたい理解できた。
だけどまだまだちゃんと聞いてない事は沢山あって‥
彼女はいつまで普通の生活が出来て‥いつまで生きられるのか。
そして僕はどうすればいいのか‥
考えてはみるもののやはりまだこの時は答えはだせなかった‥
そうして物思いに耽りつつ暫くそうしていると
「ん‥痛っっい…!!」
彼女の叫ぶ声が聞こえ、お腹をぐっと抑えて蹲っているので僕は慌てて駆け寄り背中を抱く。
「どうした?!大丈夫、叶??」
「う‥ん‥…生理痛‥だよ。凄く、ぅ‥重いんだ‥ごめんね、大丈夫だよ。薬飲めば…」
「無理するな‥横になりなよ」
「ありがとう。悠ちゃん‥あ…やっと私の事ちゃんと叶って呼んでくれたね…嬉しい‥痛みも忘れそうだよ…」
「こんな時に…分かったから‥早く…」
そうして彼女をベッドに横たわさせる。
何で‥こんな小さくてか弱くても精一杯笑って生きようとしてる彼女に、こんな辛い運命を選択を強いなきゃいけないんだ‥
僕は浅はかだった。
女性ってだけで全てを色眼鏡で見てしまってた今日までの自分。
こんなにも人として女性として真っ直ぐで純粋で素直な人も居るのに‥
様々な想いが僕の脳裏を駆け巡るなか
その日の空は濃い灰色のようにどんよりとしていて
あの最初の
夏の日のデートで見上げた星達は今は何処かに隠れてしまい
もう二度と見付けられないんじゃないかと思った。。。
そんな彼女にあっと言う間に感化されてしまったと思うのは少々遺憾ではあるけど、あの嘘のような有り得ないはずの出来事から思いもよらない程に僕らは打ち解けてきていた。
‥それは僕らとゆうか僕が、なのかもしれないけど。
彼女はいつだって僕に対してフルオープンだから。
最初は能天気過ぎて何でもすぐ思ったことは口にして彼女の頭の中にはなんにも残ってないのかなって思ってた。
だから
「叶ちゃんの頭の中には寝る為の羊くらいしか居ないんじゃないの?後は全部右から左か口から出ちゃってさ」
なんて毒付いた事も。
すると
「違います~。羊ちゃんと‥悠ちゃんの事だから」
で、逆に返答に困る僕。
そんな僕を畳み掛けるようにボディーブローの嵐を撃ち込む彼女。
「ね、所で悠ちゃん‥そろそろ私の事も(ちゃん)付け止めて呼び捨てで呼んで欲しいなぁ‥ やっぱ大切な人からはありのままで呼ばれたいもん」
「‥気が向いたらね」
「じゃぁ悠ちゃんの気は今どこに向いてるの?」
「あそこかな」
と言って台所を指差す。
「え‥お腹空いたんだ…仕方ないなぁ‥何か作ってあげるよ。
だから食べたらちゃんとさっきの事も考えてよぉ」
しかし僕だってこのまま黙って撃たれてはいない。
「分かった。…叶っご飯!!」
「うん、ちょっと待ってよ‥すぐつく‥えっ?!今なんて言ったの?!・・・もう一回~!!」
「あぁ‥秘密」
「もう…悠ちゃん不意討ち過ぎ」
「だから早くご飯を…」
「ダメ~今頭の中でさっきのセリフリピートしてるんだもん」
「あぁ‥僕のご飯が遠退く…」
でも反撃虚しく僕の腹が最終ラウンドTKO負け。
以前なら絶対に有り得ないだろうと思っていた、誰か特定の女性とこんなような下らない会話まで出来るようになった僕は随分変わってきてるような気がする。
彼女の元気は不思議に、そして着々と僕を居心地良くさせてゆき、最近はそんな彼女を少し見直してきてもいる。
それは彼女の笑顔の裏にもそれなりの理由があるのだって分かったから。
所で僕らはその後もすったもんだありつつ半同姓状態だったりした。
これまた僕の想定外な彼女の行動になし崩された格好ではあるのだけど‥
と、言うことはだよ、ついに僕にも春が・・・なんて喜ぶなかれ、僕たちはまだ一線は越えてはいない。
まだプラトニック。
そこは今までの恋愛と同じようなものだったけど、少し違うのは夜一緒に居るのだし、それとなしに一緒のベッドで寝る事はほぼ毎日、まぁ…時には裸一貫同然で。でもまだ今のこの不思議で曖昧な関係のままそれ以上はしかねたし、彼女もその部分において何を考えているのかはさっぱりわからなかったけれど、特には何も求めては来なかったので何も起こらずいた。
話しを少し巻き戻して、あの彼女が泣きじゃくった一晩から2日後の職場で半同棲になってしまった事の発端はおこった。
それは僕としては全く脈絡も無く、無節操に。
職場でたまたま2人きりになった時のこと。
「ねえ、悠さん悠さん。今度部屋‥片付けに行っていい?」
「は?」
「だって‥片付けないと私の居場所がないんだもん」
「いつから叶ちゃんの居場所を作る必要が出来たんだよ」
「だってだって‥私の‥裸見たでしょっ。その責任…」
「…どこからそんな理屈が‥そっちから体温感じたい…とか言って脱ぎ始めた癖に‥それに‥」
と僕は言いかけた、その瞬間。
