四重奏連続殺人事件

エノサンサン

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四重奏連続殺人事件

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警察は自殺と断定

店内が一挙に騒がしくなった。一組の若い男女が幾つかのテーブルを回って挨拶している。結婚式を終えた二人が参列者にお礼を述べているのだろう。
ざわめきが終わらない中、倉科の質問に玲子が代わって答えた。
「ウチの両親は杉谷さんとの交際に反対だったのです」
杉谷が、その言葉に続けて淋しそうに、
「何と言っても、お父さんが九州じゃあ有名な大銀行の取締役ですから……。保育士で年下の男なんて、とても釣り合わないと判断されたのでしょうね。それに、僕の実家は資産家じゃないし……」
「今時、結婚に家柄とか資産なんていう人は少ないと思いますが……」と倉科。
 しかし、倉科はこれまでに受件した多くの結婚調査を考えるとさもありなんと考えている。資産、家柄の優越している側は、それらが劣っている側との縁組を躊躇するようだ。感情は嫁に出すときも、嫁に貰う場合も同じだ。かつて、倉科が新米探偵のころ、依頼者に聞いたことがある。何故、高額の調査費用を払ってまで調べるのか、と。答えは明解だった。結婚したら相手が資産についての権利を主張できるし、親族に変な人がいたら、財産が食い物にされるおそれだってあるとのことだった。
 銀行家の父親はそのように考えたのであろう。父親だけの意思ではなく、共同で家産を管理する母親の意向も働いているに違いない。単純に言えば、お金持ちは貧乏人を仲間に入れたくないという『階層的合意』を形成しているのだ。倉科は自分で思い付いた『階層的合意』なる言葉が気に入って、少しニンマリしている。
「お姉さんはどのように考えていたのでしょうか?」
この妹も資産家階層の娘なんだなぁ……と思いながら質問した。
「真剣に結婚を考えていたようです。何度も相談されましたから……」
「御両親の反対で悩んでいたとかは?」
玲子はきっぱりと断言した。
「悩んではいましたが、それで自殺するなんて考えられません。姉はそんな気の弱い人間じゃあないです。現に、いつまでも反対されたら、駆け落ちするって脅してやろうかしら、なんて笑っていましたから」
三人が注文したコーヒーはアイスコーヒーのように冷たくなっている。倉科の前に置かれた灰皿は何度も取り換えられたが、すぐに吸殻の山を築いた。
倉科は江利子の死亡当時における状況を整理してみた。夜の十二時前後に転落した。部屋は施錠されていた。誰も侵入した形跡はなかった。遺書?もあった。一応、結婚問題で悩んでいた。以上のことから推理すると。どのような結末になるかは簡単である。自殺しか浮かんでこない。
警察もそのように考えて自殺と断定したと思われる。一見して他殺と判断されないかぎり、丹念な調べがされないのが常道だ。予断とまでは言えないが、他殺を視野に入れた捜査はなされていないようだが、 遺留品、指紋、周辺の聞き込みはどうなっているのだろうか?
「警察が室内を調べるとき、貴女は立ち会われましたか?」
「ええ、両親が放心状態だったので、私がしっかりしなければと……」
結構気丈な性格のようだ。
「最初に通報で、警察官二名が管理人から鍵を受け取り、部屋を調べたそうです。改めてと言うことで、年配の刑事二名と室内へ入りました」
倉科はタバコに火を点けながら、
「部屋に入ったとき何か変わった様子はありましたか?」
「いいえ、電気もエアコンも点いたままでした。部屋を開けたとき暖かかったので覚えています。パソコンの電源も入っていました。それから、お財布とスマホ、そして鍵はテーブルの上にありました」
 「バルコニー側の戸は開いていましたか?」と倉科。
 「アルミサッシのガラス戸はきちんと閉じていました」
 一見して、疑わしい状況は全くなかったようだ。
 倉科は質問を続行した。
 「指紋採取とか写真撮影をしていましたか? スマホとパソコンの通信通話履歴はどうでしたか?」
 「いいえ。一応、室内を見回したたけです。そして、何か無くなっている物はないかと、聴かれました。いつもこの部屋へ来ていたので、どこに何があるかは、大体、知っていましたから、一目で何も盗まれていないと判りました」
 恐らく本格的な捜査はなかったのだろう。早期に自殺か事故との結論が出たに違いない。
 「警察が自殺と断定したのは、お姉さんの死後、どのくらい経ってからですか?」
 「一週間も経っていなかったと思います。両親はまだ正常な精神状態じゃなかったので、私が代わりに報告を受けました」
 倉科は残り少なくなったグラスの水を口元に、ゆっくりとした口調で、
 「どういう報告でしたか? スマホとパソコンの通信通話履歴について何か言っていましたか?」
 玲子は警察に対する不審を露わにするかのように、
 「一応,捜査はしたのですが、鍵もかかっていましたし、結婚のことで悩んでいたようですから、発作的に飛び降りたのではないですか、と言うことでした。通信通話履歴についても、友人と夢想花音楽事務所、それに東京と大阪、福岡からの公衆電話が数件あっただけで別段疑わしいこともありませんしと、言われました。冗談じゃないですよ、殆ど調べもしないで!」
玲子の剣幕に驚く倉科と杉谷を尻目に、
「絶対、自殺なんかするはずがない。もっと調べてください、って食い下がったのですが……」
「そしたら、担当者は何と言いましたか?」
倉科は玲子の顔色を伺いながら尋ねた。
「それじゃあ、事故じゃないですか? パソコンの文字が遺書じゃないとしたら、まあ、そんなことは考えられないですけどね、いずれにしても調べた限りにおいて事件性はありません、ですって! 事故ってどういう意味ですか? ベランダの手摺を乗り越える事故があるのですか?」
おっとりした風貌に似合わず激情家らしい。話しているうちに、声は大きくなり、併せて身振り手振りも激しくなる。何事か?と、周囲の客が注目している。
「そうですよね。そんな事故なんて考えられないですね」
倉科は感情の高ぶっている玲子を宥めるように同意しながら、公衆電話からの着信?
ふと、疑問が湧いた。発信元を隠すためだろうか……?
警察も『仕事』なんだから、自殺と考えるのが普通であり、あまり疑念の無い案件は早く片付けたい。警察も役所であり、もっと重大と思われる事件に人員と予算を効率的に分配する必要があるのだ。遺族等の関係者には不満が残るが、警察としての対応は十分に理解できる。それにしても、警察のどの部分で決定がなされるのだろう? 恐らく現場の主任クラスである警部、警部補あたりが話し合って結論を出すようだ。自殺の条件が揃い過ぎている榊江利子の件は簡単だったと思われる。
警察は派手なネタを好む傾向にあり、世間が注目しているような事件を手掛けたいのだ。
証拠も何も無いところからコツコツと調べ上げて、なんてのは流行らないのだ。
 ボーイやウエイトレスがビール、カクテルの類を運ぶ姿が目に付くようになった。店内はバー・タイムに変わったようだ。
倉科は自分の考えに満足して、タバコに火を点けながら、杉谷に質問を向けた。

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