まただ‥・・・。
あの時、ファミレスで一瞬だけ見せて、交差点で笑いながら《今が凄く幸せだから》と言った時の、彼女には似つかわしくない苦しそうな、妙に不安そうな笑顔に気付いてしまい、僕は思考が金縛りにあってしまう。
そして、ほぼ無抵抗な状態で僕はそれまでの意思とは反対のセリフを口にしていた。
「好きにすれば?ただし‥物の場所変えないでよ」
「やった!!!じゃぁすーぐっ支度するねっ♪」
そしてもういつも通りのテンションの彼女。
「は?何の支度だよ?」
「秘密~♪悠ちゃんの真似~」
「…やれやれ」
と、こんな感じで了承して現在に至ってしまったのだ。
彼女はその晩早くも自分の荷物を持ち込んで、せっせと部屋を整理して模様替えを始めてしまった。
そして僕の唯一の抵抗とも言える言葉なんて何のその、瞬く間に僕の部屋は絵にかいたような女の子のピンクな部屋へと変貌を遂げてしまった。
「叶ちゃん‥ワンルームなんだからさ。ちょっと僕の事も考えろよ。こんな部屋さすがに居心地が悪いし」
「えっ?!…可愛いでしょー。悠ちゃんは可愛いの好きだと思ったから頑張ったのに」
「…有り得ない。てかそんなありもしない情報どっから‥」
「えっ。私の脳内‥」
「もう帰ってくれ…」
この時ばかりは僕もかなり本気で呆れてしまったのだけど後々ちょっと後悔した。
そして暫くは会社には内緒で二人の関係を続けていたけれど、僕は密かに彼女が店長の娘であることは忘れては居なかったから表向き店では以前通り彼女と接していた。なのに…事はひと月足らずで店長の知る所となる。
しかもどうにも誤魔化しようない形で。
彼女もフル出勤の日二人して朝寝坊をしそうになり、慌てている時に何故か店長がアパートにやって来るとゆう事件があって、敢えなく二人の関係は白昼の元に晒されてしまう。
そして僕の予想だにもしてない展開と事実を突きつけられることになるんだった。
あの出来事が無かったら僕らは一体どうなってしまっていたんだろうって、後々時が流れてから思うことはあったけれど、はっきり言ってそれで根本的な状況が好転したりすることも無かっただろうからあれもあれで、神様の思し召しと行った所だったのかもしれないと、今にしては思うんだけれど。
でも‥あの時の店長の顏はなかったな‥思い出してもまさしく鳩が豆鉄砲って言うか。
「ねえ悠ちゃん悠ちゃん‥バスタオル忘れちゃった‥持って来て~」
「分かった。叶ちゃん、ここ置いとくよ。急がないと‥」
『ピンポーン♪』
「ん?誰だろ、こんな時に。はい‥」
ガチャン………
「あっ‥店長、おはようございます。こんな時間に何の用ですか?」
「少し通勤がてらおまえと話でもと‥」
店長がそう言いかけて顏を玄関の奥に向けた時‥
「どしたの?悠ちゃん。だぁれ‥?」
目と目ががっちり合い空気が固まる。
バスタオル一枚の姿で現れた彼女を目の当たりにした店長は数秒間を置き
「やっぱりいい‥今より仕事終わってからじっくり話す事も出来たしな‥遅刻するなよ」
と言ってそそくさと戸を閉めて行ってしまった。
彼女は
「あ~‥バレちゃったねっ。でもいいよ、私は。これで公認になれるしぃ」
ってどこまで呑気なんだか‥
あれは明らかに仕事終わってからの話がコレについてだよ‥参ったね。
と僕はどう対処すべきか頭を巡らせて葛藤しているってゆうのに。
彼女は大分経って
「あ~‥職場行きづらいね‥悠ちゃん、ごめん」
と言ったけど、今更かよ感しかなく‥あぁ‥やれやれ。
「もし店長に家に帰るよう言われたなら叶ちゃん一先ず家に帰るんだよ。」
「え‥やだよ‥。そんなの。だったら見知らぬ人に頼んで泊めて貰った方がマシ‥」
「なに子供みたいな事を言ってるんだよ‥取り敢えず、だから‥少しの間だけだよ。だから分かった?」
「………」
「じゃ、仕事行くね」
「はぁ~い…」
それからどうにか仕事をこなし、その晩僕は店長に一言「着いて来い」と言われ、一緒に居酒屋に居た。
てっきり怒鳴る勢いで来るのかと思っていたら、妙にしんみりした店長の態度に僕は拍子抜けするやら、少しホッとするやらしていたけど…
あんな話しを聞くなら感情に任せて怒鳴られ、ぼこぼこに殴られて病院送りにでもされた方が余程マシだった。
本当にそれで済むんだったら、僕は今でもその痛みに生涯感謝していただろう。
けれどそんな事はなく、そこから僕の本当の人生をかけた葛藤が始まる。
「まさか最近なかなか家に帰らないと思ったらなぁ‥こんな所に居るとは。悠は叶と付き合ってんのか?もしそうなら‥やめとけ」
「まぁ‥そうおっしゃるのもごもっともですが‥」
「…いや、違うんだよ。多分お前が考えているような事ではないんだ。むしろその程度であればどんなに良かったか。いきなりこんな事を言われても困るだろうが‥‥。日頃の仕事の態度も見てお前を信じて話をする。グダグダと話をするのも嫌いだしお前に無下に別れろと言うのも酷だしはっきりとな…。まぁどんなにな、叶と一緒に居たくたってアイツにはもう残された時間が…あまりないんだよ。アイツは病気を患ってるんだ。死に関わる。いやまぁ簡単に叶を死なせるつもりもないが‥ だから万一交際をして、お前にはそれまでの叶の人生の糧となり叶が居なくなってからの人生をしょいこむ覚悟をさせるのは酷だろう?まぁ絶対にそんな死なせるような事態は避けるけどな。だからこそ…」
「はい??あの‥言ってる事が良く理解出来ないんですが…」
僕は店長に豆鉄砲を食らわしたけど、そのお返しに僕の方は店長から重く堅い鉛の銃弾を打ち返されてしまった。
そして僕はただただその激しい痛みの度合いを感じることも出来ず、意味も分からず唖然とするしかなかった。
「叶はいつも笑ってていい子だろう?でもあれはあれで不憫な所もあってな‥。まぁ俺の不徳の致す所ってのもあるんだが‥今の母親は本当の母親じゃないんだよ‥。前の母親は癌で早くに他界してその後再婚したのが今の母親だ。それに‥連れ子も居てな。10歳上の男だ。そことも今の母親とも上手く行かなくて少し前までは散々荒れて手を焼いたものだよ。 それが去年急にパパみたいに調理の道に進みたいと言い出して。真面目になったし、それからとゆうもの俺に対しても良く笑うようにもなってくれた‥」
「・・・何だか‥そんな日々笑わない彼女を想像出来ません‥」
僕はただただ虚空を見詰めブランデーグラスを揺らしている店長の次の言葉を待っていた。
「だからと言っても本心は今もあまり家に居たくはないだろうな‥。でもつい最近『パパにバイト紹介して貰って良かったっありがとう』て仕切りに言うもんだから引っ掛かってはいたんだが‥その理由はお前の事だったんだな。まぁ‥とにかく早めに別れるんだ。アイツの為に‥じゃぁ‥そんなわけで宜しく頼むよ。今はそれ所じゃないんだ。分かったな?」
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「…時期が早い。せめて待て。叶が本当に元気になるまで……」
店長はブランデーをクッと煽り、しばし遠くをみた。
「アイツは…末期に近い若年性の子宮頸癌なんだよ。まだ患部を全て取れば生きられるだろうが‥頑として聞き入れず‥それはつまり子供が生めなくなるってことなんだが。 『そしたら私は女であって女じゃなくなるよ。そんなの嫌だしそうなってその先誰かに媚びて生きるなんてしたくない。大好きな人と居たくないっ』 って言いやがる‥まぁ無理矢理にでもとは思ってるが‥。生きてこそじゃないか??そうだろう?どうしてこう親子揃って俺を置いて行こうとするんだ…。でもそれにももうあまり時間がない‥。だから後はこっちでやるからこの事はお前は叶にも絶対黙っていろ‥聞きたいなら状況も俺から教えてもいい。だから、絶対だぞ?頼んだ」
今度こそ店長は席を立ち、その内容にすっかり落ちてしまった僕の肩をぽんと叩くとゆっくりと歩き出す。あまりに唐突すぎて事態の過酷さと急展開に付いて行けず僕はただただ呆然と店長が立ち去るのを眺めていた。
…頭の整理をしなければ…
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その話しを聞いた次の日も。
僕はその夜台所で楽しそうにお菓子を作っている彼女をぼーっと眺めながらひたすら店長の話を反芻していた。
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だけどまだまだちゃんと聞いてない事は沢山あって‥
彼女はいつまで普通の生活が出来て‥いつまで生きられるのか。
そして僕はどうすればいいのか‥
考えてはみるもののやはりまだこの時は答えはだせなかった‥
そうして物思いに耽りつつ暫くそうしていると
「ん‥痛っっい…!!」
彼女の叫ぶ声が聞こえ、お腹をぐっと抑えて蹲っているので僕は慌てて駆け寄り背中を抱く。
「どうした?!大丈夫、叶??」
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「こんな時に…分かったから‥早く…」
そうして彼女をベッドに横たわさせる。
何で‥こんな小さくてか弱くても精一杯笑って生きようとしてる彼女に、こんな辛い運命を選択を強いなきゃいけないんだ‥
僕は浅はかだった。
女性ってだけで全てを色眼鏡で見てしまってた今日までの自分。
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